オカマ? いいえ、私は蝶よ!
彼氏いない歴23年童貞。
それが私のステータスであり誇りでもある。
私は、私が勤めるオカマバー『峠とオカマは紙一重』のお客さんの一人、ゴローちゃんに恋してる。
イケメンじゃないけど私の髭の剃り残しを見てオカマ畑に毛が生えてると笑う豪快で素敵な紳士よ。 その笑った顔はイノシシみたいだけど、風鈴を振り回したような繊細で豪快な笑い声に一目惚れ。
もうこの人しかいないかなって本気でそう思えた。 ビビビッと足の毛を脱毛した時のような電流が体内に流れて、私のハートの毛を焦がしたわ。
ちなみに脇と顔は痛くて脱毛は諦めた。
ゴローちゃんは週一回はお店に遊びに来てくれて、その時必ず私に紫の薔薇を贈ってくれるの。 正直アニメの見過ぎとか思ったのだけど、『その薔薇が枯れないうちに、また遊びに来るよ』だなんて言うもんだから私、どんどんゴローちゃんにのめり込んじゃって……。 でもこの薔薇、造花よね? どういう意味かしら?
ゴローちゃんは私のファッションセンスをいつも褒めてくれる。
お店で会う度にネックレスや服、指輪なんかを褒めてくれる素敵な人。
でも本体の私について一言も触れないし、褒めないのはどうかと思うわ。
嘘でも褒めてもらいたいって思うのが乙女心なのよ。
私、一時期美容院でパーマに失敗してアフロみたいになった事があるの。
その時、皆に笑われちゃったんだけど、ゴローちゃんだけはアフロについて一言も触れなかったわ。 真顔でこっちを見るだけだった。
私に気を使ってくれたのよねきっと。 ゴローちゃんのタバコに火を付けようとしてアフロに引火した時も彼はなにも言わなかった。
本当に素敵な男性よね。
お店の外で初めて二人で会って、流行りのラーメン屋さんに行った時、ゴローちゃんとの初デートって思うと嬉しくってつい替え玉5つの自己最高記録を更新したわ。 ゴローちゃんと二人きりで喋るなんて、お店じゃ滅多に無いことだから舞い上がっちゃって、食べてる間もずっとお喋りしてたの。
そしたら私がラーメンだと思って食べてた物が自分の髪の毛だった時、それに気付いたゴローちゃんがそっとハンカチを渡してくれて『せっかく綺麗な髪なんだから、食べちゃ駄目だよ』なんてこっちまで照れちゃうセリフを真顔で言うの。 他の人が言うとキザっぽくて嫌らしいセリフもゴローちゃんが言うと決まっちゃうのが不思議。
これも恋する乙女パワーかしら。 ちなみにこれカツラよゴローちゃん。
私の地毛はあの時全部燃えたのを目の前で見たでしょ。
私が人に誇れる物なんて体の純潔とハエを目で追える動体視力だけ。
そんな私だけどゴローちゃんに告白するって決めた。
その事を筋を通すという意味で、夜にお店のママの所へ相談に行ったの。
ママは『ドドリア・酸』っていう名前でこのオカマ世界にデビューした生粋のアニメ好き。 でもママはみんなに優しくて、その笑顔は汚ねぇ花火でお店を明るくするって親しまれてるの。
汚い花火はキュイっていうキャラだったと思うけど、たしかにママの笑顔は汚い花火っぽいからそれで良いのかも知れないわ。
ママは私が告白したいって言うと無言でタバコに火をつけたわ。
タバコの上下を間違えてフィルターの方が燃えて、すっごい臭いけどカッコつけた手前、引っ込みが付かないのかそのまま話し続けた。
「オカマの恋は茨の道よ……。 貴方……それでもゴホッゴホッ!」
やっぱり我慢できなかったみたい。
むせ返る汚い花火は放置して、私はゴローちゃんの元へ走ったわ。
電車で10駅、乗り換えてからまた10駅の道のりをとにかく走った。
途中でピンヒールが折れて、ストッキングが伝染して、カツラが取れて、犬にスカートを食い破られたけど、私は止まらなかった。 いや、泊まれなかったって言ったほうがいいかもしれないわ。
ホテルで入店拒否の上、出入り禁止まで言い渡されたわ。
お財布をママのお店に忘れてきたのも致命的だったわね。
走り続ける私はまるで映画の中で結婚式の最中、抜け出す花嫁の気分。
愛する人の元へ走り出すヒロイン。
ゴローちゃん……待ってて! 今行きます!
◆
結果なんて分かってる。
分かってて私は告白しようとしてるのよ。
だからこの告白が失敗に終わっても悲しくなんてない。
ゴローちゃんの家の近くの駅に到着した頃にはもう空が明るくなっていた。
途中で携帯電話を落としたから時間は分からなかったけど、皆が通勤や通学する時間だったのかすごい目で大勢の人達に見られたわ。
その中通勤しようとしているゴローちゃんを駅で見つけた。
愛の力って凄まじいなオイ。 あらやだ言葉が……!
そして私は叫んだ。
「ゴローちゃ……!」
ゴローちゃんは女の人と小さな女の子と三人で手を繋いで歩いてた。
見送りにきた奥さんとその子供……。
私に、私なんかに彼の幸せを壊す権利なんて無い。
そうよ、彼はお店に遊びに来てくれて私と楽しい時間を過ごしただけ。
ただのお客さんとただの従業員。
今までも……そしてこれからも……。
そんな事分かってたじゃない……。
でも……どうして涙が止まらないのかしら。
もしかして、私、なにかを期待していたの?
馬鹿ね……そんな事ある訳無いじゃない。
ある訳無いのにこんなに少女みたいにはしゃいじゃって……。
結局自分が傷つくだけなのよ……。
警察から職務質問を受けてる時、我慢出来ずにまた泣いた。
パトカーまで出動する事態になったのだけど、涙が全然止まってくれない。
事情を察してか、優しいイケメン警察官さんがハンカチを貸してくれた。
それで鼻をかんで返そうとすると嫌そうな顔したのを私は見逃さなかったわ。
顔覚えたからねアンタ。
その後、無一文で携帯も無かったから、結局パトカーでお店まで送ってもらったの。
ボロボロのままお店に帰るとお昼だっていうのにママが一人で残ってた。
「おかえり。 飲みな。 奢るからさ」
静かな店内のカウンターで、一人でずっと私を待っていてくれた。
ママは今来たって言ってるけど、山盛りになったタバコの吸い殻の量でそれが嘘だとすぐに分かった。
カウンターに座ったボロボロの私に、ママがそっと出してくれたのは一杯のビール。 ケチったのがちょっと見えて嫌だったけど、その優しさに私はまた泣いてしまった。
ママはタバコに火を付けて、世界で一番優しい目をして語りかけてくれた。
「私があんたくらいのとゲホッゲホッ!」
本当に汚ねぇ花火だな。 あらやだまた言葉が!
でもそんなママが大好き。
私たちはこうして夜の蝶としてまた羽ばたいて行く。
蛹から蝶へ。
そしていつかは紅天女へと駆け上がるのだわ。
ママは汚い花火として既に夜空に打ち上がっちゃったけど、私……やるわ!
私の人生の全てを掛けて羽ばたいてみせる!
理屈じゃ語れないこの思い! この全てをぶつけてくるわ!
あの警察官に!
私はまた走りだした。
私に優しくしてくれたあのイケメン警察官。
この出会いは運命だったのよ! 今、会いに行きますからっ!!
END