第八話 アルファン山脈I 『烏天狗の下駄』
はーい、こちら現場のシュテンでーっす。
……シュテン、という名前に納得がいった訳でも、前の名前をあきらめたわけでもないのだが、せっかくなのでシュテン(仮)で行こうと思う。アメーバで検索しても出てこないけど。天丼ネタはよくないね。
で、俺が今どこに来ているかって話だけれど。北の隠しダンジョンを出たあとまたしても珠片の反応があって、それがどこなのかを確認したら第三大陸だったんだ。
第三大陸と言えば、自由貿易都市や豊富な資源を有する山脈、そして多くのダンジョンが待ちかまえている、物語の中間地点。グリモワール・ランサーIにも登場した、一番栄えた大陸である。
俺が居た極東の島"ジャポネ"から一番近い大陸でもあり、もしかするとこの珠片発見機は近いところから順番に作用していくのではないかとも思う。あの駄女神に聞いてみないと、少しわからない部分はあるけれども。
というわけで俺は今第三大陸に降り立った。どうやって来たかと言えば、漁船には当然乗せてなんざ貰えない魔族の身だ。泳いで来たんだよ。体力に自信が無かった訳ではないが、よく辿りつけたものだと思う。
最大の敵は飽きだった。四六時中ひたすらクロールしているもんだから、もうなんか途中からめんどくさくなってきたんだけど、それでも続けないと溺れ死ぬという罠。
さて、そんなこんなで泳いで第三大陸にまで到着した俺だったんだが……。
「お、おのれ魔族め!」
「恐れるな、奴とて限界が来るはずだ!! 戦え! 戦えええええ!」
数十の衛兵に取り囲まれていた。
飛びかかってきた奴からちぎっては投げちぎっては投げ。
なんというかこう、動きもスローに感じるくらいには戦闘にも慣れてきていた。おそらくこの体の性能が良いのもあろうが、ドーピング紛いの珠片の力も多くあるはずだ。
もうそろそろめんどくさいので、どこへなりと退散したかったのだが、まずここが第三大陸のどのあたりなのか軽く見当をつけたいところ。
「ここはどこだ?」
「うるさい! くたばれ魔族!!」
「あー……」
そういえばそうだったや。
第三大陸はやたらと魔族に対する敵意が強いことでも有名だった。昔大陸を脅かした魔族が居たせいで、という話だったはず。
勇者パーティが遭遇することになる、九尾の銀狐だ。当時の勇者たちのレベルにしては滅茶苦茶強い上に魅了の魔法まで使うもんだからやたら苦戦したのを覚えている。
……それで思い出したが、主人公パーティも今どの辺に居るのか知らないや。
とにかくこいつら適当に投げてからどこかへ行こう。
俺がちょっと動こうと、鬼殺しに手をかけた瞬間。衛兵のリーダーらしき男が叫んだ。
「っ!? アルファン山脈には行かせるな!! あそこには今光の神子様が!」
あ、ほしい情報全部教えてくれてありがとう。
アルファン山脈。
第三大陸にあって、主人公たちが三番目に訪れることになるダンジョンだ。
山脈を一の山から四の山まで渡り進み、四の山の山頂にある霞草を入手することが目的。
山脈全体が雲に包まれた結果、道がすべて霞んで見えるので相当に視覚を阻害する。
霞草を採りに行く理由は確か、どこかの町の占い師に「採りに行くように」と言われたからで、実際にそちらへ行くと霞草の生えている山頂の丘で魔王四天王の一人と遭遇することになる。
初の四天王戦ということに加え、主人公たちが以前魔王の配下と戦って入手した"???の鍵(紅)"の存在意義が分かるようになる。
つまるところ、俺が今まかり間違って持ってしまっている地下帝国の鍵(橙)と同じ、七つの鍵シリーズの一個目だということがこのステージで初めて分かるのだ。
七つ集めることで魔王城のある地下帝国への扉が開く。
そして舞台は最終決戦へ……というノリだった。懐かしいな、またやりたいぜ。
「それはともかく」
そう、なぜ主人公たちに会いたかったかと言えば簡単だ。俺がもっているこのオシャンティーな形をした橙色の鍵を渡すためだ。
俺が持っていてはいつまでも彼らは地下帝国に辿りつけないし、怪しまれても厄介だからささっと渡したいのが本音。
そう考えると、アルファン山脈から降りてくるのを待つよりは高速で霞草の丘に先回りする方が得策か。
アルファン山脈は仙人でも住んでいそうな雰囲気を醸し出していることもあり、ダンジョン内にはそういう妖怪系の魔獣が多く出る。
……うし。
鬼殺しをとん、と肩に担いで気合いを入れる。
残念ながら珠片の反応とは場所がずれたが……確かここには隠しアイテムで地形ダメージ無効の下駄もあったはず。
鬼族はそういうのにも弱いし、毒とか食らいたくないし、それも入手する目的込みで、いざ向かいましょう!
と、そんなこんなでアルファン山脈の入り口にまでやってきた俺氏。
肩に担いだ大斧以外に、持ち物の一切が無いので少し寂しい気持ちもあるが仕方がない。
入り口からすでに霞がかって視界が阻まれる山道に、一度ジャンプしてから、足を踏み入れていく。
アルファン山脈のダンジョンは、この前吸血鬼の童女と出会ったダンジョンとは違い上へ上へと進んでいくタイプだ。その道中、枝分かれも度々起きるので攻略難易度は少し高い。
とはいえポップするモンスターは俺の居たハブイルの塔よりも弱く、今の俺なら手こずるようなことはないはずだ。
「それにしても、一人は寂しいのう」
霞がかった中を進みつつ、思わず呟いた。こんな時に共に旅する仲間が居たら、くだらない雑談でもしつつ進めただろうかと。いや流石にこういうダンジョンの中はみんな真剣かもしれないが。
しかし俺自身鬼族だし、冒険者ではないのだからわざわざパーティを組む理由もない。それに、そもそも組んでくれる相手もいるかどうか……なんか自分で言ってて寂しくなってきた。
「フレアリールちゃん、陽光平気になったらついてきてくれたりするかな」
吸血鬼の童女の姿を思いだしながら、山道を行く。
確かグリモワール・ランサーに登場するボスの中には、使い魔契約を交わした配下をつれている魔族も居た。あんな可愛い吸血鬼を使い魔に出来たら幸せだろうなあと夢想しても、まあ現実そう上手くはいかないわけで。
「まあ、とにもかくにもあれだな。下駄を手に入れて、主人公クンに早く鍵を渡して、とっととこのダンジョンはおさらばすることにしよう」
たぶん、それが一番賢明なはずだ。
そんなことを考えながら進んでいると階段を見つけた。
第一階層、モンスターと遭遇することがなかったな。
「なんて思った矢先にこれか」
このアルファン山脈に出現するモンスターの多くは、草系か岩系、もしくは霧系だ。霧系統のモンスターは物理攻撃がいまいち通らないので俺には不利だが、向こうの魔法攻撃もこの着流しがある限り通りが悪い。泥仕合にはなるものの、倒せない相手ではないだろう。
俺の目の前に現れたのは、三匹の岩石のようなモンスター。
確か、第一大陸でも似たようなモンスターが出現するのを覚えている。色違いの強化版だ。RPGではよくある話。
「とはいえ、関係ねえな」
背中の鬼殺しを引き抜いて、一撃。ごろごろと転がってくるしか能がない岩モンスターを叩き割る。木っ端微塵とはこのことだ。
少々オーバーキルになった感は否めないが、今の一発を見てほかの二匹は逃げていった。
……女神の言う通り、ラストダンジョン級の力が今の俺にはあるらしいなこりゃ。
鬼殺しを背負い直し、手のひらをグーパーと動かして感覚を確かめる。レベルアップにもならないだろうから、本当に下駄と主人公くらいだな、目当ては。
四天王戦の見物も悪くはないが、変にこれ以上ストーリーに絡むのもよくないしな。現に今俺が橙の鍵を持っている時点で、だいぶ壊れているのだし。
手助けくらいなら悪くないかもしれないが、魔族だからと誤解されて対戦になるのも勘弁だ。俺の力がラストダンジョン級だったとしても、主人公たちを殺す訳にもいかないし、油断や手加減を出来るほど俺に戦闘経験もない。
「下駄はどこらへんにあったっけなあ」
確かこの下駄もなかなか高性能だった。それに、確か今の主人公たちではいけない場所にあった気がする。どんな場所だったっけかと考えて、ふと山道の先に水の音を聞いた。
「……あ、思い出した」
確かこの先に滝が流れていて、その裏側に橋が渡されているのだったか。
だが悲しいかなこの時点では壊されており、奥に見える宝箱を取る手段がない。
しばらくしてからもう一度アルファン山脈にくると、誰かの手によって橋がもう一度渡されている、とそんな感じだったはずだ。
ま、今の俺の身体能力ならひとっとびで何とかなるんだけどね。
山中を流れる滝は、そこまで幅はないにしろなかなか壮観だった。涼しさと併せて、音が近くなるにつれて霧のような水の粒が頬に当たる。
心地の良い気分になりながら、しばらく歩いて滝の横に出た。
「滝の裏側をのんびり見物してみたかったけど……ま、ちと無理があるか」
残念だが、仕方がない。橋が直ってから、また観光にだけ来るのも悪くはないだろう。
ぴょん、と跳躍して滝の裏側を通過し、対岸へ着地。
草むらに隠れて見えづらいが、確かにあった宝箱。
「ご開帳~」
ぱかりと開けば、そこにあったのは間違いなく一足の下駄だった。
「地形ダメージ無効……これで毒沼だろうと入れるぜ」
すすんで入ることはないだろうが、それでもこれで着流しと下駄が揃った。鬼族の弱点を着々と克服出来ていることに喜びを覚えつつ、もう一度滝の裏側を通過して戻る。
「さて」
あとは、主人公クンにこの鍵を渡すだけだ。
くるくると人差し指で鍵を回転させながら、意気揚々とアルファン山脈の奥地に向かうのだった。
いざ、主人公クレイン・ファーブニルの元へ!