プロローグ
私がこの姿になってからどれほどの時が経ったのだろうか。
100年、いや500年は経っているのではないか。
そう自問自答しながら私は自分の骨だけの手のひらを見つめる。
長い間、それこそ普通の人間だったときよりも長くこの体で過ごしてきたためか、いまさら違和感を覚えることはない。
今の私は全身骨である。
俗に言うスケルトンのようなものだ。
なぜこのような姿になったのかと言われても私にもわからない。
気づいたらこの姿になっていたのだから。
だがそれ以前は人間だった記憶も多少は残っている。
とても曖昧な記憶だが、それなりに恵まれた家庭の長男として生まれ、とくに不自由することなく私は育った。
もしかすると身分もそれなりだったのかもしれない。
しかしながら、そんな生活はある日突然崩れ去った。
バフォルト帝国軍の侵攻である。
私の暮らしていたアンデルシアという国はバフォルト帝国の真東に位置し、互いに不可侵条約を結んでいた。
帝国側はそれをやぶったのだ。
私の両親、妹、従者たちは私の目の前で殺された。
なすすべもなく呆然と立ち尽くしていた私も一人の騎士によってあっという間に斬り殺された。
それが最後の人間としての記憶である。
今となってはどうでもいいことではある。
しかし、思い出してあまりいい気はしない。
世の中は理不尽だ。
世界中に暴力が割拠している。
力がすべてを支配し、弱いものは追いやられる。
ある意味これは真理だ。
自然の摂理といってもいいだろう。
だからこそ私は抗わなかった。
それを受け入れた上で、強いものへと、暴力を振るわれる側ではなく振るう側へと変わろうと決めた。
唐突にして生まれ変わったこの体。
私は目覚めたこの薄暗い地下遺跡の中で何百年という時間を鍛錬に費やした。
初めは筋トレから。
骨の体に意味があるのかと自分でも思ったが意外と効果はあった。
疲れない体で無限に続けられる筋トレ。
私は自分が日々、力をつけていくのを実感していた。
ある日私がいつもどおりに筋トレをしようとしていたら目の前に巨体が現れた。
その高さはおよそ3メートルほど。
オーガである。
これが私が始めて自分以外の魔物に出会った瞬間だった。
オーガは私をその目に捉えると、右手に持っていた大きな棍棒を私めがけて振り下ろしてきた。
とっさのことで逃げられなかった私はあろうことか、その棍棒を骨の手で受け止めようと両手を突き出した。
ミシミシッ、と骨の砕けるような音が辺り一帯に広がった。
あまりの威力に体をひしゃげさせながら倒れこむオーガ。
両手を開いて突き出したままの私。
私の日々の鍛錬は想像以上の効果だった。