第七話 トゥントI 『まおうぐんつーしん』
『聖府首都エーデン侵攻祭特集! 阿鼻叫喚こそ我らが喜び!』
『今年の殺戮はこれで決め! 最先端腰巻きファッション!』
『新たな四天王は誰が! "力"のグルフェイルを継ぐ猛者大募集!』
『魔王軍に所属する面々のお母様、お父様へ。演習参観のご案内』
『ユリーカちゃん、今日の一日っ!』
『人畜披露会のお知らせ』
手渡されたチラシもどきに散りばめられたタイトルは、俺にめまいを覚えさせるには十分すぎた。
すごく……カオスです……。
手渡された紙にはおそらく版画で刷られたであろう諸々の情報が連なっていた。まおうぐんつーしんなるそのチラシに書かれている内容は、ファンシーなのかおぞましいのかよく分からないごった煮だった。
なんだよ今年の殺戮って。
さすが魔王軍だけどだいぶえげつねえよ。
あと人畜って何だよなんの畜産してんだよこええよ。
魔王軍にとって人間は家畜も同然だもんなー……IIIでは扱いが変わってたけど、どの道人類の敵であることは同じだった。
ついでにこんな広報のノリで四天王募集しちゃってるのかよ。
本格的に人材不足じゃねえか。
「……うわ」
「あん?」
ヴェローチェの前でしばらくの間そのチラシを読んでいた俺の背後から、ぽつりと漏れた声。振り返れば俺の右肩付近から覗き込むようにしてヒイラギが紙面に目を向けていた。
その瞳には若干の動揺。いやまあ、うん。正常だよ。
俺だってヒイてるよ。
演習参観とかほんわかなことやる癖に平然と殺戮に大切なファッションの話とかしちゃってるもん。笑えねえよ。普段のノリでネタにできる内容じゃねえ。
「……とりあえず、ども」
「お久しぶりですー。お久しぶりですー? そうでもないですねー」
「え、知り合い?」
警戒の色が見られるヒイラギは、九つの尻尾も元気がない。耳がやけに立っているところを見ても、その瞳に雑念がないところを見ても、目の前の"人間"がどの程度化け物じみているのかは本能で察しているようだった。
「それにしてもまた腕をあげましたねー。どんどん強くなるその感じ、ぐーですー」
「そ、そりゃなによりだが」
ポシェットを閉じると、ダウナーな感じで親指を突き出す。
裏が読めないというかなにを考えているのか分からないというか。
そんな感じなのはいつも通りだなという印象だが、はてさて。
こんなトゥントの山道くんだりで彼女はいったいなにをしているのだろうか。
ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィア。
魔王軍の幹部であり、四天王よりもさらに格が上である事実上のナンバー3。
それがこんな人材発掘に精を出しているのも意外ではあるのだが、それ以上にそもそもこちらの世界にまで出てきていることが驚きだった。
何せ、グリモワール・ランサーIIでは最終局面まで一度たりともまともに登場したことはなかったからだ。もしかすると見落としていたのかもしれないが、攻略サイトに載っているようなサブイベントは全てこなしたはずの俺の中では、ヴェローチェさんが魔王城から動いていること自体が想像の範疇を逸脱していたのだった。
とはいえ。
前回と違ってお互い急ぐでもなさそうだ。
軽く話くらいはしておきたいというのも、俺の心情だった。
まさか殺されたりはしないだろうし。
ヒイラギに魔王軍通信とやらを渡して、俺はヴェローチェさんに問いかけた。
「で、今回は何のご用事で?」
「いえー、たまたま近くを通りかかったものでー。四天王いかがっすかー」
「まるで店先に四天王が並んでそうな言い方やめなさい」
「そーですかー。四天王になれば貴方に幸せが訪れますよー」
「あからさまな勧誘もやめなさい」
相変わらずつかみどころのない少女である。
覇気をしっかりと把握した今だから分かるが、目の前の少女もその包括量は尋常ではなかった。呆れかえるほどの魔力と覇気を、彼女は体内に溜め込んでいた。
「ところで、魔導司書に追われていたんじゃなかったか?」
「あー、割と危なかったですねー。シュテンさんとお別れしたあとしばーらく帝国内に居たんですけど、気を抜いていたせいでバレましてー。雑兵は片付けたんですけど後からとんでもないのが来たので、ちょっととんずらしましたー」
「……オーライ、よく分かった」
「お、考えてくれるんですかー?」
「そーじゃねーよ」
こてんと首を傾げるヴェローチェさんに首を振った。
完全に会話がずれている。
それにしても、ヤタノちゃんから逃げおおせたのはやっぱりこの人だったか。
あと今さらっと雑兵っつったけど、それきっと第四席と第六席のことだよな。
デジレやあのオカリナ女とどっちが強いかは分からんが、少なくとも最弱であるグリンドルよりは強い二人を木端扱い。
この人もだいぶぶっ飛んでるってのは、まあ分かってはいたことだが何とも言えなかった。
「いやー、あんな化け物が人間側にもまだ居たんすねー。最初は纏めてわたくしの呪法で吹っ飛ばそうと思ったんですけどー、結構な火力で放ったのを神蝕現象で返されましてー。あ、うん、ちょっとあれの相手は無理、ってな感じで逃げてきましたー。しばらく番傘は見たくないですー」
「あれから逃げられるだけでだいぶだと、俺は思うんだがな……」
「相性悪いし、触らぬ神に祟り無しっすー。神蝕現象だけにー」
ヤタノちゃんからも詳しく聞いたわけじゃあないが。
神蝕現象を使ったってこたぁ、普段は全然抜かない番傘を抜いたってことで。つまり、相応にガチだったってことだろ?
俺にはまだ、激おこ状態のヤタノちゃんから逃げ切る自信はねえなあ。
「あの番傘女は遠距離砲撃型ですからー。逃げるだけで良いなら余裕っすよー」
「遠距離砲撃型、か。じゃあヴェローチェさんは?」
「わたくしは、そうですねー」
んー、と指を唇の下に当てて考えるヴェローチェさん。
能天気なツインドリルが、ローテンションでふわっふわと考えごとをしているだけでこの陽光の下だとどうにも眠くなってくる。
と、そんな俺を背後から突く指先。
「どした?」
「だ、誰このすんごいローテンションなツインドリルは。得たいの知れないもの持ってるし、四天王への勧誘ってまさか」
「ああ、この人があれだ。この前話してた魔王軍の"導師"ヴェローチェさん」
「魔王軍!? だ、だってこの人魔族じゃ」
「むむー? そういえば気づきませんでしたが、そちらはどなたー?」
会話するヒイラギと俺の間に、ヴェローチェさんがひょっこりと顔を出す。
そしてまじまじとヒイラギの顔を見つめると、頭からつま先まで眺めてからおもむろにごそごそとポシェットを漁って一枚の小さな紙を取り出した。
「どもー、魔王軍の導師こと、ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアですー。シュテンさんの御お仲間ですかー?」
「え、あ、け、眷属だけど」
突然の振りに、ヒイラギはたじたじであった。
無理もないことでは、ある。ぶっちゃけこんなわけのわからんテンションの奴、俺だって突然絡まれたら焦る。……御免嘘、わりと順応してた気がするわ俺。
頑張れヒイラギ、明日に向かって!
「おおー、さすがシュテンさんは眷属を見る目がある様子ー。ますます欲しくなりましたー。今なら月給220万ガルド。どうですかー?」
「あ、何か上がったな値段」
「いえいえー、シュテンさんの技量を見込んでこそー。ところで眷属さんお名前をどーぞー」
「ひ、ヒイラギ」
「ほうほう、なるほどなるほど。いやー、素晴らしい眷属じゃないですかー。これはぐーです、べりーぐーですよシュテンさんー」
うんうんと、何やら頷きながらまたしても親指を突きだす。ヴェローチェさんの周囲を羽ペンが躍り、勝手にスクロールに何かを書きこんでいるようだった。
それにしても、俺が眷属を見る目があるか。
ほほう。
「な、何よあんたまでじろじろと」
「いやー、俺は眷属を見る目があるそうでな、褒められてるぞヒイラギ」
「と、当然でしょ!? 私は古の――」
「いやあ、ヴェローチェさんも分かってくれるか、この素敵なもふり具合。ちょっと頭がぽんっ……てなってるとこが珠に瑕だが、それでもおつりがくるくらいだ」
「ちょ、無視をするな無視を!」
背後でぎゃーぎゃー言うヒイラギを後目に、ヴェローチェさんへと問いかける。
すると何故かヴェローチェさんはきょとんとした表情で俺を見てから、ヒイラギを見て、もう一度俺へと視線を戻して口を開いた。
「それもそーですねー。いいモフり具合だと思いますよー。一本欲しいくらいですー」
「ああどうぞ一本持ち帰って魔王軍への土産にでもしてくれ」
「人の尻尾を何だと思ってるのよ!?」
だんだんと、ヒイラギもいつもの調子が出てきたようだ。
目の前に居る化け物は、ヤタノちゃんとはまた異質の風格を宿している。
そのせいで警戒も露わにヴェローチェさんを見ていたようだが……まあ、このくらいに平常心を保ってくれるなら何よりだ。
というか、そもそもヴェローチェさんは威圧も何もしてないしな。
ただその場にいるだけで周囲にプレッシャーを与える彼女の存在は、しかし一定の者にしか作用しない。
その一定の者っていうのが、ある程度の実力を持ち"隠された覇気"を本能的に感じ取れるくらいには強い存在のこと。
ここにはヒイラギと俺しか居ないせいで分かり辛いけど、なんだかんだでヒイラギも中ボスだからな。雑魚ってほど雑魚じゃない。ちょっと周囲が魔境なだけだ。
「お二人はこれからトゥントへー?」
「トゥントっつうか、その先の聖府首都エーデンまでかな」
「おー! それはそれは好都合というものですー」
ぽん、と手を打ったヴェローチェさんは、その眠そうな眼をとろんと下げて朗らかに笑う。
「わたくしたちのお祭りがちょうど聖府首都でやるので、是非お越しくださいー」
「お祭り……?」
彼女の言葉に、ふとヒイラギに手渡した紙のタイトルを見れば。
『聖府首都エーデン侵攻祭特集! 阿鼻叫喚こそ我らが喜び!』
分かってたこととはいえ、案の定良い感じに狂ってんなー魔王軍。
「ヴェローチェさん、魔王軍は聖府首都で何をするつもりなんだ?」
「うーん、それは来てからのお楽しみということで。わたくしたちはいつでもシュテンさんを歓迎しますよー」
そのゴシックドレスの裾をつまみ、優雅に軽く会釈をすると。
ヴェローチェさんはひらりと跳躍し、ふと思い出したようにこちらへと向き直った。
全ての記事を読み終えたのか、若干の異質さにも気づいていたヒイラギもヴェローチェさんへと顔を上げる。
彼女はにこりと、ローテンションな表情のまま口角だけを上げてこう言った。
「言いそびれましたけどー。あれですねー。あの魔導司書が遠距離砲撃型だとすればわたくしは――」
実際、"導師"と"車輪"二人掛かりの戦闘では彼女らは全力を見せることなく魔王の背後に下がったのみだった。それでも散々に凹にされたのは覚えているが、"導師"がどんな戦いをするのかはいまいち記憶にない。
だが、彼女の言葉は俺の背に冷や汗を流させるには十分で。
「――広域殲滅型、とだけ言っておきますねー。しーゆーですー」
それだけ言って、ヴェローチェさんは霧のように掻き消えた。
聖府首都でこれから何が起きようとしているのか。
正直な話、とても嫌な予感がしていた。
珠片が指し示す方角は、変わらない。