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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
短編之弐『閑話 小話 無駄話』
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胡蝶の夢

クレインのネタ、いまいち面白くならなかったので変更しました。


ま、まあ予定って予防線は張ってあったから……(震え声)

 取り囲まれている。

 そう気付いた時にはもう遅かった。


 お気に入りのフリルアンブレラはところどころが破れ、魔力は既に枯渇していた。そんな状態で敵対勢力の魔族に包囲されるなど、冗談にしたって笑えるものではない。


 真っ赤な月が見下ろす空は冥く、普段から肌に合わない魔界の空気も合わさって地獄にでも居るような気分だった。

 数えるだけでうんざりしそうな量の魔族。それぞれに大した力はないが、それにしたっておそらくシュテンの眷属くらいの技量はもっているであろう連中が優に数十人。洒落にならないとはまさにこのこと。ヴェローチェは表面上では軽い余裕を装いつつ、内心では冷や汗が止まらない状況であった。


「ぐへへ……今の導師に魔力がねぇことは割れてんだァ……」

「調子に乗るのもここまでってぇとこだな人間……!」

「せいぜい可愛がってやるよ嬢ちゃん……」


 舌打ちをしたい衝動に駆られつつも、ぎりぎりのところでとどまった。闇の魔力を纏っていないせいで、威圧すらも出来ない。その上でどうやら、純魔力もすっからかんであることが露見してしまっているようであった。


「どうしますかねー、この状況ー……」


 ぽつりと、誰にも聞こえない程度の声で呟く。美味くない。何一つ美味くない。

 取り囲まれている以上脱出に使うのは飛翔か転移の二択だが、残存魔力は欠片も存在しない上に、なまじ消費魔力が少なくてすむ短距離転移が出来たとしてもすぐに嗅ぎつけられるだろう。獣族(ビースト)が数人いる時点でほぼ詰みだ。


 そういえばどうして自分はこんなことになっているのだったか。

 思わず現実逃避気味に自問自答を始めてしまう始末。しかしながら最善は時間稼ぎであった。いくら魔力を感じないとはいえ、ヴェローチェは今までに魔力切れなどという弱みを見せたことがない。

 ゆえにヴェローチェを取り囲む魔族たちは、ひょっとすると奥の手があるのではないかとの疑念を振り払うことが出来ず、じりじりと距離を詰めるのみだった。


「……」


 ヴェローチェはそんな彼らを睨み据えながら、脳内ではぐるぐると記憶を辿る。

 しかし、思い出せない。

 いったいどうしてこうなってしまったのか。確か、魔王に命じられるままに城を出てそれから――


「ええいじれったい!! 野郎共、ぶっ殺せェ!!」

「っ!」


 しまった。

 そうこう考えているうちに、打開策もないまま痺れを切らした魔族たちが襲い掛かってきた。思い思いに跳躍し、中心でたった一人微動だにしないヴェローチェに迫る。


 まずい、と思った時にはもう遅い。

 魔力はまだ雀の涙ほども戻ってきていない。これでは障壁すら展開出来ない。


「まずっ……!!」


 獣族、デビル、アンデッド。数多の魔族たちが、殺戮の欲望を丸出しにしてヴェローチェに襲い掛かった。


 殺気を向けられるのには慣れていた。突然の殺意も、奇襲の類も。一度や二度では済まないから、慣れていた。

 だがそれは全て自衛手段があってのこと。

 魔力が一切ない状態で、まるで無力な状態で、絶望的な蹂躙を強いられるような恐怖は、未だ経験が無い。


「っ……!」


 怖い。純粋な本能が顔を出す。

 だが、悪意は止まらない。


「死ね、導師ッ!!」

「これが最期だァ!!」


 叫びながら、刃が、呪法が、悪意の全てがヴェローチェに向けて牙を剥く。

 拙い。けれども、止まらない。


 眼前に差し迫る魔族はまるでヴェローチェを中心に収束するようにして一斉に攻撃を仕掛け――躍りかかる魔族たちの刹那の隙間に、突然ヴェローチェの前へと現れた影。


「っしゃああああああ!!」


 暴風。

 凄まじい勢いと共に振るわれた得物により、魔族たちが軒並み弾き飛ばされた。


「があああああああああああああああああ!?」

「ぎゃああああああああああ!!」

「なっ……ああああああああああああああ!!」


「え……?」


 長髪が靡き、くるりと回転させて肩にかけた得物は大斧。

 その広い背中が振り向いて、その男はにかっと笑った。


「怪我はねぇか、ロード」

「ぇ……あ、はい……そぅ、ですねー」

「そっか、なによりだ。悪かったな、遅くなって」


 シュテン。

 つい最近までずっと、ひたすら追いかけていた妖鬼。

 しかし、そのロードという言い方が気になって。


「て、テメエ何もんだ……!?」

「あん?」


 頭領らしき中心に立っていた魔族の男が、己の剣を構えて叫ぶ。

 その声に呼応するように、弾き飛ばされた魔族たちが起き上がり、シュテンの周囲を取り囲むようにして各々が武器を握りしめた。

 しかしヴェローチェには分かる。先ほどまで自分を追い込んでいた時のような余裕は、彼らにはもう無いのだと。

 それだけ目の前の存在は、己を守るように立ってくれている存在は強大だった。


 男の裂帛の叫びに対し、シュテンはのんびりとその体を彼に向けて言い放った。


「魔王軍導師ヴェローチェが傘下、"力"を司る四天王……鬼神シュテンたぁ俺様のことよ」


「なっ……!! 貴様が、あの鬼神ッ……!?」

「クソが!! 鬼神は足止めしておけとあれほど言ったじゃねえか……!!」

「報告です!! 鬼神シュテンの足止めに向かった三百は……たった一分ももたずに壊滅したとのこと……!!」

「冗談じゃねえ!!」


 動揺を隠せない魔族たち。

 そんな彼らを前にして、シュテンはその斧を地面に叩きつけた。

 凄まじい地響きと共に大地に亀裂が走る。その音と揺れは、魔族たちを釘づけにするには十分すぎて。


「二つに一つ、選ばせてやる。今の内に尻尾巻いて逃げるか……うちの大将狙ったことを後悔しながら首を飛ばすか」

「っ……!! に、逃げろ!!」

「やってられっか!! ちくしょう!!」


 脱兎の如く逃げ去る魔族たち。

 だがシュテンは追うようなことはせず、ただ一人も居なくなるまでじっとその場に立っていた。まるでヴェローチェを守る仁王の如く。


 そしてしばらくして、魔族たちの気配が消えた頃。

 ふっと一つため息を吐いて、シュテンは再度、今度は体ごと振り返った。


「悪ぃな、こっちも襲われて遅くなった」

「い、いえー、来てくれただけで、嬉しいですー。それよりも、四天王って……なんで……」

「あん? 何でも何もお前さんが半ば強引に引き込んだんじゃねぇか。まぁ、悪くねぇぜ、魔王軍暮らしもよ。このあとレックルスに麻雀誘われてんだが、ヴェローチェさんもくるか?」


 そう、だったか。

 いや、そうだったかもしれない。思い返せば、そんな気もする。

 しかし、他の四天王と麻雀とはなんというか随分と魔王軍も賑やかになったものだ。シュテンが居るというのなら、それでも不思議ではないかもしれない。

 だがだからと言って自分がわざわざ行く理由は無い。


「や、遠慮しておきま――」


 と、そこまで言いかけて。ふと思う。

 今であれば、そしてシュテンが居るのであれば、また見える世界も違うのではないのか。四天王や、"車輪"との望まぬ摩擦も、もしシュテンが居るのなら。


「――やっぱり、行きますー」

「そうかい。んじゃ、行きますか」


 す、と差し伸べられる手。


「え?」

「なんだよ、ほれ」


 ぷらぷらと、彼の手は虚空を彷徨う。

 しかし彼の求めているであろうものは明らかに自分の右手で。


 ああ、そうだ。

 自分はこういう、部下との楽しい関係をずっと、ずっと望んでいて。


「……じゃあ、行きましょうかー」


 差し出された手に、己の手を伸ばして……



 ぐらりと、視界がぶれた。


「……え?」


 突然、視界が足元の地面に吸い込まれる。

 痛みは無い。声も出ない。そのままぐんぐんと足元の赤茶けた土が近づき、突如真赤に染まった視覚はすぐに黒へと暗転する。ぐるぐると回転するような、三半規管がとち狂いそうな感覚に襲われて。





 ふと、目が覚めた。


「……あ」


 打ち捨てられたように倒れ伏していた砂浜。

 魔界らしく、赤々とした月が昇っているのを確認して、どういう状況かを脳内で整理する。



「ここは……そうですー、わたくしは気を失って……」


 シュテンを連れ去ろうとした帰り道。

 自分は、クラーケンに襲われて。



 シュテンの姿も、気配もない。

 たった一人でこんな場所に。


 だから、ふと思ってしまう。

 今まで見ていた夢は、きっと。

 もしクラーケンに襲われなければ、今頃は……。


「……詮無きことですー」


 そう考えて首を振り、髪にかかった砂を払って。

 疲労した体に鞭打って、ヴェローチェは歩き出した。


 魔力が回復したら、すぐに魔王城へ戻ろうと決めて。

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