第二十四話 最果ての村ラシェアンV 『楽しんだ過去にさよならを』
ざわざわと、風が吹く夜の平原。
その中心に、シュテンはぼんやりと立っていた。
「っつか……バーガー屋が送り込んできた場所ってのぁ随分ラシェアンと近かったんだな」
「ラシェアン自体、隠れ里みたいなものだから。あたしも驚いちゃったけど」
隣には、後ろ手を組んだユリーカ。
同じように見上げる空は暗く、星々が瞬く綺麗な景色。
ここはシュテンが目を覚まし、ユリーカが降り立った始まりの場所。
そんなに長い旅ではなかったが、それでも十日以上は経っていた。
ラシェアンから歩いて来ることが出来るほどの距離であったことに若干釈然としないものを覚えつつも、"秤"のレックルスがどれほど正確な転移をやって退けたのかということを思い知らされる状況。
「……シャノアールの奴は?」
「戦後会談? とかなんとか言ってた。このまま魔王軍を引かせるみたいだけど、そこにはシャノアールも同行するし……とりあえずぼろぼろになっちゃったラシェアンを直す為のお金とか、そういうのを話しあうみたい」
「シャノアールで大丈夫なのかそれ……半分部外者だろあいつ」
「んー、そうよねー」
ふと、会話が途切れる。
そよ風が頬を撫で、シュテンの長い髪が靡いた。ユリーカはそんな彼の髪を眺めながら、ぽつりと呟く。
「……ありがとね?」
「あん?」
「や、だから。あたしがこうして今ここに居るのも、うじうじしないでみんなのこと助けられたのも、全部シュテンが居たからだから、さ」
「んなこと言ったら浜に打ち上げられてた俺を拾ったお前の功績だろ。そのあたりの問答ってやつぁ堂々巡りだ。やめておけ」
「いーじゃないべつに。ほんとに、嬉しかったんだから」
「あ、そ」
素っ気ない返事に、若干頬を膨らませながら。
とがった唇を元に戻して、ちょっと笑う。
過去に来てからたった十日。レックルスとの約束までは、まだまだあと二十日くらいはあるだろうこの状況。それでも、凄まじい密度の日々だった。この場所に降りたって、ティレン城に行って、戦って、ラシェアンに来て、こうして、ぐるりと。
その途中にあった色んなこと。
一号と出会って、シュテンに笠を作ってあげて、シャノアールとタリーズに出会って、魔族と人間の確執を改めて知って、シュテンの母親にも出会って、ティレン城を防衛して、シャノアールが魔王軍に付いてしまって……あの時のユリーカは、不安でいっぱいだった。ラシェアンを魔王軍が攻めるタイミングと被ってしまったこともそうだが、過去で出会った友人が見せた辛そうな表情と、自分がなにもしてあげられなかったもどかしさ。本当に、本当にいろいろなことがあった。
そして、そのすべてを。
隣で欠伸している青年は、当たり前のように切り抜けた。
「……一足先に、シャノアールとはお別れだね」
「用が済んだんだから、あいつらに付いていくのも面白いたぁ思うがな」
「それで未来に帰れなくなったらどーすんのよ」
「ああ、そういやここ離れちゃまずいんだった」
そうかぁ、シャノアールとはもうここでお別れか。と、ぼんやりシュテンは言う。サインを貰っておこうかとか、おみやげでも持たせるかとか、訳の分からないことを口にする彼を横目に、ユリーカはふと思った。
思って、つい口にした。
「しばらくラシェアンにお世話になろうとは思ってるんだけど――」
「ん?」
「――そのまま……時代が追いつくまで一緒に居るのも……いいかなって」
堕天使の村には、異種族も結構居る。堕天使の数が少ないからではあるが、だからこそ妖鬼が一人紛れ込んだところでなにも問題はないだろう。だったら、二百年くらい、そんなに大した年数でもないし。
少し照れくさくて、顔を赤くしながら。
そんな希望というか願いというか、そういうちょっとした提案は。
しかしシュテンに笑って却下された。
「はっはっは、そいつぁ無理だ」
「えっ」
「ここで二百年生きちまったら、本来よりも二百年短い寿命しか生きられねえじゃんか。そいつぁ勿体ねえよ。過去だって楽しいが、未来にこそ更なる浪漫がある。それを寿命で見られないなんてことになったら……俺は死んでも死にきれねえよ」
「……そっか。……ちょっと、残念かも」
ちろりと舌を出して、ごまかす。
そんなユリーカの表情に、シュテンは何か思うところがあったのか。
「ま、過去の連中ともう会えなくなるってのは確かだしな。……出会いも別れも、するときゃするもんだ。名残惜しくはあるが、そこで足踏みしてたら次の新しい出会いはやってこねえってもんよ」
「それでも、ちょっと寂しいよ」
「その辺は人情よ。また会いたいと思える出会いが山ほどあれば、きっと人生楽しみは尽きねえさ」
「なんかシュテン、自分勝手」
「はっはっは、自分にも素直に生きられねえ奴の人生のなにが楽しいってんだ」
「……むぅ」
からからと、シュテンの笑い声が草原に響きわたる。
数羽の野鳥が空に向かって飛び立つのを眺めながら、彼の言葉の意味を咀嚼して。
もしかしたら、自分のところからもあっさり居なくなってしまうような気がして。
「シュテ――」
「おー、あんたらそこに居たのかい! 探したよ!」
「お、オカンにシャノアールにタリーズに……もうめんどくせえ、ようみんな!」
「あれ!? せめてオイラのことくらい呼んでくれてもいいんじゃねえですか兄貴!?」
声をかけようとして、遮られた。
「ん?」
「な、なんでもない」
慌ててパタパタと眼前で手を振ると、首を傾げつつもシュテンの視線は前に行った。草原の向こう、ラシェアンの方角からぞろぞろとやってくる、シュテンもユリーカも見慣れた面々。イブキや一号の後ろから、シャノアールにタリーズ……そして、堕天使たちも数人見えていた。その中には、幼いユリーカの姿もある。
「よう、シャノアール。別れの挨拶ってか?」
「身も蓋もないね。それもあるけど、一番最初にかけるべき言葉は別だよ。このボクにとってはね」
「あん?」
タリーズを抱いて前に進み出たシャノアールが、肩を竦めてからタリーズを地面にそっと降ろした。一番にかけるべき言葉。それが何なのか分からないシュテンは頭上に疑問符を浮かべながら、彼に向き直る。するとシャノアールは一つ咳払いをしてから、右手をシュテンに差し出した。
「今回のこと……感謝する。友よ」
「……ははっ」
『きみとは、良い友になれそうだと思ったからね』
『何言ってやがる。もうダチだろうよ』
『……はは、そうか。そうかも、しれないな。良い友を持った、と思っておこう』
シャノアールの家のバルコニーで交わしたあの時の言葉を思いだし、シュテンの口角がつり上がる。差し出された手を力強く握り返し、二人して笑い合った。
「いつの間にかすっごく仲良くなってるし……!」
あの会話がなされたのは、ユリーカが眠ってしまってからのことだ。
ユリーカが覚えているのは、シャノアールとシュテンの盛大な掛け合い。こんな風に友情が刻まれてしまった以後どれだけの疲労が我が身に降り懸かるのだろうかと思いかけて、首を振った。
あの時のような掛け合いも、ユリーカが呆れることも、もうないのだと。
高らかに笑い合うシュテンとシャノアール。その間に、てこてこと歩み寄った少女の存在。それに気が付いたのは、ぼんやりと一人寂しい思いに浸っていたユリーカだった。
「……タリーズ?」
「んぉ?」
「やぁ、どうしたんだい?」
シュテンとシャノアールの二人も、タリーズを見下ろす。先ほどまで二人の楽しそうな会話に微笑んでいるだけだった彼女が前に進み出てきたこと自体が珍しいのだが、彼女はそのままシュテンとユリーカのほうに向き直って。
「……」
「ん?」
「どうしたの?」
もじもじと、手をふともものあたりですりあわせながら。
顔を真っ赤にして、躊躇いながら。
それでも、一切二人から視線を離すことなく。
「……」
背後のシャノアールの表情が変わる。
先ほどまでの笑顔から、どこかはっとしたような、驚いたような。
ユリーカは一瞬そんなシャノアールを見て、タリーズに視線を戻した。
彼女はすぅ、はぁ、と大きく深呼吸して。
「……ぁ」
シュテンの目が見開かれた。ユリーカとて、言葉が出ない。
声が一切出ないはずのタリーズの口から漏れた、小さな小さな音。
「……ぁ、ぃ……が……と……」
静まる、周囲。
言えた、とばかりに満面の笑みを見せるタリーズ。その瞳にあふれる、滴。
「た、タリーズおま……」
「あ、あはは」
上手く言葉を返せないシュテンと、どこか感極まったように目もとを拭うユリーカ。
そして。
「タリーズ!!」
「……っ」
背後から勢いよく彼女を抱きしめたシャノアールの声色がふるえていて。
「……こいつぁ、……いいや。こちらこそありがとな、タリーズ。……おいシャノアール、タリーズの背中で泣くんじゃねえよ」
「う、うるさい!! 泣く時は泣くさ!! この、ボクもね!!」
「……」
嬉しそうなタリーズと、その背でおいおいと泣きわめくシャノアール。
感化されたシュテンも乾いた笑みとともに優しい目で彼らを見つめていて。
ユリーカと、何故か影響されたらしい一号もぼろぼろと泣いていた。
その背後で、どこか考えるように顎に手を当てるイブキ。
「……シャノアールっつったか。お前、このタリーズって子……魔王軍に連れていく気か?」
「……きみは、シュテンの母親……予定の人だってね。一応、そのつもりだ」
「彼女……無力な妖鬼だよ。魔族の巣窟に放り込んだら、たちまちあんたの弱みにされる。守れるのかい?」
「……それは、守り抜くしかないさ。このボクの命に代えてもね」
何かを思い立ったようにシャノアールとの会話を始めたイブキに、周囲の注目が集まる。いったいどういう話なのか。瞳を赤くして、手でこすりながら答えるシャノアールには、普段のようなオーラはない。
「一つ提案があんだが……あんたこの子、あたいに預けてみないかい?」
「……は?」
その、シャノアールの言葉は周囲の面々の総意であったことは間違いなかった。
いったい彼女は何を言っているのか。きょとんとした表情のタリーズも、イブキを見据えて動かなかった。
「武術の才能はありそうだ。同じ妖鬼として、鍛えてやりたい気持ちがある。あたいもそろそろ山に帰ろうと思ってたからねえ……会いたければジャポネの山に来ればいいし……どうだい?」
「……え、や……それは……」
言葉を濁すシャノアール。
と、割って入ったのはユリーカだった。
「ちょ、ちょっと待って。タリーズだってせっかく喋れるようになりそうなんだし、それに……人間の寿命は短いし……引き離したらかわいそうよ!」
「それもあるんだよユリーカ。シャノアール……あんたの寿命がきたらその子どうするんだい」
「ぁ……」
ユリーカが言葉をなくす。シャノアールは相変わらず考え込むように俯いたままだ。
傍観に徹するシュテンはイブキを見据えたままで、そのイブキはといえば指を立ててシャノアールに言葉を続ける。
「身寄りもない、力もない、魔導に弱い。そんな状態のままのタリーズだ。今回だってそういうことがあったから起こったんだろう? あたいはちぃとお節介でね……こういうことは放っておけない質なんだ。……それに」
「……それに?」
「今のこのタリーズ……こんなちっちゃいのに良い子じゃあねえか。最高に愉快なものを感じたんだよ。状況見てるだけで分からぁな。喋れなかったんだろう? それを、父の礼を言うという目的の為だけに克服して見せた。……かっこいい、妖鬼じゃねえか。あたいは、そういう奴が好きなんだ」
言葉を重ねるイブキ。
その表情は晴れやかで、その視線はまっすぐタリーズに向いていた。
と、そのタリーズは。イブキの瞳を真っ正面から受け止めると、彼女を抱き止めていたままのシャノアールの手をそっと降ろしてから、彼に振り向いた。しゃがんで彼女を受け止めていたままの彼とタリーズは、同じ視線の高さで見つめあう。
「……タリーズ?」
「……ぁぃ、がと!」
「っ」
正面切っての、笑みとともに放たれたその言葉。絶句するシャノアールの頬に、さらに不意打ち。温かなものが触れたかと思えば、ぱたたー、とイブキの方に駆けていった。
「あっはっは!! ほんとうに、お前さんらは良い親子だったんだぁねぇ……!! ますます気に入ったよ……タリーズ、お前が親父を守れるくらいに鍛えてやるからな!」
「……」
無言で頭を下げるタリーズに、シャノアールは呆然としていて。
その肩をポンとたたく、シュテン。
「随分と早い親離れで戸惑ってんのか?」
「……あ、あはは……。いや、まあ……うん。弱みになるのは、確かだけど。それをタリーズに意識されてしまったのが、敗因かな」
「敗因じゃねえよ」
「ん?」
「最高の親子だ。たまに顔見せに行ってやれ。ありゃ親離れじゃねぇ……お前の娘として誇る為の行いだ。偉大な父を持って、自分もがんばりたいって思った子の姿だ。胸張って、父として偉大であり続ければいいさ」
「……それは、とても……荷が重いなぁ。このボクでもね」
参った、とばかりの笑みとともに、シャノアールはイブキとタリーズを見つめる。
さっそく徒手格闘の構えを、拙いながらも取っているタリーズを見てため息を吐いた。
「十年もすれば、吹き飛ばされる気がするよ」
「魔導で蹂躙してやればいい」
「それは大人げないとかの域を超えていないかい?」
からからと、笑い合う。
シュテンはシャノアールの隣に腰を降ろし、しばらくの間、タリーズの一生懸命な体術を眺めていた。そんな二人の後ろで、ユリーカはぼんやりと彼らを見つめながら物思いに耽る。
もう、これで最後なのだと。
楽しい思いでも、全部、全部。
やりきれない思いもあれど、しかしそれは仕方のないことだ。
そんな切ない気持ちでぐしゃぐしゃになりながら、ぼんやりしていたその時だった。
「……ぁ、ぁの」
「ん?」
振り返れば、一人の幼い童女。
ふと、ユリーカは息をのんだ。それも仕方がない。彼女は自分自身なのだから。
「ママ……なの……?」
「ええっと……」
困り顔で頬を掻く。
自分が母だと思っていた人物は、実は自分で。そんなことになっているからこその、戸惑いだった。
「何してんだ?」
「おや、ああ彼女はもしかして……」
くるりと、シャノアールとシュテンが振り返る。
彼らの目に映るのは当然ながら親子ではなくビフォーアフターだ。シャノアールは何かを察したらしく手を打って、シュテンはと言えば何故彼女とユリーカがコンタクトを取っているのか分からないから疑問符だ。
「あれ、なんでユリーカとユリ――」
「あ、あたしユーリカだから! ね!? そういうことで!!」
「ユリーカとユーリカってアホほどわかりにくいんだがそれでいいのかおい……」
慌てて童女ユリーカのほうを見れば、目の前のハハオヤモドキが同名だとは気付かなかったようだった。ほっと一息入れつつ、ユリーカはふと思い立って童女ユリーカの前にしゃがみ込む。
「ねぇユリーカ。このシャノアールお兄さんに着いていける?」
「シャノアール、おにいさん?」
「んん!? どういうことだいユリ……じゃなかったユーリカちゃん!?」
イブキに続き、突然の提案に困惑するシャノアール。
だがユリーカの瞳はいたって真剣で、だからこそ意図が掴めなかった。
「そうすればまた会えるから。ね?」
「ほんと?」
「うん」
ユリーカと童女ユリーカの間でまとまりつつあるそんな話に、男二人は説明しろとの視線を送り続けている。彼女は肩を竦めると、まずはシャノアールに視線をむけた。
「あたしは自力で強くなれる。だからシャノアールの足手まといにはならないし……」
と、シュテンと目を合わせて、いたずらっぽい笑みを浮かべて。
「……魔王軍に居なくちゃ、あたしシュテンに会えないから」
「……おま」
ちろりと舌を出したユリーカの台詞に、シュテンは盛大なため息を吐いた。
いいかしら、と続けてシャノアールに問いかければ、シャノアールも消化不良ではありそうだが頷いた。
「ユリーカちゃんならまあ大丈夫だろうけれども……ユリーカちゃんはそれでいいのかい?」
シャノアールの視線が横へスライドする。見据えられた童女ユリーカはと言えば、くいくいとユリーカのスカートの裾を引っ張った。どこか耳打ちでもしたそうな彼女に応えてユリーカがしゃがみこむと、童女ユリーカは少々恥ずかしそうにしながらもぽつりと言った。
「シャノアールおにいさんに着いていったら……パパのお嫁さんになれるかな」
「あ、あはは……」
ちらちらと、童女ユリーカの視線は思いっきりシュテンに向かっていた。
ユリーカ自身も頬を掻きつつ、それでも彼を一瞥してから。
「なれる……かもね。じゃあまずは強くなること」
「うん! あたしがんばる!! がんばって、パパに会って結婚する!!」
そっとユリーカの耳から顔を離すと、童女ユリーカは満面の笑みでシャノアールの元に向かった。そんな彼女の背中を見ながら、ユリーカはつぶやく。
「子供って大胆だなー……でもなんか……やっぱりあたしだなー……」
よろしくお願いします、と頭を下げる童女ユリーカに頷いて、シャノアールは腰を上げる。ぽんぽんと草を払い、ゆっくりと立ち上がったシャノアールは、全員をぐるりと見渡してから。
どこか清々しい笑顔とともに、一歩、踏み出した。
「そろそろ、行くよ」
「タリーズは、いいのか?」
「彼女はまた会おうと思えば会える。それなら頑張れる。このボクはね」
「そうか」
その背に、ぱたぱたと翼を動かしながら童女ユリーカはついていく。
時折シュテンとユリーカに振り返って手を振る彼女は、二人に振り返されるととても嬉しそうで。
少し距離を取ったところで、シャノアールはイブキとタリーズの方に体を向けて、叫んだ。
「イブキさん! タリーズを、頼みます!!」
「任せろ!! お前の娘に恥じないよう鍛えておいてやる!! たまには来い!!」
「……っ!」
大きく頭を下げて、それからシュテンたちの方を見て。
「別れは辛いが……きみたちとはこれで最後だ。ほんとうに、ほんとうにありがとう!!」
「楽しかったぜシャノアール!! かっけえ奴に……歴史に残る奴になれよ!!」
「ありがとー! ほんっとに……あり……がと……!!」
それを最後に、シャノアールは一つ笑うと。
童女ユリーカの頭にぽんと手をおいてから、何事か唱えて。
すぅ、と粒子となって消えていった。
「……行っちゃった」
「まぁ、そうなるわな」
最後まで手を振っていたユリーカが、しんみりとそんなことを言って。
同じように彼の消えていった方角を眺めていたシュテンが、簡単に応えた。
「さて、あんたらはどうするんだい?」
相変わらず活気満点の声に振り返れば、腰に手を当てたイブキと。寂しそうにシャノアールの消えていった方角を見つめるタリーズの姿があった。
その近くでは、何故か堕天使たちと意気投合したらしき一号が仲良く会話している。シュテンの視線に気付いたか、一号はとことことやってきた。
「しばらくの間逗留認めてくれるそうっすよ」
「あ、わざわざそれ話してくれてたのね」
「や、そりゃあ!」
ぽりぽりと頭を掻く一号に苦笑して、ユリーカとシュテンは顔を見合わせる。
どうすると言われても、目的は特にない。
だがだからといって無為な毎日を過ごすなど、シュテンの魂が許さない。
ふむ、と腕組みをしたその時だった。
バリバリ、と凄まじい電撃の音がしたかと思えば、草原の中央に黒い球が出現した。
それはまるでブラックホールのように広がりながら、ところどころに稲妻を走らせる。シュテンはそのホールに、そこそこの見覚えがあった。
「……ゲート?」
「あ、兄貴なんっすかこれ!?」
ちょうどシュテンとユリーカの目の前。
レックルスがよく使うゲートと似たようなものが展開され、シュテンが二人は入れそうなサイズにまで拡大される。
だがレックルスのゲートに、こんな禍々しい紫色の稲妻が走っていたような覚えは、シュテンにはない。
「誰かくんのか?」
「……違う」
「あん?」
であれば他人のものだろう、と考えたシュテンの言葉に対し、ぽつりと呟かれた否定。隣をみれば、唖然とした表情でゲートを見つめるユリーカの姿。
「違うってのは、なによ」
「レックルスのゲートは普段確かにこんな稲妻走ったりしないけど……過去に来る時を思い出してよシュテン……」
「……え、まさかこれレックルスの迎えのゲート? 早すぎねえ?」
「ちょ、兄貴!? 一体全体何が起こってるんっすか!?」
慌てる一号。背後ではイブキも訝しげな表情。奥の堕天使たちの間にも騒然とした波紋が広がっている中で、シュテンは顎に手を当てて思考する。
「もし迎えのゲートなら飛び込む他ねえな。一号、オカン、タリーズ。悪ぃが、俺たちもお別れの時間だ」
「ええっ!?」
「……そうかい」
「……!」
三者三様の反応を見せた彼らに対して手をあげて、シュテンはそのゲートに足を踏み入れようとして、その腕を止める少女。
「待って。おかしい。こんなタイミングにレックルスがゲートを発動したとしたら、きっと向こうで何かがあったとしか思えない。……一緒に行く。バラバラに入って時間差とかあったらしゃれにならないし」
「……そうだな。よし……じゃあな、お前ら!!」
「あ、兄貴!!」
離すまじとシュテンの手を握ったユリーカ。
そこで、どこか悲壮感漂う表情の一号が目に入る。
あまりと言えばあんまりな別れだ。
シュテンはふ、と口角をあげて、一号やイブキ、タリーズに視線を向ける。
「そろいもそろって鬼がなんつー顔してやがる。……オカン、マジで魔導には気をつけろ。いつか洗脳系の何かを使って山を襲う連中がいるかもしんねえ」
「……あいよ。ま、またどうせ会うさね」
「タリーズ。きっちり鍛えてくれよ。いつか会おうな」
「……」
「一号。……お前、きもいぞ」
「兄貴ィ……!!」
シュテンの言葉に頷いたタリーズとイブキ。
その二人とは別に、一号は覚悟を決めたような表情でシュテンにむきなおった。
「兄貴……、今生の別れとは思いませんが……おいら、あんたに言ってなかったことがあるんっすよ」
「なんだ突然」
「いや、ここで言うのもあれなんっすけど……こう、一つ許可というかっすね。なんかこう、いただければと」
「だからなんだよ」
じれったい一号に、シュテンは首を傾げる。ゲートが閉じればおじゃんだ。
そう考えると、一刻が惜しい。シュテンの右手を握るユリーカの力が強くなっているのが、その証左だった。
が、一号の言葉はその斜め上を行った。
「兄貴は……ずっとずっっとカッコよかったっす! そんなカッケエ兄貴のことを、オイラはいつか越えたいと、思ってるっす!! ……オイラ……オイラ……実は本名、兄貴と同じなんっすわ」
「え」
「けど、シュテンってぇ名前は酒呑み野郎って意味だ……オイラはあまり名前が好きじゃなくて……一号ってえ名乗ってました。兄貴の名前がシュテンと聞いて……オイラ、やっぱり名乗りたくなったっす。最強の妖鬼シュテン……オイラぁ豪鬼族っすけど、兄貴の背に憧れたんっすわ。だから、オイラはシュテンになりたいんっす!」
「……へえ」
シュテンは、何を言うでもなく笑って、親指を突きだした。
「いいんじゃねえの! 元々お前さんの名前に文句つける理由はねえ! 期待してんぜ、シュテンさんよ!!」
「はいっす!!」
気合いを入れる一号に、改めてシュテンは頷いて。
「じゃあ行くぜユリーカ!」
「うん、みんなバイバイ!!」
ユリーカとともに、ゲートの中へと飛び込んだ。
その先で、何が起こっているのかはまだ、分からない。