異世界召喚同盟
穴だらけな設定は御容赦ください。
その広い空間、集まった者達の多くは王族。
その後に続くは、護衛、もしくは臣下達であろう面々。
自分のネームプレートを一瞥した各代表達は、好きなように座る。背を正し、微動だにせぬ者もいれば、テーブルに足を乗せてダラけた様を見せる者もいる。
ここでは、王族ばかりといえど順位、順序といったものはない。その為、テーブルも円になっている。皆が同じ位置。と、するためだ。
ここに集められたのは、クジで決められた者達のみ。今までもこの集まりはあったが、見知った顔と再会することの方が珍しかった。
「ワクワクするなァ。おい」
「リューイ王子、まだ始まってはおりませぬ」
「だからだろうが。始まっちまえば、無駄口なんぞ叩けやしねえ」
後頭部で手を組み、背もたれに大きく凭れる人物は、セル王国代表の王太子リューイ。
王族らしからぬ乱暴な口調と態度はいつもの事なのか、後ろに控えている宰相は諦め気味に息を吐く。
「今回は、1人しか呼べないそうです。……僕は、勝ち取れるでしょうか?」
「何を弱気な。絶対に勝ち取り、胸を張って国に帰りましょう!」
一見、少女のような顔立ち。その弱弱しげな態度と口調が、更に彼を少女に見せる。一応はライト王国の第2王子である。名は、アンディ。
彼とは対照的な、屈強な身体を持つ護衛は、握り拳と力強い笑顔を見せ、自分の主を励ます。
「う……うん。そうだね。僕、頑張るよ」
他にも、好き勝手に雑談する者たちはいたが、やがて別の入り口から深くフードをかぶった者が入ってくると、徐々に静かになっていった。
背は低く、しかし真っすぐに立っている。いくらフードをかぶっているといっても、その中身は決して見えやしない。
「待たせたね」
声は、声変わりもしていない少年のような声。
だが、その声の通りの年齢や風貌ではなかろう。と、王族のほとんどはフードの中身を凝視する。
彼。とも、彼女とも言えないその者は、王族に対して礼を取ることはなく、逆に王族の面々らが一斉に立ち、フードをかぶる者に頭を下げた。
フードをかぶる者は、ゼロと名乗る。それが本当の名かは知らない。が、確かめる事も疑う事も許されない彼らにとっては、それが本当だろうが偽名だろうが些末な事である。本人がそう名乗っているのだから、そうなのだ。
「さて、今回集まったのも、魔王退治、花嫁候補、巫女……様々な用途で求められる女、又は男を異世界から招くのだけれど、今回は1人だけ。何故かわかるね?」
「……発言の許可を」
「どーぞ」
「前回、前々回の召喚において、魔王退治、そして巫女として呼ばれた乙女と少年に対する、王族を始めとした待遇の悪さ……と、聞き及んでおります」
栗色の髪を持つ美丈夫が、その美しい顔を曇らせ理由を口にすれば、ゼロは「せいかーい」と、軽い調子で拍手する。
「いいかい。困ってるのはお前らだ。それを、全く違う世界……それも本人の承諾を得ずにつれてきた挙句、自分たちで何とかできない難題を押し付けるんだよ。それなのに、その有難みも忘れて物以下に扱う。乙女……又は男らの嘆きや苦しみは、僕に直接届く。でも、僕は何もできない。許されるのは呼ぶだけだからね。それ以上の介入も干渉も異世界人達にはできない。それでも、お前らの要望に応えるのは、好き勝手に召喚されて被害者を増やしたくないからに他ならない。この同盟を作る以前、好き勝手に異世界の人間を呼び、愚かな対応をした国は多かった。幸せに暮らしましたとさ。で終わる人間は、数えるほどしかない」
なまじ、呼ぶ技術があるからタチが悪い。好き勝手に連れてこられ、訳も分からず酷使され、最悪気に入らぬからと召喚直後に殺される場合もあり、無念の内に死んだ異世界人がどれほどいるか。
これを重く見たのは、世界の統括者達だ。人はこれらを『神』と呼ぶこともある。
【異世界召喚同盟】
これを発足し、様々な次元にある星……の中の、召喚技術が進んでいる所へ加盟を求めた。が、ほとんどが自分が一番の王族たち。訳も分からぬ者達が作った同盟にすんなり入る事は無かった。
だから、統括者達は見本を見せた。同盟に加盟しなかった国、異世界人たちを呼び、悪辣な環境に置き、最悪死なせた国の最期を。
ハッキリと、自分たちが滅ぼすのを、映像にして見せたのだ。
同盟に入る国もあれば、それでも拒否する国もあった。それならば。と、統括者達は加盟国、非加盟国との違いをハッキリさせた。
自分達は直接手を下してはいない。ただ、加盟国にて呼ばれる異世界人には加護を与え、非加盟国にて呼ばれる異世界人には力を与えた。
非加盟国にて呼ばれた異世界人は、最初は悪辣な対応を強いられるが、死ぬことはない。やがて復讐心に燃え、力を付けた異世界人に国を滅ぼされる。隷属の魔法やアイテムというものを使おうが、千も万もの騎士たちで迎え撃とうが、最期を迎える国はみな同じようなものだった。
加盟国でも、黙っていればいい、隠れてやればいいとばかりに、勝手に呼ぼうとする国はあり、異世界人を粗雑に扱うようになったりもした。人ならではの浅知恵と回る口で、巧みに網目をかいくぐる国もあったが、そういった国は確実に滅びの道を歩ませた。
加盟すれば、義務が発生するが権利も主張できる。しかし、怠るなら罰は必然。
今では、この同盟の集まりでしか、異世界人を招くことはできなくなってしまった。
この同盟会議が開かれるのは、召喚希望が3分の2に達しなければ成立しない。呼ばれる人数も限られるとなれば、召喚希望はいつも3分の2以上である。
希望する国が多いのはいつもの事だから、クジまで使われるようになれば、更に希望者は熱を上げた。
「さて、まず先に見てもらうのが、前回、前々回に招いた異世界人の映像。彼と彼女にした扱いによって、どうなったか。国の最期までの過程を、皆で見よっか」
指を鳴らせば、円卓の中心に映像が映し出される。
白かったであろう城は業火に包まれ、悲鳴や怒号ばかりが流れ込む。兵士は我先にと逃げ出し、メイドたちは悲鳴を上げ、助けを求めている。城に突入するのは、武装した民がほとんどである。
即席の処刑台に横一列に並べられているのは、前々回にて魔王討伐の為に呼んだ少年を連れ帰った王族だろう。真ん中にいるのは、国王のようだ。
[貴様!こんな事をして、どうなるか分かっているのか!?]
押さえられているのは自分達だろうに、まだ自分たちの王族としての威光が通じると思っているのか、唾を飛ばす勢いで怒鳴っている。
[別に?お前らを殺したところで、何が起こるってんだ?裁きの雷でも、降らしてくれるのかい?]
[タクヤ!ごめんなさい、貴方を裏切った訳ではないの!でも……ッ]
[……ああ。魔王討伐すりゃ、結婚させてくれるって約束だっけ?でも、ハナっから守る気なかったよな?魔王城で、クソ騎士とヘボ魔術師が教えてくれたよ。ご丁寧にな。仲間だと思ってたのに、魔王を倒した途端に俺を殺そうとしやがった。……ま、返り討ちだったけどな]
姫の前に持っていた物を放り捨てる。ゴロゴロと転がるそれは、姫の前で止まった。
[ヒッ?!]
胴体の無くなった、騎士と魔術師の頭。元は整った顔立ちだったのだろうそれは、白目をむき、舌を垂れ流す。未だ流れる血は姫のドレスを汚した。
ガクガクと震える姫が恐怖で失禁すれば、タクヤはそれを大いに笑った。
[滑稽じゃないか。いつもは、あんなに澄ましてたくせに。このションベン漏らし]
その言葉に姫はタクヤを睨むが、横からくる衝撃に訳も分からず吹っ飛んだ。タクヤに顔を蹴られたのだと理解するよりも先に襲ってきた痛みに怯え泣き叫ぶ。
[恨むなら恨めよ。僕にこんな事をさせた、自分自身をな!]
タクヤは剣を振り上げ、王族の一人の首を刎ねる。迫ってくる死は本物で、それも間近なのだと誰もが理解すれば、命乞いを始める面々。
[誰が許すかよ……]
またタクヤが剣を振り上げ、誰かに向けて振り下ろす。その瞬間、映像は別のものに切り替わった。
そこは、白とピンクで統一された部屋。
豪華絢爛という言葉が相応しく、一つで国家予算に当てられるような調度品の数々、何百ともいえるドレスや宝石、テーブルにはお菓子がいくつも並べられている。
お菓子の一つを掴み、口に放り込むのは、まだ幼さが残る女性。
数人のメイドたちは微動だにせず、しかし必要な事は何も言われずとも動き、また元の位置に戻る。
[お……恐れながら申し上げます。先日税を引き上げたばかりで、また上げてしまえば民たちの生活が成り立ちませぬ]
入り口にて深々と頭を下げるは、宰相の位置に就く男。しかし頬は痩せこけ、腕も枯れ枝のように細い。
[どうしてェ?モエもここに来たばかりは、なーんにも食べれなかったし、汚い水飲んでたよォ?それでも生きてられるんだから、他の人がどうしてできないのォ?]
[その節は……]
[別に謝ってくれなくてもいいよォ。言葉なんかじゃ、お腹膨れないもん。あ、そうだ。モエ、新しいドレス欲しいな。]
[お許しください!もう国庫にはドレスを作る予算など、もうありません!]
手と頭を地につけ土下座の体勢を取るが、モエは泣きそうな顔を後ろにいる男に見せる。
[陛下ァ。この人、モエの事いじめるゥ]
[……首を刎ねよ]
[陛下!だーい好き!]
モエは泣きそうな顔を一変させ、男に抱きつく。陛下と呼ばれた男はモエの頭を撫でるが、目は虚ろで感情の一切を表さない。
[連れていけ]
[陛下!陛下、御目をお覚ましください!このままではこの国は……!陛下あああぁぁ!!!]
近衛に腕を取られ、連れて行かれる宰相に機嫌良く手を振ってやり、モエはまた一つ菓子を口に運ぶ。
[ねえ、どんな気分?アンタらが言うただの平民の女にさァ、国を壊されるのって?]
機嫌の良さそうにしていた顔を歪め、モエが憎々しげに男を睨むが、男は何も反応を返さない。またモエの頭を撫でようとする手を、彼女は叩き落とす。
[汚い。触んな。アンタに触られるたびに、吐き気がする]
訳も分からず呼ばれたモエは、花嫁としてこの国に迎えられた。が、城で待っていた王はモエの容姿が気に入らなかったのか、「不要」と言い捨てた。
ここにやって来るまでは、王様のお嫁さんになるんだ……。と、ここに来た経緯はともかく、おとぎ話の様な展開に少しドキドキしていた。
それが、その一言でモエの対応は真逆に変わった。モエを連れてきた王弟は態度を一変させ「役立たず」と罵り、牢屋のような場所に入れられてしまった。
誰もモエに優しくなかった。誰もがモエを蔑んだ。
ある経緯で自分に膨大な魔力があると分かり、魔法を学んだ彼女が最初にしたのは、この国の頂点である王の頭と心を壊した。
そこから後は、とても簡単だった。自分を連れて帰った王弟を国王に殺させ、モエを穢した男たちは全員ちょんぎり、城壁に並べて吊るしてやった。
女たちは気位の高い者から獣に犯させ、犯罪者が入れられる牢へ入れてやった。
国王の寵妃としてモエの言葉が絶対となる頃には、宰相を始めとした臣下たちの対応は後手に回るばかり。上がり続ける税に民が怒り、立ち上がる度、モエはそれを抑えつけた。逆らう気が起こらなくなるまで徹底的に躾けてやれば、民はモエにとって可愛い働きアリ同然になった。
モエがテラスへ向かえば、メイドたちが窓を開ける。そこから外を見れば、モエに気づいた者達は深く頭を下げる。
[大っ嫌いだ。こんな国。……悪女でも魔女でも、好きに呼べばいい。苦しんで苦しんで、滅べばいい]
憎しみに染まるモエの目から、涙が流れる。そこで、映像は終わってしまった。
黙って映像を見ていた王族たち。ゼロが手を一つ打ってやれば、我に返ったのかゼロの方に向き直る。
「さて、経緯とその結果は見てもらったね。お前らがいくら偉かろうと、やり返されることを忘れるな。やり方を間違えれば、それは全て自分たちに跳ね返ってくる。どんな理由があろうと、流される人間の方が少ないって事、よく頭に入れておきな」
「…………」
「容姿が気に入らない?身分が低い?助けてもらう分際で、何様のつもりだ。お前ら王族の権威も威光とやらも、価値観等が違う異世界人に通用すると思うな。お前らの横暴を許した僕らの責任は無くも無い。だから、許す限り異世界人を保護し、加護を与え、最後は選択させる。それでお前らがどうなろうと、知ったこっちゃない。お前らが望んだんだからな」
ゼロがまた指を鳴らせば、一つの光の玉が浮かび出てくる。
「さて、ここに呼ぶ予定の異世界人が入れられている。今回は女性だね。まあ、だから女性にしか用の無い人間しかいないんだけど。お前ら、与えらえた部屋に行きな。そこに現れた異世界人を、連れて帰って良しとする。……ああ、先に言っとくけど横取りしようとしたり、途中で捨てたりしたら殺すよ?もちろん、国に連れ帰った後で老衰以外で死ぬことになったり、対応が悪けりゃ、潰すよ?」
ゼロの言葉は軽く言っているようで、実行できるそれはとてつもなく重い。
やがて集まっていた面々が与えられた部屋に移動する。一人になったゼロが持っていた光の玉に軽く口づければ、それはパッと消えてしまった。
「--どうか、選ばれた子が、健やかでありますように。幸せでありますよう……」
どうか、どうか--
別室--……
ゼロと同じくフードを深くかぶる者達は、水晶を手にしていたり、分厚い本を開き、何かを書き込んだりと忙しく動いている。
「今回は1人か。まあ、楽っちゃ、楽だがな」
「ああ、そうだな。多い時は40人くらい呼んでなかったか?」
「あれは忙しかったな。1クラス分だったか?確か、学校とやらの……」
「何故か1人から数人、のけ者にされるよな」
「あー、そうそう」
「そういや、巻き込まれる人間も増えたな」
「キッチリ、その個人を呼ぶようにしてるんだがな。服や体の一部を掴まれると、どうしても巻き込んじまう」
「タイミング悪いのかなァ……」
「あ、そうだ。こっちに呼ぶときスイッチって何にした?階段から落とされたか?自殺か?変質者に刺されたか?魔法陣は巻き込みが多いからやめたよな?」
「あ?ああ。トラックに轢かせといた。いつもの事だろ?」
(ようこそ、異世界へ)
タクヤとモエも、最後は選択肢が与えられます。記憶を消して元の世界に戻るか……とか、この世界に残り、自由に生きるか……とか。