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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之参『妖鬼 教国 光の神子』
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第十六話 メリキドI 『目的の提示は光の兆し』


「シュテンさん、ありがとうございました!」

「ああいや、傷に響くからそんな気張るなって」


 腹部に包帯を巻いた状態で、クレインくんは勢いよく頭をさげた。

 これには、隣で看病していたハルナも苦笑いだ。


 ここはメリキドの宿屋、その一室。


 ヤタノちゃんと別れたあと、俺はクレインくんとリュディウスを担いでメリキドまでやってきていた。ヒイラギが片手でジュスタを運び、ハルナが後ろからついてくるという……なんというか、完全に主人公組に顔をさらす結果になってしまった今回。

 一日半はかかる道程をわずか一日足らずで踏破した強行軍、ハルナは疲労もかなりになるだろうに、我慢してここまで踏ん張っていた。


 んー、グリンドルも含めれば、もう全員に顔は覚えられてしまったな。悪いことじゃないんだが、悪いことができなくなったというか。


 ……まあ、なるべくしてなったんだろうなあ。避けてた訳じゃないにしろ、顔を覚えられるほど接触するつもりはなかったんだが。見守りたいなんて甘い見通しは、通用しなかったというわけだ。


 ここまでがっつりグリモワール・ランサーIIに絡んだ以上、当然ストーリーもがたつくし変な方向に向かう可能性も出てきた。

 というかこの時点でヤタノちゃんやらヴェローチェさん、デジレや果ては俺のような存在と絡んでいる時点で、本当にどうなるか分かったもんじゃない。


「……あの、怖がってしまってごめんなさい」

「いいのいいの、どうせこいつ気にしてないから」

「あー、今めっちゃ傷ついたー。めっちゃ傷ついたー!」


 ヒイラギとハルナはなんか知らない間に打ち解けてるし。まあ守護を命じたのは俺なんだが、人間を雑魚同然だと思ってたこいつがねぇ。


 ……しかしなんというか。

 ちょっと気にしてなかった間に、ヒイラギ元気ないなと。

 一昨日くらいまでなら、俺の今の台詞にかみついてきそうなもんなのによ。


「なに見てんのよ」

「いや、おまえさん変わったなぁと。初めて会った時は、しゃべれるだけで別の種族なんだから割り切れ、みたいなこと言ってたじゃんか」

「……ヤタノが居たからね。ちょっと人間とも向き合おうって、少しは思っただけよ。それに彼女プリーストだから害はないし」

「そか」


 ……気のせい、か?


 いや、まあ後にしよう。

 リュディウスとジュスタはまだ眠っている。

 まあ、ジュスタに関しては魔族に対して良い感情はもっていないだろうし、寝ていた方が幸せなのかもしれないが。


 それにしても、宿屋の一室にこんな面々が揃うと近所迷惑じゃなかろうか。


「……シュテンさん」

「あん?」


 そんなことを考えていると、ふとベッドの上から声。上体だけを起こしたまま、クレインくんがやたらと真摯な目を俺に向けてきていた。


「シュテンさんと、デジレさんのおかげで僕は戦いの方向性を見いだすことができたと思っています。その件についても、本当にありがとうございました」

「そっか。いや、それはなによりだが」

「はい!」


 デジレ、デジレねえ。

 この町に奴も来てるってぇ話だったけど、まだ居るんかいな。

 殺戮対象とはいえ、(ほこら)付近でやり合いたくはねえし……外出たところで待ち伏せるかねえ。


「きっと……きっとシュテンさんに追いついて見せます!! 魔王に勝つために……僕は戦い続けなきゃいけないんですからっ!」

「うし、その意気だ。頑張れよ」

「はい!」


 などと言ってみたものの。

 正直不安が募る。珠片を徹底的に回収しねぇと、いつまたブラウレメントみたいな奴が出てくるか分かったもんじゃないしな。


 頼むから目ぇきらっきらさせてこっち見んなって。


 視線を逸らしてそのまま窓の外を見れば、もうすでに日は沈んで久しかった。そりゃそうだ。暗くなるまでに宿屋に入るって目標で、一生懸命担いできたんだからな。ハルナが途中でしんどそうにしながらも、自分で自分に回復魔法かけてまで踏ん張ってきたんだ。大したもんだと思うよほんと。……いや、俺が担いでやろうかっつったら拒絶されただけの話なんだが。


 ……いや、へこんでねーし。


「……っと、あれ、ヒイラギは?」

「ヒイラギさんなら、今ちょうど外に行きましたけど」

「んん……? まあいいや、ちょっと行ってくる。もう、寝てていいぞ。取って食ったりしねえから」

「あはは、それは信用させていただきます」

「そうかそうか」


 振り返れば、ベッド四つのうち三つはジュスタ、リュディウス、クレインの三人が使っていたが、ハルナはまだほかの面々が心配なのかクレインのベッド横のいすに腰掛けていた。


 根性……あるなあ。

 そういえば俺が初めて会った時も、話しかけてきたのはハルナだったっけ。


 俺が居てもなにもしてやれないし、それならせめてさっさと寝かせてやろう。


 ヒイラギがどこかに行ったというのなら、それを追いかけるのも悪くはないし……一度ここはおいとましますか。


 ノブを回し、扉を押し開く。小さく頭を下げるハルナに手を振って、廊下へと踏み出した。


「……さて、奴はどこに行ったかな」


 夜も更けて、しばらく。ほかの部屋に泊まっている住人も眠っている頃。

 店もだいたい閉まっているし、ヒイラギが行きそうな場所も思い当たらない。……(ほこら)には別にあいつ(ゆかり)もなさそうだし、あとはどこだ?


 ぽくぽくぽくと思考を巡らせながら、木製の板が左右上下を支配する殺風景な廊下を歩く。ちょっと行けば階段がある、広くも長くもないそんな廊下。そのまま階段を降りて、まだ起きていたカウンターの店主に軽く挨拶をしてから外にでた。


 鈴虫が鳴くような、涼しげな音色が耳に触れる。

 外は真っ暗で、見上げれば星々が好き勝手にきらめいていた。


「……あ」


 居た。

 空を見上げて正解だったらしい。

 惚けたように虚空を見据える、九尾の少女がそこに居た。

 可愛らしくちょこんと三角座りして、宿屋の屋根の上でぽつねんと。


 ……なにしてんだ?


 そう思考するよりも行動の方が早いシュテン氏御歳二十三歳。前世は十九歳でストップ。イエア。


 ジャンプかまして屋根の上に降り立てば、さすがに狐耳が悟らないはずもなく。ぴくりと反応だけして、顔すらこちらに向けずに呟いた。


「あんたまで何の用?」

「まで、というか。俺はお前と同じ用事があったんじゃなくて、お前に用事があって来た」

「ん~? 珍しいわね。……ま、いいや。座りなさいよ」

「おう」


 ぽんぽんと自らの隣を叩くヒイラギ。

 屋根の斜面に腰掛けて、彼女と同じ角度で空を見れば。


 なるほどこうして物思いにふけるのも悪くないかなと思えてくる。


「覇気漏れてる」

「おっと」


 すかさずねばねばを体内に。気分は掃除機。吸引力の変わらないただ一人の妖鬼。それが俺、シュテンさん御歳……って二度ネタは二度漬けと同じくらいの罪だ。


 真っ暗な中にも、メリキドの町を形作る家々や建物の凹凸がはっきりと分かる。それは、夜空の星々に照らされて微妙な陰影をグラデーションが作り上げているからかもしれない。いやよくわからんが。


 しばらくの間、そうして二人でぼうっとしていると。


 ぽつりと、ヒイラギの口からため息と共に言葉が漏れた。


「……私、弱いなって」

「あ、そんなこと考えてたのね」


 なんかあるんだろうなとは思いつつ、それでも妙に聞きづらかったのもあって話し始めるまで待っては見たが。……ヴェローチェさんとヤタノちゃんのことで思うところがあったのかもしれんなこれは。


「……シュテンは信じないかもしれないけどさ。私、こう見えて結構強かったのよ?」

「弱体化してるって話は聞いたし、それも岩の呪いなんだろ?」

「うん。……だからよけいに、今の自分が惨め」

「……」


 夜空に手を透かして、ぼんやりと。

 右手にはまっている白の腕輪が、星の明かりに反射する。


「前からずっと気になってはいたんだが、そいつは?」

「……ああ、これ? 気休めみたいなものよ。大した効果もない、しょっぱい魔導アクセサリ」

「ヒイラギにとっては?」

「……私にとっては、お守り……かな?」


 パパの。


 最後に小さく聞こえた言葉は、俺に伝えたかったのか独り言だったのかはっきりしないからこちらからは聞かないが……マーミラで言ってた"好きだった人"から貰ったものだろうか。


「守ってくれるものなのか、それとも勇気をくれるものなのか。それすらもはっきりせずに、はいお守り、なんて言って渡されて。ぜんぜん触れてこないから、シュテンは気づいてないと思ってた」

「まあ、普段触れるもんじゃねぇやな」

「そ、か」


 俺の言葉をどう解釈したのかは知らねえが。

 どこかぼうっとした状態のまま、ヒイラギは言う。


「私さ。元に戻りたい」

「あん?」

「強かったあの頃に……戻りたいよ……今、何もできないじゃない……ヤタノやヴェローチェの戦いにあんたが巻き込まれてても、足手まといさらしてるだけで……悔しいよ……きっと、昔ならもうちょっと役に立てたって……そう、思うもん……」


 ……あー。

 まずった。

 何をまずったって、こんな状態になるまでこいつほっぽってたことだ。

 確かに最近いじってただけだったし。

 戦闘らしい戦闘は、俺がガチにならなきゃまずい奴ばっかだったし。


 ここでクレインくんあたりなら、気のきいた台詞の一つも吐けるんだろうけど……俺だしな。


 ……自分の眷属だってのに、ろくに目もかけてやれてなかったとは。


 いやはや、反省反省。してるよ、ほんとに。珍しく。


「確かによええな、お前」

「っ……」


 きれいな嘘重ねて励ますなんて、俺には出来ねえ。

 俯いて動かない自分の眷属に、その場凌ぎでぬるま湯のような言葉をなすりつけることに、優しさなんて見いだせねえ。


 あー、まずったなあ。

 三角座りした膝に頭を乗せて、ヒイラギは顔も見せない。今の俺の一言が余計に傷つけたとしても、現実から目を逸らして励ましてもしょうがねえし。


 っつか、こんなヒイラギ見たくねえし。


「強くなれよ。元に戻れよ」

「どうすりゃ、いいってのよ……!」

「俺もさ、捜し物ばっかでこう、まともに雑魚狩りとかしてなかったから、そろそろやりたいなあと思っててさ」

「はあ……?」

「レベリング、しようぜっ!」


 良い笑顔でサムズアップ。

 いつでも眩しい白い歯を忘れずに。


「……」

「なんだ鼻にわさび乗っけたみたいな顔して」

「……ぷっ」

「あ、笑ったなテメエ!!」

「あはは……そうよね。うん、ごめん。私が変に落ち込んでただけだった。力を取り戻す手段はある。なのに、何凹んでんだろ、私」

「いや、俺もろくにレベリングとかしてなかったし、お前が忘れてても無理ねえわ」

「なによ、フォローのつもり?」

「一応」

「へたくそ」

「なんだと駄尻尾!!」

「うっさい駄鬼!」


 なんだか、いつもの感じに戻ってきた。

 うん、これでこそヒイラギだな。調子が戻ってきたようで何よりだ。


 隣合わせで、いがみあって。

 けど、何というか安心感があって。


 精神パスのつながりのせいかと最初は思っていたけど、最近はそれだけでもないらしい。


「シュテン」

「あんだよ」

「ありがと……元気でた」

「そうかい。そりゃよかったな」


 だが笑われるのは腹立つな。

 と、思いかけてふと、彼女の右手にはまった白銀の腕輪に目が行った。

 ……せっかくだし、今度なんかくれてやろうかな。左手に。


 けらけらと、先ほどとは打って変わって楽しそうなヒイラギ。レベリングなんてのは死ぬほど地道な作業だが、それでも"元々あった力を取り戻す"方が、"ゼロから鍛える"よりもずっと簡単だ。


 取り戻したい、取り戻したいと悩むより、まず行動。


 俺もたまに、そんな当たり前のことが頭から抜けたりする。

 初心に帰れってことだな、うん。


「よぉし、シュテンに追いつくぞー」

「んなことされたら主人のメンツってもんがだな」

「最初からないでしょ」

「うわっほーい! うちの眷属が鬼です!」

「あんたでしょ」

「うまくねえからな! ぜんっぜんうまくねえからな!」


 ぎゃーぎゃーと、いつものこのくだらない感じ。


 ヒイラギをつれていこうと思ったのも、こういう明るいテンションが楽しいからだ。落ち込んでる姿なんざ、見てもしょうがない。


「まあ、あれだ」

「何よ」

「これからも、よろしくな。どうにもお前が元気ないと、俺も調子狂う」

「そ……そう。ま、考えておいてあげるわ。大事にしなさいよね」

「うっせえ」

「ひどくない!? そんなことまで言っておいて!!」


 ちろりと舌を出したヒイラギがむかついた。

 けどやっぱりこれが楽しい。


「お取り込み中のところ、悪いんだが……ちょっといいだろうか」


 そんな風に、ヒイラギと笑いあっていたところに。

 珍しい客が訪れた。


 その瞳は俺のほうを向いていて、ヒイラギもきょとんと彼を見据える。


「目が覚めたのか?」

「助けてもらったこと、感謝する。だからこそ、問いたいことがあるんだ」


 宵闇に紛れた屋根の上。


 赤の長髪を背に流した、剣士。リュディウス・フォッサレナ・グランドガレアがそこに居た。

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