クソ(ロリ+ババア)=?
得票数184票。第二位。
※諸注意!!
この短編は完全なIFであり、ヤタノちゃんの好感度が万が一、幸運にも、もし好感度が上限をぶち抜くようなことが砂粒一粒程度でもあればこういう展開もあるかもしれない、きっと!!
ウェンデル高原昼寝ツアーと銘打って、シュテンは自らの住処を抜けてハナハナの森を通り過ぎ、えっちらおっちらウェンデル高原へとやってきていた。
あまり高原に良い思い出のないヒイラギは、今日一日はたまには一人で過ごすとのこと。どこに行ったのかは聞いていないが、お互い夜には住処に戻ることだけは決めていた。
さわさわと、芝草がさざめくウェンデル高原。
久々に訪れたこの場所は、今も変わることはない。
「うん、いい天気だ」
シュテンは一人満足げに頷くと、鬼殺しをおろして高原の中心に寝転がった。
高原というだけあって空も近く、澄んだ空気が美味しい場所だ。
ざり、と芝を背が踏んづけた感触。
レジャーシートもどきでも、何かで作ればよかったかもと思いつつシュテンは鬼殺しを隣において空を見上げた。
青と白の比率は、だいたい三対一。
雲の流れが早く、ただ眺めているのも飽きないだろうと思える。
鼻孔をくすぐる青の風は、芝の緑の香りを乗せてシュテンの上を通り過ぎる。時折風に煽られた葉が空を舞い、それはそれで風情があって素敵だ。
季節がらもあって温暖な気候と、雨など降りそうもないほどに照りつける日差し。燦々と気持ちの良い太陽の光が、シュテンの全身を暖めていた。
「あー……たまにゃ……いいなあ……」
思えば、旅が楽しすぎて一日中休む、などということをした覚えがない。
久しぶりの、全力の休暇。
大の字に体を投げ出して、鬼殺しもその辺において。
ずいぶんと無警戒ではあったが、シュテンはそのあたりも気を払う様子はなかった。死ぬ時は死ぬ、などと開き直っているわけではない。単純に注意力が足らないのだ。
昔ならそれで殺されていたかもしれないが、今はいっぱしの強者。
魔獣も、この男の気配を感じればおびえて近づくことさえしない。
午前の陽光と、暖かい風。
さわさわと芝のさざめきが耳朶を打つ、絶好の昼寝日和。
風情というものが大好きなシュテンが、これで眠らない訳がなかった。
「おやすみ、世界」
訳の分からない言葉を吐き出して、大の字になったままシュテンはゆっくりと目を閉じた。
まどろみというのは、素晴らしいものだと俺は思う。
こう、意識が覚醒するのとしないのとのすっごく微妙な狭間というか。朦朧としていられるのは、今自分が居る場所がとんでもなく気持ちが良いからで。
だからこそ、こうして陽光にまどろんでいられるというのは素晴らしいことなのだと心の底から思えるというか。
なんというのか。
そう、呼吸までも気持ちが良い。吐き出し、吸い込む度に押し寄せる柔らかな快感。もういっそ、ずっとこのままで居たい。そう思えるほどのなめらかなこの感じ。
すぅすぅと寝息まで聞こえてきて、まるでこの世界と同化するかのように、この芝の緑と一体化するように、この空間のまどろみそのものに身をゆだねるというか……
ん?
俺の意識は戻ってんのに誰の寝息が聞こえてんだ。
うっすらと目を開ける。相変わらず流れの早い雲と、吹き抜けるぬるい風。右耳からよく聞こえるその気持ちよさそうな寝息に誘われて、ゆっくりと首を傾ければ。
……居たよ。
俺の腕、枕にしてなんか半胎児みたいに丸くなって寝てるよ。
コートをシート代わりにすんなよ、それ大事な書院の奴だろ。
鈴の髪飾りと、特徴的な金の髪。
そこそこ長いつきあいの、帝国書院随一の実力者。
……見た目は、ほんとにただの童女なんだけどなあ。
藍染の着物を失ってからは、カラーバリエーションの豊富な彼女の着物。今日は黄色の着物に赤の帯。
俺の眼前で、無防備な寝顔をさらすこの少女こそ、帝国最強格の魔導司書、ヤタノ・フソウ・アークライトであった。
俺に気づかれずに枕にまでするなんて所行、こいつくらいしかできない。
まだヤタノちゃんの気配遮断に気づけない自分が情けなくなりつつ、いや殺気がないから気づかなかったんだと言い訳しつつ。
どちらにしても悔しいことに代わりはなかったので、その気持ちよさそうな寝顔をいじることにした。
うりうり。
つんつんとつつけば、ふっくらとした幼い頬が弾力をもって俺の指を跳ね返す。んん、と若干不愉快そうに眉をひそめたヤタノちゃんだが、だからといって起きる様子はなかった。
……うりゃ。
「んぅぅ……ぁぅ。……んっ……」
名人ばりの連打をしてやったところ、気がついたようで。目をこしこしとこすった後、彼女はゆっくりとその蒼の瞳をこちらに向け、焦点を合わせた。
「おはようございます。起こすなんて、ひどいです」
「いや、勝手に枕にしておいて何を抜かすか」
「気がつかないシュテンが悪いんですよ」
数秒前までの童女丸だしの雰囲気はどこへやら。
見る者が見れば言いようのない威圧に圧倒されそうなその不敵な笑み。
だが言ってることは今完全に、昼寝を邪魔された文句でしかないという。
「ん……くぅ。ぁふ」
上体を起こして、伸びをして。おまけに可愛らしくあくびまでしてから、若干しなを作った腰掛け方で、寝ていたままの俺を見るヤタノちゃん。
「気持ちの良いお昼寝でしたね。誘っていただければ、わたしも一緒に来たかったのですが」
「童女が肩を出すなしなを作んな艶めかしいうなじ見せんな」
「あら、つれないですね」
「っつかヤタノちゃん誘うって帝国書院に俺が赴けと? アホか」
「相変わらずちゃん付けはやめてくれませんし」
若干唇を尖らせて抗議の目を向けるヤタノちゃんを後目に、俺も上体を起こす。
午後になったばかりだろうか。てっぺんのあたりを照らすお日様が、視界に入って少し眩しい。
固いところに寝ていた体を捻り、ほぐす。
「ああああ……よく寝たなしかし」
「素敵な休日ですね」
「ヤタノちゃん本当に休日だろうな?」
「ふふ……どうでしょう」
「仕事しろやクソロリ」
「デジレみたいなこと言って」
「あの野郎のことなんざ知るかっての」
実際ヤタノちゃんの書院でのお仕事がどんなものかなんて未だにわかっちゃいないのだが、立場が立場なんだから相応に業務はあるはずじゃないのかね。
「そういえば、シュテン」
「あん?」
「わたし、いつも使うのは番傘なんですけど。斧も悪くないかなと思いまして。扱い、教えてくれませんか?」
「いやお前にゃ持てないだろ」
「一回使ってみたいんです。持てなさそうなら、フォローしてくれれば良いじゃないですか」
「扱いを教えてほしいのか一回振ってみたいのかどっちなんだよ」
「強いていえば、シュテンに教えてほしいんですよ」
「……あ、そ」
こいつは天然で言ってんのかね。
いや天然なんて歳じゃねえだろうからわざとか。
からかって来てんのか、それとも別の何かなのか。
ま、どっちでもいいか。
立ち上がり、鬼殺しを背負う。
こいつともずいぶん長いつき合いだ。手になじむなんてもんじゃない。握ればもう、手足と同じくらいに思えてくる。
「で、何を教えろって?」
「振りおろしたり薙払ったりしたいです」
「あいよ」
刃を下に向け、柄をヤタノちゃんに渡す。
興味津々と言った様子で彼女が握ったのを見たところで、手を放した。
「……んく。重い、ですね」
「持ち上げられたらびっくりだわな」
「いじわるですね、もう」
必死に、地面に刺さった刃を抜こうとするヤタノちゃん。
だがまあ筋力的に無理があるようで、持ち上げることすら困難のようだ。
わせわせと必死な姿は可愛らしいんだが、そろそろ涙目になりそうというか怒られそうなのでヤタノちゃんの後ろに立つ。
「わたしの手の上から握ってください」
「ヤタノちゃんの手が潰れんだろ」
「むっ……しょうがないですね」
背後からヤタノちゃんごと抱きすくめるような形で、彼女の持つ外側から両手で柄を握る。ゆっくりと持ち上げると、どこか楽しそうにヤタノちゃんが斧を見上げた。
「これが、いつもシュテンが見てる景色なんですね」
「まーな。振りあげた先のビジョンはあんまり良いものじゃねえけど」
「それは、わたしが番傘を向けた時と同じですね」
「……それで、どうしたい?」
「素振りがしたいです」
あんまり、ヤタノちゃんが番傘を向ける時の話はしたくなかった。
ヤタノちゃんも察してくれたようで、後ろの俺を見て自嘲するように微笑む。
「大丈夫です。わたしは……大丈夫です」
「そか。んじゃ、行くぞー」
ヤタノちゃんがちゃんと鬼殺しの柄をつかんでいることを確認して、大きく振りおろす。そこから、切り上げ。そして、横薙ぎ。逆袈裟、刺突。大車輪、突き上げ、袈裟切り、切り上げ、振り下ろし。
「重いものを振り回しているみたいで、楽しいですね」
「やろうと思えばできるだろ」
「無粋ですよ、シュテン。私だけの力で、こういうことをしたことがないんですから」
「今だって俺が振ってんじゃねえか」
「ふふ……ですから。私だけの"力"です」
「……あのな」
「今は、そうです」
「…………そうかい」
なんつーか。
思った以上に、思った以上というか。
いや、悪くない。
悪くないけれど、これからが大変そうだ。
「シュテン」
「何だよ」
「楽しいですね、こういうのも」
「そうかい」
「そうです」
しばらくの間、ただ純粋に楽しそうに微笑む彼女に、俺はのんびりとつきあっていた。
悪くない、休暇だった。