第十九話 聖府首都エーデンI 『マジカルデジレ』
クレインくんたちと別れて半日。
メリキドをあらかた散策したはいいんだが、どうにもデジレの野郎はメリキドを発った後だったっぽい。祠とか市街とか探し回った後に気が付いたよね。あ、宿屋の帳簿で調べてもらえばいいじゃんって。
「そういうの、もっと早く気が付けばいいんだけどね!!」
「そう怒るなよ」
「怒るわよ!! 祠も商店街も探し回ったの全部私じゃない! なに優雅に自分はお茶しちゃってるわけ!?」
「いやほら、おまえが祠行ったあとに帳簿みればいいじゃんって気づいたから俺の中ではもう用事は終わってた」
「外道にもほどがあるでしょうよこの駄鬼!!」
ふんすっ、と憤懣やるかたない様子で隣を歩くヒイラギさん。
すでにメリキドは後にして、聖府首都エーデンへの道のりを歩いていた。ナーサセス港とトゥントという要害が二つあるからか、このあたりの警備は緩い。魔族というだけで検問に引っかかる可能性がある俺としてはありがたいことこの上ないんだが、今から魔王軍が侵攻してくる可能性があるってことを考えるとあまり歓迎できる状況でもないんだよな。
……ってそういや魔王軍って教国のどこから攻め寄せてくるんだっけ。
「全く、なんで私が無関係の人間を調べなきゃいけないのよ」
「人間……人間ねえ」
「なによ」
「いや、何でもない」
デジレは珠片を取り込んだ。
それで、わりと平然と生きているばかりかパワーアップしてやがる。
魂の格というか、そもそも人間には取り込めるものじゃないと思うんだが……まあ、奴は取り込んだ、無事だった、殺す。その前提は変わらんがな。
「しかし教国の街道はどこも変わり映えしないな。ずっと森の間の道を通ってるだけじゃねえか」
「公国や帝国と違って、整備されてないし山が多いから仕方ないのよ」
「なるほど、文明的な問題か。びっくりするくらい五カ国とも毛色違うもんな」
「共和国はもう無いけど。あと王国も街道の整備はいまいちって聞くわね」
「なんで……ああ、魔列車か」
「そういうこと。移動に魔列車を使うのが基本だから、街道は魔獣の数も多いし整備もされてないってこと」
ぶらぶらと歩きながら、そんな雑談をして。なんというかいつも通りの旅路。
だが、これから向かう聖府首都エーデンでは殺戮の宴が待っている。
"理"のブラウレメントに"秤"のレックルス。ゲームではレックルスと交戦状態になることはなかったとはいえ、ヴェローチェさんが居る時点でそんな予測はもはや役立たずだ。
「聖府首都エーデン侵攻祭、ね……あのチラシ、ヤタノが見たら偉いことになりそうね」
「魔王軍殺戮祭になりかねないって? まじめな話そうなりそうだよな」
……実際にできるかどうかは別にして。
それはともかく、聖府首都に着いたらまずなにをするかのピックアップをしていかないとな。ここで聖府首都を潰されたら、いよいよクレインくんが魔王を倒せるかが分からなくなる。
で、魔王が死なないとなにが起こるかというと、単純な話だ。
魔神が召喚されて人間界が滅ぶ。
クレインくんが倒そうとしているあの魔王の願望は人間界の消滅。魔族による征服、蹂躙。なんとなく世界を滅ぼしてやるどころではなく、人間にとってのディストピアを生み出すことこそが魔王の目標なのだ。人間は本格的に家畜へと成り下がり、魔王軍の魔族だけが栄華を極める社会が待っている。それが、魔王の描いた未来。
だが、魔神はそれだけでは飽きたらず、そのまま世界を滅ぼそうと動き出すのだ。
何故それを知っているのかといえば、グリモワール・ランサーIIIで魔神が登場し、そんな状況を作り出すからだ。
だから、魔王の目論見は止めなければいけない。けれど、止めるにはクレインくんが勝つしかない。
今までは筋書き通りだったから楽観視していたが、もしかすると本当にまずい状況になっているのかも分からない。
「ちょぉぉっと気を引き締めていきますかね」
「どうかしたの?」
「いや、こう……諸々ね」
さし当たっては、ヴェローチェさんが出てきた場合にどうするかだよな。
あの人に今の俺が勝てるとは思えないし。
で、最初の疑問に戻ると、魔王軍はどこから侵攻してくるか……ナーサセス港やトゥントは健在だし、攻め寄せられているのなら情報は入るはずだろ?
ってことは北東ではないと。
で、聖府首都エーデンの南はかなりでかいというか、聖府首都エーデン自体が西端なんだから海越えてくるに決まってんだよな。
魔王海軍とかいやすぎる。
俺たちが行くまでエーデンが無事だといいんだが、さて。
巡る思考をぽくぽくと。
「ヴェローチェにさえ相対しなければ何とかなる……ってことね?」
「相対というか、居ることはほぼ確定だろ? ヤタノちゃんもいないこの状況だ。正直、魔王軍をどうやって追い払うかは頭を抱えるところではあるんだよなあ」
ヴェローチェさんに戦闘の意志がなければ楽なんだが、そんなに世界って優しくない。
そんな雑談をしていると、思いの外すぐに道のりなんて踏破してしまうものだ。
常人なら三日かかる距離を、やろうと思えば一日足らずで移動できてしまうのが魔族の魔族たる所以。いや跳躍繰り返せばもっと早くも行けたかもしれないが、早歩きでさえこの速度だ。
普段は旅エンジョイ勢だからあまり使わない恩恵だけど、今は魔族のポテンシャルに感謝。
人間とは違うのだよ人間とは。いや、俺の知ってる人間ちょっとおかしい奴ばっかだけど。そういえば"光の神子"は珠片を取り込むことはできるのだろうか。
「いや、さすがにやらせようとは思わないけどな」
「何の話?」
「俺の捜し物の話」
「そういえば今度はエーデンのほうにありそうなんだっけ?」
「まあ、そうなんだけど」
引っかかるのはブラウレメントだ。あいつ、明らかに珠片を取り込んだとしか思えないパワーアップしてたし、話を振ってみたら濁したし。
間違いなく珠片の力が作用してるっぽいんだが、女神センサーに反応がないのは何故なのか。
もし俺が知ってる珠片だったとすると、吸血少女のフレアリールちゃんにあげた分しか候補が無いんだが……はは、もしそうだったらぶっ殺す。
しかし、他にどういう可能性があるのか分からんな。
もしかしたら、ダミーの反応を掴まされているのかもしれんし。ブラウレメントが回収したところにデコイを置いたと考えると……それもまた一興。
どっちみち、エーデンに行くのとブラウレメントの処刑は決定事項だ。
ブラウレメントとレックルス沈めたら魔王軍引き返してくれないかなー。
「お、あれじゃんエーデン」
「この街は神聖です! ってアピールに溢れているとしか思えない白さね……」
と、峠道を下っている最中に街を見下ろせるポジションを発見した。
この分なら今日中に、というか日が暮れるまでには到達可能だろう。
ぐるりと円を描くように、白い塔を中心に作られた街。外壁も二重になっており、外丸と本丸があるようだ。さらにその周囲には水堀まで整備されていて、結構防備はできているように思える。
……全貌が見下ろせるような山に見張りの一人もいないのはどうかと思うが。
聖府首都エーデン……というか教国は言うまでもなく宗教国家だ。
神のお告げによって成り立つ国で、最も神域に近いとされる四人の神官が専ら政務に携わっている。
光の御子は教国にだけ現れる、一人にして強大な守護者とされ、大成するまでの間は丁重に育てられると聞いている。
今回は魔王の復活で、イレギュラーにも"旅をさせること"に決定したようだが。
それにしても、始まりの街である。
グリモワール・ランサーIIで最初に訪れることになる街。というか、スタート地点。なんとも感慨深いものがあるな。教国の民衆にとっても聖地だろうが、俺にとっても聖地だ。
「ここでお弁当にしよう!」
「ないから」
「知ってた」
無駄口ど安定。
「そういえば、エーデンの周りって何にもないわね」
「ビタル平原だろ?」
「う、うん。もうちょっと場所を選んだ方が良かったんじゃないの? 街作るなら」
「それが、だ。俺たちが今居るこの山脈……たまたま東側に出たけど、北にかけてずっとあるだろ?」
「そうね」
俺たちがメリキドから歩いてきたこの山道。道こそ東につながっているが、エーデンの北にある山脈の東端と言った方が分かりやすい。
「そいから、エーデンの反対側にはでかい街道がある。あれが西の船着き場があるアリカンタにつながる街道なんだが、それはさておき。ビタル平原を南に下ると、これまたでかい湖がある。んで、今から俺たちがエーデンに行くには、でかい川を渡る必要があるよな?」
「……それが?」
「それが、霊地信仰の強い教国では最高の立地だったみたいよ」
「ふーん」
あ、こいつ興味ねーな。
「北にでかい山、西にでかい道、南にでかい水、東にでかい川。その中心に位置する聖府首都エーデンだから、霊力も偉いことになってる。というか半霊域化してやがる。だから、日のもとに出て来られるような弱い魔獣や魔族たちじゃ入るだけでダメージあるし、逆に日の光を克服するほど強い魔族にとっても人間の霊力が増すことなんざ歓迎できない。だから攻められなかったんだな……今までは」
「じゃあ、なんで?」
「バレたんだろ、光の神子の不在が。あとは単純に、魔王軍もちょっと本気にならざるを得ない状況が発生した、とか」
「……なによ」
「さぁな。俺にも分からん」
エーデンにとってまだ幸いだったのは、光の神子が戻ってきたことともう一つ。大多数の、ヤバい強さを持つ魔族たちが出てこないことだ。
それでも四天王のように耐性がついた魔族や、ヴェローチェさんのような人間は平然と居るわけだが。
「さて、そろそろ行くか」
「そうね」
しばらく眺めていたエーデンの景色にさようなら。
こんにちは魔導司書。
……。
……。
え。
「メリキドまで来たという情報はあった。ならばエーデンとメリキドを繋ぐ街道に居れば、間違いなくここを通るだろう?」
振り返り、さあ街道に戻ろうとした瞬間に目の前に現れた黒コート。
青髪のオールバックに、相変わらずのモノクル。
「あっれ~!! デジレくんじゃん! わー久しぶり! 元気してた~!? いつ振りだろ~!! 今なにしてるの~!? あたしは光の神子コンサルタントやってるよ~!」
「そのノリは何なんだよクソが!!」
「久しぶりに元クラスメイトに出くわしたOL」
「うるせえよ!! しかもあぁ!? 光の神子ァ!?」
「そうそう、お前が誘拐したロリっ子ね、旅の仲間を見つけたみたいよ」
「……そいつぁ、しらねえが……って待て誘拐した覚えはねぇんだよクソ妖鬼!!」
……デジレ・マクレイン。
ありがとよ、わざわざテメエの方から出てきてくれて。
「ヒイラギ、下がってろ」
「え、でも」
「"今は"まだ戦力外だ。レベリングなら、後でいっぱいできらあな」
「ちが、そうじゃなくて」
す、とヒイラギを後ろ手で制し、背中の鬼殺しを抜く。
デジレも、挨拶代わりの罵倒が済んだらもう臨戦態勢だ。
元々から化け物だった癖にさらに勢いを増して強くなってやがる。
しかし、違うって何だよヒイラギ。
「だ、だってそいつって帝国書院に十人と居ない――」
震える指でデジレを差し示しながら、彼女はやたらと顔を蒼白にして、言う。うなづくデジレは小馬鹿にしたように鼻をならして大薙刀を一振りし、
「そうだ、俺が帝国書院書陵部の――」
「魔法少女なんでしょ!?」
「魔導司書だ!!」
「ぶっ」
そういやそんなこと教えこんだなナーサセス港で!
はっはっは!! いやあ、いい具合に温まってるぞぉデジレくぅん!
「おい……クソ妖鬼」
「どうしたよマジカルデジレ」
「そォかそォかやっぱりテメエかクソ野郎……!!」
――神蝕現象【清廉老驥振るう頭椎大刀】――
俯き気味の目は見えないが、ひくついた頬と、その綺麗なデコに浮かび上がった血管の数々はよく見える。うんうん、挑発に乗っちゃいけないゾ!
「しかしよモノクルハゲ。お前なんか強くなってね?」
「ハッ……俺を誰だと思ってやがる。研究者が珠片を研究しねえ訳がねぇだろうが……!! あの珠片には、テメエが思ってるよりもずっと価値があった……!! だから死ね、死んでそれを寄越せ、クソ妖鬼!!」
「やったんぞコルァ!! 全世界の魔法少女に謝れ冒涜者ァ!!」
「やりたい放題だなこのクソ野郎がァ!!」
大斧を振り上げて跳躍。大薙刀とぶち当たる。
ひゃっはー!! 今度こそぶち殺したるわモノクルハゲェ!!
まどうししょ の デジレ が あらわれた !▼