第四話 女神の聖域 『珠片。マナの欠片』
塔の外に出た時、既に時刻はかなり遅いようで真っ暗だった。
いやしかし、先ほどの戦いは思った以上に楽勝すぎて正直何とも言えなかった。
確かに塔のボスよりも中ボスの方が強かった記憶はあったのだけれど、たった一撃で葬り去れるほどの違いがあったとは思えない。
鬼の涙は攻撃力の向上には役立たずのはずだし、レベルが一個や二個あがったところで高がしれている。
となるとやはり、あの破片っぽい石ころのせいなのか?
「いやまあ、強くなったのはありがたいんだけど、こんなアイテムがグリモワール・ランサーに存在しなかったことだけが気がかりなんだよなあ」
そう、グリモワール・ランサーIIの世界であることは、この中ボスであった"俺"の記憶をみれば一目瞭然なのだ。世界観から何からとても一致要素が多い。
なんだが、少し世界線がずれたり……もしかすると、この世界が先にあって、変な電波を受信した制作陣ががんばっちゃった結果の方がグリモワール・ランサーなのか? と邪推してしまう。
ま、でも。
「そんなことはどうでもいいか」
とにかく、今は俺がこの先を生き残ることが重要なのだ。
「……これどうしようかなあ」
今、俺の手元には実は、塔のボスからパクった物品が一個だけある。ガイウスからの固定ドロップ"地下帝国の鍵(橙)"。
七色の鍵を集めて初めて地下帝国に入ることのできるそのアイテムは、主人公クンたちが物語を進めるのに必要不可欠なものだ。いわゆる"だいじなもの"である。売れないし、捨てられない。
「主人公に会いに行くっていうのも、選択肢の一つに入れておこうか」
鍵を獣皮ファッションのポケットに仕舞い込み、ふと空を見上げる。
都心じゃ滅多にみられなかった、満天の星が広がっていた。
「おおう……」
思わず感嘆のため息が漏れるほどに素晴らしい、綺麗な夜空。
その中で思う。自分の失ったものを。
「俺、名前なんて言ったっけなぁ……」
そう、自分の名前だけが、全く思い出せなかったのだ。
妖鬼妖鬼と呼ばれるのも癪だが、それ以上に、なんだかんだで二十年連れ添ったものが無くなってしまったことに、ぽっかり胸に穴が空いたような寂寥を感じていた。
ぶっちゃけ死んでしまったことで、前世への諦めはついた。
もちろん親父やお袋、気の置けない仲間たちへ詫びを入れたい気持ちもある。けど、それ以上に、なくしたものに対するダメージが大きかった。
「いや、俺らしくないな」
名前が取り戻せなくても、俺は俺。
いつもの楽観思考で行かなくてはだめだ。
「とりあえず村とかに入れる訳もないし、どっかで雑魚寝かな、今日は」
なんか破片のおかげで死ぬほど強くなっていたし、襲われようがよっぽどじゃない限りは死なないだろう。死ぬほど強いから死なないってどっちだよてめー日本語この野郎、靴下に発泡スチロール詰めんぞ。
「後問題とすりゃ……鬼の涙か」
塔の周りは、薄暗く不気味な森がぐるりと一帯を取り囲んでいた。
妖鬼の自分だからか、不思議と恐怖は感じない。適当な木を見つけて、跳躍。簡単に太い枝に乗れたこの身体能力は、もう鬼様々と言ったところ。
それはともかく、俺が問題にするべきなのは鬼の涙だ。いや、鬼の涙というより、俺のパラメータ。
鬼という種族はひたすら魔法防御が弱い。滅法弱い。だから、その弱さを克服する何かが必要だ。この先、必ず。
生きていく中で、ただの妖鬼であった"俺"のように魔法で意識を潰されてこき使われるなど御免である。
だから、魔法をガードする何かが欲しいのだ。
鬼の涙はその点、すべての状態異常魔法を弾き飛ばし、その上魔法防御に補正をかけるという、まるで鬼の為のリーサルウェポン。しかし、使い捨てで、しかも鬼モンスターからのレアドロップというふざけた条件である以上そう何度も使えない。妖鬼が鬼を絶滅させるなど笑い話にもならないし、あとめんどい。
今日だけで二百以上狩って一個とかアホか。
そして、塔のボスを倒した瞬間効果が切れたことを考えると、この世界でも"一度の戦闘のみ"という条件は変わらないようだ。
「よっこいせっと」
木の幹に寄りかかり、枝をベッド代わりにして横になる。
まるで森の民のような寝方だが、綺麗な月を高いところで見られるというのは、悪くない。
……どっかにマジックアイテム無かったかなぁ、腕輪とか。そういやここってハブイルの塔があったってことはあれだろ、極東の島ジャポネだろ?
この世界の地理を思い出す。どこかに、そんな都合の良いアイテムが転がっていなかったか、と。
うーむ……。
「で、誰あんた」
「女神だっつってんでしょ!!」
なんか褐色で白い髪の、ボンキュッボンの姉ちゃんが目の前で怒っていた。
訳が分からないよ。
あとここどこ。何この空間。知らないよ真っ白な場所なんて。修行する為に時空歪ませてるわけでもなさそうだし。
どこの聖域だよ。
「だから聖域だって言ってるでしょうが!!」
「そうなの? あとあんた誰」
「女神だっつってんでしょ!! 何度目よ!!」
地団駄を踏むこの女神、ぶっちゃけ俺見覚えがある。グリモワール・ランサーIIIのほうにでてくる女神だ。グリモワール・ランサーはI、II、IIIの三部作で、世界観同じなんだけど……なんだっけ。
Iが、その名の通り槍使いの魔導司書が主人公で。
確かIの主人公パーティに居た光の神子がラストで死んで、IIでは教国で新たに選定された光の神子が主人公になってたんだ。Iの主人公の親友だった奴の後継者が続編の主人公っていう、胸熱展開だった気がする。
IIIはまたIIから時間が経って、規模がさらに大きくなるんだったっけか。
……ああ、いたいた女神。
「あんたのせいでこっちは大変なんだから!」
「そう言われても困るんだけどさ」
さっきからこの女神がぶち切れてる理由は、何でも俺の魂がこの聖域をぶち抜いてグリモワール・ランサーの世界に行ってしまったかららしい。いや俺の魂が何でそんなフライアウェイしてるのかこっちが聞きたいんだけど。
「おおかた最高神の一角があんたをどこかの世界からこっちに送り込んだんでしょ!? 覚えてないの!?」
そう言われると……確かにそんなことがあったような、なかったような。『お前優秀な個体だから面白そうだな! よし僕の世界の一つに送ってやろう!』……ってやたらイケメンな神様に言われたような言われていないような。
「はっきり覚えてんじゃないの!!」
「え、夢かと思ってた」
「これもあんたの夢に介入して喋ってんの! 神々の特権なの! もう何てことしてくれんのよ!」
だからそう言われても困るんだってば。俺にどうすることもできなかったわけだし。
「あんたのせいでね! マナの喞筒が破裂して、その破片が下界に散らばっちゃったのよ! どうしてくれんの!」
「そく……なんだって?」
「そ・く・と・う! ポンプよポンプ!」
「難しい言葉を使うなよ。バカに見えるぞ」
「うるっさいわねぇ!? とにかく! あんたの魂が聖域ぶち抜いたせいでマナのそくとうがイカれやがったの! "神秘の珠片"は下界の生物にとっては劇物だから、体内に取り込まれるとまずいのよ!!」
体内に取り込む……? あ、もしかしてこんなサイズの破片っぽい石ころ?
指で小さくピンポン球サイズのわっかを作ると、女神はあかべこのようにぶんぶん首を縦に振り始めた。なにあれV系?
「違うわよ!! あんたどこまで人をからかえば気が済むわけ!? ていうか何!? もう見つけたの!?」
「見つけたというかなんか勝手に取り込まれたというか」
「あーもう……!」
前髪を掻きあげ、天を仰ぐ女神。ここに天があるのかは知らないが、なんだか呆れているように見えた。
「呆れてるのよ!! いいこと!? あんただから無事だったようなもので、他の生物が取り込んだら力を吸収仕切れなくて暴走するか死ぬの! 暴走なんてさせたら災害にまで発展しかねないんだから、どうにかして集めなさい! あんたが悪いのよ!」
「え、俺じゃなくて俺の魂を全力投球した神じゃないの」
「トム神様に逆らえるわけないじゃない!」
「あ、そういやトムって名前だったなあの神」
ポン、と納得。この仕草、いいよね。庶民的な名前の神だったなあの人そういや。
「ところでその破片、俺以外が取り込んだらアウトってこと?」
「その生物の強さによって許容量があるから、強い魔獣とかなら一個くらいは……でもそのかわりとんでもなく強くなるわ」
「ほほー」
「ふざけてる場合じゃなくて、中ボス程度の強さでしか無かったあんたが、一発で魔界の連中と殴り合いできるようになってるってことなんだけど」
「え、俺今、地下帝国の連中と殴り合いできるくらい強いの?」
「だから、その破片がどれほどまずいかわかるでしょ」
なるほどなー。ところで破裂したそのそく……そ……ポンプ大丈夫なの?
「それはこっちで直せるけど、問題は下界に散らばった分。本当に危険だからさっさと集めて」
「いくつさ」
「15個の破片が散らばってるのが、マナの力でわかってる。場所もあんたがわかるようにするから、さっさと集めて来なさい!」
「さっき俺の体内にあることわからなかったくせに」
「今のあんたは精神体なの!! あんたが寝てるあの塔の近くの森にもちゃんとレーダーついてますぅ! ばーかはーげ!!」
「はげてねえよ!!」
立派な角が生えてる周りだって、黒い髪がふさふさ生えているだろうが。なんてこと言うんだこの女神。
「とにかく! 大事になる前にさっさと集めてよね。あんた以外にも、強い奴にぶち込めればそれはそれでいいんだけど……そうなるとその"強い奴"が無双状態になって面倒事起きそうだし。とにかく暴走や無駄死にが起きないうちに野良破片をなんとかして」
「野良破片って何だ野良破片って」
「うるさい! いいから集めなさい!」
俺悪くないのになー。人使い荒いなー。こんなんが女神かよ。
「うぐっ……集めてくれるなら少しは何か叶えてあげても良いわ」
「なんか、魔法関係に強くなるマジックアイテムとかどこかに無い?」
「作れとは言わないのね」
「作ってくれんの?」
「うん無理。そもそも聖域が下界にちょっとでも干渉する時点でまずいの。円環の理の外から来たあんただからまだこうして呼び出せるけど」
「女神よえー」
「あんたほんとにいちいちむかつくわね! あんたの居る島の北のほうに隠しダンジョンがあるわ。その地下に"達人の着流し"がまだ隠されてるから探しなさい」
「あー、あったなそんなん」
達人の着流し。群青色の和服で、ジャポネならではの雰囲気を醸し出していた一品だったはず。その効果は単純な防御力効果以上に、魔法防御力向上だったから……俺にぴったりだ。
「で、そういや俺はいくつその破片を取り込んでも平気なわけ?」
「そうね、あんたなら上限は無いから、15個まるっと吸収してほしいんだけど」
「え、なにその無双状態」
「……そうも行かないでしょうから、とりあえずさっさとかき集めてちょうだい。その隠しダンジョンにも一個、破片あるから」
もうめんどくさい、と言わんばかりに手を払う女神。
呼び出しといてなんたる奴! さんざん人の心読んでおいて最低だな!
「気づいてたの。まあいいわ、がんばって」
手を振る姉ちゃん系女神の姿が徐々にぼやけ、霞んでいく。
しかし、無双状態か。嫌いじゃないな、がんばるか。
「あ、そうそう」
ん、ちょ、もう消えそうなんだけど。
「二個目以上の吸収ってあんたが記憶取り戻した時なみの激痛起こるからよろしく」
!?
……
!?
二度見したけど二度目には視界が真っ暗だった。