再会
年の瀬ほど風情のある季節もない。クリスマスのイルミネーションに歳末大売り出し、気の早い家ではすでに角松が置かれて居る。街には人々が行き交い、短くなった日常と反比例するように長い夜が期待と欲望を飲みこんでいく。
そんな年の瀬の喧騒から身を隠すように訪れた図書館で歴史書などに目を落とす。隅の席に居るカップルにふと目が留まる。若かりし日の自分の姿が蘇る。
子供のころから本を読むのが好きだった。友達はそれなりに居たのだけれど、誰かに合わせたり、気を使ったりすることが苦手だった私は放課後になると学校の図書室で、本を読むことが多かった。
彼女は図書委員で、隣のクラスの子だった。小学校から同じ学校に通っていたのだけれど、不思議と同じクラスになったことは一度もない。名前くらいは知って居たのだけれど、口を利いたことはなかった。
「本、好きなんですね」
私は驚いて顔をあげた。にっこり笑って私を見降ろす彼女の姿があった。おかっぱ髪にまん丸い眼鏡がとても印象的だった。けれど、私は特に言葉を返すわけでもなく、すぐに再び本に目を落とした。
「隣、座ってもいいですか?」
そう言うと、彼女は私の返事を待たずに隣の席に腰掛けた。特に気に掛けた風もない様に装っては居たものの、わたしの心臓はにわかに鼓動を早めて居た。隣に座った彼女はその後、話し掛けることもなくただ私の隣に居るだけだった。次の日も、その次の日も…。
ある日のことだった。
私はいつものように放課後に図書室へ行った。本を一冊選んでいつもの席についた。けれど、その日彼女の姿はなかった。彼女のことが気になって、私は読書に集中することが出来なかった。
「今日はね…」
私はハッとして顔をあげた。そこに居たのは癖っ毛できりっとした顔立ちの気の強そうな女の子だった。
「今日はね、美幸、学校を休んだのよ」
私はその時、彼女の名前が美幸であると知った。名字が武内だということは知っていたのだけれど。それよりも、学校を休んだということが気になった。風邪でもひいたのだろうか…。
「美幸ね、転校するんだよ」
転校?そう聞いた時、私は自分が動揺していることに驚いた。
「午雲くん、これ…。美幸から預かったんだ」
彼女は真っ白な封筒を手渡してくれた。
「どうして、僕の名前を?」
「図書委員ならみんな知って居るわよ。どの本の貸し出しカードにも午雲くんの名前が書いてあるんだもん。じゃあ、確かに渡したからね」
彼女が立ち去った後、私は封筒を開けた。入っていた手紙に目を通した。
『午雲くん、私、父の仕事の関係で急に引っ越すことになりました。午雲くんは図書室では有名人で、結構人気があったから私も午雲くんの隣に座るのは大変だったんだよ。午雲くんはずっと本ばかり読んでいたけれど、私はずっと午雲くんの隣に居られてとても幸せでした。25日のクリスマスの日に引っ越しするから、準備とか色々あってもう学校へは行けません。何度か打ち明けようとも思ったのだけれど、読書の邪魔をしたくなくて黙っていました。でも、黙って行ってしまうのも悪いかなと思って最後に手紙を書きました。可笑しいね。午雲くんが私のことをどう思っているのかも判らないのにね。引っ越し先の住所を書いておきます。気が向いたら手紙を書いてくれると嬉しいです。今まで、ありがとうございました。午雲くんの隣はとても居心地が良かったです』
私は手紙を読み終えると、封筒に仕舞って、それを制服の内ポケットに押し込んだ。そして、再び、読みかけの本に目を落とした。しかし、目からは涙が溢れて文字を読むことは出来なかった。
今頃、彼女はどうしているだろうか…。結局、私は見送りにも行かなければ、手紙も書かなかった。あの頃はそんな勇気を持てなかった。まあ、今となっては懐かしい思い出に過ぎないのだけれど。
「午雲さん、相変わらず勉強意熱心ですね」
私が顔をあげると、そこには日下部さんが居た。一人、女性を連れて居る。ストレートの長い髪がとてもきれいな美人だった。まったく、日下部さんらしい。
「日下部さんこそ、いつもモテモテで羨ましいです」
「ああ、彼女…。あっ!ゴメン、ちょっと用事を思い出した。失礼!午雲さん、ごゆっくり」
日下部さんはそう言うと、そそくさと去って行った。相変わらず、忙しい人だ。
「隣、座ってもいいですか?」
そう言うと、彼女は私の返事を待たずに隣の席に腰掛けた。
「えっ?」
「午雲くん、相変わらず、本が好きなのね」
「えっ!」
「やっぱり覚えて居ないわよね」
「武内さん?」
「覚えて居て呉れたの?嬉しい…」
「まさか…。どうして?」
「あの人が突然現れて、午雲さんに会わせてあげるからおいでって言うのよ。びっくりしちゃったわ」
どうして日下部さんが武内さんのことを知って居るんだ?ほんとうに不思議な人だなぁ…。
「ねえ、午雲くん、今日はこれから食事にでも付き合ってくれないかしら。話したいことがたくさんあるの」
「もちろん!」
私は本を戻して彼女と一緒に図書館を出た。メールの着信音が鳴った。日下部さんからだった。
『メリークリスマス!』