ヤタノのパーフェクト煽り教室
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多くのご投票ありがとうございましたー!!
次回から本編入りますー!!
ヤタノはその日、帝国書院の最上階に居た。紅蓮の間や司書会議室など重要な部屋が揃うその階層の、一番見晴らしの良い場所だ。
まるで壁が一面削られたかのように大きな吹き抜けができたその場所は、今ではヤタノのお気に入りだ。雨をしのぐことができないという他の部員からのクレームには、にっこりと番傘を差すことで対応している。
「気持ちが良いですね」
入り込んでくる日差しは心地良く、まるでぶち抜かれたかのようなこの場所だからこそ楽しめる趣というのがある。他人にはわからない感性であろうと、ヤタノは至極気に入っていた。
「おいクソロリ。なんでこんなところで仕事サボってんだよ……っつかここグリンドルの奴が体張ってぶち破ったとこじゃねえか」
「まるでわざとみたいに言わないでくれると助かるんだけどね。あと、僕ではなく第八席だ。風評被害もたいがいにしてくれ第五席」
ふと、そんな声がして。
ゆっくりと振り向くと、第五席デジレ・マクレインと第十席グリンドル・グリフスケイルの二人がそこに居た。
今日はようやく体調の復活したこの二人に加え、重傷だった第六席、第四席、第八席をあわせた魔導司書全員の会議が久々に行われた翌日。
今後の方針が打ち出され、すでに海外に発った者も居た。
「デジレも体を張って研究院でシュテンと踊ってましたものね」
「第三席、それは初耳なんだが」
「斧と大薙刀を合わせて、らんらんらーん、と。おかげで研究院は大破ですが」
「第五席……人のこと言えないじゃないか」
「何真に受けちゃってんだよぶっ殺すぞクソ優男!? あとなんだらんらんらーんってのは!! どっちかってーと嵐乱濫だったわクソババア!」
「ちょっと何言ってるのかさっぱりですが、研究者というのはだいたいいつもこうですよね」
「僕に振られても困るよ」
「オレの発言が理解出来ない時にいつも研究者だからって纏めるのやめてくれると助かるんだがなクソ共が!!」
今にも背中の大薙刀を引き抜きかねない剣幕でぶちキレるデジレ。
いつものことだとは思いつつ、人外大戦が帝国書院で引き起こされても誰も得しないのでグリンドルは宥めるしかない。
ヤタノなど、煽っている自覚すらないのだから手に負えない。
「デジレ」
「なんだよクソロリ!!」
「貴方がくそ、くそ、というせいで第五席=排泄物という認識が立ったらどうするのですか」
「どうしようもねえよ何の話だよ!?」
「栄えある帝国書院書陵部魔導司書兼研究院名誉院長兼排泄物。いやでしょう?」
「いやですけど!?」
「ぶっ」
「あ、おいグリンドル今笑ったろ。テメエ今笑ったろ三枚に卸すぞ」
グリンドル は まがお を たもつのに せいいっぱい だ !
ヤタノ の こうげき は とまらない !
「でも、漢字が長くなると強そうですし、その点では歓迎すべきなのでしょうか」
「何真剣に悩んでくれちゃってんだおい!?」
「でも、四文字増やす為に排泄物の汚名をかぶるのは……わたしだったら、いやです」
「さもオレが受け入れてるみたいな言い方をするのやめてくれねえかな!?」
「帝国書院書陵部魔導司書兼研究院名誉院長兼通過妖鬼被凹恥辱委員会会長」
「誰が通りすがりの妖鬼に凹にされただとコルァ!! あと何なんだよその委員会誰が発足させてんだよ何でいつの間にオレが会長になってんだよしらねえよそんな肩書きはよ!!」
「これなら長くて良いのではないでしょうか。事実ですし」
「話を聞けよクソロリが!!」
「帝国書院書陵部魔導司書兼研究院名誉院長兼通過妖鬼被凹恥辱委員会会長兼排泄――」
「ええい黙れ黙れ黙れェ!!」
「……っ……っ……!!」
「おいグリンドル。何必死に唇噛んで震えてんだよ。笑いたきゃ笑えよ余計にムカつくからよ」
「はっはっはっは!! 排泄物とか、はっはっは!!」
「人を指差して排泄物呼ばわりとはずいぶんだなコラ!? 序列の違いを思い知らせてやろうか!?」
「笑えと言ったのはきみだろう!?」
あんまりだ! と目を丸くするグリンドル。
だが、そんなの知ったこっちゃないとばかりに顔を真っ赤にしたデジレは大薙刀を抜こうとして――
「さらには序列を威圧の為に使う、と」
「もうやめてあげてくれ第三席!! 第五席は許容量ぎりぎりだ!!」
「ほんっとうにこのクソババアだけは一度とっちめなきゃ気がすまねえわやっぱ……!!」
「デジレ」
「今度は何だよテメエ……!!」
怒りのままに大薙刀を手にし、額に大量に青筋を作りながらもすんでのところで我慢するデジレ。そこに、ヤタノはやけに真剣な表情と視線を向ける。
「シュテンにぼろかすにされたのに、わたしに勝てるわけないでしょう」
「だめだよせ第三席!! このタイミングで正論は毒にしかならない!!」
「あああああああああああああああああああああ!! 殺す!! 離せグリンドル!! このクソロリは!! たとえ差し違えてもオレが!!」
「でも、デジレ」
「なんだよクソロリァ!!!!」
「そんな貴方にも、良いところはいっぱいあります」
「違う第三席!! ここは諭すシーンでもない!!」
「殺す!! マジで殺す!! 神蝕現象使ってぶちのめす!! こいつの膨大な魔力を根こそぎ今すぐ奪い去って!! ヒモノ・フソウ・アークライトにしてやるんだ!! だから離せグリンドル!!」
羽交い締めにされたデジレがじたばたじたばた。
必死に抑えるグリンドル。
相変わらずデジレはおこりんぼうですね、と何一つ状況を理解していないヤタノ・フソウ・アークライト。
「良いところは、いっぱいあります」
「何で二回も言ったん……テメエ目ぇ泳いでんじゃねえか!! あとその広げた手はきっとあれだよな!? "良いところ"とやらを数えようとしてんだよな!? 一本も折れてねえけど!?」
「きっと良いところはいっぱいあります」
「ギブアップなの!? 一個もわからずにギブアップなの!? こんのクソババアテメエマジでぶっ殺す!! 離せグリンドル!!」
どこか申し訳なさそうな笑みのヤタノ。だがその表情が煽りにしかなっていないことに本人は気づいていない。
「あの、デジレ」
「なんっっっだよ!!!!」
「ごめんなさい」
「このタイミングで謝られても殺意は引かねえどころか倍増なんだよクソが!!」
「え、いやあの。デジレの良いところ一個も思いつかなくてごめんなさい」
「言わなくてもわかってんだよ何でわざわざ言語化したんだよ!!」
「もうやめろ第三席!! これ以上は聞いている僕まで悲しくなってくる!!」
「それもムカつくぞグリンドルコルァ!?」
口角泡をとばして怒鳴り散らすデジレ。
彼の怒りのやり場はいずこ。
と、そこでポン、とヤタノが手を打った。
「あ、でもデジレは書陵部の女性に人気ですね!」
「ああ!?」
「スタイルもよくて、面構えもよくて、蜜花記念日には多くの女性からチョコを貰って、部下にも優しいと聞きます」
「お、おう……何だよ突然。ほめられるとちょっとあれなんだが」
「あ、でもグリンドルが全て上回ってますよね」
「なんでわざわざ言ったんだよ!? なんであげて落としてくれちゃってんだよ!! 本当に煽り上手だなこのクソババア!!」
「誉め返さなくてもいいんですよ?」
「何ちょっと照れてんだよ誉めてねえんだよクソが!!」
じたばたと暴れるデジレ。羽交い締めにしているグリンドルが、その手で器用にデジレの肩をつつく。
「何だよグリンドル!?」
「勝った」
「わざわざのご報告は宣戦布告と見て間違いねえんだろうなやったんぞコルァ!!」
「いや、第五席に勝つことがあったとは。なるほど、そういう長所が僕にはあったのか……!」
「自覚なかったのかよそりゃ良かったな!! 死ね!!」
「第五席第五席」
「あんだよ!?」
「僕は、スタイルと顔がよくて、部下にも人気らしいぞ」
「唐突にうぜえ!! 知らなかったのはテメエだけなんだよあと離せマジでテメエら二人とも殺す!!」
「待ってくれ、僕が殺されたら部下が悲しむ」
「これほど天然をうぜえと思ったことがこれまでにあっただろうか!! ああクソが!!」
グリンドルもそうだがとにかくヤタノだ。あの女が諸悪の根源だ。
そう思い、デジレが前を向いた時だった。
眼前には、ぶるぶると震えながら涙目でこちらを見る、女性部員。
ヤタノは、どこにもいない。
「あれ、トイレちゃん」
「しゃ、しゃくてぃです……!!」
グリンドルと女性部員の会話。
デジレにとっては死ぬほどどうでもいいが、排泄物呼ばわりされたあとに目の前にトイレちゃんなる少女がでてくると言いようのない何かを感じる。
だが、そんなことは関係ない。
「おい……ヤタノはどこ行った……!?」
「だ、第三席はっ……わ、私にここに立つようにだけ言って……ど、どこかに……!」
おう、そうかそうか。
また、エスケープしやがったか。
とうとう、デジレの血管がぶちキレる。
「ヤァタノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
響きわたるデジレの叫び声。
部員たちは、ああいつものことかと、デジレに近寄らないようにだけ考えて。
ヤタノはといえば既に市街地で着物屋の物色を楽しんでおり。
なんというか。
帝国書院は今日も平和です。
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明日より第三章開始!