第三話 ハブイルの塔III 『VSマッドウィザード』
今日も塔の最上階で、魔法薬の類を作ることに余念がない。
窓もなく、薄暗い中で結晶灯だけをともして研究に没頭する。他人の利益など考えず、飽くなき探求者として魔導に携わる。
そのために邪魔なものはすべて排除し、欲しいものはどんなものでも奪い取った。
最近は、番人を作った。
塔を守らせている鬼連中に大ダメージを与えるという鬼殺しを手に入れたので、他の誰にも渡らないように守護をさせる人材を欲しがったのだが、誰もいなかった。しょうがないので近くの山に棲むという強い鬼の意識を潰し、罠にはめて連れてきた。
おかげで、この塔の警備は万全であった。
とはいえ。
「はぁ」
最近は憂鬱だった。
ガリウスのような研究者にとって、庇護してくれる存在は必須だ。でないと、どこから犯罪の足が出て手配書が出回るかわからないからだ。
だから、強大な生物の傘下……魔王の四天王の一人を、自らの庇護者にしたてあげた。
媚びへつらうことしかできないが、ガリウスの生み出したキメラの魔獣などは有用なので厚遇されている。
ついこの間までは、そんな環境で自由に研究に没頭することができていたのだ。
ところが。
「魔界地下帝国に繋がる扉の鍵、その一つをお前に預ける。誰かに奪われでもしたら殺すからな」
自らの上役であるその四天王に押しつけられた、その鍵こそが憂鬱の種であった。
魔界地下帝国。その存在はガリウスも知っており、鍵を預かることに否は無かった。それだけ信用されているということだし、自分もそうだが部下のキメラや鬼には自信があった。
キメラも鬼の遺伝子を多分に含む強力なものだ。
間違いなく、敵対者を葬るには十分な戦力。
だが問題は、その鍵を持っている以上間違いなくここを襲撃してくるであろう存在"クレイン・ファーブニル"。
三国連盟の一国である教国にて、選定された光の神子。
彼が魔王を倒そうとするならば、地下帝国へと進もうと考えるのは自明の理。そんな状況下で、鍵を持っているというのは即ち襲撃を受けるということそのままを意味しているのだった。
「……はぁ」
ガリウス自身、争い事は苦手。戦闘は、鬼化の薬を使ってやっとできる。
それも憂鬱の種であるし、いつおそってくるかもわからないという恐怖心もあった。
キメラや鬼の防備に不安がある訳ではないが、相手は光の神子だ。
間違いなくこの塔を、自分のテリトリーを荒らされるのは想像に難くない。
「必要なのは……生娘の舌、それからドラゴンの宝玉か……。物欲センサーさえ発動しなければ……」
次に必要なものを、文献を見比べつつ調べる。
生娘の舌は、どこかの村でもキメラに襲撃をかけさせればいい。
ドラゴンの宝玉は……四天王に頼むか、と考える。なかなか出ないのだ、これが。
こうして研究をずっとしていられることが幸せなはずなのに、どうしてか心の片隅にどっしりと鉛をおかれたような気分になるのは何故だろうか。
当然、光の神子が襲ってくるかもしれないと考えるからだった。
と、そのときだ。
青銅でできた扉が文字通り弾け飛んだ。何事かと思うよりも先に反射で首が入り口を向く。
光の神子とは、クレイン・ファーブニルとはそこまで恐ろしいものなのか。青銅の扉を一瞬で弾くほどに。
「現れたな!?」
念には念を入れて用意しておいたトラップのスイッチ。それはいつ外敵が現れても良いように手元に控えてあった。
それを勢いよく押すと、研究室に整列された左右十二のポッドから、純粋培養されたキメラが勢いよく飛び出してくる。
「土足で研究室に踏み込むなど許せんぞ光の……み、こ……?」
違う。
クレイン・ファーブニルではない。
あれは、何だ。
「ゲギャギャ!?」
軌跡すらほとんど見えないほどに素早く振られた何かしらの武器が、村一つをたやすく滅ぼす力を持つはずのキメラを、一瞬にして唐竹割りに叩き切った。
それどころか、鋼鉄で作られた床に次々と亀裂を生み出していく。
閃光の如く葬られていく、最強種のはずのキメラたち。鬼の遺伝子を大量に組み込んだのに、どうしてこうもたやすく切られていくのか。鬼の遺伝子を組み込んだのに!
「グゲギャアアア!!」
「そうだ! やってしまえ! ……ひぅ!?」
拳を振るい喉を荒げて叫ぶガリウスは、気付く。
アレが、光の神子などではないことに。
鋭い金の眼光、おどろおどろしい黒の二本角、そして、体を纏う赤のオーラ。
「ま、まさか……妖鬼……!? 何故だ! 何故裏切った!!」
いや、違う。
本能が、魂がそれは違うと叫んでいた。中盤で待機させていたあの妖鬼は、ここまでの速度で動いたりはできない。いくら鬼族のストレングスでも、キメラを一刀両断することなど出来やしない。
そして、奴は丸腰にしておいたはずだ。
なのに何故、そんな神速で武器を振るう。なんだ、なんだその強さは。
襲いかかっては一撃で殺されていくキメラ。その一体一体に目もくれず次から次へと黒豹のように標的を変え、得物を振るいその鬼はどんどんとこちらへ向かってくる。
「あ……あぁ……!」
何秒とたたずに、すべてのキメラが葬りさられた。
どうしてだ。どうしてこんなことに。
ふるえる手のひらには、自らを鬼化して肉体進化を遂げさせる薬が一個。
もう迷っている暇はない。さもなければ殺されてしまう!
一気にその錠剤を口に含み、かみ砕く。
力が沸いてくる。今ならこのポッドすら拳一発で粉砕できそうなくらいに。
鬼化。それは、鬼神の如き力を与える魔の薬だった。
「おい……!」
「な、なんだ!!」
ぐるぐると片手でその獲物を回転させながら、その赤いオーラを立ち上らせる魔人は呟く。
「言ってみろよ……」
「な、なにがひゃ!?」
金の瞳にかかる威圧は、もはや四天王と同等かそれ以上に重く鋭かった。ビリビリと空気を裂きそうなプレッシャーに、ガリウスの歯はがちがちとがなりたてる。
「俺の名をよぉ……!!」
「ひぁっ……! し、しらない!」
瞬間だった、低く構えたその魔人は、残像さえ残しそうな速度でガリウスへと突貫した。赤いオーラを纏ったそれはまるで、紅の稲妻。
いや、負けるわけにはいかない。こちらも鬼化を使い、すべてのパラメータが底上げされているのだ。
見極めろ、あの武器の軌跡を。
そして殺せ、その拳で。
しかし鬼化したガリウスの予想以上に目の前の妖鬼は素早かった。
いつの間にか眼前。
恐ろしくギラリと輝くその瞳と、
振りかぶるその得物にようやく目が行った。
「え、それ鬼殺s」
その大斧に叩き斬られる瞬間に、ガリウスは己の敗北を知った。
「……俺の名前……お前も知らないのか」
そんな声が、最期に聞こえた気がした。