第八話 魔王城II 『どうしてですか……?』
「"車輪"ユリーカ・フォークロワさまがお見えになりました」
「……通せ」
魔王城の最奥。
謁見の間とも呼ばれるその場所は、塔を除く本館五階層のうち最上階に位置する。
この上には三本、魔王と導師と車輪それぞれが住まう塔があるのみだ。
何も知らぬ者を百人放てば、おそらく謁見の間にたどり着けるのは五人も居ないだろうというような迷宮。広さもおそらく聖府首都エーデンと同等程度にはなるだろうそんな場所を、勝手知ったる我が家とばかりに突き進んできたユリーカは、ゆっくりと開かれた扉を潜ってレッドカーペットを悠々と歩く。
そして、上の玉座に腰掛ける魔王の顔が見えるような位置にまで至ってからゆっくりと膝をついた。
「……ユリーカ・フォークロワ、参上いたしました」
「ああ。元気そうで何よりだ。先ほど連絡が入った。ドラキュリアが動いたそうだな。ようやく処分が出来た。よくやった」
おそらく連絡を入れたのはドラキュリアを張っていた魔王の配下の誰かだろう。それならばユリーカの元に援護でも入れてくれれば良いものを、おそらく共倒れでもねらってくれたに違いない。そんな軍内政治に内心嫌になりながらも、ユリーカはそれを表に出すようなことはしなかった。
「はい、恐縮です」
一言だけ礼を言って、じっと床のみを見つめる。絨毯にもきちんと手入れがしてあるあたり、最近は余裕が出来てきたのであろうか。財政的に。
と、魔王は腰掛けた玉座の肘置きを指でつつき、本題とばかりに切り出した。
「ところで……"車輪"よ、お前は部下は持たないのか」
「その話ですか。……確かに、かなりのお時間お待たせしております」
「いくらお前が強くとも、組織立っての強さがなければまたいずれドラキュリアのような者たちが増長し始める。手を煩わせない為にも、動いて欲しいと思っているのだが」
「"秤"のレックルスが我が部下となってくれるそうです。それと――」
「それと?」
「――いえ、不用意な発言をするところでした。申し訳ありません」
「そう、か。レックルスだけでは心許ないが、あ奴にはあ奴にしかない強みがある。それならば、少しは落ち着けられるというものか」
「おそれながら」
ふむ、と魔王は背もたれに体重をかけると、その鋭い双眸でユリーカを見据える。
ユリーカにして見れば、言われた通りに部下を作っただけにも拘わらずそんな目で見られることについて理解が及ばなかった。だがそれは、次の言葉で氷解する疑問となる。
「……父と母が見つかったら出て行く。その話をして、もう二百年になるか」
「何か、手がかりでも?」
「見つかっても話す義理はなかろう。お前に離脱されるのは、困るからな。……だが、魔王の力と情報網を持ってしても、未だに何も掴めていないということだけは正直に言っておくか。いいか、何も、だ。死んだのなら死んだなりに情報があろう。しかし本当に、何もない」
「……本当に、何も、ですか」
「ああ。二年前、我が命を脅かした魔導司書と同じだ。何も情報がない。……何かが起ころうとしているのか、それすら読めん。いずれにしても、侵攻の準備を整えねばな」
「はい……」
魔王の情報網でも分からない、というのは、ユリーカにとっては気落ちする事実であった。二年前に現れた魔導司書と、ユリーカは直接戦っていない。その仲間のハルバーディアと光の神子を相手にするので精一杯だったからだ。先代導師と二人で戦っていたが、先代導師はただのマッドであったから基本的に役立たずであった。
「分かりました。ひとまず戻り、備えることにします」
「そうするが良い」
「それでは」
最後に頭を垂れて、立ち上がる。そしてくるりと反転すると、玉座の間をあとにした。この後は、また別荘に戻るとしよう。そう、脳内でこれからのプランを練りながら。
「なんか……俺周りから変な目で見られてないか?」
「そらぁ、妖鬼ってだけでも珍しいのに四天王の俺と歩いてても遜色ないどころか上回る覇気まき散らしてりゃそうなるだろうよ」
「……妖鬼珍しいの?」
一方その頃シュテンとレックルスの二人組は、魔王城内にある無駄に長く広い廊下を歩いていた。質の良い絨毯が敷かれ、まるで迷宮の一角を思い出すようなそんな場所。
シュテンにとっては、画面の中で一度みたことのある光景であるから、彼のテンションはそこそこ以上に高かった。
「珍しいなんてもんじゃねえな、俺はまず見たことがなかった。耳に挟んだこともねえから、もしかすっと魔界には妖鬼居ねえんじゃねえか?」
「マジかよヤベエな。……何でだ?」
「俺が知るかよ」
四天王だからといって何でも知っている訳ではないらしいレックルスに気のない返事だけをして、シュテンはちょこちょこと感じる視線を煩わしそうにしていた。
結構な人数、城の中には魔族が徘徊しているらしい。この広い城の維持も馬鹿にはならないだろうから考えてみれば当たり前なのだが、ゲーム中に魔王城内でのエンカウントが多かった理由はこういうことだったのかと一人頷いていた。
「それにしても殺風景で道が把握し辛ぇな……調度品とか絵画とかよ、城の廊下ってそういうのがおいてあるのが鉄板なんじゃねえの?」
「……あー」
「何だよその意味ありげな目逸らしは」
「財政難でな……」
「あ、なんかどっかで聞いた気がするそれ」
ぽん、と軽く手を打って納得するシュテン。
そして、その情報を聞いた相手がこれから向かう地下牢に居ると思うと、何だか妙な気持ちだった。初めて出会った時はあれほど強大に感じた相手が、今や囚われの身だなどと、冷静に考えれば考えるほどに違和感しか生じなかった。
「ここを入るんだ。……おい、開けてくれ」
長い廊下の突き当たりを曲がったところ。その場所はまるで異質だった。殺風景ながらも沸々と高貴にして邪悪なオーラを醸し出していた今までの廊下からまるで断絶されたように、鉄格子で阻まれた場所。門番らしきオーガが二人立っているところをみると、確かに地下牢の入り口なのであろうことはシュテンにも理解出来た。
何せ鉄格子の奥に見える階段は、闇の底へと繋がっているかのように真っ暗でどんよりとした空気を沸き立たせていたからだった。
「はっ……そちらは?」
「ツレだ、気にするな」
「レックルスさんの恋人です」
「ほんっっっっっとうに悪ふざけしないと死ぬのな!? お前な!?」
「……ええっと……?」
「嘘だよ開けてよ」
「やりたい放題万歳かテメエおいコラこの野郎!!」
額に手を当てて天井を仰ぐレックルスと、困惑しながらも鍵を解錠する門番のオーガ。シュテンはあっけらかんと笑いつつ、相変わらずの機嫌だった。
「うし、行くぞ。松明くれ」
「はっ……こちらに」
受け取った松明に軽く指で触れるだけで火を点けると、レックルスはそのまま先導して階段を降りていく。その後ろ姿に、オーガの門番の一人がぽつりと呟いた。
「すげえ……無詠唱で公国魔法を……」
「あれだけじゃねえよあいつは」
「えっ?」
すると、まだ居たのか隣に腕を組んでレックルスの後ろ姿を睨む男が一人。不敵な笑みを浮かべつつ、彼は言った。
「あのナリで、軽く走ればダチョウロードより速ぇんだ」
「ええっ!? 三日の道程を半日で走破するような速度をあの人が……」
「転がってな」
「えっ」
「転がって」
「シュテエエエエエエエエエン!! ふざけてねえでさっさと来いやこのボケナスがァ!!」
……。
ちらりと門番がシュテンをみると。
「うーい今行くー」
何事も無かったかのように、先ほどまでの強者っぽいオーラもかなぐり捨ててのんびりと地下牢に降り始めた。
「え、何者あの人」
困惑する門番のことなど、気にも留めず。
「殺されかけた相手に会いに行くってのに、お前ほんとブレねえのな」
「別に敵意とかあるわけじゃねーしな。半ば事故ったようなもんだし、お互い無事で良かったねーと」
「いや無事じゃねえだろ監禁は」
「その辺の事情をね、こうね」
地下牢にレックルスとともに降りてきたシュテンは、その湿った空気に一瞬眉を寄せた。こんなところに一人の少女が監禁されているというのがいまいち信じ難いのは、やはりシュテンが根っからの魔族ではないからなのか、それとも彼自身が単に甘いだけなのか。
暗がりを照らす松明の火に従って、石畳の細い道を行く。両サイドにある鉄格子の中には、既に白骨化した死体も見えていた。
「ああ、そいつぁぶちこむ奴への脅し用だ。マジで地下で腐らせた訳じゃねえよ」
「なるほど、道理であまり臭いがきつくないわけだ」
変な部分に納得しつつ、レックルスの先導でシュテンは進む。
と、突き当たりの一歩手前の牢獄の前でレックルスは足を止めた。
「よう、導師」
その言葉で、シュテンはちらりと牢獄の中に目をやった。
ここに居るのかと。計算が正しければ十日と少し前に死闘を演じた相手との再会。
クレインを殺されない為とはいえ、彼女の仕事には結構な迷惑をかけた自覚がある。さんざんスカウトやら何やらと厚遇してくれた相手への対処ではなかったから、一言くらいは謝罪してもいいかもしれないと思いつつ、牢獄の中で彼女の姿を探して……
「っ」
思わず息を飲んだ。
「……あー、レックルスですかー……。何か……?」
「ああ、別に俺が用って訳じゃねえよ」
真っ暗な独房の、片隅。
本来豪奢なゴシックドレスの上から、襤褸布を膝にかけて、膝を抱えて彼女は縮こまっていた。その目には欠片の覇気もない。
元々そこまで意志の強い瞳ではなかったが、それでもどこか楽しそうだったり面倒臭そうだったり、そんな感情が宿っていたはずの彼女の目に、今や映し出されているのはモノクロのタイルだけでしかなかった。
レックルスの声に答える時ですら、顔をあげようともしない。
「……笑いにでも来たんですかー? 殺してやってもいいですけどー」
「導師のむき出しの殺気は笑えねえからやめてくれ」
「おいおい、本当にヴェローチェさんかこの人」
「……え?」
ぽろっと、つい言葉が漏れた。レックルスとヴェローチェの会話が済むまでは待とうと考えていたシュテンだが、あまりにも変わり果てたヴェローチェの姿につい言葉が先行してしまったのだった。
すると、呆けた声。ゆっくりと彼女の視線が彷徨い、シュテンと目があった。
大きく見開かれた瞳と合わせ、ぽつりと呟く。
「シュ……テン……?」
「とてもじゃねえが景気良さそうには見えねえな……どういう状況からこうなった? やっぱり俺のせい?」
「え、いや……そういうわけでは……え、でも、どうしてここに……?」
シュテンとヴェローチェの会話を聞きながら、レックルスは右手に隠していたゲートを打ち消した。シュテンの言うことを嘘だと思っていたわけではなかったが、死闘を演じた間柄でなど普通はまともな神経で話せるものではない。
であればこそ、ヴェローチェがシュテンと遭遇した瞬間に何が起きるか分からなかった。最悪シュテンを担いでゲートで脱出を図ろうとしていたのだが、それは杞憂に終わったようだった。
「どうしてっつーとあれだな。このバーガー屋に聞いて、お前さんが監禁されてるっつーから。クレインくんはどうしても守りたかったんだが、まあ結果的に敵対しなくていい俺ともめたせいで色々あったんだとしたら……こう、申し訳ねえなと」
「……そこはー、お互いイレギュラーがあったので今更どうこうということではー……いえそうではなく何故魔王城に居るのかとー」
少し、導師の声に生気が戻ってきている。どことなくそんな感じを覚えたレックルスはこの状況を少し静観することにした。シュテンからは最低限の情報しか聞いていなかったせいか、どうにも二人の関係が完全には理解出来ないが。そうそう危険なことにはならないだろうと。
「ああそれか。いや俺クラーケンに襲われて死ぬかと思ったんだけど――」
しかし、そんなレックルスの考えは。
「――ユリーカの奴に助けてもらってさ」
「……え?」
脆くも崩れさることとなる。
「気づけば魔界っつか、あいつの別荘の近くに流れ着いてたっぽくて。助けられたついでに数日間色々あってよ、ライブに来いって言われてそこでバーガー屋と会って、そいでその後はなんかあいつんちの防衛戰とかしてたらバーガー屋が来て、何でもユリーカに用があったらしくてな。そこでヴェローチェさんが――」
「なんで、ですか……?」
「は?」
少なくとも五度は、この地下牢の温度が下がった。
レックルスの背筋を冷や汗が伝う。シュテンを睨みつければ、ヴェローチェの感情をも理解していないようだった。さっきユリーカが"ヴェローチェ絡み"で不機嫌になったのを見たのなら、何故その逆があることに気がつかないのか。
そして、そんなことを悠長に説教する余裕すら、今のレックルスには無い。
「なんで……わたくしの欲しいものは全部車輪が持っていくんですか……? なんであの人はわたくしが積み上げたものを全部崩していくんですか……。なんで、シュテンがそんなに車輪と親しげなんですかッ……?」
「え、いや親しげっつーか、別に十日ほど世話になっただけで――」
「その十日すらッ! わたくしと来るのを断った人がッ……なんで、なんで車輪と一緒に居るんですか!!」
がしゃん、と鉄格子がひしゃげた。ヴェローチェは一歩も動いていない。これはただの、彼女の感情の発露によって暴走した純魔力。勢いよく顔をあげたヴェローチェの瞳にたまった涙が何を意味しているのか、理解出来ていないのはシュテンだけ。
「いや、ただ世話になってただけ……っつうかヴェローチェさんに怒られるようなことは俺特になにも――」
「わたくしが"ヴェローチェさん"であの人が"あいつ"ってだけで、十分すぎると思わないんですかッ……!?」
「いや、だって俺別にどちらとも深い関係じゃねぇし、単に呼びやすいからヴェローチェさんはヴェローチェさんなだけだし、どーしたんよヴェローチェさん。呼び捨てがいいならそうするけど」
明らかに食い違っている。
だが、それも仕方のないことではあった。シュテンにしてみればただスカウトをしに来た強い少女という認識でしかなく、それしか情報が与えられていないのだからどうしようもない。
逆にヴェローチェにしてみれば、大陸を飛び交う中で唯一見つけた、味方になり得る魔族だった。どれほど彼に礼を尽くしたかなど、教国内での彼女の振る舞いを見れば分かろうというもの。
ヴェローチェがそれを言わなかったからシュテンはどの程度入れ込まれているのか気づかなかったし、シュテンが気ままに生きすぎたせいでヴェローチェの手心に気づけなかった。
味方に飢えていた少女と、人との繋がりを求めない妖鬼のすれ違い。
「わたくしが人間だからですかッ……!? 車輪が魔族だから……みんな、みんな……シュテンだけは、そうじゃないってわたくしは……ッ!」
「や、別に関係ねえってば。コンプレックス的なサムシングなら腰据えて話聴くぜ?」
「こんのっ……!!」
まずい。
レックルスは一瞬のうちに理解するとゲートを勢いよく展開した。
「シュテン!! 行くぞ!!」
「ちょ、俺まだ話終わって――」
「古代呪法――混沌冥月ッ!!」
シュテンの首根っこをひっつかんでレックルスがゲートに消えるのと、ヴェローチェの古代呪法が放たれるのはほぼ同時であった。
一瞬にして、人の消えた空間で、少女は一人。
「……誰か……味方は……居ないんですか……?」
ぽつりと虚空に呟いた。
「いてっ!?」
「がふっ!!」
ぐにゃり、と歪んだ空間。黒い渦が空中に生じたかと思えば、それは普段のように扉のような役割をするのではなく円盤のように横に広がって、レックルスとシュテンは見事に二人共落下してきた。
折り重なるように倒れ込み、シュテンは密かに「自分が上で良かった」と安堵する。
もし逆に上からレックルスが降ってくるようなことがあれば、比喩なしに轢殺されていただろう。レックルスの体重が知りたい今日この頃であった。
「……っつか、ここ魔法使えるんだな」
「玉座では無理だが、内部から内部への転移は可能だな……」
いてて、と背中をさすりながら立ち上がったシュテンに、レックルスは頷く。
ぼやく彼をおいて、レックルスは周囲を見回して辺りをうかがった。
「ここはどこだぁ……?」
「エントランスだよ。さっき入ってきたろうが」
一度しか入ったことのないシュテンにとっては、突然放り込まれた場所を理解する方が難しい。ひとまず難を逃れたことで安堵するレックルスとは別に、シュテンは珍しく思い悩んでいる様子だった。
「……ユリーカの方は、まあちょっと分かる。好きになっちゃうかも、なんて言われて意識しねえ奴が居るかって話だ。けどヴェローチェさんは……」
「おおおおおおおおい!! 聞き捨てならねえ台詞が聞こえたぞ今!! ああ!? なんつったテメエ事と次第によっちゃ魔界二丁目に――」
「なあバーガー屋、なんでヴェローチェさんがあんなしっちゃかめっちゃかなキレ方したか分かるか?」
「聴いてすらいねえし!! ああ? なんでってそりゃ、お前のこと部下に欲しくてアプローチしてたのにいつの間にかユリーカちゃんと仲良かったらそりゃキレるだろ」
「別にユリーカの部下でも何でもねえんだけど」
「……あー。そぅか、テメエあの二人の確執自体知らねえのか」
「……確執?」
シュテンとて、ユリーカの前でヴェローチェの名前を出したら不機嫌になったことに関しては一度身をもって経験している。だが確かに、何故あの二人の仲が悪いのかについては覚えがなかった。
いや、覚えがないと言うのは嘘になる。今し方、暴走した感情とともにヴェローチェが吐き散らした言葉の中に、気になる文字列くらいはあったのだから。
『なんで……わたくしの欲しいものは全部車輪が持っていくんですか……? なんであの人はわたくしが積み上げたものを全部崩していくんですか……。なんで、シュテンがそんなに車輪と親しげなんですかッ……?』
『わたくしが人間だからですかッ……!? 車輪が魔族だから……みんな、みんな……シュテンだけは、そうじゃないってわたくしは……ッ!』
誰も居ないエントランスホールで、首をこきこきと鳴らしながら、シュテンはさきほどのヴェローチェの言葉を思い出す。
「ヴェローチェさん、もしかしてユリーカにコンプレックスがあるとか?」
「コンプレックス、かもな。二年前突然同じ場所に持ち上げられて、全くといっていいほど後ろ盾がない"人間"。人間なんつーのは、俺らにとっちゃほぼ家畜と一緒だろ? そら風当たりも強ぇなんてもんじゃねえだろうよ。んで、ユリーカちゃんはパッと見可愛いアイドルとして順風満帆な人生を送ってきたように見える。俺らみたいなファンも居るしな」
「……ユリーカの方は?」
「もっと簡単だろ。ユリーカちゃんは孤児だ。才能があったとはいえ、がむしゃらに二百年近くかけて一生懸命努力してこの地位までやってきた。そして今も願いは報われないままで必死に頑張ってるらしい……まあ俺は願いが何かなんて知らねえけどな。そんなユリーカちゃんにとって、人間で、最初から巨大な力を持って、のうのうと大陸をほっつき歩いてるような奴はどう映るよ」
「……あー」
「おまけにユリーカちゃんはあまり外に出られねえ。なのにふらふら地上に行って、やってることが仲間探しとくりゃ……ユリーカちゃんも意地を張って導師にだけは「外に出られない」ことを隠してやがる。この前の遠征も、導師に同行を頼まれた時のユリーカちゃんの表情なんて見てられなかった」
理解出来たか? と横目でシュテンをみるレックルス。
導師と車輪。魔王軍の2トップ。そんな大きな地位についている二人だが、結局彼女らの精神はまだ少女のそれだ。魔族の、それも二十数歳でちゃらんぽらんながらも"大人"をやってるシュテンの方が異常なのだ。
レックルスとて、きっとシュテンの年齢を知れば驚くことだろうが、今はそれは関係ない。
「……なあバーガー屋」
「あんだよ殺すぞ」
「なんで、ヴェローチェさん魔王軍に居るんだ?」
「三代で魔王軍に居るらしいな。父親は知ってる、ありゃ壊れたマッドだ。祖父の方は……俺は見たことねえが相当強い魔術師だったらしくてな。だが先代の四天王の"理"の言いなりだったから……どうもパッとしねえ」
「……まあそりゃ、そこまでになったらもう魔王軍抜けてもまともな生活出来ねえわな」
「それについては間違いねえんじゃねえの? あっさり人間根絶やしにしようとしてるしよ、あのお嬢さん」
ふむ。とシュテンは一つ頷いて顎に手を当てた。
何を考えているのかは分からないが、ろくなことではなさそうだとレックルスは思う。短いつきあいながら、この男の突拍子の無さは筋金いりだと思っていたからだった。
と、そんな時、エントランスの扉が開く。入り口の方ではなく、何れ玉座に至る大きな正扉の方だ。ひょこっと顔を出したのは、案の定というかユリーカだった。
「やほ。二人も終わったみたいね。あ~、つっかれたぁ~」
うーん、と伸びをして気持ちよさそうな声を出すユリーカに、レックルスは目をハートにして釘付けだ。どこを見ているのか。脇だ。
そんなことは関係なしに、シュテンはユリーカをちらりと見る。目が合った彼女はきょとんと首を傾げて、
「どしたのシュテン」
「……」
「……なんだよ何見てんだよいいじゃねえか俺の勝手だろ!」
シュテンはそのままレックルスに視線を動かして。
ぽん、と手を打った。
「面白ぇこと考えた。ユリーカ、バーガー屋、ちょっと後から来てくれ!」
言うが速いかシュテンは駆け出す。
向かう先は出口ではなく、先ほどレックルスとともに向かった地下牢の方角。
レックルスとユリーカは、互いに顔を見合わせると。
「どういうこと?」
「俺に分かったら苦労しないですわ」
嘆息だけをして、走り行くシュテンを見やる。
すると彼は一度だけ振り向いて、にやりと笑って口を開いた。
「なあバーガー屋! お前の古代呪法ってよ――」