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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之参『妖鬼 教国 光の神子』
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第十二話 荷馬車無き街道II 『四天王の戦場』

 



 クレイン・ファーブニルは光の神子だ。


 教国南方の片田舎で農家の息子として生きてきた少年は、二年と少し前に突然自らに宿った光の神子の体質を見込まれて、教国の切り札として育てられることになった。


 そんな彼が旅に出てしばらく。久しぶりに訪れた教国では、懐かしむ暇も余りないほどにやることがあった、悩みがあった。全てが片付いたわけではないが、現在逗留しているトゥントでの用事は粗方済んだと言える。


 次に向かうべきは、聖府首都エーデンだ。久々に四神官や自らの師に再会できることも楽しみではあるが、それ以上に一人の少女が心配だった。


 ハルナは純粋に歳下の同性として、リュディウスは"共和国の救済"というその言葉に懸念を持ち、クレイン自身も何だか良くない予感がしていた。


 その少女の名はジュスタ・ウェルセイア。

 (しのび)と呼ばれる特殊なエージェント職で、そのアジリティは尋常ではない。だからこそ公国の人間や、クレインたちからも逃げおおせることが出来ているのだが、その体力がいつまで持つかは微妙なところだった。


 何せ公国から帝国、教国と逃避行続きだ。早く誤解を解いて保護してあげたいとハルナは言うが、向こうが聞く耳を持たないのだから仕方が無かった。とはいえ、だからといって手をこまねいているわけにもいかない。


 さっさと共和国に戻らないのはきっと戻れない理由があるから。

 一度だけ、あの"花の街コマモイ"で窮地を救ってもらったことを、クレインは忘れていない。そしてそのタイミングで、共和国からの密入国者であることが露見したことも。自分たちのせいとまでは言わないし、実際過去に罪を犯したのは彼女だ。けれども、それでまだ幼い彼女が公国で奴隷に落とされるのを是と出来るほど、クレインは大人でも薄情でもなかったし、その仲間であるハルナは余計にその思いが強かった。


「ジュスタの人相書きでも作ればよかったかな」

「そんなことしたら警戒心上げるだけでしょ。何言ってるの」

「そりゃそっか」


 たはは、と呑気に笑うクレインに、リュディウスは視線だけを向けて思考する。


 トゥントの街ですることが粗方なくなり、武器も新調したクレイン・リュディウス・ハルナの一行。聖府首都エーデンに向けて出立することになった今日の朝も、リュディウスはいつものように剣の鍛練に励んでいた。

 しばらくするとクレインが裏庭にひょっこり顔をだし、何やら思いつめた様子で棒を振っている……というのが昨日までのこと。


 今日に限ってクレインはリュディウスと同じくらい早い時間から起き出して、どこか吹っ切れた雰囲気さえ纏って鍛練を開始していたのだ。それも、やけに薙ぎ払いと振りおろしだけを徹底して磨いているようだった。


 自分の鍛練もあったので今日は聞かないでいたが、方向性が定まったのであれば戦闘スタイルを確認しておくべきだ。今日の昼にでもその話題を切り出そうと決めて、リュディウスも歩き出す。

 

「とりあえず、今日は荷馬車無き街道を進むってことでいいんだよな?」

「そうだね、メリキドに一泊する予定だけど……一応メリキドにある(ほこら)にも行っておきたいかな」

「祠なんてものがあるのか。流石教国」

「そこそこ大きなところだし、一度見物するのは悪くないんじゃないかな」


 クレインの言う通り、聖府首都エーデンにほど近い場所にある町メリキドには神秘の祠と呼ばれる場所があった。教国の中でも一際神聖な場所として尊ばれ、多くの人々が参拝へと訪れるそんな場所。


 クレインも何度となく足を運んだことがある、霊域の一つであった。


「よし、それじゃいこうか!」


 既にトゥントの出口である大きな石造りの門の前まで来ていた三人。三日ほど前に潜ったものとは真反対にあるその場所を、胸を張って通り抜けた。


 そうなればあとは簡単で、目の前に広がる起伏の激しい山の街道を進んでいけばいいだけの話だ。目指すはメリキド。一日の野宿は免れないだろうが、それでもいつものペースで歩いていけば丸二日もかからない距離。


 昼前の穏やかな日光に照らされて、背中に暖かいものを感じながら。


 クレインたちは三人仲良く並んで旅を再開した。


「ところでクレイン」

「ん? どうかしたのリュディ」


 普段は一も二もなく歩き始めたら口を開くハルナが珍しく、最初に小さな欠伸をしたタイミングでリュディウスが隣のクレインへと話しかけた。

 クレインにしてもハルナより先にリュディウスが話を始めたことの珍しさに目を見開いたが、いつも通りの穏やかさで対応する。


 そのあたり、旅の中にも"慣れ"というものがでてきたなと思わせられる場面であった。ハルナが合流してからの二ヶ月ほど、ずっと決まった流れがあったということなのだから。


「いやなに、今日の鍛錬ではずいぶんと吹っ切れた表情をしていたからな。何かあったのかと思っただけだ」

「ああ、そのことか」

「なになにー?」


 リュディウスの疑問に納得がいったのか頷くクレインと、その奥から興味津々の様子で顔を出すハルナ。先ほど欠伸をしたからか小さく滴がたまったその瞳は、もう眠気がとんだのか元気いっぱいだ。

 欠伸一つでどうにかなるハルナの眠気が羨ましいところである。


「僕はさ、近接戦闘だけだとリュディに勝てないし、後衛職としてはハルナよりも役にたてない。二人は否定するかもしれないけど、パーティバランスとしての自分の立ち位置はちょっと悩んでたんだ」

「ほう」

「近接もこなせる法術師じゃダメなの?」

「一人ならいいんだけどね。今は三人で役割分担が出来るんだ。なら、もっと特化した方がパーティの為なんだって……そう思ってた」

「……なるほど、その道が見つかった訳か」

「うん……何とかね」


 そう言って、クレインは照れくさげに頬を掻いた。

 棒術と法術で戦う光の神子。その彼がどんな戦い方を目指したのかが気になったリュディウスとハルナであったが、どのみち街道を歩いていれば魔獣の数匹くらいは見つかろうというもの。


 その時に拝見させて貰おうと考えて、今は笑みを返しておく。


「スタイルそのものは魔獣との戦いの時にでも見せてもらうとして……クレイン、ポジションはどうするんだ?」

「リュディの隣で戦わせて貰うよ。ハルナに後衛を任せる」

「はいはーい! ハルちゃんがんばっちゃうよー!」


 つまるところ、前衛。

 そういう意味合いの言葉を発したクレインに、思わず口元に弧を描くリュディウス。王国での一対一でクレインに敗北した思い出は、今でも鮮明に記憶している。だが、しばらくの間クレインはリュディウスに前衛を任せる戦闘スタイルを取っていた。

 そのせいで、リベンジ出来ずに終わってしまうのではないかとリュディウスは不安だったのだ。


 それが、今になって前衛に返り咲くという。

 これがうれしくないはずがない。


「よし、次は負けねぇ」


 楽しそうに呟くリュディウスを見て、クレインも思わず破顔した。


 と、その時であった。


 突然前方から飛んでくる影。


 慌てて障壁を張ろうとするハルナ、自慢の長剣を引き抜くリュディウスだが、そこにクレインの声がかかる。


「待って!」

「おい、なにを……っ」


 言うが早いかクレインはその飛来物の前に躍り出た。そして武器に手をかけるでも法術を展開するでもなく、両手を広げる。

 その行為がいったいなにを意味するのかに他の二人が気づいたのは、飛来物のシルエットが明らかになってからだった。


「っとと!」

「大丈夫か?」


 結構な音を立ててクレインの胸元へと収まったそれは、人間であった。それも、まだ幼い少女のもの。うまくエンチャントを施したのか、クレインに怪我はなく丁寧に抱き止めることに成功したようだ。


「えっ……ジュスタちゃん!?」

「……うぅ……」


 抱き止めた相手がいったい誰なのかに気づいたのは、クレインからその人間を回収しようと手をのばしていたハルナ。腹部に抉られたような裂傷。未だ滴る血を見て、彼女は顔を青くした。


「ジュスタ!? ちょ、どうすればいい!?」

「動かないで! ゆっくり、うんゆっくりおろして。あたしが、手当するから……!」


 慌てるクレインをなだめつつ、か細くうめき声だけをあげるジュスタを地面におろす。見れば、腹部に一撃を受けたらしい他、右太股にも同じような怪我をしていた。


 術式を展開し始めたハルナを見て、何とか危機は去ったのかとほっとしたクレインは、そこまでしばらく無言であったリュディウスに気づく。

 普段なら怪我人に対して真っ先に飛んでいく彼らしくもないと顔をあげれば。リュディウスはリュディウスで、真剣な表情でメリキドの方角をにらんでいた。


「リュディ?」

「……お客さんだ。招いた覚えもない、な」

「えっ……!?」


 言葉の意味を理解するよりも、全身を包み込む威圧感の方が先に来てクレインもリュディウスと同じ方面に視線を向ける。

 すると、起伏の激しい山道の向こうから、こちらへと登ってくる一つの影。長身に、ハットでもかぶっているのか四角い頭。


「ぱち、ぱち、ぱち。キャッチングは素敵。でもエンチャントは無粋。君たち、もしかしてグルフェイル殺した面々?」

「……お前、は?」


 グルフェイル。

 その言葉を聞いたクレインとリュディウスの脳内に浮かぶのは、一つの単語だった。すなわち、"魔王軍"。

 徐々に陽光に照らされて明らかになるその男の姿。

 まるで仮面でもかぶったかのように真っ白の顔には、裂けているのかと思うほどにでかい口と、線を引いただけのような細い瞳。


 燕尾服のような黒の上下は、どこか道化師を思わせる。


「……まさか、グルフェイルと同じ魔王四天王?」

「"理"のブラウレメント。"力"のグルフェイルは四天王の中でも最弱。一緒にされるのは心外」


 魔王四天王。

 疑問に対する肯定に、リュディウスとクレインは勢いよく武器を構える。器用にラージブレードを回転させるリュディウス、やたら柄を長く握るクレイン。


 戦闘準備を整わせて、クレインは背後に一度視線をやった。


「ハルナ、ジュスタを頼む」

「うん、すぐに治療して、あたしも加わるから……!」


 真剣な眼差しで返すハルナに頷き、もう一度クレインはブラウレメントに向き直った。グルフェイルの時とは違う凄まじいプレッシャーが、ちくちくと肌を焼くようだ。だが、屈してなどいられない。


「……クレイン、グルフェイルとはレベルが違うぞ」

「分かってる。けど、この感覚、どこかで」


 圧倒されそうなほどの重く鋭い圧力。

 しかし同じようなものをどこかで感じたような覚えがあった。

 だからこそ、多少の"慣れ"がクレインたちを勇気づけてくれる。


「怯え竦むだけではないとは重畳。けれどこちらも時間は有限。さっさと殺して差し上げるからかかって来なさい」

「……はっ、言われなくてもなァ!!」



 してんのう の ブラウレメント が あらわれた !



 リュディウスが駆ける。ラージブレードを引っ提げて、ブラウレメントの正面から突撃を敢行。一気に振りかぶって脳天にその剣腹を打ち込む。


「古代呪法・一鋼打尽」


 その瞬間、ブラウレメントの両の白い手袋から銀の糸が数十単位で射出された。殺傷能力を察知したリュディウスが慌てて向かってくる糸を打ち払うも、器用な操作で剣に糸が絡みつく。


「っ!? 切れねえッ……!?」

「鋼糸は自由自在で俊敏。八つ裂きにする凶刃」


 身動きのとれなくなったリュディウスに、一度後方へと通過していった鋼糸群が急反転して襲いかかる。

 その瞬間だった。


「させないッ!!」


 跳躍したのは、法術で自らを強化していたクレイン。

 その棒の握りは、普段よりもずっと低い。つまり、かなりリーチが長い。


「爆砕棒・真!!」


 大きく縦に振るわれた一撃はまるで車輪のように弧を描く。教国法術の一つであるアーティファクトが施されているその得物は、普段ならば斬撃強化の恩恵を受けているのだが、今日に限っては違った。


 リュディウスを襲う大量の鋼糸。その一つ一つにふれた瞬間起こる爆発は、さらにバーニアとなって地面にたたきつける棒の威力を底上げする。


 結果としてクレインが振るったその一撃は、まるで鬼が振るった斧のような凄まじい衝撃を発揮した。


「なにっ……!?」

「うぉ……!? クレイン、お前……!」

「一撃にして多くを薙ぎ払い、長いリーチで巨大な打撃を与える……近接集団対応型こそ、きっと僕が必要になる道だ」


 衝撃をうまく利用してバックフリップ。着地したクレインは、砂塵の巻き起こった先を睨み据えながらもリュディウスに笑いかけた。


「は、打ち合いたくない相手になりやがって……!」


 ライバルの強化に、複雑な感情を抱きながらもリュディウスも笑みを返した。

 二人揃って、しかし油断はしない。

 結局ブラウレメントには一撃も与えられていないのだ。


「ぱち、ぱち、ぱち。流石は光の神子。けれども単純至極。それでは敗北必至。残念ながら死亡確定」


 鳴り響くのは手を打つ音。

 砂塵の中から無傷で現れたブラウレメントに、クレインとリュディウスの二人はもう一度身構える。


「今度はこちらからもてなし。徹底的に切り刻んでやるから覚悟」

「っ!?」


 ブラウレメントはその言葉と同時に右手を地面へと叩きつけた。瞬間、彼の鋼糸が波を打ってクレインへと襲い掛かる。


「クレイン!!」

「はああああああ!!」


 叫ぶリュディウスに呼応するように、クレインはその棒を薙ぎ払った。突如彼の半径数メートルに渡って爆発が巻き起こる。弾き飛ばされた鋼糸に、ぴくりとブラウレメントの口角がひくついた。


「鋼糸の攻撃が一度だけと思われるとは心外。しかし自殺行為は歓迎」

「クソ!」


 爆発によって塞がれた視界、そのどこからともなく縦横無尽に襲い掛かる鋼糸の群れ。未熟な技を、弱点を理解せずに使った後悔が脳裏をかすめる。

 だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。


「ぐっ……!」


 鋭く足元から伸びてきた一本の鋼糸を躱しきれずに、クレインのふくらはぎに裂傷。たたらを踏んだところに、さらに追撃の鋼糸が突き進んでくる。


「アークセイバー!!」

「人間二人程度の相手、大した労力は不要」

「っ!!」


 光属性のエネルギーを剣身に溜めて放ったリュディウスの一撃。だがそれも、ブラウレメントの左手に容易く防がれる。


「古代呪法・龍麟通し」

「っ!?」


 その時だった。

 左手とぶち当たったリュディウスのラージブレードに、亀裂が走ったのは。

 危険を察知してリュディウスが首を傾けると、今まで眉間が在った場所を突き抜けていく一本の鋼糸。

 どこから、と気づいてリュディウスは唖然とするしかなかった。


 何故なら、自慢のラージブレードの剣身を鋼糸が貫通していたからだった。


「魔力を通した一撃は竜の鱗すら容易く穿つ一針。ブレード如き労力は不要」

「ふざけっ……!」


 穴があけられた上に亀裂の入ったブレードは、誰の目から見ても破壊寸前だった。だが、それで攻撃を躊躇出来るほど、目の前の相手は簡単ではない。


「派手に弾け飛べ人間」

「がっ……ああああああああああ!!」


 一瞬の隙。しかしそれはブラウレメントにとっては十分過ぎる時間だった。鋼糸という、取り回し自在の武器。そこに魔力が合わさった凶悪な攻撃方法は、どんな相手よりも素早く的を穿つ。


「リュディ!!」


 クレインが叫ぶも、もう遅い。

 数十という鋼糸の猛攻がリュディウスの腹部を急襲し、貫かれたまま彼は街道の脇に弾き飛ばされた。助けに出ようとしたクレインもふくらはぎに受けた傷のせいで一歩が遅い。


「爆砕棒・真!」

「古代呪法・一鋼打尽」


 爆砕のアーティファクトを付随させた打棒を回転させ、ブラウレメントに迫るクレイン。しかし。


「所詮は一本の武器」

「くっ、ああああああああああああああああ!」


 ブラウレメントの攻撃は、まさに変幻自在だった。

 百にも届くであろう無数の鋼糸が、一つとしてクレインの棒に掠らないまま四方八方から彼を穿つ。怯んだ一瞬の隙を、さらに追撃が襲う。


 リュディウスと同じように、鋼糸による連続突き上げを喰らったクレインも宙を舞った。そのまま街道のど真ん中へと叩きつけられて、腹部からは大量の鮮血が地面を濡らす。


「クレイン!! リュディ!!」

「ハ……ルナ……逃げ……!」


 手を伸ばしても全く届かない距離。倒れ伏したクレインとハルナの間には、ブラウレメントが立ちふさがっている。

 おまけにハルナはまだジュスタの回復の途中だ。彼女が腹部と足に受けた傷は、おそらく今自分たちが受けたものと同じだったのだろう。

 彼女が吹き飛ばされたのも、今の攻撃のせいか。


「ぱち、ぱち、ぱち。こんな人間にグルフェイルが倒されたのは驚愕。しかし油断は禁物。何故なら人間は回復魔法が最も発達。戦闘中だろうと回復を大量に噛まされてはじり貧。よって倒す手順では抜かりは危険」

「まっ……!!」


 ブラウレメントは嗤う。

 彼の言葉の意味を咀嚼すれば、人間相手はまず回復役を潰すのが先決ということ。


「グルフェイルは怠った大切所。如何に強化したと言えど長期戦は無粋」


 強化。

 その言葉を聞いて、思い立つ。

 本当にブラウレメントの言うとおりだったと。グルフェイルは、確かにこのブラウレメントに比べれば遥かに弱かった。だが、それにしたって余りにも隔絶している。結局自分たちはこの魔人相手に一太刀すら浴びせることが出来ていないではないか。


「まずはそこの女どもから殺すのが正解」

「よせ……逃げろハルナッ!!」


 叫ぶ瞬間、腹部が痛む。だがそんなことは気にすることも出来ない。

 ハルナには殆ど自衛手段がない。だからこそ自分たちが前衛になって戦っていたのに、その二人が見事に方々に吹き飛ばされたのでは洒落にならなかった。


 振り上げられた手。

 それが下ろされた瞬間、鋼糸の嵐が瞬く間にハルナと、気絶したジュスタを切り刻むだろう。させてはならない。こんなところで死なせるわけにはいかない。


「……ジュスタちゃん!」

「おい! ハルナ……!!」

「古代呪法・一鋼打尽」


 逃げろと叫んだのに、ハルナがとった行動はジュスタを庇うことだった。

 その献身的な心の強さは尊敬するものの、今はそんなことを考えている場合ではない。

 こんなところで。こんなところでハルナを死なせるわけにだけは、絶対にいかない……!!

 腹部の痛み程度で、脚が裂かれた程度で、味方を見殺しになど出来るものか。


「ぐっ……ああああああああああああ!!」

「ん?」


 ブラウレメントが右手を振り下ろす刹那、クレインは立ち上がる。血の滴る腹部も気にせず、一歩踏みしめるごとに肉が裂けそうな足も気にせず、ただ仲間を庇うために。


 握りしめた相棒と共に、ブラウレメントの前に立ちふさがり、構える。


 爆砕術式さえあれば、一度鋼糸を弾くことくらいは可能だと。

 その隙に、ハルナがジュスタを連れて逃げてくれることを祈って。


「クレイン!!」

「行け、ハルナあああああああ!!」

「出来ないよッ……!!」

「纏めて死ねばいい茶番劇」

「っ!」


 ボロボロの肉体で構える。

 振り下ろされる右手と同時に、地面を引き裂いて襲いかかってくる鋼糸の群れ。


 ハルナを庇うべく棒を振り上げた、その時だった。


 鋼糸がクレインを刻む一歩手前で。

 ハルナの回復術式が終わる直前で。

 勝利を確信したブラウレメントの眼前で。


 凄まじい地響きが起こったのは。


 爆風と呼んで差し支えない砂塵、発震源はブラウレメントとクレインの間。

 

「っ!? 何事!?」

「うわああああああ!!」


 巻き上がった砂に視界を塞がれて、慌てて左手で瞳を庇う。

 声を聴く限りブラウレメントにも予想外だったようで、ますます状況が分からない。


 だが、数瞬で消えた砂嵐。

 落ち着いたところで目を開ければ、そこには。


 凄まじい衝撃で凹んだクレーター。

 中心に立つ人影は、右手にクレインとは比べものにならないほど巨大な得物を持っていて。


「妙な感じがして来てみれば、何故か四天王がこんなとこに居やがるし。せっかく交友を持てた光の神子はピンチだし」


 やたらと呑気なその声は、どこかで聞いたことのあるもので。


「貴様、何者」


 砂塵を真っ向から受け、勝利を確信したギリギリのところを邪魔されたブラウレメントは不機嫌だ。

 睨み据える瞳は、細長くもぎらついた赤を見せる。

 クレインたちを相手にしていた時とは別格のそのオーラ。

 だが、それですら、何故だろう。


 目の前に立ちふさがる、巨大な武器を持った男に勝てる気がしないのは。


「通りすがりの……絵描きの客だ。な? クレインくん」


 振り返ってにか、っと屈託なく笑ったその男は、大きな斧を持っていた。





 してんのう の ブラウレメント が あらわれた !▼

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