冬の女王
ある国には、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
そこで王様は衛兵や大臣で構成された派遣団を塔へ差し向けました。
彼らは冬の女王に塔の中へ温かく迎え入れられたものの、塔を出て欲しいと伝えた瞬間、氷の魔法で追い出されてしまいました。
派遣団が失敗に終わり、困った王様はお触れを出しました。
――冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。――
お触れを聞いた国民は褒美を求めて塔に押し寄せました。
冬の女王は彼ら一人一人を温かく迎え入れます。ところが塔を出て欲しい旨を伝えられた瞬間に豹変し、誰彼構わず氷の魔法で追い出してしまうのです。
そんな冬の女王に人々は恐れをなし、塔へ寄りつく者は消えてしまいました。
一人の青年を除いて。
その青年は今日も塔を訪れました。
塔の扉の前に立ち、扉の向こうへ話かけます。
「こんにちは。今日はビスケットをお土産に持って来ました」
しばらくすると扉が開き
「いらっしゃい。どうもありがとう」
中から冬の女王が顔を出し、青年は塔の中へ招き入れられました。
青年はこうやって毎日塔に来ては冬の女王とお話をするのです。
しかし彼は決して冬の女王に塔を出ろとは言いません。ただ雑談をするだけでした。
2人はテーブルに向かい合わせで座り、今日も雑談をしていました。
「もうあなたしか来なくなっちゃったわね」
冬の女王は俯きながら、青年に語りかけます。
「女王様が氷の魔法で追い出してしまうのがイケないんですよ」
「出ろ出ろ言われるのが嫌でつい……」
冬の女王は寂しげな顔です。
「あなたが出ろ出ろ言わないのはなぜなの?」
青年に尋ねます。
「それは嫌がる人を無理矢理連れだしても意味がないからですよ」
「女王様には塔を出たくない理由がある。その理由を解決しないと」
彼には冬の女王の気持ちが何となくわかりました。
魔法を使い、女王と呼ばれながら彼女はどこか寂しさを抱えている。
だから彼女は人々が塔へ来ることを拒まない。例え来たのが自分を連れ出す為だとしても、塔を出ろという言葉を聞くまで彼らを追い出さない。
それは構ってもらいたいからに違いない。
彼はそう考え、彼女の寂しさを紛らわそうと毎日塔を訪れていたのでした。
「私忘れられるのが怖いの」
冬の女王は打ち明けました。
「冬の女王が忘れられる?そんな訳ないじゃないですか」
青年には思いもよらぬ言葉でした。
「いいえ忘れられる。みんな私を嫌っているから」
「春が来て、夏が来て、秋が来るたびにみんな寒い冬を忘れようとするの。そしていざ寒い冬が来るとみんな辛い顔で私を受け入れるのよ」
彼女は自らの存在が忘れられるのを嫌がった。自らの存在を忌み嫌われるのも嫌がった。
「だから私はこの国から季節を無くそうとしてるの。冬しか存在しない。私しか存在しない。そうすれば誰も私のことを忘れないし嫌うこともない。だって比べる対象がないんだから」
冬の女王は嬉々とした笑みを浮かべていました。
「それは違いますよ」
青年は冬の女王の主張に首を振ります。
「季節に冬しかないのであればそれはもう冬とは呼べません。あなたは春や夏や秋と比べられるからこそ存在できるのです」
「もし季節が変わらなければ冬が嫌われることもなくなるでしょう。けれど好かれることもなくなります。それは冬が存在しなくなるということ。冬が忘れられるということです」
「じゃあ私は人々に嫌われ続けなきゃいけないの?」
冬の女王は声を張り上げました。
「確かに冬は私たち国民に寒さを与えますから嫌う者もいるでしょう。しかし国民は冬に感謝もしています」
「なぜ?嫌なら感謝しないでしょうに」
冬の女王は首をかしげます。
「寒い冬があるからこそ、春や夏や秋の温かさを素晴らしいと思えます。だから感謝しているのです」
「私は引きたて役ってこと?損な立ち位置ね」
「引きたて役と同時に引きたてられてもいます。冬にしかできないことだって沢山あるじゃないですか」
雪かきは冬にしかできない。暖炉にあたって寒さに耐えるのも冬にしかできない。
「だけど私にしかできないことって余り喜ばしいことじゃない気がするけど……」
「それは人によるんじゃないでしょうか。雪山を登るのが好きな人もいます」
「起伏がなきゃつまらないんですよ。楽しいことだけじゃなく辛いこともあるから楽しさを感じられる。雪山と同じように冬も辛いからこそ楽しいところがあると思います」
青年が冬の女王の意見を待つ間、しばしの沈黙が続きます。
「つまり私のやってたことは見当違いってことね」
冬の女王はポツリポツリと話し始めました。
「私が塔を離れてもみんなは忘れない。むしろ離れるからこそ忘れられないってことね」
「そうです。冬を忘れられるはずないじゃないですか。私たちは冬を思って春や夏や秋を過ごしているのですから」
その言葉を聞いた冬の女王は青年にニッコリと笑いかけました。
「来年もまた塔へ遊びに来てくれる?」
「えぇ、必ず来ますよ」
青年は大きく頷きました。
青年の説得に心を動かされた冬の女王は塔を出て、国に春が訪れました。
めでたしめでたし。
とはなりませんでした。
なぜなら春の女王が塔へやって来なかったからです。
なぜ春の女王は塔へやって来ないのか。この国に春は訪れるのか。
それはまた次のお話で。