第十八話 メリキドIII 『RPGで聞いた話は全部フラグ』
クレイン・ファーブニルは光の神子だ。
教国南方の片田舎で農家の息子として生きてきた少年は、二年と少し前に突然自らに宿った光の神子の体質を見込まれて、教国の切り札として育てられることになった。
そんな彼が旅に出てしばらく。ジュスタという少女を追いつつ久しぶりに訪れた故郷教国で、彼は多くのものを得ることになった。
クレインの前に現れた多くの強者たち。
彼らに早く追いつきたい、必ず追いついて見せるといった意気込みが、今の彼の纏う気迫にありありと現れていた。
荷馬車無き街道で出くわした"理"のブラウレメント。
彼の鋼糸に手も足も出なかった自分だが、どうやれば次は勝てるのかその一点を必死で考えて棒を振るう。爆砕棒は効いた、鋼糸をはじくことは出来た。あとはいかにして本体にダメージを与えるかだ。
その上司であるらしき圧倒的強者ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィア。
"導師"という名で呼ばれていた彼女は、四天王よりもさらに格上の存在であるのだと思い知らされた。四天王の一人を倒せた時から現実味を帯びていた魔王討伐への可能性を振り出しに戻された、とんでもない少女。
さらにその導師を相手に互角以上に戦ったヤタノ・フソウ・アークライト。以前敗北したグリンドルよりも階級がさらに上の、帝国魔導司書のナンバー3。どうやって勝てばいいのかさっぱり分からないあの力だが、それでもナンバー3だとすれば、きっと勝機はあるはずだ。
そして、ブラウレメントとの戦いの途中に現れた妖鬼シュテン。
自分たちが手も足も出なかった古代呪法を相手に、ただただ大斧を振るうだけで圧倒した強者。底知れない力を持つ上に、噂では妖鬼の本領は"もう一段階上"があることだとされていると聞くから余計に恐ろしい。いつも愉快そうにしている、クレインにとっては種族は違えど兄貴的な存在だ。
眷属のヒイラギも、あれだけの強者の中にあって防御に徹しサポート役としてかなりの実力を秘めている。彼女にすら、今の自分たちが揃っても勝てるかどうか分からない。
そして、もう一人忘れてはいけないのは。
あのシュテンをして「殺戮対象」であり、その本人も「シュテンは絶対に殺す」と明確なライバル関係にあるデジレという青年だった。
シュテンと同じかそれ以上の強者のオーラを保有しながら、それを隠して教国を訪れていた彼。因縁は根深く、だが互いに認めている節が見受けられる彼ら。
まだまだ世界には強者が多くいる。
その中でクレインが、先代の光の神子と同じように教国最強……世界最強の一角となるまで、どれほどの修練が必要なのかは分からない。
けれど、あきらめるつもりは毛頭なかった。
自分も彼らの場所にたちたい。それ以上に、彼らをもってしても倒せない魔王を自分は倒す使命がある。だから、負けるつもりはない。
今朝もそういう思いと共に鍛錬を積んでいた。
重心を低く、一撃の重さを徹底して磨く。そうすることで対多にも対応し、敵の細かい攻撃を一撃の暴力でねじ伏せる。
ブラウレメントの鋼糸の多重攻撃を、シュテンはたった一振りの大斧で打ち砕いた。そしてその行動こそ、今のクレインが目指すべき指標。
「……ふぅ」
「精が出るな」
「おはようリュディ」
「おう」
宿の庭に当たる部分で棒を振るっていたクレインにかかった声。
見れば、彼は壊れたラージブレードではなく真新しい剣を担いでいた。
「それ、どうしたの」
「打ち直す間の代用品として借りてきた」
「そっか」
珍しくクレインの方が先に鍛錬に励んでいると思ったらそういうことだったかと納得しつつ、リュディウスから視線を外して己の鍛錬に集中する。
リュディウスはリュディウスで、軽い運動から入っているようだった。
「ところでリュディ、ジュスタと話はした?」
「一応、な。……しばらくの間同行するだけだ、そこまで気にするほどではないだろう」
「ま、そうだけどさ。リュディだけ遅れてきたから」
昨日の夜、ちょうどジュスタが目をさました時にリュディウスだけは席を外していた。目が覚めたジュスタは思ったよりも冷静で、捕まってしまったのなら観念する、と言った風だった。
ようやく事情を説明し、"共和国の救済"という言葉が気になっていた旨を伝えると、誰かにも同じことを言われたらしくどうしていいか分からなかったとのこと。
冒険者協会に突き出さないことだけを条件に、しばらくの間同行することになったのだった。
そこまで話していたところにふらりと現れたリュディウスは、なんだか憑き物がとれたような表情をしていて、軽くジュスタの話を流すだけで、「詳しいことは明日聞く」というなり眠ってしまったものだったから、ちゃんと話せていたかは分からなかった。
「昨日、僕が起きた時にはすでにリュディがいなくなってたんだけど、どこに行ってたの?」
「シュテンと、話をしていた」
「シュテンさんと?」
ブレードを振りながら、リュディウスは頷く。
「……俺たちはまだまだ強くなれる、ってさ」
「そっか。……そりゃ、頑張らないとね。シュテンさんの期待に応えるためにもさ!!」
「……期待?」
「シュテンさんもきっと魔族でありながら魔王軍に虐げられて生きてきたんだ。強くなっても魔王と戦えない理由がきっとあって、だから僕たちに託してくれてる。だったら僕たちはより頑張らないと!」
「おいおいおいおいどっから出てきたその設定」
「違うの?」
「わからんが」
クレインのきょとんとした表情に、リュディウスはため息をついた。
たまに、あるのだ。
クレイン・ファーブニルという少年がすばらしい人格者であることはリュディウスも知っている。愛国心があり、献身的で、強さをはき違えず、人を思いやれる光の神子。度胸もあり利発で、健啖家で心身共に健康、そして感謝を忘れない。人望溢れる、教国の柱に育ちつつあった。
だが、一つだけ欠点があるとすればこの思いこみの強さというか、勘違い多発というか。リュディウスかハルナがきちんとブレーキをかけないと、いずれ大変なことになる。
そんな彼だから愛されているという部分もあるが、リュディウスはわりと洒落にならないと考えていた。
「でも、あり得そうじゃないか? あんなに強いのに魔王軍に付くこともなく、おまけに光の神子や王国王子と知りながら僕たちを助けてくれる」
「……いや、まあ、そうかもしれんが」
よくよく考えてみると、シュテンの在り方はふつうの魔族とは全く違うものだった。街に居着く魔族などは、大概が弱い個体や弱い種族。魔王軍にいても利はなく、人間から見ても怖くない。
そんな利害関係から共に暮らすことが多いのが、街の魔族だ。
その他の、強者と呼ばれるような魔族たちは魔王軍に入って本能的な征服欲を満たすべく殺戮を繰り返したり、王国の魔狼部隊のようにバーサーク気味に戦闘狂としての生活を謳歌しているものばかり。
変わり種として所々に隠れ住んだり、魔族だけの街を作る者も居たが、こんな風に放浪しつつ光の神子を助けるような奴はいない。
「きっと事情があるんだよ。僕は初めてまともに話した時冗談混じりに生き別れの兄弟だ、なんて言われたけれど……どこか兄貴分的な雰囲気はあると思うんだ」
「あの男は本当になにを考えてんだ……」
「でも、かっこいいじゃないか。いつも笑ってちゃらんぽらんを装いながら、いつも何かと戦ってるんだ。ヤタノって人とヴェローチェっていう人……あんな強い人たちと、何か因縁もあるようだったし……僕たちの知らないところで、知らない高みで戦ってる……僕たちも、負けないようにしないと」
「そういう、ものか?」
「シュテンの兄貴、なんてそこまで言うつもりはないけど。けど、そういう意味で僕はあの人に追いつきたいし……同じステージに立ってるデジレさんも憧れだ。頑張りたいよ」
クレインの恐ろしいところは、根も葉もない妄想の癖して整合性は取れている部分だ。もしかするとそうなのかもしれない、と思ってしまった時点でリュディウスの負けである。
ともあれ、そこまではっきり目標ができたクレインに、リュディウスは口角を少しあげて笑う。懐かしい感じがしたからだった。
「どうしたんだよリュディ」
「いや、目標ができた時のお前は怖いからな」
「……ああ、王国での話か」
リュディウスがクレインの仲間になったきっかけ。
それが、クレインが何度やられてもリュディウスに挑みかかってきたことだった。
その時、王子ということもあって同年代のライバルに恵まれなかったリュディウスと、そこにふらりと現れた光の神子。
何度も何度も戦い、ある事件を共に解決し、そして最後にクレインがリュディウスを倒したその時に、リュディウスはクレインの旅への同行を決めたのだった。
リュディウスに必ず勝つ。そう決意したクレインの気迫はすさまじかった。何度倒しても瞳に宿った炎は消えず、それどころか更なる盛りを見せてリトライをかましてくる。
その勢いを思い出すと、やはりどうしても懐かしむ笑みが止まらないのだ。
「そうだ、クレイン」
「ん?」
「そのシュテンが言っていたことだが」
振るう棒に爆砕のアーティファクトを施しつつ、リュディウスの方を見る。彼は剣を地面に突き刺し、腕を組んで空を見上げていた。
何かを思い出すような、そんな雰囲気で。
『ま、本来なら俺やヴェローチェさんやらと遭遇するのはもっと先だったってことだよ。壁にぶつかる必要はない。まだ猶予はいくらでもある。もっと、強くなる時間がある。そうだな……時間に余裕が出来たら公国の東にあるジャイアントウォールっつーダンジョンに行くといい。そこにでてくるテベンネって奴をひたすら狩っていれば、いつの間にか驚くほど強くなってるぜ』
リュディウスの脳内に、昨日の会話がよみがえる。
公国の東。そこにきっと、自分たちがもっと強くなる為に必要なものがある。
「公国の東、ジャイアントウォール。そこに居るテベンネというモンスターをひたすら狩るだけで、もっと強くなれると言っていた」
「へえ……それは、行かないとね」
「ただ」
「なんだい?」
「ジュスタは公国行きを嫌がるかもしれんし……それ以上にもう一つ」
指を立てたリュディウスに、クレインは首を傾げた。
確かに、ジュスタは公国に指名手配をされていたのだから行きたいはずもない。だから、それ以上の理由が予想できなかった。
だが、それはよくよく考えれば分かること。
なぜ、あんなところに魔王軍の四天王が居たのか。
シュテンが、あんなところに居たのか。
「魔王軍が、聖府首都エーデンに侵攻しようとしているらしい」
自分の故郷が危険に晒されている状況に、クレインは瞳を細くして空を睨んだ。