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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之参『妖鬼 教国 光の神子』
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第十七話 メリキドII 『浪漫』


 リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア。


 王国の王子にして、最高の騎士……とまあ、そんな風に説明書には書かれていたはずだし、事実グリモワール・ランサーIIの中でもそんな紹介があった。


 ……とはいえ、レベルのあるこの世界の主人公たちだ。まだまだ成長株で、きっとまだ最強の域には至っていないだろう。RPGで先輩面した奴が仲間に入った途端弱くなるあれと一緒だ。


 それはともかくとして、その王国王子のリュディウスが俺の目の前に立っていた。こんな夜更けに、仲間たちをおいてたった一人で。


 屋根の上、微風が頬を掠める中で。


「……怪我はもう無事かい?」

「あ、ああ。おかげさまで」


 問いかけると、少々目を丸くしてリュディウスは頷いた。魔族からそんな言葉を投げられるとは思わなかったってとこか? それとも、何か別の感情でもあったのか。さて。


「私は居ない方がいいかしら?」

「……すまない。出来ればそうしてくれると助かる」

「……じゃあシュテン、少し下に降りてるから。何かあったら合図するわ」

「ほいほーい」


 手をあげると、ヒイラギはぴょんと屋根から飛び降りた。あいつなら飛べる訳だし、そのあたりは問題ないだろう。


「シュテン」

「あん?」

「ありがと」

「おう」


 振り返りざま、彼女はそんなことを言って消えてった。大したことをした覚えはないし、出来た覚えもない。けどまあ、元気になってくれたことを今は喜ぶとしようか。

 今度は、一緒にレベリングでも出来るといい。


 さて、リュディウスはつまり、俺に何か用があると。


「まあ座れよ。一対一で話したいことがあったんだ、俺が一人で座ってんのも違ぇだろ」

「……そう、だな。ああ、失礼する」


 屋根の一番上、棟木の場所まで移動して、俺とリュディウスは対面に腰掛けた。


「酒でもありゃあ、風流なんだがなあ」

「非礼だったか?」

「ああいや、そうじゃねえよ。こういう時は酒を酌み交わしながら語るってのも風情があると思わねえか、と同意を求めたまで。そう固くなんな」

「……なるほど、風情か」


 そこで改めてリュディウスは周りを見渡した。取り立てて高い建物も周りにはない。小さな家屋がひしめくこの街は、星明かりだけが頼りの暗さだ。その中から見上げる星空の美しさは、日常的ではあるが悪くない。


 この世界では当たり前の風景だ。けれどそれが美しさを損なうかといったら、そうじゃねえ。いつでも美しいものを美しいと言える、その感性は捨てちゃもったいないってもんよ。


「……シュテン、だったな」

「あん?」


 リュディウスが切り出したのは、少し時間が経ってからだった。

 彼なりに言葉を選んでいたのかもしれないし、そもそもどういう話題かも決めていなかったかもしれない。

 そんなこたぁ、目の前にただ居るだけの俺には分からんしな。

 心が読めるわけでもない。どこぞの褐色女神と違って。


「ほんとうに助かった。本来、王子である俺が軽々しく頭を下げるべきではないのは分かっているが……ただのリュディウスとして、礼を言わせてほしい。……ありがとうございました」

「お、おう。いやまあ、結局ほとんどをヤタノちゃんに任せる結果になっちまったがな」

「それでも、あんたが来なければ俺たちは死んでいた。……助かった」

「そか」


 口調こそ、王子として恥じないもの。だが、その瞳や態度、物腰は低く、誠心誠意の感謝なのだと、俺にも伝わってきた。高貴な生まれの人間がみんなそうだとは思わないが、やっぱり雰囲気から違うもんなんだな、こういう奴って。


 気持ちを伝えるのがうまいというか……なにも敬語や丁寧語だけが敬意を、誠意を表現する手段じゃないことをはっきりと教えてくれる。


 主人公たちの一人としてゲームでは見てきたけど、……なんつうかやっぱり主人公の仲間になるだけあってカッコいいなこいつも。


「……助けてもらった以上は礼をしたい。とはいえ今の俺は旅の途中でなにも持っていない。王国に来た際には、きっと何か礼をすることを約束する」

「マジか。じゃあ、一個だけ」

「あるのなら、俺の身でできることは何でも聞こう。だがその前に、いくつか答えてくれはしないか?」

「ん?」


 願いを言う流れなのかと思って指を一本立てたんだが、それを手で制された。あれかね、魔族なのにどうして味方すんの的なサムシング?


「……俺たちは、魔王に勝てると思うか?」

「今のままじゃ無理じゃね?」

「……すまない、聞き方が悪かった。俺たちが努力すれば、魔王を打倒しうる存在になると思えるか?」

「ああ、そういう」


 ぜんぜん違いましたね、はい。

 どうも魔族アンチの環境に居すぎたせいでいささか卑屈になっていたようです。ええ、卑屈ですよ。シュテンさん卑屈な性格。うわっほう!


 ……まあそれはともかくとして。

 リュディウスの目は揺れていた。


 言いたいことは分かる。言っちゃ何だが、今日遭遇した四天王は今のクレインくんたちには荷が重すぎた。その理由はわかりきっていて、ごくごく単純にレベルが足りなかった以上に、ブラウレメントが珠片を取り込んだからだ。


 本来聖府首都エーデンのそばにあるビタル平原で戦うはずだった"理"のブラウレメント。"秤"のレックルスへの手がかりを残して消える筋書きであったはずが、荷馬車無き街道に躍り出てきたばかりか異常な強さを持っていた。


 加えて言えば、俺の存在やヴェローチェさんの登場。本来はもう少し後で登場する中ボスと、最後の最後まで姿を現さないはずの強キャラ。果てはIIには一切登場しないヤタノちゃんや、そもそも作中にでてこないデジレとの連続での遭遇。


 クラスチェンジすらしていない彼らにとっては、格が違う相手が怒濤のラッシュで現れたことになる。自信を失っても、仕方がない。


「……クレインは、あいつは凄い奴だ。いつでも前を向いて、必ず勝てるようになると信じて、試行錯誤しながらずっとひたすら上を目指している。……俺は、そこまでガムシャラにはなれない」

「もっと自信家だと思ってたけど、意外だな」


 思ってたというか、作中ではそうだったというか。


「実力がないのに自信だなんてもてるはずもない。俺は、この旅の途中で何度も自分より遙かに強い存在と出会ってきた。それは、あんたも例外じゃない。……いや、あんたが一番の転換点だった」

「俺がねえ。大したことはしてないんだが、アルファン山脈で会った時か?」

「あの時もそうだが、極めつけは帝国だ。あんたが魔導司書と戦っているのをこの目で見た時から、俺は自分に自信がなくなった」

「……」

「悪いことではなかったさ。世界の広さを知り、強さに貪欲になることができた。だが……先の見えない状況が、不安なんだ」


 掌を握りしめて、出来た拳を見つめながらリュディウスは言う。

 そんな悩みにさらされていたことなど当然知らなかったが、それを俺に相談しに来るか。……なんだか、かなり重要なファクターな気がする。


 RPGでいう、シナリオスチルやムービーが入る場面というか。プレイヤーの意思が介在しない、必ず通るストーリーというか。


 いずれにせよ、俺はもうこいつらと無関係ではいられないどころか、かなり深い部分に影響を与えてしまっているらしい。……ままならないもんだねぇ。


「……で、相談か? 愚痴か?」

「相談だ。俺たちは……魔王軍と戦えるほどにまで強くなれるだろうか」

「なれる」

「っ……」


 即答したことに、驚いたらしい。

 若干訝しむような表情と共に、俺の顔を覗き込む。


「その、根拠は」

「魔王を倒せるのはクレインくんだけだ。細かいことは言えないが、あいつしかトドメを刺すことは出来ない。そして……お前らのレベル上限はまだまだずっと先だ。もっともっと強くなれるさ。……物語は、まだ序盤だ」

「……物語は、まだ序盤……?」

「ま、本来なら俺やヴェローチェさんやらと遭遇するのはもっと先だったってことだよ。壁にぶつかる必要はない。まだ猶予はいくらでもある。もっと、強くなる時間がある。そうだな……時間に余裕が出来たら公国の東にあるジャイアントウォールっつーダンジョンに行くといい。そこにでてくるテベンネって奴をひたすら狩っていれば、いつの間にか驚くほど強くなってるぜ」

「……ジャイアントウォール……テベンネ……」


 俗に言う、狩り場だ。テベンネっていうモンスターはやけに経験値を落としてくれる。そいつらを狩っているだけで、ふつうのモンスターや魔獣を倒す倍くらいの経験値が入るとなれば、いかない理由の方が少ないってものだ。


「……ありがとう。ジュスタの件が片づいたら、公国に向かうことにする」

「あー、それなんだが」

「なんだ?」


 ぽりぽりと後頭部を掻く時は、何とも言えない伝えにくい感情がある時だ。だが、そんな俺の動作にも特に感慨を浮かべることなく、リュディウスは無表情で首を傾げた。


「聖府首都エーデンには、行った方がいい。クレインくんの故郷がちぃと危ねぇ」

「っ……!!」


 息をのむリュディウスだが、これは事実だ。

 ゲームでもジュスタを追いかけていたおかげで聖府首都エーデンへの魔王軍侵攻には間に合ったし、それで理のブラウレメントと戦うことになるのだから。


 それに今回は、ヴェローチェさんがどういう動きをするのかわかんねえ。『聖府首都エーデン侵攻祭』などとふざけた看板掲げた魔王軍がどういう動きをするのかなんて俺にはぜんぜん読めねえし、そこに"導師"が参戦しようもんなら俺だけじゃお手上げだ。


「……そうか、それで、あんたも……」

「あん?」

「いや、何でもない。わかった、そのあたりは心に留めておこう。……なんだか、すっきりした。あんたに話して、本当に良かった」

「そいつぁ、なによりだ」


 どこか吹っ切れた表情で、リュディウスは笑う。

 座りなおして、視線を合わせ、口角をあげたまま彼は言った。


「じゃあ、王都に来た際は礼をしよう。なにがいい?」

「ああ、それなんだが。入れるとこだけでいいから王城案内してくれよ」

「……は?」

「いや、王城なんて入れないじゃん。一度観光してみたかったんだ」

「…………」

「リュディウス?」

「は……ははは! そうかそうか観光か! 良いだろう。せっかくだからこの第二王子リュディウス・フォッサレナ・グランドガレアが一つ一つ案内して回るさ! そうかそうか……シュテン、あんた本当に面白いな」


 王国王城も聖地巡礼なんだぞ! などと言えるはずもなく。

 それはそれは愉快そうに笑うリュディウスに、俺はしばらく合わせて笑っていた。どっちかというと乾いた笑いだったが。

 世界の半分をよこせ、とか言った方が良かったかね。

 いやでも、王国で起こるリュディウスのイベントでだけ入れる王城だよ? 入りたいだろ。


「はっはっは……はぁ」


 一頻り笑って満足したらしく、リュディウスは俺のほうに向き直った。今までの楽しかった時間を感じさせないほどに真剣で、一瞬身構えてしまいそうなほどのその表情。


 しかし、その彼から漏れた言葉は、そんな威圧をはらんだようなものではなかった。


「約束しよう。必ず、観光に連れていく。……礼だと言っておいて何だが、もう一つだけ確認させてくれないか」

「あん?」

「あんたは、魔族だ。それも高位の鬼族、魔人だ。それでもあんたは魔王軍に属することなく、今回も俺たちを助けてくれた。その上で問いたい。あんたは……味方なのか?」


 その味方なのか、という問いは、単純に表にでた言葉だけが真の意味そのままということは無いように感じた。

 すなわち、"信じていいのか"と。


 参ったな。


 これだけべらべら喋っておいてなんだが、俺みたいなちゃらんぽらんが主人公たちに変な信用を得てやがる。物語は、もう筋道通りに行くことなんざないだろう。

 俺という異物がたった一人混じっただけで、ここまで世界は変容するってのか。おもしれえ。


 確かに、どうなるかなんてわかんねえ。けど、一つだけ言えることはある。

 そしてそれが、リュディウスが求めている答えになっている自信もある。


 なら、自分に責任をもって、俺はここでちゃんとこれからの生き方を決めようじゃあないか。


 リュディウスを見れば、どこか一番最初と同じく固くなっているようだった。そりゃそうだよな、ここで曖昧な答えを返されちゃたまんねえよ。

 だったら。


「クレイン・ファーブニルが魔王を倒すその日まで、俺はどんなことがあろうとお前らの敵にはならない。安心しとけ」


 にかっと笑ってそう言うと、リュディウスも一瞬呆けてから、小さく歯を見せて笑った。クールな笑い方の似合う奴だなこいつ。


「それは……ああ、安心した。俺はあんたを信じるよ」

「そうしてくれ」

「……さて、ここに登ってくるまでに背負い込んでいたものは全て解けて消えてしまった。なんというか、清々しい気分だ」

「夜も明けかけてるしな……どうよ、これも風情だと思わんか?」


 問いかければ、今日何度見たかわからないリュディウスのきょとんとした表情。

 全ての問題に片が付き、屋根の上で大きく伸びをしながら見る朝焼け。


 しばらくリュディウスは日の出を見つめていた。


 そして、ゆっくりと俺のほうへ視線を向けると。


「今度会った時には、ほかにも色々風情というものを教わりにこよう。あんたの方がずっと、王の器のなんたるかを知っていそうだ」

「ばっきゃろう無理無理。俺は、そうだな。浪漫が好きなんだ。こういう、風情や風流、王道、鉄板……浪漫。それが、俺の原点で、到達点ってわけよ」

「そうか……浪漫か」


 楽しげにリュディウスも笑って、二人でぼんやりと登る朝日を見据えていた。

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