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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之参『妖鬼 教国 光の神子』
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第二十三話 ビタル平原III 『リベンジ』

 悪魔は消えた。

 

 ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアが実際にどの程度の内蔵魔力を使ったのかは分からないが、それでも一度彼女は引いてくれた。背後に控えているというだけで絶望したい気持ちは山々なのだが、それでも皆生きたいという意志は変わらない。


 なれば今は、戦うしかない。

 戦意が保ったのは、奇跡に近かったかもしれない。だがそれでも、壁が保ってくれたおかげもあって街は無事だったのだ。家族は無事だ、これからも無事にしなくてはならない。そんな決死の思いを抱き、戦士たちは前を向く。


 城壁は砕かれた。

 その事実は変わらない。

 今も無惨な姿をさらす崩落したその壁を、見上げるだけで暗澹たる気持ちになるのはふりほどけない事実だ。けれど、それでも。


 今を守る為、街を守る為、戦う道しか残されていない。


「全軍、突撃っ……!!」


 崩された城壁から覗く、広大な平原の姿。ところどころ陥没しクレーター状の大穴ができた場所には、飛び散った血や肉片がこびりついていて痛々しい。

 しかし魔王軍はそんなことは気にする様子もなかった。


 殺到する魔族の群れに、正面に構えていた武装隊が突撃する。

 重装鎧に身を包み、槍を握りしめて魔王軍に立ち向かう。


 激突にはそう時間がかかることもなかった。


「うおおおおおおお!!」

「あああああああああ!!」


 ありったけの声を張り上げて恐怖心を押しつぶしながら、勢いよく魔族に向かって槍を突き出す。しかし、そう易々と殺せるほど、魔王軍の魔族はやわではない。


 日の元に出て来られる程度の雑兵といえど、されど魔王軍の兵士だ。その膂力たるや、尋常ではない。幾多もの兵士があっさりと槍を弾かれ、素手やブレス、魔法によって骸を晒す。負けるわけにはいかない、そう思っても現実は固く立ちふさがる。


 その中で、やはり当然というべきか城門に迫る魔族たちも多かった。

 一番乗りはどこの軍でも名誉なのだろう、こぞって押し寄せる魔族たちに、城壁の上から必死で法術を飛ばす術師たち。しかしながらどうしても討ち漏らしというのは生まれるもので、歯噛みしながら彼らは後の命運を託す。


 最後の砦である、光の神子に。


「クレイン、そっちを!!」

「援護は任せて! ジュスタちゃん、お願い!!」

「分かってる……!」

「爆砕棒・真……!!」


 城門へ向かってくる魔族の数は続々と増え続ける。ミノタウロス、ゴーヴァ、イグニスエレメンタル、ラミア。初見の敵も居れば、そうでないのも居る。しかし、ここから一歩でも魔獣を中に入れる訳にはいかないと、幾たびにも渡る連戦を続けていた。


 まぞく の むれ が あらわれた!▼


「まだ居るの……!?」

「戦いは終わってない、ならずっと続くさ。しっかり踏ん張って耐えるんだ!!」

「ハルナちゃんはまだまだ元気だもんね!!」


 クレインの激励に合わせ、ハルナが吼える。

 疲労の色が隠せないジュスタも、それでも逃げることなくダガーを握りしめて乱舞する。投擲ナイフを使えばその全てが魔族に突き刺さり、一瞬の隙を突いてクレインが片を付けた。


「ありがとう、ジュスタ!」

「別に……!」


 未だに何か考えることがあるのか、それとも冒険者である三人を信じ切れていないのか。何れにしても、それでも共に戦ってくれているだけでクレインは感謝の念を表に出すことができた。

 すぐ近くで戦っていたリュディウスも、その様子を見て口角を上げる。


「まだ、まだ耐えられるはずだ。やってやろうぜ」

「ああ、分かってるさ!」

「……手は、貸すけど!」

「ジュスタちゃんかわい!」


 くすりと笑うハルナに顔を真っ赤にしながら、懐からナイフを取り出す。

 残りは多くない。かなりの量をストックしてきたはずだが、それでも全く足りていなかった。

 ここまで到達する魔族の数が多いのもそうだが、それ以上に一人一人の魔族の耐久が人間とは比べものにならないのだ。十本ものナイフに串刺しにされて、それでもなお動きが衰えないなど、およそ同じ二足歩行の生物の所業とは思えなかった。


「あっ……そろそろ魔力が」

「ハルナ、限界か!?」

「ううん、大丈夫まだやれる! でも……」


 ハルナの魔力が底をつき始めた。

 その事実に半ば驚嘆を隠せないクレインは、ふと気づいて周囲をみた。

 夥しい数の死傷者が、あたりに無惨に散らばっていた。クレインたちが倒した魔族もそうであるし、逆に魔族に倒された武装隊の数も尋常ではない。

 開戦よりしばらく。もう日が沈みかけて、若干あたりが薄暗くなってしまっている。


 どんどんと襲い来る魔族の量が増えるのは、単純に人海戦術を取られているからではなく、城壁上の法術師たちのガス欠も原因の一つだった。殺し殺され、消費する魔力は膨大。精神的にも疲労は半端なものではないだろうに、それでも戦いを強いられる。


 だからこそ、どうしようもなかった。

 おそらく城壁の上でもポーションの補給はされているだろう。だが、潤沢に個人でポーションを所持していたハルナでさえもうマズいと口に出すほどだ。

 クレインが正面を見据えれば、未だひっきりなしに魔族たちは攻撃の手を緩めない。


 せめて城壁がもう少し機能していれば、翌日に持ち越すこともできただろうが。武装隊の人数をもこうして現在すり減らしている以上、今日のうちにあきらめさせるしか方法は無さそうだ。


 しかしそれには、こちらの絶対数が足りない。魔力が足りない。

 次から次へと現れる魔族に対して、切れる手札の数がどうしても足りない。


 現状の苦しさが浮き彫りになって、クレインは思わず歯噛みした。だが、そうしたところでどうすることもできない。今のクレインにできるのは、せめて城壁の中に魔族を入れないことだった。


 城壁の上からは、依然として強力な法術が打ち込まれている。あれはおそらく、四神官の一人であるシュルトの手によるもの。彼がまだ踏ん張ってくれているから、自分たちもまだ頑張れる。年老いた、自らの祖父のような人たちが奮闘しているというのに、クレインがめげる訳にはいかなかった。


「ぐっ……もう、ナイフがっ……! ごめん、ダガーで戦う……!」

「了解っ!」


 くそ、と悪態をつきたいのをこらえる。

 こらえて、前を向いた。まだまだ多くの魔族たちが犇めき、武装隊の数もどんどんと少なくなってきている。このままでは、あっと言う間に落とされる。

 させてたまるか、自らの故郷を踏みにじることなど。


 と、その時だった。


「ん?」

「おや?」


 オーク、オーガ、ゴブリン、ゴーヴァ。こちらに向かってきていた魔族たちの動きが止まった。何事であろうか。そんな疑問が脳裏を掠めるよりも先に、周囲を業火が包み込んだ。


「えっ?」


 ハルナの口から声が漏れた。リュディウスの動きが止まる。ジュスタは警戒を解けないまま。だが、クレインは目を見開いた。驚くに値する人物の姿が、そこにあったから。


「あいつら全然止まんないし。ていうかあんなことしてて死ぬはずないし。……こっちがうるさいなって思ったらこんなことになってるし」

「ヒイラギ、さん?」

「やっほハルナ。助太刀、いる?」

「あ、うん!! ありがと!!」


 宙に浮き、いつものように主人に対する文句をあげつらいながら。

 ふんわりとさわり心地の良さそうな尾を九つひっさげて、華麗な少女が姿を現した。


「……そうか、それで魔族が止まって」

「あー、っとそっか。そこの剣士のきみにとっては私は邪魔か」


 と、そこでリュディウスが納得したように呟く。ヒイラギも何かを察したようで、バツが悪そうに頭を掻いた。と同時に、どこか惚けている風な魔族たちを焼き殺す。

 あまりにあっさりとしたその動作に戦慄を隠せないクレインとは違い、リュディウスは一瞬の思考の後クレインの方を見た。


「いや……俺が武装隊に加勢しよう。後は任せた」

「あ、リュディ!?」


 彼はそれを言うが早いか、ばっとその場を離れて魔族たちの方に突貫をかけていった。あまりの速度に、唖然とするしかないクレイン。その理由は、あっさりとヒイラギより告げられた。


「なんできみにかかってないのかは……まあたぶん光の神子って奴の特性なのかもしれないけど。私常時魅了魔法の呪いあってさ。男はちょっと、ね」

「えっ」


 若干申し訳なさそうに、ヒイラギは言った。

 常時魅了の呪い。そんなものがあるのかという驚きもあったが、しかしヒイラギという存在がこの場に来てくれたのはありがたかった。単純な戦力として考えるならリュディウスが抜けるのは痛手だが、今この状況では制圧力こそがものを言う。

 単体しか相手にできないリュディウスよりも、面での制圧に優れるヒイラギがやってきてくれたことがなによりの救いだった。


「しっかしさくさくレベルあがるわね……下がった分を取り戻してるだけではあるんだけど」

「あ、やっぱりヒイラギさんちょっと強くなってますね!」


 狐火をまき散らしながら、ヒイラギはぽつりと呟いた。その言葉を聞いて、なにやら同調するようにハルナが笑う。いつからそんなに仲良くなっていたのだろうか。いや、メリキドの宿屋で少し会話していたのは知っていたが。


 しかし、魔族である彼女が自分たちに手を貸してくれるとは。

 やはりヒイラギにもシュテンと同じような何らかの事情があるのだろうか。

 そんなことを思いつつ、脳内でさくさくクレインが妄想を広げていると。その疑問は、別のところから出されることになった。


「なんで魔族のあんたが手を貸してくれるのさ……」

「……何でかしらね」


 ジュスタが、胡乱な瞳をヒイラギに向けた。彼女にとっては魔族も仇であることくらい、クレインは知っていた。知っていたが故に、ジュスタの疑問は理解ができた。

 と、そんな言葉に対してヒイラギは一瞬戸惑ったように目を開いて。次いでハルナの方に目をやってから、そうね、と一言。


「情が移ったのかもしれないわね、たぶん。あいつの影響かしら」


 その言葉と合わせて振るわれた右腕が、炎を纏って竜と化す。

 次々と魔族を食い破るその恐ろしい火竜の行く末を眺めながら、ヒイラギは遠くを見て言った。


「人間に手を貸すなんて……私も変わったわね」















「はああああああああああああ!!」


 空気を斬り裂く強烈な一撃は、振り下ろしと共に地面を割った。

 空から降ってきたかと錯覚させるほどにその運動エネルギーは暴力的で、その場に数人固まっていた魔族は軒並み叩き潰されるような斬撃によって事切れた。


 着地に膝をしゃがませた姿勢から立ち上がる、赤髪の剣士。突然現れた人間に、周囲の魔族たちはいきり立つ。しかし攻撃を加えようと飛びかかるたびにその剣によって切り捨てられ、殴られたような破壊力で弾き飛ばされた。


 足下には多くの武装隊の死体。魔族と武装隊の混戦地帯はどんどんとその戦線を押され、もうじき城門にまで激戦地が移行してしまうのではないかとさえ思わせていた。

 そこに登場した、王国王子リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア。一応今はその出自を伏せてはいるが、その風貌から感じる高貴にして粗暴な威圧はまさしく王に相応しい。


 実力的には全く劣っていないだろう魔族たちが、気圧されてしまうほどに。


 だが、所詮は一人。そして、一対一を得意とする剣士。多勢に無勢は、疲労が押して敗北することは必至。それを、闘争を熟知した魔族たちが知らぬはずもない。例外は三人で十分だ。


 どんなに恐ろしくともカモでしかない。そう判断した魔族たちは、次々にリュディウスに襲いかかった。しかしその全てが、彼のその剣技によって弾かれる。


 そして、十数の魔族を葬ってから、何かを感じてかリュディウスはくるくると起用に剣を回転させ、背にその剣を戻した。

 その動作に一瞬理解が及ばない魔族たちだが、理由にすぐに行き当たる。というよりも、察知した瞬間にリュディウスの周囲からこそこそと離脱を始めた。


「こんなところにまで一人で来るとは酔狂。殺してほしいのかと想像」

「アタマがくたばれば、消えるだろこいつらも」

「貴様如きには倒せないと嘲笑。この前散々いたぶってやったのを忘れたのかと嘲弄」

「……あの時の俺とは、ひと味違うぜ?」

「……?」


 目の前に現れたのは、燕尾服を身に纏った長身の男だった。仮面をかぶったような顔は口元が引き裂け、シルクハットを身につけた道化風の青年らしき人物。

 魔王軍四天王が一人、"理"のブラウレメント。


「クレインが言っていた。自分はパーティの中での役割を考えられていないと。だが俺は逆に、ソロでの考えが甘かった。たった一人になった時、どうすればいいのか分からなかった」


 あの時腰に帯びていた剣帯はもう無い。しかし彼は剣士だ。剣がなければ、剣士ではない。即ち彼は別の箇所に剣を持っていることになり、それは先ほどまで軽やかに魅せていた背に差した剣に他ならない。


「回復役も居ない、援護も居ない、隣合って戦う友も居ない。ならば、味方はフィールドだけだ」


 右肩の後ろにあった握りを掴む。するすると鞘から抜けたその剣は、リュディウスの身の丈ほどもある巨大なもの。地面に突き刺せば姿見の役割をも果たせそうなほどに幅もあり、その剣身は銀に輝く。


 その名も、バスターブレード。


「……真っ向から叩き潰してやるぜ、四天王」

「……やってみるが良いゴミ虫が」


 吐き捨てるように呟いた言葉が戦いの合図となった。

 口角を上げたリュディウスが、バスターブレードを握って突撃する。


「――古代呪法・一鋼打尽――」

「はっ……!!」


 襲い来るは縦横無尽に四方八方から襲いかかる鋼糸。

 それをリュディウスは、あろうことか地面にバスターブレードをたたきつけて跳躍した。


「ぐっ……!」

「は、遅ぇ!!」


 土煙が視界を遮る。鋼糸の支配が及ばない空中に逃げたと察知したブラウレメントは、すかさず上空に向かって鋼糸を放つ。しかし。


「このでっかい剣がッ――」

「っ!」


 大量の鋼糸に激突して尚、落下してくるバスターブレードの勢いは止まない。それどころか、リュディウス本体を狙ったはずの鋼糸がその大きな剣に遮られ、軒並み弾かれている。


「――そんな柔い糸に負けるかよぉ!!」

「がっ!?」


 降り下ろし間際、慌ててブラウレメントは飛び下がった。だが、おかまいなしに地面へと叩きつけられたバスターブレードによって崩れた地面からの反動で、小さな土が多量に襲いかかる。


「がああ!」

「は、リベンジしてやるぜシルクハット野郎!!」


 ぷつり、といくつかの鋼糸が今の衝撃で断ち切られた感覚。

 驚愕しながらも、バスターブレードを横薙に払ってくるリュディウスに対する一手が必要だ。複数の鋼糸を円を描くようにして回転させ、トルネードのようにして放つ。


「甘く、見るな四天王をォ!!」

「がっ……あああああああああ!!」


 ぎゃぎゃぎゃぎゃ、と鋼と鋼糸が擦れる金属音。離れたところに居たブラウレメントはともかく、眼前で鳴らされたリュディウスはたまったものではない。

 しかしそれでもリュディウスは止まらない。鋼糸の渦を真っ向から弾き飛ばすべく力を込めて振り払う。


 だが、その一瞬さえあればブラウレメントにとっては十分だ。

 跳躍からの一閃は、先ほどまでの柔い鋼糸術ではない。


「――古代呪法・龍鱗通し――」


 あの時リュディウスのブレードを穿った技。数本の絡み合った鋼糸がバスターブレードに襲いかかる。


「終わりだッ!!」

「ちぃ……!!」


 剣というのは脆い。剣身の中心付近に穴でもあけられてしまえば、その穴が乱暴にあけられたものであればあるほどに亀裂を走らせる。それは一種、凄まじい精度を誇る武器破壊行為に他ならない。


 だから剣士にとってそれは致命傷であるし、この技が効かない剣士などブラウレメントは一人しか知らない。


 だから、リュディウスといえど、バスターブレードといえど、それは同じことだった。前回ずたぼろにされたのも、この龍鱗通しがあったからこそ。


 鋼糸がバスターブレードに接触する。

 その、瞬間だった。


「爆砕棒・真!!」


 リュディウスの眼前まで迫っていた鋼糸、その中腹が何者かによって叩きつけられた。当然鋼糸はバランスを崩し、あと少しのところでバスターブレードの破壊は失敗した。


 憎々しげに乱入者を睨むブラウレメント。そして、ほっとしたようなばつの悪いような、そんな複雑な表情を浮かべるリュディウス。


「一人になんてさせやしない。ずるいじゃないか、一人で戦うなんて」

「クレイン」


 凄まじい速度で棒を回転させながら、乱入者は振り下ろしの体勢から立ち上がった。戦いの糸が一度途切れ、リュディウスはバスターブレードを握ったまま彼を見た。


 クレイン・ファーブニルは光の神子だ。

 教国南方の片田舎で農家の息子として生きてきた。二年と少し前に突然自らに宿った光の神子の資質を見込まれ、教国の切り札として育てられることになった光の神子だ。

 冒険の途中で出会った猛者たちに負けぬよう研鑽を積む傍ら、いまや親友とも呼べるライバルとの心の絆もまた増した。


 だからこそ、自分の知らないところでそのライバルを失いそうになることなど、認められようはずもない。

 戦う時は、共に。


「借りを返したいのは僕も一緒なんだ」


 好戦的な笑みを浮かべ、クレインはブラウレメントを睨む。

 背中を合わせ、同じ方向を向いて。


「なら……やるか、クレイン」

「当たり前だよ」


 前回と全く同じカード。

 しかし主人公たちは成長する。どうすれば勝てるのか。次は負けない為に経験を稼ぎ、武器を換え作戦を換え、次こそはとただひたすら前を向く。


 だから、負けて終わることはない。

 それが、主人公だから。


「行くぞ――」

「――理のブラウレメント!!」


 リュディウスとクレインが突撃を敢行した。

 迎えうつブラウレメントは鋼糸を大量にはじき出す。

 クレインの正面に躍り出たリュディウスが、そのバスターブレードで鋼糸を纏めて受け止める。


「ちぃぃ!! 人間如きが不快! 不快! 不快ィ!」

「クレイン!!」

「わかってるよ!! 爆砕棒・真!!」


 あろうことかバスターブレードを踏み台にクレインが跳躍した。

 そのまま回転する棒を、強かにブラウレメントに向けて打ち据える。

 瞬間、爆砕棒が起爆。


「があああああああああああ!!」


 吹き飛ぶブラウレメント。ころりと何かが落ちる。

 だがそんなものに目をやっている暇はない。

 ブラウレメントは空中で体勢を立て直し、右足でブレーキをかけつつ再度鋼糸を操った。


「――古代呪法・龍鱗通し――!!」


 数本の鋼糸が絡み合い、一つの鋭い槍となってクレインに襲いかかる。


「死ィねぇええええええええええ!!」

「はああああああああ!!」


 低い姿勢でしゃがみ込んだリュディウスが、クレインに迫る鋼糸を下から払った。

 鋼糸は歪み、軌道を外してばらけて散る。


「てめえの弱点はその武器の脆さだろうが……は、冷静になってみりゃ、大したことねえじゃねえか四天王……!!」

「甘く見られるとは不快! 不愉快!! 死に腐れ雑兵!!」


 先ほどの倍はあろうかという量の鋼糸が縦横無尽の軌道を描いて舞う。

 その中を、リュディウスはバスターブレードを片手に駆け抜ける。


「――古代呪法・一鋼打尽――!!」

「ちっ……!!」


 回転し曲がりくねり、唸りを上げてリュディウスに迫る鋼糸たち。

 しかしリュディウスはその鋼糸に囲まれた状況で、まるでその糸を絡め取るが如く戦闘機のように一回転。


「なっ……!!」

「種が割れりゃ脆い敵だったな、ブラウレメントォ!!」

「はあああああああああああ!!」


 糸という手段を封じられ、両手が身動き取れないこの状況。

 リュディウスの背後から現れたのは、棒を振り上げて迫るクレイン。

 そのまま振り下ろされれば、今度こそ凄まじいダメージが脳天から襲いかかる。


「な……めえ……るなァアアアアアア!!」

「っ!?」

「クレイン!!」


 ブラウレメントは両手を動かせないままに上段蹴りの要領で足を振り払った。

 煌めく銀線にクレインは気づく。足にも鋼糸を仕込んでいたのだと。


「あああああああああ!!」


 両腕両足を切り裂かれる激痛に、クレインはもんどりうって地面に転がった。


「――古代呪法・龍鱗通し――」

「しまっ……!!」


 その瞬間、鋼糸を巻き取ったままのバスターブレードを握るリュディウスにも鋼糸が襲いかかる。龍鱗通しを受けてしまえば、またこのバスターブレードは――


「あああああああああああ!!」


 しかし。

 吼えた。クレインが雄叫びを上げて立ち上がった。

 まだやれる。一撃のダメージはやはり四天王というべき、いやそれ以上の力をはらんでいるというのにも関わらず。それでもクレインは立ち上がった。

 血塗れてなおそれでも。ぼたぼたと地を朱に染めながら、それでも棒を握りしめて立ち上がる。

 それを視界に入れたリュディウスの行動は早かった。


「なっ……!!」

「があああああああああああ!!」


 バスターブレードへと向かっていた龍鱗通しの一撃に、リュディウスは剣を庇って背を向けた。腹部を貫く鈍痛。しかしその一瞬で動揺したブラウレメント。リュディウスが絡み取られたバスターブレードをふりほどくには十分すぎる時間。

 そのまま龍鱗通しからバスターブレードを守り切り、再度周囲の鋼糸に向かって返す刀で振り下ろす。


「がっ……!?」


 土煙が舞い、鋼糸の殆どが地面にたたきつけられる。

 その時間さえあれば、余裕だ。


「やれぇ!! クレイイイイイイイイイン!!」


 叫ぶリュディウスとどちらが早いか、その機を待っていたとばかりに血塗れのクレインが爆砕棒を振り上げる。そして、鋼糸を封じられて身動きの取れないブラウレメントの脳天にその棒をたたきつけた。


「爆砕棒・真!!!!!!!!!」

「がああああああああああああああああああああ!!」


 凄まじい爆裂音。

 確実に脳天という急所へのインパクトは成った。


 その場に倒れ伏すクレインと、脳天へのダメージで黒い煙を出しながら指一つ動かないブラウレメント。砂塵が晴れた時視界の内に現れたその光景に、リュディウスはほっと胸をなで下ろして、そのまま膝を屈した。


 バスターブレードを突き刺し、その剣腹に寄りかかって。


「……無事か、クレイン……」

「なん、とか……」

「回復薬ねーよ……」

「知ってる……」

「やっつけたな……」

「なんとか……」


 ブラウレメントから少し離れたところに、クレインとリュディウスは力無くその身を晒していた。


 ブラウレメントがやられたのを見た魔族たちが、大慌てで戻っていくのを見て。


「城門は……?」

「ヒイラギさんが居る……」

「あの人で大丈夫なんだろうな……」

「女神クルネーアの導きを……」

「思い出したように光の神子やんのやめろ」

「……実際……祈るしかない……」

「そうか……」


 満身創痍。

 どこかほっとしたような、やりきったような、そんな感覚を覚えつつ。

 しばらく、そうしていた。


 と、その時だった。


「ぅ……」


 声。

 それがどこから聞こえたか理解した瞬間、二人は弾かれたようにそちらを向く。

 理のブラウレメント。

 まだ死んでいなかったのかと、なけなしの力を振り絞って立ち上がるより先に。


「……まだ……まだ、だ……この、欠片……さえ……」

「なんだ……それ……」


 地面に落ちていた、禍々しい色をした石。

 震える手でそれを握ったブラウレメントは、血みどろの顔を上げて口角を上げる。


「……これ、さえ……」


 それだけ言って、ブラウレメントはその石を飲み込んだ。


 瞬間。


「あ……ぎゃ……ぐぁ……げ……」

「なん……だ……?」

「いや……わからないけど……」


 ぶわり、と周囲を包み込むような凄まじい毒々しい空気。

 その中心であるブラウレメントからまるで狼煙のように立つ黒の煙。それは彼の周囲をまるで霧のように包みこみ、ゆらり、と揺れて幽鬼のようにブラウレメントは立ち上がる。


 その威圧感たるや、先ほどの比ではない。


「ぎゃがぐがげががあああああああああああああああああああ!!」


 それはまるで雄叫びのようだった。

 そして、ブラウレメントは生気の一切感じられない瞳のまま。


「ぎゃがぐがげががあああああああああああああああああああ!!」


 折れているであろう不自然な形の足もかまわず、血みどろの頭部も気にすることなく、凄まじい勢いで跳躍した。その行く先は、どこなのかもわからない。

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