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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之肆『導師 車輪 魔王城』
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第五話 666ばんすいどうV 『テメエおいコラこの野郎!』


 何というか、うま~く引き留められてしまった気がする。

 ども、現場のシュテンです。レベル上げ作戦はとりあえず結構な成功だった。というか俺がどれだけ戦闘して来なかったんだと、いや本当に。

 そんな状況で、珠片一つの俺レベルの連中を軒並みフルボッコにしたならそりゃガンガンレベルもあがるってもんだ。

 実際どのくらい上がったのか、数値としては全く分からないが。

 でも一つ分かるのは、目の前に座る少女が俺よりも数段ほどまだ強いということだった。ただ、あと珠片いくつか取り込めばあっさり並べるような気がする。痛いからやりたくはねぇが、そろそろそんなことを言ってられる場合じゃねえしな。


「……どしたのシュテン?」

「や、なんかこう考え事をな」

「昨日より美味しく出来たかなって思ったんだけど、いまいちだった?」

「大丈夫です昨日よりもさらに美味しいです」

「そっか。良かった」


 テーブルの対面に座るユリーカは、どこか力無い笑みを見せる。

 相変わらず届かない足をぶらつかせながら、されど今までよりちょっぴりしおらしい感じがするのは……まあ気のせいじゃねえんだろうなあ。


「……」


 木製のスプーンで食べるシチューは、正直この世界に来てから俺が食べたものの中でもトップクラスに美味い。だから単純に食べ続けることで誤魔化すことも出来たんだが、ユリーカの方はさっきから口を開こうとしては躊躇うような動作を繰り返している。言いたくないことなのか、恥ずかしいことなのか。推測するのは勝手だが、話して貰わないことには始まらない。


 俺を引き留めて話したいことだった以上、きっと聞けばもしかしたら留まることになるような案件のような気がするのだが……肝心の彼女が教えてくれなければ分かるはずもない。そんな思いを込めて彼女の方を見れば、そっと目を逸らした。

 どこか、頬も赤く見える。


 なんやねん。


「守られたことってさ……ほとんど経験なくて」

「別にあれ俺が飛ばなくても対処出来たろ」

「そーゆーのじゃないの。守られちゃったってことが大事なの」

「そうかい」


 ええと、とユリーカは仕切り直すように声を上げた。

 それにしても"守られたこと"、か。あれ程度でカウント出来るようなことを、今まで受けて来なかったのだとすれば。やはり彼女は昔からかなりの力を持っていたのだろう。四天王くらいじゃ、彼女を守るようなことをすれば消し飛ぶってことだ。


「……あたし、魔王軍に居る理由って別に魔王様に忠誠を誓っているとか、恩があるとか、報酬が欲しいとか、そういうのじゃないのよね」

「ん? そうなのか」

「一つの目的があって、それには魔王軍に居るのが一番都合がよくて。ギブアンドテイクみたいな感じで、魔王様と契約してるだけ。なんていうんだろ、あんまりこういうこと言うのはよくないんだけど、あたし魔王様嫌いだし」

「お、おう。……で、目的ってのは聞いていいのか?」

「うん。……ちょっと長くなるんだけど、いい?」

「まあこうなっちまったら急ぐ訳でもなし」

「ありがと」


 空になった皿にスプーンをおいて、彼女は嬉しそうに微笑んだ。それがどうにも儚くて、ラストバトル目前に現れた"車輪"とは全く結びつかない。

 ユリーカという女の子が目の前に居る、ただそれだけ。そんな気がした。


「ちっちゃい頃ね、あたし堕天使が暮らす村に居たんだ。魔界地下帝国が出来る前、この上にある魔大陸の地上。大きく無い、森の中にある村」

「魔界地下帝国が出来る前……まあぶっちゃけ出来てそんなに経たないもんな、ここ」

「まぁ、そうなんだけど。あたしの居た村は、天界から落とされた天使が作った穏やかな村だった。日の元には出られないから魔大陸に住んでいたけれど、魔王軍とは全く関係なかったの。そんな村で、あたしは村の一員として育てられた」

「……なんか、引っかかる言い方な」

「ご名答。あたしは、パパもママも知らないまま"村の子供"として一括りにされていただけ。堕天使じゃ別に珍しい話でもないんだけどね。結構……あっけなく死んじゃうんだ。やたら日輪系の魔法に弱いから」

「両親に育てられるって文化そのものが無い訳か」

「無いってほどじゃないけど、そっちの方が珍しい。だから両親揃ってる子は羨ましかったし、実際そういう扱いされてた。……でもね、ある日襲ってきた魔王軍の手で、あたしの故郷は滅んだの」

「……おいおい」


 思ってた以上にヘビーな過去背負ってんなこの子。故郷が魔王軍に滅ぼされたとか、俺かよ。そんで今も魔王軍に従ってるとか……どんだけだ。


 微妙な顔をしているのがバレたか、ユリーカは肩を竦めて続けた。


「そんな顔しないで。あたしも殺されそうになったんだけど、その時パパが突然現れて助けてくれたの。……最初はパパだって分からなかったんだけど、その後ママが来て教えてくれた。二人であたしを助けてくれて……あたしはそのまま、素質があるからっていう理由で魔王軍に誘拐された」

「その、"守ってくれた"のが親父さんなのか」

「うん。そういうこと。魔王軍に、二人は居なかった。パパとママに会いたい……あたしの目的はただそれだけ。強くなって有名になれば、アイドルになって有名になれば、きっとあたしに気づいてくれる。そう思ってたんだけど……もしかしたらもう、死んじゃってるのかもしれない。……なんてね」

「生きてるか死んでるかなんざ分からねえが、すげえ目的じゃあねえか。俺も両親に会いたいたぁ思うが……きっと天国で楽しくやってっからなぁ」

「……シュテンも、そうなんだ。あはは、ちょっと似てるね」

「似てるわきゃねーだろ、俺はそんなに何かに必死になれたりしねーよ。結局目先の楽しいことを優先しちまう男だ。浪漫があると思えばふらふらと。そうさな、俺自身に浪漫を見いだすこと、それが目標っちゃ目標かねえ」


 そっかぁ、浪漫かあ。

 そう呟いて、ユリーカはゆっくり席を立つ。

 キッチンに行って、ポットに入っていた紅茶を二人分注ぎながら、どこか諦めたように寂しげな笑顔を浮かべて俺を見た。


「だから、さ。ほんとは、シュテンが良ければ、一緒にパパとママを探して回りたかったんだ。魔王軍なんて辞めちゃって。けどシュテンは地上に用があって、あたしは日光が苦手。だから……ごめん、勝手に残念がってる、かも」

「あー、いや。なんつーか、申し訳ねーな」

「あはは、いーのいーの。……ねぇ、シュテン」


 香りの立つカップを俺と自分の前にことりと置いて、ユリーカは俺の目の前に座ると、両手で頬杖をついて俺を見た。

 アイスブルーの双眸が、まっすぐに俺の瞳を穿つ。


「あたしの初恋、パパなんだ」

「お、おうどうした急に」

「結構強いんだ、あたし。だから、守られたことなんて全然なくて。特にあの時は何の力もない子供だったから、その背中が凄くカッコよくて、さ」

「……なにが言いたい」

「パパを好きになるっていうのは、結局子供の発想なんだけど……でも、次の恋もパパみたいなカッコいい人が居てくれればいいなって思ってたの」

「……で?」


 こいつ、初日からそうだったが返答に困ることばかり言いやがる。

 頭を抱えたくなるような気持ちで、俺は次の言葉を待った。


「だから、もしシュテンのこと好きになっちゃったら、その時はよろしくね!」

「……どうすりゃいんだよその答えはよ」

「なによ、恋人居るの?」

「いねーよタコ」

「じゃあ……いいじゃん」

「でも今べつに俺のこと好きじゃねーだろ」

「なりそうかもよ」

「本当にどうしようもねえ奴な……罪作りな女」

「えへへ。だって、アイドルだもん」


 このやかん女……本当にどうしてくれようか。


「まあ、あたしより強くならないとダメだけど!」

「言いたい放題だなお前さん!?」


 楽しげにえへへと笑う彼女の表情に、先ほどまでの暗さは無い。

 なんというか、吹っ切れたのだったら少し安堵出来る。が、好きになるかもしれない、ねぇ。妖鬼になってからこの方周りに居た女の子たちからそんな感情を向けられた覚えが無いもんだから、少し戸惑いが勝ってるっつうかなんつうか。


 まあ、なにはともあれ。ひとまずはユリーカ自身の中で決着がついたようで、なによりだ。そんな風にほっとして、ふと思う。彼女の両親が生きているとすれば、すでに滅んだ魔大陸……つまりは地下帝国(ここ)の地上か、それとも魔族の住むあの町か。


 なんだったら、俺が世界を見て回る間に偶然出会うことくらいは出来るかもしれない。そんなことを考えつつ、一つ伸びをした時だった。


 何かを感知したように、ユリーカが先ほどまでの緩んだ表情を引き締めて虚空を見上げたのは。


「あん?」

「誰か来る。一人だけど……敵って訳ではなさそ――あ、"秤"だ」

「バーガー屋?」


 どういう仕組みかは知らないが、自動でユリーカが来客に気づけるようになってるのか? なにそのセコム超怖い。孤島に到着二秒で車輪。どんな悪夢だ。


 いや、バーガー屋にとってはご褒美なのかも知れないが。


「ちょっと待ってて、何かあたしに用があるっぽいし、行ってくる」

「いや、まてまてユリーカ」


 出ていこうと腰を上げたユリーカを、引き留めた。

 すると何やら俺の顔を見たユリーカの表情が、困ったものを見るようなそれになる。


「……すっごく悪い顔してるけど、なにをする気?」

「いやなに。単なる、悪ふざけだ」














 ぎゅるり、と虚空に黒い渦が巻く。

 発生地点から見る見るうちに巨大化し、恰幅の良い男が一人通り抜けられるようなホールが形成されると、ひょっこりと中からレックルスが顔を出した。


 孤島の端にある、大きな跳ね橋の前。すでにユリーカの別荘である白い大きな屋敷が目前となっているその場所で、レックルスは大きく深呼吸した。


 今から会うのは、自らの憧れの相手だ。アイドルとしても魔王軍のトップとしても尊敬し、敬愛を抱く上司であり偶像。そんな人物と一対一で話すことが出来るのは、四天王である自分の特権である。


 あふれんばかりの思いを胸に押し込めつつ、おそらくはもう既に来客に気づいているだろうユリーカを待つ意味も含めてゆっくりと一歩を踏み出した。


 すると、向こうから現れる影。


 ユリーカとは似ても似つかない、長身に長髪。引き締まった筋肉を持つ、おそらくは青年。どこかで見たことがあるようなとは思いながら、しかしユリーカの屋敷には今だれも居なかったはずだといぶかしんだ。


 もしや、ユリーカになにかあったのでは。

 そんな疑念が脳内をかすめる。

 レックルスは右手に魔力を溜め、臨戦態勢を整えつつ、その強大な覇気を有する青年の影に向かって歩きだした。


「……何者だ!」


 叫ぶ。

 少なくともユリーカの部下にこんな風貌の魔族は存在しなかったはず。

 こんな孤島で現地調達したとも考えられないし、何よりこの男おそらくレックルスの何倍も強い。

 四天王の自分よりも格上の存在が、悠々とこんな場所に居ること自体が嫌な予感を引き立たせていた。


 ユリーカは無事なのか。

 それを一心に不安がりながら、そのシルエットが赤い月に照らされて浮かび上がるのを待つ。すると、ようやく明かりの元に現れたその男は。


「お待ちしておりました。わたくし、フォークロワ家の執事ブラウレメントでございます、本当」

「嘘しかねえ!?」

「おやおや、それは失礼ですな。見てくださいこの二本角。すてきでしょう?」

「ブラウレメントに角なんざねえけどなっ!! っていうかシュテンじゃねえか何でこんなところに居んだよ!?」

「シュテン……はて、そのような人物は存じませんが貴方の妄想では?」

「うるっせえよ!! テメエこの野郎おい埒が開かねえから俺の名前を言って見ろ!!」

「バーガー屋」

「それ見ろシュテンじゃねえか!!」

「あっ……やるなバーガー屋」

「だからバーガー屋じゃねえっつってんだろはったおすぞお前この野郎テメエ!! 何で俺がバーガー屋だコルァ!!」

「バーガーに頭乗せたらお前じゃん」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ぜーはーと荒い息を整えながら、レックルスはシュテンを睨み据えた。

 落ち着け、落ち着けと自らに言い聞かせつつ、改めて問いかけるべく口を開いた。


「んで、お前何でここにいんだよ」

「俺、ユリーカと同棲してるんだ」

「死ぃねええええええええええええええええええ!!」


 構えていて良かったその右手。

 ブラックホールを形成したその手から、黒い球体をシュテンに向けてぶん投げた。



 凄まじい爆砕音。


 もうもうと舞う煙の中、ふとレックルスは浮かび上がる見知ったシルエットに気がついた。影だけでも識別出来る、魅力の塊のような天使そのもの。


 可愛らしいソプラノが響きわたる。


「えっと……どういう状況?」

「奴はレックルスじゃない、侵入者だ。見れば分かるだろう」

「鬼かテメエ!?」


 土煙が晴れたタイミングで、天使の方を見れば。隣で鬼が、しれっとレックルスを指さして飛んでもないことをのたまった。


 まるで訳が分からない。

 あまりといえばあんまりなこの状況。


 困ったように笑うユリーカだけが、レックルスの心の癒しだった。

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これにはユリーカちゃんも苦笑い
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