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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之参『妖鬼 教国 光の神子』
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第二十一話 ビタル平原I 『僕らは進むよ魔王軍』

 シュテンとデジレが殺し合い、クレインたちの元に魔王軍襲来の報が届いたその頃。


 その進軍する魔王軍後方では、二人の男が遠くに聳える白亜の塔を睨んでいた。どうやってあの街を蹂躙してやろうか。手持ちの勢力を使ってこれから行なう殺戮に思いを馳せながら、それ以上に今の配下に若干の不満を持っていた。


「オーク族にコボルト族、ゴブリン族にリザードマンと。……パッとしねぇ勢力だぜ」

「仕方がないと諦観。いずれにせよ日の元に出られる魔族は限定。我々のように強者で魔大陸を抜けられる魔族は例外」

「分かってるっつの。あー、帰ったらユリーカちゃんに癒してもらうんじゃ~」


 彼らは魔王軍の四天王。"秤"のレックルスと"理"のブラウレメント。

 今回の『聖府首都エーデン侵攻祭』ではトップを任されている二人だ。


 ブラウレメントは相変わらずのシルクハットに引き裂いたような大きな口。そして、燕尾服のような服装を身に纏った長身の男。

 もう一人は打って変わって短身で、ハンバーガーに顔を乗せたらこの男になるのではないかというほどに恰幅のいい魔族であった。

 けむくじゃらで、人間にしてはむき出しの牙と潰れた鼻が目立つ。


 しかし、レックルスの特徴はそれだけではなかった。


「なぁ、ブラウレメント。今の給料制どう思うよ。土地じゃなくて金になった奴」

「不満は皆無」


 二人だけは見晴らしのいい人力車に揺られながら、聖府首都エーデンを目指すその中で。戦い前の余興とでも言うべきか、雑談に興じるレックルス。


「俺さぁ、きついんだよね。だってほら、金だと際限なくユリーカちゃんに貢いじゃうじゃん」

「貴様は大概。もう少し節制という言葉を覚えるべきと思考」

「そう言われても可愛いんだから仕方ねーじゃん」


 レックルスの服は、皮で出来たジャケットのようなものだった。皮の鎧というには軽装で、まさにレザージャケットという言葉が似合う一品。だが、一つだけほかと違うところがあるとすれば。


 背中にあたる部分にでかでかと、ふんわりウェーブにしたショートボブのピンク髪を持つ、可愛らしい少女の絵が描かれていることだった。

 フリルつきのドレスはミニスカートにヘソ出しで、愛くるしさを強く感じる。裏ピースなるサインを出した左手と、腰に右手を当てたポージング。背中にそんな少女の絵を背負っていることが、レックルスのどんな印象よりも分かりやすい彼の特徴であった。


 ただ、よくよく見れば彼ほどではないにしろ、ちょくちょくその少女の絵が書かれたタオルを首から下げていたり、裏側に少女が書かれた盾を所持する者なども散見される。


 しかしブラウレメントはその全てを視界に入れながら、見てみない振りをするのだった。


「そろそろビタル平原に入ろうかってとこか……あん?」

「前線の乱れが発覚。妙な魔獣の気配」

「魔獣ァ?」


 見れば、確かに前方の兵士たちが魔獣に襲われていた。巨大化した熊のようなその魔獣の名は、確かブラッドベア・ゴールドフィスト。金色に光るその腕で敵を殴りつけることで有名で、戦いのあとは返り血で真っ赤になるからつけられた名だった。


 だが、こんな平原の一歩手前などに出てくるような魔獣ではなかったはず。


 何事だろうかと首を傾げつつも、邪魔者は排除するのが魔族の流儀。

 ため息混じりにレックルスが、リザードマンに引かせている人力車から飛び降りようとしたその時だった。


 ぶわり、と隣から凄まじい圧迫感。

 発生源がブラウレメントだと気づくまでにそう時間はかからなかったが、それでも驚きに染まった顔はそうそう隠せるものではない。


「あれ、おまえさんそんなに強かったっけ」

「私が片づけてこよう」

「お、おう」


 一気に跳躍するブラウレメント。

 レックルスのいる人力車を置き去りに、前方へと躍り出る。


「"理"さま!!」

「"理"さまだ!!」


 コボルト族で組まれた隊列が、あっさりと崩されていた。中心には、狂気に染まった瞳のブラッドベア・ゴールドフィスト。黄金の両腕を振り回し、その度にコボルト兵士を叩き潰す。


「はは……ふはは……!!」


 あの時と、同じだ。


 ブラウレメントはそう思う。


 しばらく前に、暴れるグリフォンをしとめた時。並のグリフォンとは格の違う力で以てブラウレメントの前に立ちふさがった魔獣。しかしブラウレメントとて四天王の一角としての矜持があった。

 死闘の末叩き伏せたところ、ころりと輝く欠片を手に入れることが出来た。すぅっと胸元に吸い込まれていったそれのおかげで、莫大な力を手にすることが出来たのだ。


 こいつも、同じだ。


「また強化する機会に恵まれるとは重畳ッ……!!」


 裂けた口元をさらにつり上げ、不気味さをむき出しにしてブラウレメントは笑う。笑う。


 ――古代呪法・一鋼打尽――


 両手から出現した鋼糸が、縦横無尽に駆け巡る。

 その凄まじさたるや、しばらく前とは比べものにならない。


 だが、同時に苦い思い出がよみがえるのだ。

 数日前、突如現れた妖鬼。自らの鋼糸を全て受け止めるばかりか、逆に力量だけで押し返され叩き潰された記憶。


「またあの欠片が手に入るというのなら……ッ!!」


 瞬く間に鋼糸がブラッドベアを取り囲んだ。


「グガッ!?」

「死ね、雑魚」


 飛び散る血しぶき、肉片。

 防ぐ暇すら与えず四方八方から訪れた細く鋭い斬撃に、ブラッドベアはあっけなく崩れ落ちた。他愛もないほどに、あっさりと。


 そうだ、自分は強者だ。


 こうあることが普通なのだ。


「おお!! "理"さまがやってくれた!!」

「流石は四天王!! 一瞬ですな!!」

「助かりました……!!」


 口々に賞賛されるのが心地いい。そうだ、これこそが自らのあるべき姿。

 数日前、屈辱に満ちたあの日。導師に魔力をありったけ吸い上げられ、もがき苦しんだ無様な日。


 そんなことは繰り返さない。


 からり、とブラッドベアの体内から何かが排出された。

 転がり出てきたものの輝きに目をぎらつかせ、ブラウレメントはそれを拾い上げる。

 

 やった、またこれで私は。


 そう思ったと同時、欠片はどす黒く染まりあがった。

 まるで中心から汚水が流れ込んできたかのような濁り具合。色彩が変わるのは一瞬のうちの出来事で、首を傾げるしかないブラウレメント。


「……なぜいきなり色が濁ったのかと疑問」


 あの日とは違い、自らブラウレメントの胸に飛び込んでくるような素振りも見せないその欠片。しかし、先ほどまで輝いていたのは一緒なのだ。


 いつまで、考えごとをしていただろうか。


「おーい、行くぞブラウレメント!!」

「……承知」


 気づけば隊列は流れ、先ほど飛び出した人力車がもう目前に現れていた。平原にただ一人ぽつんと立っているわけにもいかない。

 レックルスの呼びかけに応え、ブラウレメントは歩き出す。

 人力車にひらりと飛び乗って、手元で微動だにしない欠片を眺めていた。


「なんだそれ」

「貴様には無関係」

「そうかい」


 体内に入れていいものなのか判別はしづらいが、以前手に入れたものと同種であるという根拠のない確信があった。

 そして確信がある以上、むざむざほかの奴に渡す理由もない。


 ひとまずは、人間狩りだ。

 もし緊急事態でも起こったらその時は……試しに欠片を飲み込んでみてもいいかもしれない。


 緊急事態というフレーズと同時に思い浮かんだふざけた妖鬼の容姿を脳裏でめった刺しにしながら、ブラウレメントはそう考えていた。


















 ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアはその頃、聖府首都エーデンを一望出来る山脈の東端に居た。ここは奇しくも以前、ヒイラギとシュテンが同じようにエーデンの街並みを眺めていた場所である。


 さわさわと耳を掠めるそよ風に、乱れた金髪を押さえながらヴェローチェはエーデンの方角を睨み据えた。エーデンそのものを見るのではなく、エーデンの方角だ。


 エーデンの西からは、列を為した魔王軍……理と秤の二人が率いる魔族の群れがゆっくりとゆっくりと、まるで水が土を浸食するかのように迫り寄っている。

 そちらは順調だったが、ヴェローチェの関心はまた別のところにあった。


「……楽しそうですねー」


 大薙刀と大斧のぶつかり合い。火花どころか炸裂弾のような衝撃を散らし、大地を陥没させ、周囲に風圧をまき散らしながらの激闘は、手加減なしの殺し合いであることを彷彿とさせる。


「……シュテンは半霊域のせいで八割。一方の魔導司書も神蝕現象(フェイズスキル)が満足に発揮出来ない。どちらが有利かといわれたら、微妙なところですねー……こうなるからさっさとエーデンは潰したいんですよねー」


 ぼんやりと、木の太い枝を選んで腰掛けて、観戦よろしく高みの見物。

 邪魔立てするあの阿婆擦れの姿もなく、何ならシュテンと相対している相手を殺してしまおうかとも考えたが……その考えは数瞬の後に破棄された。


「……デジレ・マクレインでしたっけー」


 ポシェットからスクロールを取り出す。

 帝国書院の魔導司書第五席としか聞いていなかった相手だが、こうなると少々事情が変わってくる。


 問題はシュテンと互角以上に戦っていることでも、神蝕現象が反則気味の能力であることでもない。


「まだ生き残りが居たとは驚きですー……おかしいな。とーさまの代で滅ぼしたはずだったらしいんですけどー……」


 ヴェローチェの目に、他人に見えぬ何かが映っていることは間違いがない。だが、その"何か"が何なのかは、理解し得ぬところであろう。


「研究者もどきとしてー、ちょっと興味が沸きますねー……ただまあ、余計なことをするとあの阿婆擦れが飛んで来そうですしー……どうしましょうかー……」


 んーんー。


 人差し指を頬に当てて、こてんと首を傾げる。

 まさに思案中といったご様子で、しばらく。


 ぼんやりしている間にエーデンから法術が飛び出してきたことも、ヴェローチェにとってはどうでも良いことのようだ。


「"車輪"が出てこなかった以上、半分失敗することはわかってましたしー……"車輪"が出てこなかったせいにすればいいですしー……まあ派手に殺戮欲でも満たしててくださいー」


 エーデン兵と魔王軍の戦端が開かれた。魔法が飛び交い、地響きや炸裂音が鳴り響く。だが、そのどれもがエーデンの南で起こっている殺し合いに比べれば児戯に等しい。


「丸二日以上殺し合ってるにしては元気ですねー……ん? 待ちましょうわたくし。良い案が浮かびそうですー。そういえば突然変異で強くなったのはシュテンとブラウレメントだけではなかったですねー……よし、これでいきましょう。きっとシュテンも楽しいことでしょうー。……デジレ・マクレインにとっては、どうかは分かりませんがー」


 ふふっ、と妖しげにヴェローチェは笑った。

 まるで盤上の駒を眺めているかのようなその微笑みは、見る者が見れば圧倒的強者の余裕を醸し出したものであることが分かるだろう。


 だが、たまたまそこを通りかかったただの旅人にしてみれば。


 まるで恋でもした少女が思いを馳せているようにしか見えなかった。

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