番外編 かくも殺伐とした蜜花記念日
バレンタインなので特別編をば。
おかしいな、バレンタインなのに男しか出てきてねえぞ……?
蜜花記念日。
それは蜜蜂と花が出会うように、人と人との繋がりを確かめる日として誕生した一つの記念日だった。日頃から世話になっている母親を労い、生活の為に身を粉にして働く父親に感謝し、これまで支え合ってきた友たちとの絆を喜ぶ。
隣人を大切にせよとの教国神官クロス・クロイスの教えから始まったこの記念日。
いくつかの逸話が今でも教国では語り継がれ、一家団欒、友との和気藹々とした祝宴が開かれている日だ。
そう、教国では。
以前は多く交流のあった、この世界に存在する五つの国。教国の教えは旅人や行商人を通じて広がり、一時は世界的な宗教としてクルネーア教は広まっていた。その中に、蜜花記念日のことも含まれていた。
時は流れた。
帝国の軍事国化が進み、十字軍が生まれ、多くの戦争が起こり、各国の仲に大きな亀裂を生み、魔王軍が襲来し、様々なことが起こった現在。
蜜花記念日の名が先行し、いつしかそれぞれの国でその記念日は独自の進化を遂げていた。中でも帝国は、蜜と花、そして出会いというキーワードから男女の仲を奨励する記念日として解釈し、女性が意中の相手に蜜飴を贈るという文化として発展していった。
そして、カカオや蜜の生産が多くなり、魔素とカカオと蜜を組み合わせたぱっくりチョコという軍需携帯食糧が生み出されてから。
そこから魔素を抜いた廉価版の食品としてチョコレートが誕生し、女性が意中の相手にチョコレートを贈る日が、蜜花記念日であると認識されるようになっていた。
さて。そんな文化の定着した帝国には、軍に成り代わった一つの巨大組織がある。その名も帝国書院と言い、この国の守護として各国に圧力をかけている強力な組織だ。中でも書陵部の魔導司書といえば魔法連隊を相手取って対等以上に戦う単独軍隊ともされており、その実力は帝国書院でも屈指のものである。
蜜花記念日は、帝国の中でもさらに独自の進化を遂げていた。
すなわち、"魔導司書が男を殺してはいけない日"だ。
どういうことかといえば。
「毎年決まって蜜花記念日になると、きみと背中を合わせることになるね」
「何故書陵部の誇り高き職員たちが、この日は目を血走らせてオレ達を殺そうとするのか。いやまあ、うん。何も言うまい……」
まるで本当に死んでいるかのように折り重なる人の山。
帝国書院内部の中庭にて、青年が二人背中合わせに身構えていた。
周囲を取り囲むは、普段味方であるはずの書陵部の職員たち。全員が全員まるで取りつかれたかのようにそれぞれの武器を抜き、彼ら二人に躍りかかる。
「イケメンは死ねぇええええええええええ!!」
「ぶっ殺せえええええええええええ!!」
「魔導司書がなんぼのもんじゃいコルァアアアアア!」
跳躍し、まるで四方八方上下左右を埋め尽くすように、寸分の隙もないチームワークで職員たちは中心の二人を襲う。その理由は、"イケメンは死ね"という理不尽極まりないもの。要は、顔が整っているから死ねということらしい……と、青年たちの片方――グリンドル・グリフスケイルは最近知った。
「だいたい、今日は友達を大事にする日だろう? 何故きみたちは友であり上司である僕たちを害するんだ」
グローブをはめた拳を振るいながら、グリンドルは愚痴るようにそう言った。取り囲む人間の多くはグリンドルの直属の部下である男たち。若い者も壮年の者もいるが、共通点は独身の男であるという点だった。
「それは教国の元々の教義であって、今を生きるオレたちには関係ねぇってことだろうよ! ああもう本気でぶっ殺すぞクソが!!」
大薙刀の柄を器用に使い、次々と職員を気絶させながらもう一人の青年――デジレ・マクレインも吐き捨てるようにそう言った。
そう、魔導司書が男を殺してはいけない日と定めたのはこの帝国書院書陵部魔導司書第一席、つまりは彼らのリーダーであり、その理由は男たちが魔導司書に襲いかかるからであった。主に嫉妬と羨望で。
「ちぃくしょおおおおおおおおおお!! 武力でも魅力でも勝てねえのか!!」
「僕は部下に人気があるらしいと聞いて嬉しかったんだが……この様子を見ると本当かどうか分からなくなってしまうよ」
「女の職員には人気あるでしょうよ第十席は!! うわあああああああん!!」
「ああ、そうだね。今日もいっぱいチョコを貰ってどうすればいいか……あ、少し一緒に食べようか。そうすればきみたちとの絆も深まるかもしれないじゃないか」
「死ね!! 死ね!! 本当に死ね第十席!!」
「何故だ!!」
職員たちをちぎっては投げちぎっては投げ繰り返しながら、グリンドルは名案を思い付いたように彼らに問う。しかしそれは火に油を注ぐだけの行為であると彼は知らない。
「お前……思っていた以上にえげつねぇな」
「僕は何か間違っていたのか? 今後の職場関係が不安だよ」
「オレはお前の常識が不安だよ」
軽い会話を挟みながらも、職員たちはまるでゾンビのように次々と湧いて出てくる。帝国書院に務める人間の数はとても多いのだから、それは仕方のないことなのかもしれないが。
「何故だ! 僕の貰ったチョコの数なら、ここに居るきみたち全員に配っても余るくらいだ! 何の心配も要らない! 一緒に食べて絆を――」
「その言葉が既に絆を断ち切るには十分過ぎるナイフなんですがねぇ第十席ィィイイイイイ!!」
「何故だ!!」
ちなみにこの場に居る職員の数は軽く五百を超えていた。
「僕は歩み寄ろうとしているのに! どうしてみんな分かってくれないんだ!」
「お前が自分の言ってる言葉の意味が分からない内は無理だろ」
「きみには分かるのかい第五席!?」
「お前よりは、な!!」
トンファーを構えて襲いかかってきた職員を、まるでホームランバットのように薙刀の柄でカッ飛ばしながらデジレは言う。
その言葉がグリンドルにとっては驚きだったらしく、目を丸くして叫んだ。
「本当か!! 教えてくれ!! 何故部下に人気があるはずの僕が攻撃を受けているのか!!」
「うぜぇ……。とりあえずあれだ。それと一緒にヤタノの奴に言われたことを思い出してみろ」
「あ、ああ。僕は全て第五席より上回っているというところか」
「そこじゃねーよ死ね」
ブゥン!
「危ないじゃないか!! なんで背中を預けている僕を大薙刀で……しかも刃で狙うんだ!!」
「純粋にムカついたからに決まってんだろうがクソが!!」
くだらない会話をしている間も、職員の攻撃は止まらない。彼らの猛攻をしのぎつつ、彼らは短く言葉を重ねていった。
しかし、戦闘のプロフェッショナルである書陵部の人間を、たった二人でずっと捌いていられるというあたりに魔導司書の純粋な強さが窺えるというものだった。
「あ、あとは、そう。僕はスタイルが良い、顔も整っている! そう言っていたぞ!」
「おーし、分かったのは良いが今の言葉でお前を狙う職員が十人は増えたと思え」
「何故だ!!」
納得がいかない、と言った風に複雑な表情を浮かべながら、心なしか刃を振るう職員の狙いが頭から急所に移った気がしないでもない部分に疑問を感じつつ職員を捌き続けるグリンドル。
「で、奴らにとってはそれで全部なんだ、よ!!」
「そうか……では第五席もスタイルが良く顔が整っているということか!」
「まあ、奴らにとってはそうだろうよ!」
いつまで諦めずに攻撃を仕掛けてくるんだ、と内心舌打ちしつつ、デジレは周囲を見渡した。まだ多くの職員が武器を抜き、今にも襲い掛かってきそうな様相だ。明らかに人が増えている。まるで書院の独身男性が全てこの場所に集まっているのではないかと思えてしまうほど。一周まわっていっそ不自然なまでに、この場は嫉妬の炎で包まれていた。
「なるほど、額が後退しているのは顔が整っている条件には無関係なのか!」
「テメエ最近オレのデコ凝視すること多いなと思ったらんなこと考えてたのかクソが!! 後退してねえよオールバックにしてるだけなんだよ!!」
「そのままバックオーライして無くなりそうだが」
「無くならねえよ死ね!!」
「だから刃は危ないと言っているだろう!?」
このクソ同僚はどうしようもねえ。
毒づきながらもデジレは手を休めることが出来ない。グリンドルに攻撃を加えようとした一瞬の隙をついて職員が針を投擲した。危うく弾きつつ、改めてこの男たちの本気っぷりを実感する。
何故ここまでやるんだ。
いや、嫉妬心の他にもこうして魔導司書に戦いを挑む理由があることくらいは分かっていた。今日ばかりは無礼講なのだ。様々なストレスを抱える職員たちが、敵わないと分かっていても気持ちよく吹っ飛ばされることが出来る。死を恐れずに、純粋にチャンバラを楽しむことが出来る良い機会ではあるのだ。
だからこそデジレもなんだかんだで中庭にチョコを抱えてわざわざ出てきて、職員の相手をしているのである。
とはいえ、いくらなんでも数が多い。
例年の五倍以上は居る職員たち。顔を見れば、明らかにいつもは参加しない人間も多く参戦している。一度気づいてしまった違和感は拭えることがなく、先ほどにもまして集中力を研ぎ澄ます。
「そうか。そのモノクルはいまいちだと思っていたんだが、それも整っているのか」
「いまいちだと思ってたのかよ!! 余計なお世話だわクソが!!」
「でも確かに、モノクルが特徴になっている節はあるから良いね、僕にはそういうのは無いから。ただ――」
「ただ、なんだよ」
拳を振るうグリンドルが、徐々に面倒になってきたのか白の球体を利用し始めた。言葉の続きが予測出来ないデジレは、一瞬注意をグリンドルに向ける。
「ただ、いつの間にかモノクルが本体だと思われないかい?」
「なんだその訳の分かんねえ展開はよ!?」
思わず勢い付いてしまった大薙刀が、強かに職員の一人を打ちつけた。その瞬間、職員のポケットに入っていたらしき紙が舞う。
視界を塞ぐそれを打ち払おうとして、一瞬で瞳が怒りに染まった。
それは一枚のチラシだった。
中心にデフォルメされて描かれた、どこかで見たことのある童女が舌を出してウィンクしているだけでだいぶ腹が立つのだが。それ以上に、チラシ上部に書かれている文句が在り得ない。
『デジレかグリンドルに一発入れた人にチョコあげます☆』
なるほど。
そうか、またテメエか。
またテメエの仕業なのか。
下部には金髪と青髪のデフォルメされたミニキャラ二人がアホ面を浮かべて肩を組み、吹き出しにはこう書かれている。
『ボクたちは中庭で女の子たちからもらったチョコを美味しく食べてるよ!』
……。
殺す。
絶対殺す。
あのクソババアは本気で許さねえ。
ぐしゃりとそのチラシを全力で握りしめ、デジレは毎度おなじみの台詞を吼える。
「ヤァタノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
帝国書院は、今日も平和です。