第七話 ネグリ山廃坑III 『その男、シュテン(仮)』
なんか、ロリコンどもに名前つけられたでござる。
シュテンなんてゲームじゃ聞いたことも無い名前だが……あれか? 酒呑童子か? 四天王とか居ないんだけど俺。副頭領も居ないんだけど。
大江山に居たわけじゃないんだけど。
まあいいか。
それはともかく、やっぱりパワーアップしてんのな。
叩きつけて脅すつもりだったのに、なんか波状攻撃みたいになってたし、ラッキーといえばラッキーか。
まあ、それはさておき。
「シュテン、さま?」
……懐かれたっぽい。
助けたというにも語弊があるほど、ただ突っ立ってただけなんだが。
俺が割って入るまでにどれほど痛めつけられたのか知らんが、なんかさっきから肌がふれあうくらいの至近距離から離れようとしない。
ぱたぱたとその蝙蝠みたいな翼を一生懸命羽ばたかせて俺と同じ視線の高さに来ているのは大変微笑ましいんだが、さてこの子どうしようか。
あと名前勘違いされたままなんだけど。俺の名付け親が名も知らぬロリコンとか勘弁なんだけど。
とりあえず俺はもうこのダンジョンに用が無い。ので上に向けて進んでいる訳だが……三階層くらい上ってもついてくる。
無理矢理ひっぺがすのもなんかこう良心が咎めるし、でもこの子のお守りをしながら出来るほど、その欠片の採取ツアーも簡単じゃないだろうしなあ。
報酬が12zしか貰えないクエストとこの採取ツアーを比べちゃいけないと思う。
それはともかく。
「あの」
ちらちらとこちらを見ては挙動不審な彼女。
なにかが言いたいのだろうが、若干頬を染めるのみで上手く言葉に出来ないようだった。
その吸血鬼らしい真っ赤な瞳をきょときょとと泳がせては、意を決したように俺を見て、目があうとすぐ逸らす。
……なんかすっごく気になってたんだけどさ、俺もしかして目つきそうとう悪くなってない?
じゃなきゃヴァンパイアハンターにしろ、塔のボスにしろ、あんな怯えたような反応を取るはずがないし。
「えと、わたしフレアリールって言います!」
「そうか」
「……あぅ」
自己紹介されたはいいが、俺は名前が無いからな。申し訳ない。
というかもうシュテンで良い気がしてきた。
名前思い出すまでシュテンにしよう。シュテン(仮)。アメーバで検索しても出てこないだろうけど。
「あの」
胸に手を当てて、必死で自己紹介する仕草も微笑ましいな。
そんなことを考えていると、まだ何かしら言いたいことがあるようで。どうやら自己紹介は、そのための準備でしかなかったようだ。
フレアリールちゃん。可愛い名前だね。
なんてナンパっぽく言っても、抱きしめたところでロリコンのそしりは免れないな。俺はあの追っていた変態どもとは違うのだ。
なんだかどんどん表情が不安げになっていくフレアリールちゃん。
要領を得ないあの、とかその、とかそういう言葉で洞窟内部が埋まっていく。
深呼吸する声が聞こえた。
ぱたぱたと飛んで俺の目の前にきて、ぺこりと頭を下げる。長い黒髪が勢いよく枝垂れたのと同時にふんわり漂う女の子のかをり。……いや相手は童女だってば。
「血……血を」
「血?」
「血を吸わせてくれませんか……?」
「ああ」
そういうことか。
もしかするとさっきの逃走で結構魔力を消耗したのかもしれない。
どうも、気遣いの出来ない男です。
着流しをちょっとずらして、肩を見せる。
「いいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます! ……うわっ!?」
「おっ?」
もう我慢出来ない、とばかりに飛びついてきたその瞬間だった。
俺の着流しの懐が、突如青白い輝きを放ち始めたのだ。
まさぐって見ると、これは。
「珠片?」
間違いなく、珠片だった。
あのおどろおどろしい色はどこに消えた。
彼女が近づいた瞬間に輝きを増すってのはいったいどういうことだろうか。
「きれー……」
「あ、吸っていていいよ」
「あ、はい!」
かぷり。
前方からだっこのように抱きつき、首筋に牙を立てた彼女。
吸血鬼に噛まれるとどういう効果があったとかは知らないが、着流しを装備している俺にはあまり関係ない。
いくら俺の魔法防御がゴミだからと言って……もしこれが状態異常攻撃の一種だったら詰んでるけど。
しかし、なんだか肩揉みされているみたいで心地良いな。
「……何で突然光りだしたんだ?」
それはともかく珠片である。
フレアリールちゃんが飛びついてきた瞬間に輝きを増したということは、何か一定の条件でもあるのだろうか。
……あれ。
待てよ。
あの駄女神、二回目からは激痛を伴うとか言ってたが……確かにさっきまではTHE☆毒物! って雰囲気出していたとも言えなくもない。
「……あ、これ、なに、すごい……!」
そうなると、だ。
もしかしてこれ、フレアリールちゃんには無害だよという珠片なりの意思表示だろうか。
なんかむかつくな。
あと耳元で艶めかしい声が聞こえたが気にしない。
ついでになんだか段々彼女の纏う雰囲気が強くなっていたりだとか、翼がびきびきと禍々しく変化してるのはきっとあれだ、魔力が回復してきたからに違いない。
俺は関係ない。
「んく……ふぁ……しゅてん……さまぁ……」
俺は関係ないっつってんだろ! まるで俺の血が彼女にやばい影響与えているみたいじゃないか!!
……そんな事実はない。童女を魔改造してるとかそんな背徳的なことはしたくない。
「そろそろ、いいか?」
「ひゃ、ひゃい!」
慌てたように飛び退くフレアリールちゃん。翼の音がぱたぱたからばさりばさりに変わっていることには絶対につっこまない。
瞳の色がさらに深い魔性の紅に染まっていたりとか、全体的に雰囲気が吸血鬼らしい吸血鬼になってきているとか、俺は絶対に関係ない。
「……あ」
彼女が離れると、また元の汚い色に戻った珠片。
これは、ものは試しに。
「これ」
「え?」
手渡す。
するとどうだろう、やはりというべきか輝きを取り戻す珠片。
そして歩いている間に、ダンジョンの出口にまで戻ってきていた。
日が出ているということは、この地下内部で一夜を明かしたのか。
「えと……ありがとうございます!」
「え、あ」
外に気を取られていたが、振り向くと満面の笑みを浮かべたフレアリールちゃん。
きらきら輝くその珠片を大事そうに、愛おしげに撫でていた。
え、返せとか超言いづらいんだけど。
いやまあ、彼女上位種だし、なんかかなり強化されたっぽいし、しばらく鍛えればそれ使えるとは思うけど。ん? 問題なくねえか?
「行ってしまうんですか?」
「そうだな」
あれ、もしかして吸血鬼ってやっぱり。
「わたし……まだ陽の元には出れなくて」
寂しげな彼女は、俯き気味にそう言った。
まだってことは、強くなれば出れるってことか?
俺が黙っていると、彼女はなにを思ったか大きく頷いた。
え、なに。
「す、すぐに強くなって会いに行きます!」
お、おう。
「そうしたら、それを使え」
強くなったら、使えるよな? な?
あとなんかきらきらした純粋無垢な瞳がすごく痛い。
「……はい!!」
なんか、流れがおかしいし強引だけど別れるにはこうするしかなさそうだ。
おかしいな、なけなしの良心で助けたのに今は良心が痛んでるぞ?
陽の元に踏み出す。
彼女は小さく控えめな笑みを浮かべて手を振っていた。
なんだか、強くなりそうだ。
「強くなって……きっと貴方様の元に参ります!」
どん、と魔力の爆発のようなパルス。何事かと彼女を見れば、血のように深紅に染まった鋭い槍を握ってにっこり。
……おいおい武器召喚かよ。
さっきまで無力に逃げ回ってた童女じゃねえぞこの子。
「お達者で!!」
それでも純粋無垢な笑みを浮かべて、彼女はその槍を掲げてぶんぶんと振っていた。
手では小さくて見えないから、とかそういう配慮だと思いたいが、なんだかとんでもないことをしてしまった気がする。
今度から、安易に吸血鬼に血は与えないことにしよう。
あれきっと……やっぱり俺のせいだよな……。
「強くなって……参ります。シュテン様……」
勢いよく振るわれた深紅の槍が、第一層のモンスターをまとめて滅ぼしたとか、なんとか……。