第九話 トゥントIII 『幼女誘拐現行犯』
わー、遅刻遅刻ぅ~!
なんて感じで路地裏の角、ぶつかった二人。
そう、出会いはここから始まるの。
仄かに甘酸っぱくて、ちょっぴり切ない恋の味。
『魔法少女☆ラジカルなのちゃん』のシュテン先生が描く、超王道系ラブコメディ!
魔族の愛と少年の恋、始まります!
……何言ってんだ俺。
ってことでどーも現場のシュテンです。
ヒイラギとはぐれたので、ちょろっと酒場でも覗きに行こうかと思ってたところだったんだが、俺ってば路地裏で迷子。どこに行ったもんかとちょっと悩みながらふらふらと歩いていたら、角を曲がろうとしたところで全速力の少年と激突。
俺は全く痛くないんだが、彼はなんだか持っていたものまでばらまいてしまった始末というあれで。すげえ痛そうに鼻っ柱押さえてたし、俺も別に急いでたわけでもないから散らばった紙を集める手伝いをしたんだが、描かれていたのが俺にクリソツの妖鬼さんでした、と。
オーラみたいなもんがこう、凄い。デジレに絵の才能があるってのはすげえ気に入らねえなと思っていたら目の前の少年が描いたものらしく、せっかくだから似顔絵の一枚でも描いてもらおうかなとまで考えた次第。何千ガルドでやってくれるかな、なんて胸算用していた矢先、ぱっと顔をあげればどこかで見た顔。
それは向こうも同じのようで、かちこちに固まった挙句ドエラい警戒までされている。ってよくよく見れば原作主人公のクレインくんじゃん。
「……妖、鬼……!?」
さて。
これはどうしたものか。
ものっそい顔面蒼白にしているところを見ると、以前絡んだ時のことは間違いなくこれ覚えてるよね。今はちゃんと覇気隠してるはずなんだ。
ということで、俺の現在の選択肢はいくつか。
その一。まるで初対面のようにフレンドリーに振舞う。
その二。以前のように覇気だだ洩れにして威圧全開。
その三。とんずら。
その四。過去のことは水に流そうぜ、と酒場に誘う。
その五。実は生き別れの兄弟だと告げる。
まあ、一瞬で却下出来るものが二つあるな。
そうだね、二と三だね。
二はここでやるメリットが一つもない。というかあのチラシがあるってことはデジレの野郎が間違いなくここに居る証拠。おびき出すには良いかもしれんが、騒ぎにしたらまずい。せっかく初めて街に入れたのに、教国ですら指名手配されたらかなわん。
三は単純に心情的な問題。こんな偶然のエンカウントがあったんだ。それも一対一。原作主人公だぜ? 俺もだいぶ強くなったし、ちょっとくらいは絡んでも消滅させられることはないだろ、多分。少しは絡んでみたい。生の主人公さまだ。
残るは一と四と五なんだが。
一にすると、正直あれだな。せっかくの話題を一個むざむざ消すことになりかねん。で、四はちと微妙。酒場に行ったら別の奴にも遭遇する可能性は高くなりそうだしな。ややこしいことになるのは俺の望むところではない。
……ってなると。残るは一つか。
目の前でがちがちに固まり、背の棒に手を伸ばして構えようとしているクレインに、俺は向き直ってから。努めて真面目な表情で、告げる。
「俺は、実はお前の生き別れの兄なんだ」
「ええ!?」
……。
「嘘だ」
「で、ですよね……まず種族から違うし……」
「実は俺が弟なんだ、お兄ちゃん」
「ええ!?」
……。
「嘘だ」
「なんなんですか!?」
「いやほら、こう目の前で警戒されまくるとさ。顔を見ない時の方がフレンドリーだったとか、ちょっと寂しいじゃんか」
「あ、いえ……そ、そうですけど……」
目を白黒させるクレイン。
路地裏、狭い空の下。こんなところで戦って民家に迷惑でもかけたらコトだ。
それに俺には別に敵意なんてもんは無い。目の前で呆けている茶髪の少年を見れば、どうやら毒気は抜けているらしかった。
「ええと……以前に一度アルファン山脈でお会いした……妖鬼さん、ですか?」
「あん時も今も、敵意はねーよ」
「いやキャラが違い過ぎるような気がしないでもないというか……」
「それはお前さんに余裕が出来てきたからだろ。うん、多分」
「そ、そうでしょうか」
若干、額に漫画のような汗を搔いている気がしないでもないクレイン少年だが、背中の棒からは手を離したところを見るともう彼にも戦うつもりは無いようだ。
彼はちらりと自らの手元に視線を落とすと、思い出したように頭を下げた。
「この前は、地下帝国の鍵……ありがとうございました」
「ああ、あれは俺が持っててもしょうがないしな」
「でも、何で僕らに?」
「あー」
何て言おうか。
あんまり隠す理由もないかな。少し考えたが、特に良い言い訳も見つからなかった。
「それはほら、お前さんが光の神子で、魔王を斃そうとしてるからだよ」
「えっ……何でそれを?」
「裏の情報網かな」
嘘です原作やったからです。
「そう……ですか」
俺の内心での懺悔になど、気づくはずもなく。
クレインはどこか考え込むようにして俯き、ポケットの中から二つの鍵を取り出した。赤と、橙。どちらも地下帝国に入るのに必要な、重要アイテム。
「……貴方は、敵ではないのですか?」
「魔王軍に付こうとは思わねえかなー……」
「そうですか。では僕は、少し勘違いをしてしまっていたようです」
「あん?」
じゃらり、と音を鳴らしてクレインはポケットの中に再び鍵を仕舞った。
そして、俺を真っ向から見据えて口を開く。
どこか瞳の奥に申し訳なさげな光が揺らいでいるような気がするが、はて。
「初めて出会った時、強大な魔族の気配がして。帝国でも、貴方が書院を破壊しているのを見かけて。完全に敵だと思い込んでいました。なので……すみません、貴方の指名手配にも手を貸してしまって」
「ああ、いいよいいよ。それどうせモノクルハゲの奴だろ?」
「モノクルハゲ!?」
「デジレ・マクレイン。奴には追われる理由があるし、俺も隙あらばぶっ殺すつもりでいる。奴個人とそういう関係なだけで、人類と魔族の対立にゃー俺は無関係よ」
「デジレさんにモノクルハゲって……。あ、いえ……そうだったんですか」
「よく出来た似顔絵だし、何だったら金払うから俺にも書いて欲しいくらいだ」
「あ、あはは……」
乾いた笑いと共に、クレインは後頭部を搔きながら頭を下げた。
軽い会釈程度のものではあったが、絵が褒められて嬉しい、という純粋な感情が全身に現れていた。そういえば、彼の父親は――。
「あ、あの。本当にありがとうございました。色々と誤解していて……鍵も戴いたまま礼すら言わず、こちらからは非礼ばかりで」
「気にするない気にするない。俺は好き勝手やってるだけだし……どっちかというとお前さんの邪魔をしていないか心配なくらいだよ」
「いえ、そんなことは! ありがとうございました!」
ぺこぺこと。変に恐縮されてしまったらしく、ちょっとやり辛い。
実際俺はクレインの冒険の邪魔をしていないか心配だし、デジレがこの街でクレインとエンカウントしていること自体、予想外の展開だ。
バタフライエフェクト起きられても困るんだけど、今のところは順調そうだし大丈夫かねぇ。
「すみません、迷惑ついでに一つ伺ってもいいですか?」
「あん?」
「この辺りで、オレンジ色の髪をした12歳くらいの女の子みませんでした?」
「……いや、分からないな」
十中八九ジュスタのことだよなこれ。見てねえな。
確かジュスタがちゃんと仲間になるのは聖府首都エーデンだし、トゥントではどの道捕まらなかったはずだ。……でも、そうか。ジュスタのイベントはちゃんと進んでいるみたいでほっとした。グリンドルも含め、原作パーティはしっかりと集結しそうで何よりだ。
「どこに行ったんだろう……分かりました、ありがとうございました」
「ういうい。チラシ配りも大変だな」
「いえ、これは……どうしようかな。ちょっと不義理が過ぎる気がするので、流石に配るのはもうやめます」
「そう? せっかくだから俺の目印でもあるコイツも一緒に描いて欲しいくらいなんだが」
そう言って背中の鬼殺しを掲げれば、クレインは一瞬呆けた後。我慢しきれなくなったように吹き出した。
「あはは、自分の手配書に注文つける人なんて初めて見ましたよ。そうですね、今度お会いした時にちゃんと大斧も付け足すようにしま……大斧、ですか」
「どうかしたか?」
今まで笑っていたかと思いきや、何か思い立ったように神妙な顔をするクレイン。どこが琴線に触れたのかは全く分からないし、本当にキョトンとするしかないんだが。
次に俺と目を合わせた時、彼はやけに真剣な眼差しだった。
「何で、斧を使ってらっしゃるんですか?」
「んー、鬼が鬼殺し使ってるって面白くね? ってのが最初だったんだが……そうさな。今は一番馴染むからだなぁ。どんな相手も一撃爆砕、薙ぎ払いに振り下ろし、どちらをとっても剣や槍よりも重く強い。敵を纏めて吹っ飛ばせる、速度で敵わない部分を膂力だけでカバーできる、最たるものだと思うぜ。かっこいいだろう」
「確かに、カッコいいと思います。……そうか、纏めて吹っ飛ばす……」
「さぁて、きみの脳内で何が起きてるのかおにーさんにはさっぱり分からねえぞ?」
「あ、い、いえ。ありがとうございました! そろそろ戻ります! あ、そうだ!」
「あん?」
時間的にも、そろそろ夕刻だ。仲間との待ち合わせもあるのだろう。クレインはもう一度深く頭を下げると、身を翻して繁華街の方へ戻っていこうとして……思い立ったように、彼は俺を振り返る。
「シュテンさん、で良いんですか!?」
「おう。お前さんはクレイン、だったな。今度は似顔絵でも描いてくれ」
「はい!」
やたら眩しい笑顔と共に、クレインは光の差す方角へと駆けていった。
たったった、という靴音が消えてしばらくぼけっとしていたが……つい、一息を吐く。
「ふぅ……やっぱかっけえなあ、クレイン」
ふと、思った。
明るく気さくで礼儀正しく、誰にでも等しく平等な善悪観を持つ。そんな奴だから魔族と人間が混在し差別意識の高まるこの世界で、最後まで戦っていけたんだ。
今まで信じてきたものでも、それが悪だと知れば強く向き合うことが出来る。
精神面において、完璧な少年だった。
「さて、どうしようか」
ヒイラギがどこに行ったのか。まさかまた連れ去られているなんてことはないだろうが、あの人通りの中ではぐれてしまったのだ。どこに居るのやら分からない。
待ち合わせ場所でも決めておけば良かったな。
クレインが戻っていった方角とは真逆に向かって、歩き出す。
「しかしやっぱり、久々に感じる人の営みだねぇ」
帝都やマーミラでは、慌てていたか、夜中にひっそり侵入するしかなかったわけだから、本当に二十数年振りに人々の中に身を置くことになる。
前世では仲良く友人たちと買い物に行ったりしていたけれど、それも、随分昔の話だ。鬼になってから今まで、鬼の集落から出たことも余り無かったし。
「まあもっとも、前世の記憶が甦るまでは人々の営みになんて興味も無かったわけだが」
えっちらおっちら、住宅街の端にまで。わりと綺麗に格子状の道が走っているこの住宅街の中、のんびりと歩いていた。
すると。
「あん?」
「……うぅ……」
行き倒れよろしく、道のど真ん中に倒れている人影を発見。
やたらと小柄なことから、子供じゃないか? などと疑問を持ちつつ。
傍らに鬼殺しを置いて、しゃがみこんだ。
「おーい、生きてるかー?」
「うぅん……」
唸っているだけ。
本当に無事かこいつ?
ぺちぺちと頬を叩いてみても、反応は芳しくない。
さてどうしようか。ヒイラギと一緒にちょっと借りてる宿の部屋にでも連れてった方がいいか。しかし、こいつも俺どっかで見たことあるような気がしないでも……ん? オレンジ色の髪?
「ちょぉぉぉっと失礼……?」
そぉぉっと、うつ伏せになっている体を仰向けにしようと、両腕を腹部に入れた、その時だった。
「少女が倒れているという報告を聞いて来てみれば、随分な大物がかかったなクソが」
「ひぃ!? ま、まだ何もしていない!!」
「まだ……!?」
路地の奥からの声に、慌てて童女から手を離す。っておい今の俺の発言完全に犯罪者のソレじゃねえか!
……ん? どこかで聞いた声のような。
その場に置いた鬼殺しを手に取り、立ち上がる。
路地の奥から歩いてきたのは、果たして一人の青年であった。
大薙刀を背負い、似合わないモノクルを付け、見た方の目頭が熱くなるような額。ああ、まだ若そうなのに。
「よう、相変わらず気前の良いデコしてんな」
「開口一番犯罪臭漂う台詞を吐いたかと思えば、今度は随分ふざけたご挨拶だなクソ妖鬼」
「はっ……今日こそぶっ殺してやんよ」
「それはこっちの台詞だクソが……」
鬼殺しを構える。
狭く細い路地裏。
中間地点に童女。
前方のモノクルハゲも、大薙刀に大量の魔力を流し込み始めた。
殺し合いの準備は万端ってか。
「……」
「……」
「……うぅ……」
睨み合いが続く。
一触即発とはまさにこのことだった。
間に行き倒れの童女が居るというのに。デジレの野郎は本当にあれだな、血も涙もねえんだな。
「おい……クソ妖鬼」
「ああん?」
「……テメエのことは本当に殺したくて仕方がねえ」
「奇遇だな、俺もだよ」
「……だが、この状況を見てどう思う」
デジレが目を落とした先には、倒れた童女。
「……帝国書院の魔導司書は血も涙もねえな、と思う」
「減らず口聞きやがって……ああそうだ、目の前にはクソガキが居る。しかも倒れていやがる。この状況で、オレたちは何をしてるんだ」
「血祭り」
「そォだな。血祭りだ。童女の目の前で殺し合いだ。愉快に素敵に目の前の害をぶち殺そうとしている。……おいクソ妖鬼」
「なんだよ」
「消えろ。今すぐ。テメエが居るとオレもテメエを殺したい衝動に勝てそうにねえ」
「それを口実にこんなちっちゃい子をどうする気だ!!」
「テメエが言えた台詞かよクソが!!」
……確かに。さっきは俺ヤバいこと言ったわ。
……しゃあねえか。また今度デジレ殺そ。
鬼殺しを担ぎ、身を翻しかけて……ふと思った。
「……しかしよぉ、モノクルハゲ。よく魔族相手にそんな交渉が通用すると思ったな」
魔族嫌いのコイツが、まさかこんな提案じみたことをしてくるたぁな。
すると、俺の言葉に一瞬目を丸くしたデジレは、俺の問いを鼻で笑うと、見下したような瞳で俺を見てきた。なんね。
「オレが大嫌いなものを二つ教えてやる」
「あ?」
「魔族と、妖鬼シュテンの二つだ。ああ、あと次点で同僚」
「二つじゃねーじゃねえか」
ああ、そうかい。
ふぅ、と息を一つ吐いて。
ガキのことはデジレに押し付けて、俺はヒイラギ探しにでも戻るとしますかね。
彼らをおいて、跳躍した。