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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之参『妖鬼 教国 光の神子』
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第五話 ナーサセス港IV 『クレイン・ファーブニルは光の神子だ』

 クレイン・ファーブニルは光の神子だ。


 教国南方の片田舎で農家の息子として生きてきた少年は、二年と少し前に突然自らに宿った光の神子の体質を見込まれて、教国の切り札として育てられることになった。


 厳しい修練ではあったが、大好きだった自分の村を守ることが出来るというのは誇らしかったし、クレインとて男の子だ。自分が光の神子として国を守る大きな柱になれるという事実は、責任を感じる以上に嬉しかった。


 教国の法術師に何度吹き飛ばされたか分からないし、十字軍(クロスレギオン)の将軍にも何度棒術で弾き飛ばされたか数えきれるようなものではない。

 神殿で与えられた寝室は広く、メイドたちも甲斐甲斐しく世話をしてくれたが、戦力になり得ない不甲斐なさがクレインの心にのしかかったこともあった。


 だが、彼はそれでも負けなかった。


 "五英雄"の一人であった教国の光の神子に憧れた。

 一度は深い絶望の闇へと堕ちた世界を救った五人の戦士。

 クレインはそのうちの一人の後継であるという事実が誇らしかった。だからこそ、先代に及ばずともきっと"良い"光の神子であったと思われるために懸命に努力を重ねてきた。


 実際、クレインの成長は目を見張るものがあった。

 元々農家の息子で、父親に早く先立たれていたこともあり力仕事をずっと続けていたクレイン。その際に筋肉を固めるのではなく、父の教えでひたすら体を伸ばすことだけを考えていたせいか飲み込みも異常に早い。


 法術の才能も恵まれており、棒術と法術の二つを併用した戦い方は先代の後衛一色のスタイルとはまた違った頼もしさを思わせる。


 将軍に認められ、筆頭法術師からもあとは研鑽あるのみだと称賛されて、クレインは鼻をこすりながら照れくさげに微笑んだ覚えがある。


 そうしてクレイン・ファーブニルという少年は二年間、教国の新たな柱となるべく努力を積み重ねてきた。教国という土壌もあってか精神も善良に鍛えられ、彼はある一点を除いて完璧とも言えるほどの人格者に育っていた。


 愛国心があり、献身的で、強さをはき違えず、人を思いやれる光の神子。

 度胸もあり利発で、健啖家で心身ともに健康、そして感謝を忘れない。


 そんな彼だから人望もあり、四神官の支える教国にあって非常に頼もしい存在へと昇華していった。



 だから、魔王復活の報を聞いた時も思ったより冷静でいることが出来た。



 女神クルネーアへの祈りを通して、神託を乞うた儀式。

 舞い降りた神のお告げは、『光の神子を支え、信じよ』とのことだった。


 慌てた神官たちを宥めながら、今度はクレインが儀式場に赴きお告げを聞けば、『各国を旅してそなた自身が見定めた仲間と共にあれ。さすれば自ずと道は開けよう』


 クレインはその言葉を一度咀嚼し、神託に頷いて旅に出ることになった。

 光の神子の不在を他国に知られる訳にはいかないからと、神官や将軍、法術師の師といった数少ない人間のみの見送りの中、クレインは旅に出ることになったのだった。


 そして様々な場所を旅したクレインは、数か月経った今こうして教国へと戻ってきていた。理由は教国とはあまり関係がなく、どちらかといえば仲間であるプリーストのハルナが一人の少女を追いたいと言い出したのが原因だった。


 公国の大都市の一角、花の街コマモイで出会ったジュスタという少女。

 おそらくは冒険者規約を侵し、公国に追われていた彼女を助けたいと言い出したハルナ。ジュスタという少女の言う「共和国の救済」という言葉が引っ掛かっていたリュディウスも、助ける云々の以前に追いかけることには賛同。


 ひとまずの目標が達成された直後で、当面の目的がなくなったことと。クレイン自身も若干共和国の内情に思うところがあったという理由で、ジュスタという少女を追いかけることになっていた。


 ハナハナの森で彼女を見失いかけたり、帝都で魔導司書に凹されたりと大変なことが続いた挙句、結局ジュスタを追いかけて故郷に戻ってきたという形であった。


 そういう訳でクレインたち一行は船に乗り、ナーサセス港までやってきた訳だが……。


「やったー! 大地だー!!」

「そこまだ桟橋だよハルナ」

「あれ、そうだね!」


 木造の大きな船が、桟橋にタラップを敷く。まだ波にゆっくりと揺られながら、船夫たちが碇を下ろす作業をクレインは眺めていた。

 楽しそうに一番のりで船を降りたハルナが、薄桃色の髪を靡かせながら楽しそうにクレインに手を振る。船上から笑って手を振りかえすと、彼女もとても嬉しそうにはにかんだ。


「えーへーへー! あー、海鳥だー!」

「落ちるなよー」


 分かった―! と叫び返すハルナにどこか微笑ましいものを感じながら、クレインは自分も船を降りようと船の縁から手を離す。

 ああ見えてハルナは一番度胸がある。以前とんでもない化け物と遭遇した時も彼女だけが前に進むことが出来た。帝国で危険が及んでも、彼女が一番前に立った。

 そのことをリュディウスは若干気にしているようだったが、さて。


 だが今は、あの時の"力"と遭遇してもまだ三人でなら戦えると思える。

 魔導司書相手には翻弄されてしまったが、あれは初見だったから。次は負けないと、そう思えた。何より最近のリュディウスの鍛練を見ていると、頼もしさを感じる。


「どうしたクレイン。降りないのか?」

「ああ、リュディ。そうだね、そろそろ船内整理の邪魔になるかもだし、降りようか」

「ああ」


 赤髪を背に流した、野性的な風貌の少年。

 これでも王国の王子であり、騎士としての実力はトップを誇った剣士だ。

 リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア。


 あの"力"と出会ってからというもの、懸命に剣を振り続けている。だが、最近は剣だけではこれ以上強くなるのは難しいと思ったのか、クレインに指導されて教国法術を学び始めていた。

 もしこれでリュディウスがエンチャントを身に着けることが出来れば、身体強化を使った剣士という凄まじい前衛が出来上がるのだ。

 それはパーティとしてもありがたいことではあったし、何よりリュディウス自身がかなりのり気であった。


「海を渡ってきたは良いが……さて、どこに居るのやら」

「共和国の救済が目的で、教国に来る理由って何かあるかな?」

「そもそもその"共和国の救済"というのが気になる話ではあるんだがな」

「……言ってたねリュディ。帝国が共和国を飲みこんだとはいえ、旧共和国領の扱いが悪い訳ではないって」

「半年前に大使として向かった旧共和国領の人間は、まともな暮らしをしているようだった。彼女にとってはもしかしたら仇やらがあるのかもしれないが、俺は正直な話、何か裏があるのではないかと睨んでいる」

「仇討ちじゃなくて、救済って言ってたもんね。……でも、まだ十歳の子だよ? 本当にそう思ってるのかもしれない」

「十歳のガキが"救済"なんて言葉を使ってること自体、刷り込まれているようには思えないか?」

「……そういう、ことなのかな?」


 リュディウスの意見にも頷けるところは多々あった。だが、考え過ぎなのではないかという思いと、純粋に騙されていて欲しくないという思いが邪魔をしていたのかもしれない。

 そのあたり、現実的なリュディウスの意見はいつもクレインに目の前の物事を直視する力をくれていた。


「だが、そのあたりの事実確認も彼女に会わないことには始まらない。旅の途中ではあるが、クレインの勘が外れたことはない。一つ一つの目的を潰していこう」

「ありがとう、リュディ」


 懸念は募る。

 彼女が真っ直ぐであることを、捻じ曲げられていないことを願いつつ、クレインは改めて前を向いた。潮風が頬を撫でる。


「何してるのー? 置いてくよー! にひぃ!」

「分かったすぐいくよー!」


 いつまで経っても船を出ないクレインとリュディウスに痺れを切らしたのか、ハルナが大声を上げる。だがそれは怒っているというよりも、どちらかといえばからかいに近い声色で。証拠に、彼女は楽しそうにはにかんでいた。


「じゃあ、行こうかクレイン。どうも、魔王軍の動きが最近見えないのも気になる。俺は教国に来るのは初めてだし、クレインも鍵の存在を知ってから足を着けるのは初めてだろう。もしかしたら、この赤と橙に続く新たな鍵がここで手に入るかも知れない」

「ああ、そうだね。ジュスタっていう子のことも心配だけど、僕たちは自分たちのこともしっかりしなきゃ」

「その調子だ」


 ぽん、と背を叩いたリュディウスが、先にタラップを降りていく。

 ぶっきらぼうながらもこうして力を入れてくれたり、逆に息抜きをさせてくれる一個上の親友の存在が、ありがたかった。


「……僕だけで気負う必要はないか」


 ここのところ、実を言うとクレインは最近余り睡眠を取ることが出来ていなかった。

 リュディウスに朝から起こされて鍛練につき合わされたり、自らの成長を考えないハルナが抱き着いてきたりということももちろんそうだが、それ以上に悩みを多く抱え込んでいたからだった。


 ジュスタという少女を追いかけるということにすぐさま賛同することが出来なかった理由もそこにある。


 あれから手がかりの掴めない魔王軍。成長しても成長しても次々と強者が立ちはだかる旅路。寄せられた期待という名の重圧。そしてそれらは全て自らへの不安へと繋がる。

 自分は本当に、魔王を斃すことが出来る人間なのだろうかと。


 一度降って湧いた疑念は簡単に振り払うことが出来ず、胸中を縛り付けるような痛みが走るほどだった。だが、それでも前に進むしかない、進んでいきたいと思うのは、無邪気に努力するハルナや、隣で必死に高みへ至ろうと研鑽を重ねるリュディウスの姿があるからだった。


「さて、どうするか」

「とりあえず酒場に行って情報収集がいいんじゃない? あたしお腹すいちゃった」

「そうだね、宿を取ることも考えたけど……ああ、そしたら僕が先に宿を取ってしまうから、二人は先に酒場に行っててくれるかな?」


 最後に桟橋に降り立ったクレインを待って、三人は港の方へと歩き始めた。

 時折十字軍(クロスレギオン)の人間や積荷を運び込む水夫たちと擦れ違いながら、石で出来た大きな門を潜り抜ければナーサセス港の中心街へと出ることが出来る。


 活気溢れる商店街の、メインはやはり海鮮類だ。


「ヤスイヨヤスイヨー!」

「イラッシャーセードーゾー!」

「ソコノニーチャンシンセンナカイアルヨー!」


 余りに早口で展開される呼びこみの声に遮られながら、会話を進めるクレインたち。

 一旦の別行動をしようという提案は、案外すんなりと受け入れられた。


「おっけー、じゃあリュディと先に行ってるね。席取っておくから、早めにねー!」

「この熱気だ。混んでいるかもしれんが迷うなよ?」

「はは、子供じゃないんだから大丈夫だよ。それじゃ、また後で」


 軽く手を上げるリュディウスと、数回ぶんぶんと腕を振るハルナに笑いかけてから、クレインは一人で雑踏の中に踏み込んでいった。


 両サイドを、色とりどりの布で屋根を覆った露店が埋め尽くすナーサセス港のメインストリート。石畳が返す独特の感触が、教国に戻ってきたことを教えてくれた。

 路面を埋め尽くす石畳は、殆どが十字軍(クロスレギオン)の法術によって整備された足腰に優しいものだ。隣人への愛を謳う教国において、それが丁寧に実践されていることを感じられる石畳は、クレインの心を温めてくれる。


「よう兄ちゃん! ……どっかで見たことある顔だな。まあいいや、安くしとくぜ?」

「あはは、じゃあ焼いたのを一尾ください」

「セイルフィッシュとピラニアウェット、どっちがいい?」

「勘弁してくださいよ、セイルフィッシュで」

「はっはっは、冗談だ」


 快活そうな壮年の店主に声をかけられ、苦笑いしながら焼き魚の串を受け取るクレイン。ちなみにピラニアウェットは普通に海の魔獣であり、くさくてとても食べられたものではない。当然ながら店に置いてもいない。

 店主のこういった茶目っ気のある部分も、教国ならではだという実感があった。


 ナーサセス港に来るのは、幼少の時に一度有ったきりだから二度目になる。

 このあたりの魔獣はそこそこ強く、光の神子でもなかったクレインが戦えるような相手ではなかった記憶があった。


 しかし、今はどうだろうか。

 少々の恐怖心こそ残っているが、きっと今の成長した自分と仲間がいれば戦える、そういう自信があった。


「そう思えるのも、二人が明るい御蔭だな」


 焼き魚を齧りつつ、思う。

 自分は仲間に支えられて立っている。

 この辺りの魔獣ならもう大丈夫。そう思える自分に、思わず苦笑した。

 魔王に勝てるかどうか分からない、自分の成長はこれまでなのではないか、そんな風にずっと思っているというのに。


 商店街を抜けると、がらりと雰囲気の変わった住宅街に入る。

 赤いレンガで造られた建物の目立つ、路地の細かい区画だ。

 宿屋や武器防具屋は、このあたりにあったはずだ。


 四階建てほどの高さの建物が立ち並ぶ中、クレインはキョロキョロと周りを見渡した。

 そして、一つの扉にかかった"INN"という文字を見つけて、思わず表情を綻ばせる。


 この町の宿屋は、酒場とは完全に別々の建物だ。たまに一緒になっている町もあるが、クレインはよく覚えている。幼少期に泊まったその宿に懐かしさを感じながら、閉ざされた木製の扉をゆっくりと開いた。


「こんにちはー」


 軽く挨拶をしながら戸を開けば、そこそこ広い店内には十ほどの四人掛けテーブルが置かれていた。目の前の受付には誰も居ない。ちりんちりんという、扉に付けられた呼び鈴の音が響くのみだ。


 誰も居ないのかと首を傾げつつ店内に視線を走らせると、右奥の一角に人の影が二つあった。うち一人は頭に三角巾をつけ、エプロンをかけた給仕のような雰囲気の少女。おそらくは店の人だろうと思い、声をかけようとしたところ、向こうから気付いたようで振り返った。


「あ、いらっしゃいませー!」

「すみません、部屋を二つ取りたいんですけど」

「あ、大丈夫ですよー! ちょうどこの時期お客さんが多いので、お兄さん、ナイスタイミングです!」

「それは良かった」


 クレインの右横にあったカウンターに体を滑り込ませ、台帳のようなものにさらさらと羽ペンで何かを記入していく少女。おそらくはハルナと同じくらいの年代の彼女に、しっかりしてるなーなどとおっさんくさい思考を抱くクレインだが、ハルナと比べたらきっとどんな少女もしっかりしていることだろう。


「お食事はどうなされますか?」

「夜と朝の二回お願いします」

「あいあい、ありがとーございまーす! 三名様でえっと……食事つきで1800ガルドね。先に前金1000ガルドいただきます」

「はい」


 銀貨を渡すと、鍵が二つ手渡された。


「三階奥の二部屋ね。いつから居てもいーよー! 御夕飯は夜に呼びにいきます。居なかったら抜きね」

「えっ」

「嘘です。ちょっと冷めちゃうけどちゃんとあります」

「あ、はは」


 ぺろ、と舌を出した給仕の少女に、どうにもやりにくさを覚えつつクレインは苦笑い。教国の人間、特に商売にかかわる人たちは本当に冗談が好きな人が多かった。


「それじゃ、三名さまでのお越しをお待ちしてます!」

「はーい」


 頭を下げてから、ぱたたーとまた奥の方へかけていく少女。素直に一度出て酒場に向かっても良かったのだが、先ほどまでも彼女がそちらに居たことを思いだし、店内に居るもう一人の人影に何の気なしに目をやった。


 するとそこには、一人の青年が腰かけていて。


「……っ」


 思わずクレインは息を呑んだ。

 あれは、強者の匂いだ。凄まじい圧を己の中に押し込み、泰然とした風格を醸し出している。立てかけられた長得物もかなり使い込まれているのが分かるし、魔道具なのに魔道具ではないような、そんな気がする不思議なものだった。


「うーん、困りましたねー」

「……いや、オレが不甲斐ないだけなんだが」

「そんなこと……あれ、さっきの人」

「あ、ども」


 つい、自然に奥へと足を運んでしまっていた。

 強くなりたい。そういう思いが先行していたのは否めない。強者に何かを学ぶことが出来ればもしかしたらもっと高みに至れるのではないか。そういう焦りがあった。


 本来、出会うはずのなかった戦士たちが、徐々に狂った歯車によって動き出す。


 妖鬼さえ居なければこの場を訪れることの無かった青年と、妖鬼に出会ったせいでさらに強さを求める思いを募らせた少年。その二人の邂逅が、何をもたらすのか。


「えっと、何をなさっているのですか?」

「この人、デジレさんというんですけど、人相書きを作らなきゃいけないのに絵がかけないんですって」

「あ、いや。違う。描けないのではないんだ。こう、上手く筆が動かないというか、変な方向に行ってしまうというか。要らない線がこう、増えてしまうというか。研究資料のデッサンも優秀な部下に丸投げしていたツケが回ったんだ、きっと。そう、昔はオレも描けていた」


 テーブルの上には、一枚の紙。

 それを覗き込むよりも先に、クレインは顎に手を当てて思考する。

 なんだかんだと言い訳まがいのことを言う青年。とても強者とは思えないが、だが間違いなく彼は力を隠していた。

 絵であればクレインは一家言ある。一つ貸しが出来れば、少し踏み込んだ話をしても大丈夫ではないかと彼は考えた。


「……絵、ですか」

「……えっと……?」

「あ、僕レインと言います」


 給仕の少女に改めて自己紹介をする。教国内で光の神子であることがバレてはいけない。余り上手くはない偽名だが、まさか光の神子が首都を離れてこんなところに居るとは思っていないのだろう。少女は頷いて微笑んだ。


「レイン、か。きみは、絵は描けるか?」

「風景画ならよく描いていました。人物もそれなりに」

「そうか。ではすまないが人相書きを頼めるだろうか」

「一度やらせてもらえればと思います」


 オールバックにモノクルをかけた、理知的な青年。軽く頭を下げて紙を差し出した彼に頷いて、クレインはそれを受け取ってフリーズした。


「なんだろう、これ。○から腕が生えているようにしか見えないのですが」

「……すまない」

「なんですかこれ」

「妖鬼だ。群青色の着流しに下駄を履いた、黒く長い髪と捩れた角が特徴の妖鬼」

「髭の生えた大根かと思いましたよ。ん? 着流しの妖鬼……?」


 髭の生えた大根という言葉に打ちひしがれるデジレをおいて、クレインはその場にあった羽ペンを手に取った。


「まさかとは思いますが……」


 さらさらと筆を動かしながら、記憶の片隅を搔き漁ってクレインは呟く。

 数分後、書き上がったものをデジレにみせながら、言った。


「こんな人では、ないですか?」

「こいつだあああああああああんのクソ妖鬼いいいいいいいいいいいいいいい!!」

「ちょ、ちょちょ!?」


 ぷっつんとばかりに青筋を浮かべ、叫ぶデジレについていけないクレイン。

 だが、やはりという思いがこみあげる。

 何故ならその紙に描かれた鬼の魔族は、クレインがアルファン山脈で出会った"力"そのものであったのだから。


 あの時の予言が甦る。

 魔王への手がかり、そして"力"。

 別々のように言っていた占いの(おきな)の言葉は、もしかすると共通のものだったのではないか。あの"力"は、魔王への手がかりそのものなのではないか?


 そんな疑問が一度浮かんでしまった以上、クレインはもう後戻りはできなかった。


「デジレさん」

「すまない、取り乱した。ありがとう。報酬は払おう、手持ちなので多くはないが――」

「報酬は、結構です。その代わりに、二つほどお願いが」

「ん?」


 懐から巾着を取り出そうとしたデジレを留め、クレインは言った。


「その妖鬼のことを聞かせてください。それと良ければ長物を教えてくれませんか」


 その真剣な眼差しに、デジレの目の色が変わる。


 この出会いが果たしてどのような方向に"物語"を導くのか、この時は誰も分からなかった。

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