第十四話 荷馬車無き街道IV 『悠長なこと言ってらんねぇ!』
砂塵が街道を薙いだ。
この場に居る複数の人物たちは、大きく二つに分けられる。
戦う者か、否か。
後者にあたる少年たちは、影響を受けないようにと引き下がった。
未だ目をさまさない一人の少女と、"闇の魔力にあてられた"らしく身動きの取れない一人の少年が居ることで、撤退には踏み切れない状況にあったからだ。
そんな彼らの前に、九つの尾を持つ魔族が佇んでいた。
主人の言いつけで彼らを守護する立場にあり、強大な力の奔流が彼らに当たらないように受け流す役目も担っている。
九尾を含めたここまでの彼らが、後者。
そして今、真にスポットライトが当たるべきは後者ではなく前者である。
すなわち、戦う者。
バトルフィールドと化したこの街道を、相対するように2on2。
方や少年たちを殺そうとして立ちふさがり、方やそれを打ち砕かんとする者。
世界でも圧倒的な強者として君臨するべき面々が一同に会し、剣舞の宴を始めようとしていた。
奇しくも、魔族が二人と人間が二人。
しかしながら構図はそう簡単ではなく、魔王側の魔族と人間のペアと、対するは光の神子側の魔族と人間のペアという状況であった。
「あれー。シュテンはそちらに付くんですかー? ちょっと妬けちゃいますねー」
「付くというか何というか、俺の目的はブラウレメントを殺すことだからね? そこら辺ご理解いただけるとー、お兄さんとしては助かるぜ?」
「甚だ不愉快。間違いなく妖鬼は抹殺」
「わたしが先にあれを消しましょうか? その方が楽なのであれば」
ゴスロリにフリルアンブレラの少女と、ハットに燕尾服の男。
和服の上から黒コートを羽織った童女と、着流しに二本角の青年。
カードは揃った。
和服に番傘を持ったその童女の一言が、火蓋を切るまさにきっかけとなる。
「魔王軍相手にその余裕ぶった態度が、気に入らないんですよー……!」
フリルアンブレラを開き、ふわりと跳躍するは"導師"ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィア。その眠たそうな瞳には、今やハイライトはない。
「まとめて消しとばしますー。シュテンは生きててくれると助かりますのでよけてくださいねー」
「んなむちゃくちゃなっ!」
くるりと空中で優雅にステップ。まるでダンスのように一回転したその瞬間。
――古代呪法・幽人霊路――
どこからともなく響くヴェローチェの、吐息と聞き間違いそうになるような声。
「導師、それは……!!」
「うるさいですー、死にたくなかったらお前もかわしてどぞー」
ハットの男――"理"のブラウレメントの裂けたような口がひきつった。
それを見て、シュテンも危機感を抱き身構える。
泰然とヴェローチェを睨み据えるのみにとどめるは、強者の余裕か第三席。
瞬間、地面の至るところから青白く透明な霊のようなものが大量にポップした。それらはまるで生者を求めるかのようにシュテンやヤタノ、はては背後に居る少年たちにまで襲いかかろうと蠢きだす。
「幽人霊路はー、触れた瞬間魂を吸われて同化しますー。いかに化け物といえど、所詮はわたくしと同じ人間……幼女の霊も悪くないですー」
「おいおいおいおいどーすんだこれ! 攻撃もほぼスカるじゃんよ!?」
「魔力を通せばシュテンなら切れるはず。落ち着きなさい」
「お、おう。いつになく真剣だなヤタノちゃん」
「こんな術は、弱者をいたぶる以外に使い道などない……許せるはずも、ないでしょう?」
お、ほんとうだ切れた。
そんな間抜けな声を出すシュテンをよそに、ヤタノはゆっくりとその得物を引き抜いた。
「シュテンに見せるのは初めてになりますね……わたしの力、披露してあげましょうか」
番傘。
大量の霊が街道を埋め尽くし、今まさにヤタノに触れようとするその刹那。
ヤタノはシュテンの方を向いて、小さくほほえみかけた。
しかしその笑みは普段見せるものとは段違いの迫力を湛えていて、シュテンといえども生唾を飲み込むほどであった。
目が、笑っていない。
「覚悟はいいですか、導師」
「またあの冗談みたいなスキルですかー……?」
あきれたような、あきらめたような。
そんな声を出すヴェローチェの前に、響きわたるは透き通ったヤタノの祝詞。
――神蝕現象【天照らす摂理の調和】――
番傘から何かが噴出した。
それだけは、誰の目にも明らかだった。
だが、それだけだ。無色透明で全く理解不能なその何かが噴出した瞬間、まるで霧のようにそれらは霧散する。いや、霧というよりも、光。まるで陽光がどんな場所でも照らすように、この街道のどこまでもその何かが行き渡った。
その瞬間。
霊たちは一瞬で天に召されるかのように空へと消えていく。身動き一つ取る時間の余裕もなく、吸い上げられるように一瞬で。
「ちっ……まーいいですー。それならっ……」
その状況を理解するや否や、ヴェローチェは地面に舞い降りた。
そして、かかとでちょんと地面を蹴る。
次の瞬間
――古代呪法・動地鳴哭――
亀裂が縦横無尽に走ったかと思えば、隆起陥没を繰り返し地割れのように波打ってヤタノへと襲いかかった。
「おいおい何個古代呪法持ってんだ。古代呪法ってもっとこう、会得にすげえ時間がかかるんだろ?」
「私で二つを所有。導師の保有量は三十六。故に導師。呪法を司る魔の頂点」
「うっは、おっかね」
霊から同じように逃げていたはずのブラウレメントに、友達のような感覚で問いかけるシュテン。お互いに武器と殺気はむき出しで、ぶつかり合う一歩手前ではあるのだが、それよりもとなりで行われている人外大戦を気にかける必要があった。
だが。
「わたしに番傘を使わせた時点で――」
軽い、ため息のような艶めかしい声色。
「――あなたの勝利はなくなったと知りなさい」
亀裂し、隆起し、陥没し、迫りくる大地の乱気流。
しかし、その全てがヤタノに触れた瞬間、嘘のように静まった。
「だから反則なんっすよねー……あーやだやだ。めんどくさいですー……!」
『帝国書院書陵部魔導司書第三席ヤタノ・フソウ・アークライト。
彼女と相対した時、きみたちは世界そのものを敵に回すことになる』
この世界ではない別のどこかでそう謳われた童女の、神蝕現象。
それはまさに、世界そのもの。
「ちっ……!!」
突然、街道脇の地面が崩れた。
ヤタノが目を向けた瞬間、大量の落石がヴェローチェめがけて襲いかかる。ヤタノが空を見上げれば、突然黒雲が出現してヴェローチェを狙って落雷が続く。
ヤタノが空気中に目を向ければ、突如ヴェローチェの周囲から魔素が霧散する。
「こんの……!! 冗談にしてもほどがあるんじゃないですかー……!?」
「冗談なんて……言って楽しい人にしか言いません」
「そっすか……!!」
しかしヴェローチェはその全てをかわし、いなし、あわよくば反撃に古代呪法を解き放つ。ヤタノの力で放たれる即死級の現象の数々を、ヴェローチェはしかしものともしない。
「おいおい、やべえなヤタノちゃん」
「捕まえられてませんから、何ともいえませんけどね」
「いや、そういう問題じゃねえよこれ」
ヴェローチェが数瞬前まで居た場所が、ことごとく破壊され、撃滅され、消滅する。
それがヤタノの魔導。ヤタノの神蝕現象。
【天照らす摂理の調和】
あなたがここに居たから、偶然落雷が起きた。
あなたがここに居たから、偶然雪崩が起きた。
あなたがここに居たから、偶然地割れが起きた。
あなたがここに居たから、偶然霊域と化した。
あなたがここに居たから、偶然空気が消えた。
あなたがここに居たから、偶然天変地異は発生した。
故に。
故にヤタノ・フソウ・アークライトは勝利した。
故にヤタノ・フソウ・アークライトは勝利した。
故にヤタノ・フソウ・アークライトは勝利した。
魔素を散らすことで"偶然"を引き起こす力。
それがヤタノの神蝕現象【天照らす摂理の調和】
ありとあらゆる現象が、森羅万象が味方する。
人々が古来より神と崇めた悠久の大自然を、手足のように自在に操る。
それが、ヤタノ・フソウ・アークライト。
帝国書院書陵部魔導司書の、第三席。
「あなたはもう籠の鳥。おとなしく……死になさい。人々のために」
「それは……できない相談ですー」
まるでコマ送りのように凄まじい数の転移を繰り返しながら。
ヤタノの攻撃を、その全てをかわしながら。
しかしヴェローチェは笑う。尋常ではない魔力を使用し、天災の怒濤から身を守りながら、それでもヴェローチェは余裕を崩さない。
「"理"。死にたくなければ従ってもらいますー」
「……!?」
「一瞬で自らの持つ魔素を全て出しなさい。今すぐ」
「至難。今はほとんどの魔力が――」
突如、ブラウレメントの目の前にヴェローチェは転移した。
しかし彼女は一瞬で姿を消す。なぜならその場所から突然グレイヴが突き出たからだ。ヤタノの影響力は、このあたり一帯すべてに作用している。
そしてその上、ヴェローチェが大きな魔法を使おうとすると"偶然"そのタイミングで周囲の魔素が散る。そう簡単に撤退はできない。
もちろん逃げるだけならやりようはあるが、今は疲労を残してはならない。
そうしてヴェローチェが出した結論が……"理"を利用することだった。
「――良いからやれ。殺しますよ」
「……っ。……はっ」
「いい子ですねー」
ブラウレメントが魔力を絞り出して解放した。
その瞬間、歯噛みしたヤタノが叫ぶ。
「シュテン、そこのハットを潰して!!」
「いい!? ヴェローチェさんが近くにいるのに!? っていうかヤタノちゃんが流れでぶっ殺せばいいじゃん!」
「いいから!!」
「うぃっす……!! いや落雷めちゃくちゃこええって!」
落雷と雪崩と地割れの中、シュテンがブラウレメントを殺しに駆ける。
ヤタノと会話しながら、やりたくないオーラを出しながら、それでも全速力で速度を落とすことはなく。
しかしそれでも、間に合わなかったようだった。
――古代呪法・連環避縁――
一瞬でブラウレメントとヴェローチェが半透明化した。
同時に、ヴェローチェの体を落雷が貫く。
しかし、効果はすでに無いようだった。
「あーあ……光の神子を潰すチャンスだったんですけどねー。まあ、しょうがないですー」
「……!」
「ヴェローチェさん……?」
「おー、シュテン。今回は縁が無かったみたいですけどー、わたくしは諦めませんよー。さし当たっては聖府首都でー……そうですね、あの阿婆擦れの魔の手から、シュテンを引っ張りあげてみせますー。そのための準備も、しておきますからー」
阿婆擦れと聞いて、ヤタノの頬がぴくりと動く。
しかし徐々に透明化していくヴェローチェは、そんなことはおかまいなしのようで。魔素を解放した反動でもがき苦しむブラウレメントとともに、消えていく。
「この呪法は"元々ここにいたわたくしたちが映像であった"と事実を書き換えて移動する術式ですー。魔力の消費が激しいんでー、ちょっと利用しましたー」
「俺、四天王になったらこんな扱いになるの?」
「まさかー」
そんな訳ないでしょう、と、場違いに優しい瞳をヴェローチェはシュテンに向けた。そして、くすりと笑って言う。
「貴方なら、きっとわたくしの良い――いえ、もう時間がないので、失礼しますー」
「あ、ちょ」
その言葉を残して、ヴェローチェはきれいにこの場から掻き消えた。
最後の、ヴェローチェの発言の意味。
それを咀嚼しようとして、ちょんちょんと肩をたたかれる。
振り返れば、そこには先ほどまで猛威をふるっていた童女がいて。
「"四天王になったら"ってどういうことか。まさかなるつもりでいるなんてことはないと思いますが……説明、してくれますよね?」
あ、詰んだ。
にこやかに、しかしハイライトのない瞳を向けられて、シュテンは口元をひきつらせた。




