第二十三話 最果ての村ラシェアンIV 『アイドル病的なサムシング』
空で戦っていた堕天使たちは、その異常さに気が付いた。
地で猛威を振るうイブキ、空で皆を助けるユリーカ。二人の立ち回りに助かっていたところに現れた、グラスパーアイ。
先ほどあっさりとバリケードを突破されただけに警戒度はかなり高く、どこに潜伏しているのかと戦々恐々としていたところに、とうとう彼は姿を現した。
だが、様子がおかしい。
先ほどまでの余裕がない。
動きが精彩を欠いている。
そしてなにより。
更なる力をもった化け物に、ただただ圧倒されている。
「……いったい」
あの妖鬼は、何者だ。
そんなどよめきが広がる中、ただ一人地上で鎖鎌を振り回す女が誇らしげに獰猛な笑みを見せていた。
体が宙に浮いた。
妙な浮遊感。それに気付いた時には、もう遅い。
「オルァアアアアアア!!」
「がっは……!?」
めり込んだ斧の石突、鳩尾を中心に浮いた体。視界に入る、高速で迫る踵。
クリーンヒットした顔面から、勢いよく遠方へと弾き飛ばされる。
叩きつけられたのは民家の壁。反動でバウンドするように内蔵を揺さぶられ、たまらず吐き出す血。しかしそれで攻撃は終わらない。今にも肉薄する脅威に対し、死にものぐるいで魔眼を発動させる。
「……穿てッ……!!」
土より突き出る大量の槍が、迫る男を貫かんとホーミングする。だがその攻撃ですら、彼の速度に届かない。
「化け物めェ……!!」
「ほざけ、ダボがッ!!」
大斧を振るい、高飛びの要領で石突を地面に叩きつけて跳躍したシュテンが、器用に大斧を回転させながらグラスパーアイの脳天めがけて振り下ろす。
「くっ……!」
たまらず転がって回避するも、その風圧に吹き飛ばされて空を舞う。
コウモリに守護されながら空へ空へと上昇し、妖鬼の届かない位置にまで向かおうとした、だが。
「っしゃあ!!」
「がっ!?」
クレーターを作成するほどの攻撃を叩きつけた直後だというのに、シュテンの体勢は既に元通り。亀裂の入った大地を思い切り踏みつけると、なんと地面から反動で土塊がいくつも浮かび上がった。
「四番センター、シュテン!! ピッチャー返しは得意ってなァ!!」
斧の腹で以てその土塊をかっ飛ばす。明らかに空気摩擦で燃焼し始めているメテオさながらの攻撃に、たまらずグラスパーアイは降下する他ない。
しかしそれこそシュテンの思う壷。降りてきたところには既に大斧を担ぎ待ちかまえる妖鬼の姿。
「クソ、クソ、クソッ……!!」
悪態を吐きつつも現状は変わらない。
魔眼を行使し、周囲の民家から大量に木々をかき集めてなけなしの魔力でそれをシュテンに向かって放つ。
「くたばれ、化け物!!」
「っとと!!」
木材による怒濤の襲撃。しかし、その全てをシュテンは見切り、弾き、切り捨てていく。にっちもさっちもいかない状況。全ては順調であったはずなのに、どうしてこんなことに。何故、こうも無茶苦茶に。
「おおのれええええええええええええええ!!」
「こっちの台詞じゃ、ボケ」
魔素を限界まで展開。グラスパーアイの周囲に顕現する、大量の魔導武器。
風槍、炎の矢、氷の剣、土の鎚。その全てに付与された魔導属性。あきらかにグラスパーアイの魔力許容量を越えるその規模に、シュテンは舌打ちした。
「……テメエ」
「纏めて死んでしまえ、ゴミ共がァ!!」
振り返れば、魔力の残っていないシャノアールと生身の一号、そして抱かれたタリーズの姿。シュテン一人なら守りきれるだろうが、これは。
「村……燃えんじゃねえか」
「死ぃねええええええええええ!!」
「ちっ」
シュテンは迷わず前に出た。
今グラスパーアイを殺せば、それで問題はなかろうと。
と。
「ぎゃぱっ……!?」
「あん?」
人のものとは思えない叫び声に、シュテンは目を瞬かせる。
宙に浮いたままのグラスパーアイの喉に突き刺さる、一矢。
「……間一髪、かな?」
「俺の経験値返せ」
「ひっど!? 助けてあげたのにそれはないんじゃないですかー!?」
シュテンの、頭上。
三対の黒翼を羽ばたかせた、堕天使の少女がそこに居た。
大の男でも引き絞ることさえ厳しそうな強弓を片手に。
「かっはっ……」
どさり、と地面に倒れ伏す一人の男。
同時に、展開されていた魔導が全て掻き消える。
「喉に直撃とか、結構えげつないことするね、おまえさんも」
「……村のみんなの仇だし、やっちゃっていいと思う」
「そうかい」
「うん」
併せて、シュテンの隣に舞い降りたユリーカ。
同じように、少し先で倒れたままのグラスパーアイを眺めながら言葉を交わす。
「……魔王軍は?」
「まだ戦ってる。けど、頭をやったんだから少しは大人しくなるんじゃないかしら」
南の空を見上げれば、確かにまだ魔獣たちが堕天使たちと交戦の最中だった。
と、そこへ現れる一人の影。
「その辺に関しては、うまくやろう。このボクがね」
「シャノアール!!」
「ああ、迷惑をかけたね、ユリーカちゃん」
申し訳なさそうに、困ったような笑みを見せるシャノアールに対し、ユリーカはただただ首を振った。若干目に涙を湛えながら、それでも嬉しそうに。
「そんなことない。シャノアールも無事で、よかった。タリーズも」
シャノアールの後方で、タリーズを肩車している一号の姿が見える。
わっしょいわっしょいと歩き回る一号に、タリーズも先ほどまでの気力を失ったぐったりとした状態から、幾分か元気を取り戻しているようだった。
「おかげさまで、ね」
「で、シャノアール。うまくやるってのはどういうことだ?」
「……もうティレン城は抜けた身だ。魔王軍には、行こう。このボクがね」
「っ?」
ぴくり、とシュテンが眉を動かした。ユリーカもそれなりに驚いているようで、目を丸くしてシャノアールを見つめる。そんな二人の疑惑を含んだ視線に、しかしシャノアールはおどけつつも瞳は真剣に見返した。
「グラスパーアイがああなったとはいえ……魔王軍に入るという約束を交わしたのはこのボクだ。けど、そうであるからこそ都合がいい」
「……ってーと?」
「魔王軍の側に入って、こんな悲劇が起きないようにしよう。そうすると誓おう。幸いポストは悪くない。それにきみたちが出会うという孫娘は……魔王軍に居るんだろう?」
「や、言いたいことはわかるけどよ。ヴェローチェさんはぶっちゃけ魔王軍に居ない方がいいんじゃねえかと……」
「そもそも魔王軍にこのボクが向かわなければ、彼女は生まれないかもしれないんだろう? だったら、それも悪くない。人間に愛想が尽きているのも……本心だ」
「あー……や、別に……うーん……いいの、か? それ……」
大斧を背中に戻し、腕を組んで首を傾げるシュテン。
そんな彼を見て、シャノアールはカラカラと笑った。先ほどまでの遠慮したものではなく、心のそこから愉快そうに。
「はっはっは。それにね、シュテンくん。いずれにしてもグラスパーアイが居なくなった今、ここに居る魔王軍の現トップはこのボクだ。とりあえず攻撃を止めるように、とだけ言ってこよう。この、ボクがね」
「お……おう……」
くるりと背を向けると、シャノアールは片手をあげて去っていった。
一号に二言三言呟いて、彼もタリーズを肩車したままついていく。上手く口先で言いくるめる算段でもあるのか、それはわからない。
けれども今のシャノアールであれば何とかしてくれるのではないかと、シュテンはそう思った。既に魔王軍の動きは精彩を欠き、このままなら時間の問題で片付くようにも思えてくる。いずれにせよ、何とかなったようだった。
「……終わった、な」
シュテンは周囲を見渡して、ユリーカに問いかけた。
「グラスパーアイは、殺しちゃったけどね」
「そうか、俺たちにとっての二年前まで生きてた奴を、殺したのか」
この時点で、タイムパラドックスが起きることは確定した。
元々レックルスのゲートを使ってのタイムスリップは、歴史を改変することを前提にしたものだ。このままシュテンとユリーカが現世に戻れば、おそらくはグラスパーアイはここで死んだものとなっているのではないだろうか。
と、考えるのであれば。
「どうだい。あの時と、同じか?」
その問いかけは簡素なものだった。
けれど、ユリーカは意図を察したようでぐるりと村の中を見渡して。
そして、微笑んで首を横に振った。
「……ううん。もっとヒドかったし、みんな死んじゃったし……きっと、あたしは守れるものを守れた」
「そいつぁ、なによりだ。親父さんとお袋さんは俺のほうじゃ見つからなかったんだが、どうだった?」
何の気なしに、ついでと思って聞いたつもりだった。
少なくとも、シュテンにとってはそうだった。
だがユリーカの顔が、とたんに真っ赤に染まり上がって。
「…………ぁ、ぇ……ぁ、うん……」
「あん?」
「よ、よくわかんない!! あはは、あたしったらそっちの目的すっかり忘れてたかも!」
「あぁ? 忘れてたってお前……元々この過去行の目的は――」
「わーわーわー! いーの!! いーったらいーの!」
「いやいやいやいや」
いいわきゃねーだろ俺の苦労はどこへ……。
とぶつぶつ呟くシュテンに対し、耳まで赤く染めながらもユリーカはにへらとした表情のまま彼を見つめていた。その視線に気付いたシュテンが、いぶかしげな表情でちらりと彼女を見れば。
「大好き」
「ああ!?」
「なんでもなーい。へへ」
「いやお前今確実になんかこうこっぱずかしいことを」
「べっつにー? シュテンの耳腐ってんじゃないの? あ、角?」
「角は耳じゃねえよ!!」
え、なに。俺の耳? 俺のせいなの? いやでもこいつ今明らか俺に向かって……あ、もしかしてあれか? アイドル病? 今おれのこと見てたー的なサムシング? いやいやいやいや。
背を向けて、頭を抱えるシュテンに対してユリーカはちろりと舌を出す。
さしものシュテンも、直撃には弱いらしい。そんなことを胸に刻みながら、ユリーカは空を見上げた。
既に戦いは終局して。
おそらくはきっと、シャノアールが上手くやってくれたのだろうことが、教えられずとも察することが出来た。




