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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之参『妖鬼 教国 光の神子』
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第一話 ゲルベリック港 『まずは船出の下準備』


 帝国書院本部。帝都グランシルの中心後方に座すその大きな建物は、面積的にも体積的にも帝都最大を誇っている。というのも、元々が上皇のおわす上皇院庁であったことに由来し、現在はさらに増改築を加えて一つの軍事施設として最大級のサイズとなっていた。


 魔鋼と漆木の、銀と黒がコントラストも美しく。荘厳なその建物の最上階。

 そこに、帝国書院を、ひいては帝国そのものを支配する重鎮たちが会議を行う場があった。長いテーブルを囲み、十数人が腰かけている。


 中央最奥と、そのすぐ下座には魔力結晶。結晶を媒介にして音声を届かせる二つで一組の魔道具で、通信にはかなり重宝するものであった。


 今回の会議でそれを使用するのは、帝国書院の総裁である元帥と、帝国書院最高の戦闘部隊である魔導司書たちの頂点……第一席の二人。


 さらに下座には第三席を始めとした魔導司書の面々を含め、研究院や諜報院、商工会の総帥をも集めた一大会議。


 しかしながらその会議の雲行は、少々怪しいものであった。


 というのも、数日前に元帥が起こしたとされる不祥事が起因。魔族一匹を手に入れるために、排斥を掲げるこの国にあって魔導司書を使って拉致したばかりか、その主と思われる妖鬼に"権威の象徴"である帝国書院の本部を破壊されたというのだ。始末におえないとはこのこと。


 よって、事実究明と元帥の事情聴取を主とした会議が行われていたのだった。


『我はただ、百年前からの悲願を成就させようとしただけだ……』

『それが国家の根幹を揺るがす事態となったわけですが、元帥はどうお考えで?』

『……』

『まさかとは思いますが、そのような戯れの為に我々が築き上げてきたものを失うつもりだったと? 元帥、貴方は書院のトップだ。それがこのような無様を晒すことの意味をお分かりでないと?』

『ぶざっ……! 貴様! 我はタロス五世ぞ! 上皇ぞ! その相手に向かって何たる口の利き方だ……!』

『何を勘違いしておられる。貴方は書院の元帥だ。それが、まさか血筋の七光りで全て許されるとでも思っているのか。お飾りではない、誇りある帝国書院のトップである自覚がないというのなら……黙って隠居でもすればよろしい。能なしが上に居ても邪魔なだけです』

『貴様ッ……!』


 結晶同士の会話を、書院の人間たちはただ黙って聴いていた。

 片方はタロス五世、つまり元帥だ。もう片方の、男とも女とも取れる不思議な声色の主こそ、帝国書院魔導司書第一席である人物だった。


「今回の件で醜愚を晒したわけですし、引退を考えるのも悪くないのでは?」

『第三席……!! 貴様あれほど勝手をしておきながら、何を言うか!!』

「勝手はしてますけど、お仕事はこなしてますよ」

『我を愚弄するかのような言い分だな……!!』

「あらあら」


 第一席の結晶の下座に座っていた、和服の童女。

 自らの爪を眺めながら、ぼんやりと呟かれた言葉に元帥が食いついた。

 しかし彼女は見下すような冷笑を浮かべながら、ただただ結晶を見据えるのみ。


「今の私の言葉に思うところでも? もしかすると、ただ狐の尻尾を追いかけるのに夢中でお仕事など目に入らなかったと? 二兎追う者は一兎も得ずとは言いますが、仕事も女もこの有様というのは、ちょっと面白いですね」

『第三席ィイイイイイイイイイイイ!!』

「ああ、それとも尻尾の数が多すぎてどこを追いかけていいか分からなくなったとか? それは随分とまた……残念な感じですね」

「そこまでにしておけヤタノ」

「あらデジレ、口元が歪んでいますよ?」

「そういうことは言わないのがお約束だ」

『なっ……!』


 ヤタノのさらに隣。青髪の、若き鬼才とも評される第五席。彼の言動で元帥は何かを察し、慌てて周囲に視界を展開した。

 そして絶句する。この会議室に、味方は居ない。


 むしろ、元帥を排斥する気満々であった。


『ヤタノ・フソウ・アークライト。デジレ・マクレイン。そこまでにしておきなさい。今は会議の場であることに変わりはない。特にヤタノ、貴女は普段からもう少し魔導司書としての矜持と誇りを持つべきだ』

「あらあら。魔導司書であるから私は生きていられる。そのくらいの自覚はありますよ?」

『なら今は、おふざけで煽るのはやめることだ』

「煽ったつもりはないのですが……」

『その無自覚さがよくない』

「あら……」


 隣で猛然と首を縦に振るモノクルの男が居るのだが、ヤタノの視界にはギリギリ入っていなかった。

 それはさておき、元帥。

 今のこの状況が彼にとって厳しいものであることくらい、分かっているはずだった。


『き、貴様ら……!! 分かっているのか!? この帝国書院は帝の力なくしては成り立たないものであることを! 皇帝の血を引く我が居ればこそ、成り立っているのものなのだと!!』


 だが、肝心な時に彼が盾に出来るものはその血でしかなかった。

 否、いつからかそういう風にさせられていたのかもしれない。百年の時を経て彼が行おうとしていたその魔族との関係を、最初から帝国書院の人間は知っていた。

 その上で、排斥の為に利用していたのだと、元帥は気づくことはない。


 妖鬼という想定外はあったが、元々から九尾のことを利用して元帥を排除する計画はあったのだ。

 今も静かに微笑んでいる、あの第三席の目論見によって。


『ああ、それなら大丈夫。現皇帝の甥であるグレセレス様が、着任してくれることになるだろう。……分かりますか元帥。貴方はもう用済みなんです』

『貴様ら……!! 貴様ら貴様ら貴様らッ……!!』

『ああそうです。ちょうど妖鬼というイレギュラーが現れたこともありますから、彼に殺されたことにしようか。元帥殺しの妖鬼。中々良い二つ名がついて、妖鬼も喜ぶことでしょう』

『なっ……こ、ここ殺すというのか! この我を!!』

『さっきからそう言っているでしょうに。……ヤタノ・フソウ・アークライト』

「え、わたしがやるんですか?」


 きょとんとした目で、隣の結晶を見るヤタノ。第一席の分身である結晶は、軽く返事をして声を出す。


『貴女が、魔族に対して思うことがあったからだろう? なら貴女がやればいい』

「あら……」


 す、とヤタノの目が細められた。

 その瞳に宿る、冷徹な殺気。瞬間、戦闘とは無縁の部署に務める重役たちが竦み上がった。涼しい顔をしていられるのは、生身ではデジレくらいのものだろう。そのデジレすら、内心では危険を察知して身構えている。


「……それでは、さようなら。元帥」

『や、やめろ……よせ! 我は元帥ぞ……! 皇帝タロス五世ぞ……!!』


 番傘を向けられた結晶体の元帥が焦ったように言葉を走らせる。

 彼とて知っているのだ。ヤタノ・フソウ・アークライトにかかれば、こんな通信結晶すら媒介にして人を殺害することも出来ると。


 だが、タロスの言葉を意にも介さず第一席の軽い声が飛ぶ。


『ああ、皇帝タロス五世だ。だが残念だが、その事実を知る者はあまりいないのだよ』

『や、やめろ……!! やめてくれ……!!』

「その言葉を、あの日隷属させられていた魔族たちが涙ながらに訴えた時……貴方は笑いながら神蝕実験に利用しましたね。痛みを訴え、悲痛に叫びをあげたあの人たちを……容易く。じっくり嬲るように」

『ひっ……!?』


 ヤタノの番傘が結晶に狙いを定めた。

 その瞳にもはやハイライトは灯っていない。

 その仄暗い視線が、闇に溶けるように元帥の結晶を見据える。


「だから、わたしも笑いながら嬲り殺すことにします。……多くの命を奪ったのですから、文句はないですよね?」

『あ……あぁ……!!』


 にこりと。口角が吊り上る。

 そして、番傘から何か青白いものが噴出しようとした、その時だった。


 ヤタノの真横から飛んだ、大薙刀。

 それが、タロス五世の結晶を一瞬で打ち砕いた。


 ヤタノの番傘と同様、貫通能力を宿したその大薙刀だ。タロス五世は一瞬であの世行きだろう。


 一瞬、会議室に静寂が訪れる。


「……デジレ?」

「……見てらんねえよ、クソが」


 何を言っているのか。と目を瞬かせるヤタノ。

 だが、次の瞬間少し何かを察したようで。


 頬に手を当てて、微笑んだ。


「あらあら。仲間思いなのですね」

「テメエを仲間だと思ったことは一度もねえよ」

「でもその言葉を聞く限り、わたしのことを思ってやってくれたのですね」

「うっせえクソババア」


 ふふ、とヤタノは小さく微笑んで、砕けた結晶を見据える。


『良かったのか? ヤタノ、デジレ』

「オレが知るか」

「わたしは……ええ、いいんじゃないでしょうか」


 復讐のつもりで掲げたけれど。

 確かに、あまり気分の良くない殺しをするところではあった。


「一瞬でわたしが消せばよかったのですけどね」

『気持ちは分かる。さて』


 第一席の結晶が明滅し、仕切り直しとばかりに声を響き渡らせた。


『この場で見た物はこの場限りの物。これからは我ら魔導司書が主権を取らせてもらう。良いな?』


 有無を言わせぬその言葉に、頷くしかない会議室の面々。


 解散の二文字が響き、各々が思い思いに立ち上がる。

 その中でふと、ヤタノは思い出した。


「そういえば、元帥を殺したのはシュテンになるわけですか」

「アイツぁオレが絶対にぶっ殺す」

「その任務を請け負っているのがデジレ、と。ふふ、面白くなってきましたね」


 変わりゆく状況。

 帝国書院に訪れた変化は、魔導司書をより動きやすくした。

 それがどうこの世界に影響を及ぼすのかは、シュテンさえ知る由もない。















 等間隔で水が浜辺に寄る波の音が響き、海鳥の鳴き声が耳朶を打つ。

 潮風が頬を撫でると、ついでと言わんばかりに潮の香りが鼻をくすぐった。

 五感に沁み渡る、青の世界。


「あ~……到着した~……」

「なにをおっさん臭いうめき声出してんのよ」

「うめき声じゃねえよ」


 七日間かけて、マーミラからずっと西に行った先にある帝国西端の港町ゲルベリックにまでやってきた。他国と対立しているだけあって町中には軍事的な建物や帝国書院の職員が散見される。


 漁師町というわけではなく、どちらかというと城塞都市のような機能を持った港ゲルベリック。有事の際には艦を使って海の巨大な魔獣と戦うこともあり、その為にも詰めている書院の職員の数は多かった。


「で……まあ俺は相変わらず入れないわけだが」

「覇気? っていうのどうにかする訓練しなさいよ」

「簡単に言うけどな、よくわからんものを制御しろってのはなかなかしんどいぞこれ。見えてすらいねえわけだし」


 と、町に至る街道沿いの木々に隠れながらの会話。

 いやほら、俺ってば結局その覇気? っての制御できていないせいで迂闊に街中入れないというか。どうにかしたいのはやまやまなんだが、唯一制御法を知ってそうなヤタノちゃんとは連絡取れる立場じゃねえし。


 まあ、そのせいでこうして街道の端で足止めを喰らっているわけで。


「で、探し物はどこにあるのよ」

「いや、こっから海を渡ろうかなと。おそらく教国」

「教国までの船なんて、今の帝国から出てるわけ?」

「んー」


 ゲームでは、と答えたいところではあったが……クレインたち主人公がシナリオをここまで順当にこなしていそうなところを見ると、この世界でもおそらくあるのではないだろうか。連絡船。


 いずれにせよ、俺達はまともな手段で乗船することなど叶わないわけだが。

 ヒュー! 密航だ密航だ!


「だって俺と違ってヒイラギは教国まで泳ぐとか出来ないだろ?」

「あんたできんの!?」

「いや、ジャポネから公国までは俺泳いでたし。いや疲労よりも飽きが先にくるんだよね。ひたすら平泳ぎしてるとさ」

「平泳ぎっていうのがどんな泳ぎ方かは知らないけど、今回はジャポネから公国間の三倍は距離あるから、飽きて沈むんじゃない?」

「さすがに飽きで命捨てるほどアホじゃねえよ!」


 この駄尻尾はなんてこと言うんだ。


「まあ、そういうわけで俺達が取る手段は教国に行く船を見つけて密航って感じだ。見つかるといいな。船」

「あんたと一緒に密航とかすっごく難易度高いんだけど。シージャックした方が早いんじゃない?」

「おまえさん本当にナチュラルに物騒よね」

「なによ、正論じゃない」


 いやまあ、そうかもしれんが。

 密航なんかより遥かに楽じゃない、なんてぷりぷりと頬を膨らませるヒイラギだが、もしシージャックに失敗した時のことをこいつは考えているのだろうか。


「具体的にはシージャックってどうやるつもりなんだよ」

「そりゃ適当にそこらへんにいる警備を炭にして、乗客人質にして、船長に大斧突きつければ完成よ」

「なるほど」


 適当にそこらへんにいる警備(帝国書院書陵部魔導司書)を炭にして、乗客(着物の童女が紛れている危険性アリ)人質にして、船長(教国と帝国を繋ぐ重要人物)に大斧を突きつけるのか。


 リスキーなこと考えやがるぜ、単位のくせに。


「なんか今すっごく不快なことに考えてる目してるわねあんた」

「リスキーなこと考えやがるぜ、単位のくせに」

「誰が単位か! だいたい最近会った奴らがおかし過ぎるってのよ! そりゃあ私かなり弱体化はしてるかもしれないけど押しも押されぬ九尾なのよ!? なんだってこんな雑魚の基準みたいな扱われ方されなきゃならないわけ!?」

「そのおかしすぎる連中の国土でやらかそうと思えるヒイラギちゃんに乾杯」

「うぐっ……そ、そうかもしれないけど……なんか納得いかない……」


 九尾なんだぞぅ……強いんだぞぅ……、と若干落ち込みながら隣でぶつぶつ呪詛を吐く駄尻尾は放置することにして。

 少なくとも帝国書院ぶっ壊して暴れてから一週間が経とうとしている現在だ。普通に見つかったら即通報だろうし、下手を打てば颯爽と魔導司書が出てくる可能性は大いにある。それも複数で。


「というか俺達がゲルベリックに向かっていること自体がバレてる可能性がすげえ高いというね。うまく密航出来れば万々歳なんだけれども」

「帝国書院本部にばれてるのはちょっと確かに勘弁願いたいかも」

「となると、やっぱりうまく密航したいんだがな」


 うーむ。


「俺が鬼のコスプレしてる体で行くのはどうよ。お前は趣味でその大量の尻尾をコレクションしてる人間ってことで」

「そいつらアホの極みね!! ……それに魔力の質でバレるわよ。それこそ、魔導最先端の帝国なわけだし」

「これもだめか」


 出港した船に飛び乗るって手段もあるんだが、管制塔にバレたら即帝国書院に通報が行くだろう。任務で来ました、なんて素敵な笑顔の童女が出てきたらその時点で詰みだ。


 さてどうしたものか。

 教国の船ならもしかしたら乗せてくれるかもしれないとも思ったんだが、そもそも帝国に停泊している時点でアウトだ。というかそれでもし魔族を乗せた事実が帝国に知られれば国際問題に発展するのも時間の問題だ。

 魔族排斥を掲げる帝国に魔族を持ちこんだのと何ら変わりはないんだから。

 帝国のことだ、大義名分を盾にその案件に飛びつくこと請け合いだろう。


「というか、それも考えずに港まで来ちゃったわけね」

「歩いてる間に思いつくかなーなんて考えていたわけだが、ダメだったわ」

「本当に楽観思考よねあんた」


 呆れるヒイラギだが、お前の発想も呆れるレベルだということを忘れていまいかこいつ。ともかく、いかにして潜り込むかには引き続き頭を抱えるところではあるんだが……ん?


「なあヒイラギ」

「何よ……?」


 木々の合間から覗けるゲルベリック港の内部。貨物を運ぶ人間たちを見て、俺は一つ思いついた。いや、正確には貨物を運びこむ人間の中に、好都合なものを見つけたというべきか。


 港の中に目を向ける俺とあわせて、ヒイラギも訝しそうにそちらを見た。

 そして、まさかと言った風な顔でこちらに向き直る。


「あんた、まさかとは思うけど」

「普通の人間には無理かもしれんが……生憎俺達は魔族だ。方位磁針さえかっぱらえば、それでいいんだよ」


 俺が指差したその先で、漁師風の男が二人、木製のボートを担いで運んでいた。


「遊覧デートなんて素敵じゃねえか」

「デートって……何日漕ぐと思ってんのよ」

「連絡船で五日くらいかかったはずだから……まあ四日もあれば着くだろ」

「なんで連絡船より速いのよ……」


 そりゃあお前。

 魔族ですから。

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