ある女性書陵部員の受難
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~九尾が衣服を調達してきた裏話~
私、シャクティ!
いっつも元気いっぱいにがんばって、でもちょっとおっちょこちょいな女の子!
帝国の魔導師にあこがれて辺境から出てきて、あれから三年。
15歳になった私に訪れた転機……それが、白馬の王子さまのように優しく強くかっこいいあの帝国書院の魔導司書……グリンドル様の部隊に配属になったことだったの!!
とはいえ、私はまだまだ下っ端だからあんまり顔もあわせられない。
あ、でもねでもね!
この前ばったり廊下の角でぶつかってしまって、私ったらいっぱい抱えていた書類を地面にばらまいちゃって……。
『あ、ご、ごめんなさい!』
『いや、大丈夫だったかい? きみが無事なら、何よりだ』
『きゅんっ……』
って!!
なにこの人!! なにこのプリンス!!
帝国書院にたった十人しかいない魔導司書の一角のはずなのに、それをぜんぜんえばらないし、私よりも早くしゃがんで散らばった書類を集めてくれて……
それで、
『はい』
『あ、ありがとうございます!……あっ』
『ん?』
さりげなく手と手がふれあっちゃったりして~~~~!!
ああ、私の王子様……!
不覚にも、ときめいちゃいました!
もしかしたら、これが運命の出会いの序章なのかも……!
身分違いの恋……それでも、私は……!
ええっと、そう!
それでねそれでね。書院からの命令で、帝国南東の国境線にあるハナハナの森に行くことになったの。
グリンドル様率いる本隊はあとからくることになって、私たちは先遣隊の第二分隊として森に入ることになったけど……暗くてちょっと不気味。
早く帰りたいなー。
報告では、えっと。超巨大化した異常生物が出現したらしくって。グリンドル様にかかればそんなの一撃じゃない、って思ったんだけど副長曰くグリンドル様は念の為についてきているだけだから自分たちでやれって。
部隊を率いる長にかっこわるいところは見せられないし、誇りに思ってもらいたいもん、頑張ろう! って気合いを入れました!
それで、鬱蒼とした森の中を進んでたんだけど……第一分隊からの報告がぜんぜんない。
先に行ったはずの第一分隊が様子を窺って、こっちの部隊に連絡するはずだったのに。あれれ? 何かあったのかな。
もしかしたら交戦中なのかもしれないなー、なんて思っていたりもしたんだけど、本当にそうだったら怖いな。
グリンドル様に守られて、『大丈夫かい?』なんて振り向きざまに微笑まれでもしたら、私は、私は……!
「え、あ、あれ?」
気づいたら、なんか周囲に居た隊員が軒並み消えています。
ええええ!?
なに、どういうこと!? もしかして私、おっちょこちょいが乗じて迷子になっちゃった!?
「避けた……?」
「ひぇ!?」
ぽつりと呟かれた言葉。その音源を慌てて探せば、斜め上。
なんか宙に浮いてるううう!!
え、あれ魔族だよね!? 狐耳でしっぽもふもふだよ!?
「ってええええ!? え!? み、みんなは!?」
「上手に焼いた」
「上手に焼けましたァ!?」
え……ちょ、なに……!?
ま、まさかこの真っ黒な炭って……。
「まあ、ちょうど良いわ」
「は、はひ!?」
「脱げ」
「は……?」
「脱げ。全裸になれ。そしたら殺さないであげる」
「え」
こ……こここここの状況は絶対絶命って奴ですよなぁ……?
正面から睨んでくるもふもふはとっても怖いし、みたところ全員殺されちゃってるし……い、いや死体をみたことがないかといえば、あるんだけど……目の前に死の恐怖があるのはわりと初めてでして……!
「あ、あの」
「早く脱げ。焼かれたいの?」
あと死の恐怖目の前にして全裸要求されるのも初めてでして。
えーん!!
怖いしこんな形で肌さらすことになりたくなかったよぅ!!
「……しくしく」
「ふーん、良い生地使ってんのね帝国書院」
剥かれちゃいました。
ひーん。
「それじゃ私行くから。服ありがと」
「……うぅ」
あんまりよぅ……あんまりよぅ。
九尾はそのまま跳躍して消えた。冷静に考えたらなんでこんなところに九尾が居るの……もう意味わかんない……自殺しようとしたらグリンドル様止めてくれるかな……。
~シュテン先輩女子トイレの裏話~
私、シャクティ!!
いっつも元気いっぱいにがんばって、でもちょっとおっちょこちょいな女の子!
帝国の魔導師にあこがれて辺境から出てきて、あれから三年。
15歳になった私に訪れた転機……それが、白馬の王子さまのように優しく強くかっこいいあの帝国書院の魔導司書……グリンドル様の部隊に配属になったことだったの!!
……だったんだけど、なんか突然襲われた九尾のせいで裸を色んな人にみられちゃうし、グリンドル様は負傷してしまったらしいし。
あの時九尾のほかに妖鬼まで出たらしくって、それがしかも異常生物を両断するほどの強さをもっていたらしくって。
いつからハナハナの森はこんな魔境になったのかと思った。
なんかもうこの時点ですっごく泣きたかったんだけど、真っ裸にされても私我慢して逃げたもん! 露出狂って言われても、泣かないもん!
グリンドル様にみっともないところなんて見せられないもんね!
……それで、ちょっといろいろあった後。
副長たちが死亡を確認したというクチイヌをもう一度調べる為に調査スクロールを作成して提出した帰り道。
ちょっとトイレに行きたくなって、その時四階に居たから四階のトイレに向かったの。
途中、グリンドル様が不法侵入者の相手をしているという話も聞いて、ちょっと驚いたんだけど。この帝国書院のお膝元である帝都にまで侵入を許すだなんて、もうちょっと警備部にはしっかりしてほしいなって思うの。
それはそれとして、おなかが痛いからちょっと早くトイレに行きたい。
きっとぎゅるぎゅる言ってるのはあれだもん、この前全裸に剥かれて体が冷えちゃったからからだもん。絶対にあの九尾許さない。
いや、許さないからといって何ができるわけでもないんだけどさ……。
でもでも、グリンドル様にかかれば一撃のはず!
王子様の鉄槌で死んじゃえばーか!
なんていう風に思っていたわけだけれど。
トイレ全部閉まってる。
休憩時間でもないはずなのにどうしてこんなに混んでる訳?
早くあかないかなー。
なんてことを考えたら、一個の個室からなんかすごく呼吸の声が聞こえてくる。
深呼吸してるみたい。
……なにしてんだろ。私みたいにおなか冷えちゃったのかな。
と、突然なんか声が緊迫感に包まれたものになった。なになに何事?
「……!!?!?!」
「入ってますかー……?」
入ってますかじゃないでしょ私。
大丈夫ですか、でしょ。
でも向こうから声はかえってこない。というか何か声をかみ殺しているような……どうしよ、本当におなかの病気だったりしたら大変。
誰か呼んだ方がいいのかな。
でも違ったら迷惑だし。
おろおろしてる間も、その声はやまないし他のトイレも閉まったまま。私の他に待ってる人も増えないし、どうすればいいのかな。
いや、悩んでてもしょうがないんだけど、だからといって扉を開けるわけにもいかないし……うーん。
ていうかそうこう言ってる間に私もおなか痛いし。
どっちにしても早く出てきてくれるといいな。出てくれたら、人を呼ぶなりなんなりの判断もできるし相談もできるのだけど。
私の勘違いだったら嫌だし。
と、そんな風にうんうん悩んでいたその時だった。
勢いよく開かれた扉。
汗ぐっしょりでものすごい形相をした妖鬼がドアップ。
「ひぃ!?!?!?」
「ぬぅぉおぉううりゃああああああああああああああ!!」
むんずと後頭部を掴まれて、ってちょっとどこにたたきつける気なのやめてって待って待って顔からなんてちょっとというか何で女子トイレから妖鬼が出てくるのというかってぎゃあああああああああ!!
「メテオ・ストライクウウウウウウウウ!!」
「きゃあああああああああああああああああああああ!!」
女の子の顔を便器に叩きつけるのに変な技名つけてるこいつううううう!!
がぽっ。
「あっぶねえあぶねえ、っていてて……まだいてえ……けど、ひいらぎ、が……!! 行くぜ……待ってろよ……!!」
え、なにその主人公みたいな台詞。女子トイレから出てきた男の台詞じゃないよそれ。
っていうかがぽっつったよね。
もしかして私今便座に顔はまってない?
これ、とれなくない?
……私今顔から便器につっこんでる状態で何もできないカンジ?
……。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!」
~その後の話~
私、シャクティ!!
いっつも元気いっぱいにがんばって、でもちょっとおっちょこちょいな女の子!
帝国の魔導師にあこがれて辺境から出てきて、あれから三年。
15歳になった私に訪れた転機……それが、所属された部隊で向かった先でなぜか全裸に剥かれたばかりか便座に顔からつっこむ羽目になって救出にグリンドル様のお手を煩わせることになってしまったことだっ違う。
……それが、白馬の王子さまのように優しく強くかっこいいあの帝国書院の魔導司書……グリンドル様の部隊に配属になったことだったの!!
私とグリンドル様の出会いは、唐突に書院の曲がり角でぶつかってしまったことから始まった。
……と思っていたのは私だけみたいで。グリンドル様はそのこと忘れてるみたいで。
「あ、トイレちゃん」
「そのあだ名はやめてくださいいいいいいい!!」
だうー。
ばったり会ったグリンドル様は私を目にすると、あれからほほえみかけてくれるようになったの。それはすっごく嬉しいし、顔も覚えられて、舞い上がりそうにもなるんだけど……。
……うん、王子様にとって私との出会いは、女子トイレに顔から突っ込んでいる女。
インパクトはそりゃ強いよ? 強いけど、あんまりだと思うの。
だってだって、私はもっと運命的な出会いを期待してて。
「ふむ、それではどう呼べばいいかな? 僕としては、もう一つきみが九尾に剥かれたというエピソードも気になっているんだが」
「なんで知ってるんですかぁ……!!」
「きみの友人が教えてくれたよ」
「わああああん!」
しくしく。
あ、でも。憧れだったあの人と、こうして書類を運びながらも隣合わせで歩くことができています。
グリンドル様は思っていたよりもちょっと天然さんで、それでも強くて優しくて素敵で。
そんなグリンドル様に覚えていただけたことは、すっごく光栄なんです。
「次は別の審査がある。僕はここで失礼するよ、トイレちゃん」
「シャクティですうう……!」
「はっはっは、わかっているよ。トイレちゃん」
「ううぅ……」
何度か名乗っているから、きっとシャクティって名前も覚えてくれているはず。……はず。だから、ちゃんと武功をたてて、トイレちゃんなんていう不名誉なあだ名を撤回するためにこれからは頑張ります!!