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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之弐『妖鬼 九尾 魔導司書』
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第十一話 帝都グランシルIII 『突撃観光、帝国書院』

 シュテンが帝国書院に突貫を仕掛けるほんの少し前のこと。


 クレイン、リュディウス、ハルナの三人は仲良く揃って地面に倒れ伏していた。帝国入りする前に他の町で買い換えた新品の武器が、魔鋼で出来た帝国の道路に転がっている。


「つ、強ぇ……」

「うぅ……」

「ぐ……あ……」


 何でこんなことになっているかと言えば、単純にハルナがアホの子をやらかしたからであった。魔王が復活し、三国同盟と帝国との関係もこじれている現在、平然と不法侵入をやらかして帝国に来ていたのだ。それを自分から暴露してしまえば、当然交戦をよぎなくされる。


 そして、単純にその相手が悪かったという話であった。


「全く……ただでさえ魔族の侵入で慌ただしいんだ。余計な手間を増やさないでくれると助かるんだが」

「魔族……?」

「まあ、そのせいでかなりぴりぴりした状態だから、今回は特別に見逃してあげよう。その代わり、さっさと帝国から出ていくことだ」


 ぱんぱん、とグローブを装着した手を叩き、帝国書院書陵部魔導司書第十席グリンドル・グリフスケイルは嘆息する。

 ただでさえ、あまり気の進まない任務をこなした後だったのだ。

 あとは第八席のベネッタに任せてきたとはいえ、まだあの妖鬼の報告を受けていない。なにが起こるかなど分かったものではないというのに、そこに来て訳の分からない侵入者。


「あ、あの……」

「なんだ?」


 どこか呆れたように踵を返そうとするグリンドルを呼び止める声。

 三人組の一人、桃髪を流したプリーストの少女からであった。


 三人とも、磨けば光るポテンシャルを秘めている。帝国書院の人間であったら手ほどきしてやりたいくらいのものを。

 だが残念ながら彼らは揃って他国の人間。こんなところに居ること自体、本来なら許すべきものではない。


「オレンジ色の髪をした女の子……見ませんでした……?」

「おい、ハルナ……!」

「で、でも」


 オレンジ色の髪をした女の子?

 ちらっと記憶を遡り、しかしここ最近の検索にはヒットせずグリンドルは首を振った。


「いや、見ていないな。どんな事情があるかは分からないが、僕でなくとも他の警備に見つかるだけでもコトだ。さっさと……少なくとも帝都は出ることだ。いいね?」

「……」


 ハルナはグリンドルの回答に納得がいかない様子で眉根を寄せた。

 しかし、それでどうなるということもない。


 今しがた三人がかりで目の前の男に戦いを挑んで、あっさりと敗北したばかりなのだ。三つの球体を操る格闘術の前に、瞬殺とまではいかずとも大した打撃も入れられずに地べたをなめる羽目になったのだ。


 これ以上なにを言ったところで無駄だろう。


「じゃあ、また縁があったら国外で会えることを祈るよ。危害を加えたくはないからね」


 黒のコートがはためく。

 背に刻まれたXの文字が、彼の序列を示していた。


「……帝国の……魔導司書、かあ……」


 人通りが皆無の、朝方の時間帯。警邏の司書にでも捕まってしまえば一瞬でお陀仏のこの場面で、三人は悠長に、ぼろ雑巾にされた状態のまま寝転がっていた。


 グリンドルと遭遇したのは全くの偶然であった。

 見ない顔が武器引っ提げて歩いているという理由で事情聴取に遭い、ハルナがバカ正直に公国のブレイヴァーなどと発言したせいでこうしてたこ殴りにされた訳である。


「……勝ちたかったなぁ」


 瞬殺されなかったのは、近頃かなり必死に鍛えているリュディウスが居たからであった。しかし球体による同時多角攻撃の前に為すすべもなく、じり貧になって倒れてしまった。


 あれで、第十席。最弱の魔導司書だと言うから始末におえない。

 悔しくとも、はっきりと技量の差が出てしまった形であった。


「ジュスタちゃんも見つからないし、魔導司書に凹されるし……どうしようか二人とも」

「しかし帝都にいないというのなら、他に行く場所は限られる。もし行くとすれば、ここからさらに西に向かった先にあるゲルベリック港だろう」

「ゲルベリック? ってことは行く先はナーサセス港……教国?」

「かもしれないな……」


 三人で未だ力の入らないまま寝転がり、朝焼けの中でぼうっと思考の海に沈む。

 今三人が追っているのは、花の街コマモイで出会った一人の少女であった。ジュスタと名乗った彼女は帝国に強い恨みを持っており、ハルナよりさらに幼い年頃の雰囲気でありながら危険な商売に身をやつしていた。それが花の街で露見し、逃走中に彼女は自らの使命を共和国の救済だと言って帝国に向かってしまったのだった。


 それがどうして教国に行くのかはわからないが、帝都に居ない以上彼女が行きそうな場所はゲルベリック港しかなかった。


「仕方ない……とりあえず今は帝都に居たとしても危険が増すばかりだ。ゲルベリック港へと行ってみよう」

「そう、だね……」


 疲弊が限界にまで来ていたハルナは、若干諦めかけているクレインの意見に賛同して頷いた。と、その時のことであった。


 ずどん、と岩でも爆破したような音が鳴り響いて思わず三人はその音源へ揃って首を向けた。すると、もうもうと建物の一角が煙を吐いている姿が目に入る。あの建物は、帝都の要所、帝国書院ではないか。


「何事……?」

「あ、あれさっきの……!」


 今の音は建物最上階の壁が崩れた音だったらしい。爆砕と言った方が正しいのかもわからないそれによってはじき出されたのは、三人よりも幾ばくか年上の女性らしかった。

 先ほど交戦状態にあったグリンドルと同じ黒のコートに身を包んでいるが、目の良いリュディウスは一瞬で気がついた。


 背に刻まれた数字はVIII。つまり、自分たちがタコ殴りにされた相手よりもさらに序列が上の人間だと。


 ハルナが視界に入れたのはまた別の人物だった。というよりもグリンドルだ。勢いよく上空へと飛び出し、臨戦状態なのか三つの球体をその周囲に纏わせている。


「……内紛か?」

「第八席と、第十席の?」


 リュディウスの口から漏れた疑問に、確認の意味で問いかけるハルナ。だが、二人の言葉はクレインによって否定されることになる。


「違う……! 二対一だ……!」

「え?」

「ってことは、魔導司書二人と誰かが……?」


 三人の中でももっとも感覚の鋭敏なクレインはその正体に気がついた。唯一未だ煙の中から出てきていない者の存在に。


「……あれは」


 言わずともわかった。影がうっすらと理解できたその時点で。

 巨大な斧状の得物、黒き二本角。


 いつか出会った、"力"。


「魔導司書と戦ってるの……!?」


 ハルナの言葉と、どちらが先であったか。

 必死の形相の第八席が、動いた。


 オカリナだろうか。勢いよく吹き鳴らすと同時、波紋のように広がった音波が熱を帯びて共鳴する。この距離でも頭の割れそうな痛みに、たまらず耳を塞ぐハルナ。


 だがグリンドルや妖鬼にとってはそよ風にも値しないらしい。

 その瞬間、極限まで広がった音波が一瞬にして獄焔へと姿を変えた。


――神蝕現象(フェイズスキル)【大文字一面獄焔色】――


 炎と化した音波は唐突に指向性を持ちその熱量を凝縮して妖鬼へと襲いかかる。


「あっ……!」


 どうなるのか、と目を見開いたその瞬間の出来事だった。


 まるで繭にでも包まれたかと錯覚するほどの業火を、妖鬼がたった一振りでかき消した。そのまま跳躍し、驚愕に硬直した第八席を大斧の一撃が襲う。


 カバーに入ったグリンドルが、白の球体でその大斧の攻撃を防ごうとし、次の瞬間球体が爆ぜた。


「エネルギー吸収を一瞬でッ……!」


 すべてのエネルギーを吸収し無効化するグリンドルの技。それをただの暴力で打ち砕く妖鬼。その勢いで妖鬼はバックジャンプ。また帝国書院の壁穴へと着地する。


 たまらずたたらを踏んだグリンドルは別の建物に着地すると、息を吐いて再度構えを取った。


――神蝕現象(フェイズスキル)【大いなる三元素】――


 グリンドルの体を白のエネルギーが包み込み、周囲に緑の粒子が散開する。加えて赤のエネルギーが拳に纏い、完全体勢を整えた。


「第二形態……?」

「いや、魔導司書の神蝕現象(フェイズスキル)だ……!」

「まだそんなもん隠し持ってたのかあの人……」


 三人はグリンドルの、球体と格闘術のコンボによってたたき落とされていたというのに。彼にはまだその上があった。その上があって、それでなお第十席という序列なのだ。


 三人がかりで届かなかった相手が今、全力を出そうとしている。

 その状況に固唾を飲み込むクレインたち。


 だが。


 グリンドルが構えを取り、その拳を構えて跳躍。妖鬼に踊りかかった。緑の粒子がその速度を加速させ、爆ぜる赤で持って妖鬼に肉薄し――


 強烈な地響き。


 ――妖鬼が反射的に振りおろした大斧によって勢いそのままに四階層ほどの高さから一気に叩き落とされた。


「なっ……!」


 凄まじい音とともに、帝国の魔鋼の道路にクレーターが刻まれる。

 

 妖鬼は帝国書院の壁穴から動くことなく、ただただ眼下を見下ろしていた。


「……魔導司書が……二人、がかりで……」


 未だ遠い強者の領域。


 その片鱗に、リュディウスはまだ足りないと決意する。


 彼の燻りが後ちに影響を強く与えることになるのは、また別の話だ。



















 帝都に着いたら珠片取り込もう。

 帝都の鉄壁越えたらにしよう。

 いや帝国書院が見えてからにしよう。

 帝国書院入ってからにしよう。


 そんな風に日和りに日和ったシュテンです。どうもみなさんこんにちは。今回も、とっても痛かったです。


 いや敵地でじたばた痛みに耐えるのもなかなか滑稽だったよ。

 バレちゃいけないと思ったからトイレに入ったんだけどね、帝国書院すげえ進んでるのか男子トイレと女子トイレ分かれてんだよね!


 なにが言いたいかっていうとさ、うん間違えて女子トイレ入った。

 さすがにくみ取り式便所だったけど洋式トイレだとなんかほっとするよね。それでまあ、精神集中してさ、なむさん! って感じで珠片を胸に叩き込んだら案の定めちゃくちゃ痛かったんだけど、前みたいに暴走する感じじゃなかったんだよね。何でだろう。


 まあそれはおいてさ、超痛いわけよ。

 これでも珠片ニ個取り込んでてさ、曲がりなりにも耐久とかかなりあがってんのにさ、魂依存の攻撃の恐ろしさを知ったよね。初めてあの痛み食らった時となにも変わんないの。

 手加減しろよと。


 それでなにが悲劇だったかって、そりゃもう痛くて転がり回ってる時にトイレノックされてさ。入ってますかーってすげえかわいい女の子の声すんじゃん。


 女子トイレだって気づくじゃん。


 ただでさえ痛みで脂汗が半端じゃないのにさ、変な冷や汗まで出てきてさんざんだよ。

 マジでどうしようかと思ったんだけど冷静に考えたらこんなところに居る女子って結局帝国書院の人間じゃん?

 敵じゃん。


 仕方がないから痛みが収まったタイミング……といっても体動かすだけでまだ痛い状況だったんだけど、意識が飛ぶような痛みだけは少しだけ引いてきた時に勢いよく扉開けてそこに居た女子隊員の頭ひっつかんで便所の中にたたき込んで逃走してきた。


 あっぶねえあぶねえ。


 しかし逃走の速度だけでパワーアップしたことがわかるってもうスゴいよね。珠片万歳と今だけは言うよ。また手に入れたら珠片くたばれに変わるけれども。だって超痛いんだぜ? 尋常じゃねえよあれ。爪はがれる痛みが全身の内部からするようなもんだよ。やべえよ。


 女子隊員が便所の中から悲鳴上げたせいで俺の存在ばれてさ。

 帝国書院書陵部の人間がめちゃくちゃ襲いかかってくるんだけど、ちぎっては投げを続けてたら居なくなった。


 そんでまあ、ヒイラギのとこ行ったらどえらい凹られっぷりだし。


 うん、出遅れた俺が悪いよ。ヴェローチェさん風に言えば責任だよ。


 ってなわけでまあ、かっこつかないの承知で飛び込んで、タロスさんらしき人の声聞いて。我のものだ! とか言うからかっとなって眷属は俺のもんだって宣言したんだけどこれ解釈ミスったらスゴい発言だよなあとか思いつつ、襲いかかってきた第八席をぶん投げて壁をぶち破ったり、神蝕現象つかって殴りかかってきたグリンドルを地面に叩き落としたりしていました。


「なんて……化け物……!!」

「今日はわりと調子良いみたいでな。というかデジレの強さが改めて分かるなオイ」

「デジレ……!?」


 オカリナを持った第八席の目がまん丸に。

 そりゃ自分とこの第五席くらいは知ってるわな。


「許さない……魔族!!」

「いや知らんがな。魔族で一括りにされるとこう、ほら。なんか切なくなるからやめろ」


 オカリナで焔を操り、攻撃する第八席。

 デジレを見た後だからか怖くはない。大斧で振り払えば、そよ風のようなもんだ。


 焔をかき消されて悔しそうに表情を歪ませる。その隙にふらりと跳躍。


「っ!? 消えた!?」

「ありゃ、デジレなら一瞬で反応すんぞ」


 彼女の背部に大斧を振り下ろす。


「あぎゃあああああああああ!!」

「っとと」


 一撃。っとな。

 かなり筋力も高まってるからか、わりと深々と斬撃が入った。


 そのまま力なく地面へ落下していくのを見送って、帝国書院内部へと戻る。だって今回の目標魔導司書の討伐じゃねえし。


 しかし意外とあっさりだったな。珠片の御蔭もあるだろうが、やっぱ修羅場だな。デジレのクソ野郎マジで次会ったらぶっ殺す。


 軽く戻って、すぐの大広間。真ん中に魔法陣があるのは不気味だが、まあきっとあれだよ、タロス五世が声を出すための機械だよ、きっと。

 いや分からんけど。


「よ、生きてるか」

「……生きてるに、決まってんでしょ……」

「そっか」


 地面に倒れたままのヒイラギを抱きかかえる。鬼殺しを背負って、なんかもうぎりぎりで泣きそうな彼女の顔がドアップ。……なんか、すまん。


「もう帝都に用はねえか?」

「うん……」

「こっから出ていいか?」

「うん……」

「んじゃ、また旅出るか」

「……うん」


 おし。


 こしこしと目元をこするヒイラギ。怖い思いしたんだろうなあ。俺もさっきすげえ大変な思いしたけど、まあそれは今言い出さないほうがきっといいな。きっと。

 生きてて良かった。珠片二個じゃ、どのくらいあっさりヒイラギ助けられたか分かんねえしな……ヴェローチェさん、アンケートありがとう。一個だけなら取り込む勇気出たぜ。


『そう簡単に逃がすとでも思っているのか……?』

「あん?」

『そう簡単に、ここまで我を侮辱した貴様を逃がすと思っているのかあああああ!!』

「っとと?」


 激昂したしゃがれ声と同時、ぶぉんと魔法陣の溝に赤い光が灯る。


『ハッハッハッハ!! これで貴様らは逃げられん! この特殊な結界に束縛されたが最後、凄まじい電撃エネルギーが貴様らを襲い――』

「お疲れーっす」

『何故平然と歩く!? 何故悠々と帰路を歩んでいる!?』


 なんか語ってるけど、要はこれあれだろ。

 この区域で電撃ダメージが発生して、相手を動かせなくする麻痺+ダメージタイプのトラップだろ。


「……えっと、シュテン?」


 なんかちょっと弱々しい表情のヒイラギも、俺が普通に歩いていることが疑問のようで首を傾げているが……まあいいや。


「ヒイラギ、なんかあのおっさんに言うことは?」

「えっ……んー」


 平然と会話を交わす俺とヒイラギに、バカな! とかふざけるな! とか叫ぶタロスさん。殺そうにも殺し方分からんしな……ヤタノちゃんに聞いてくれば良かった。いや、あれか。流石に元帥殺したらヤタノちゃんも引っ込みつかなくなって俺のこと殺しにきそうだな。魔導司書のメンツ的に。


 と、ヒイラギは何か思いついたような表情で天井を見上げる。

 おそらくあそこが波動の中心。タロスさんが見下ろしているであろう場所。


「これから何百年経ってもあんたのものになんてならないんだから! ばーかっ!」


 涙をためながらも、どこか安心したような笑みを浮かべてヒイラギは叫んだ。さて、じゃあそろそろ脱出しましょうか。


『ふざけるな!! 貴様は我が……! 我が……!!』

「んじゃ、そういうことで」

『なぜ動けるのだ!! バカにしたように!! おのれえええ!!』

「いやあ……この下駄、特別製なもんで。そいじゃ」


 軽く会釈だけして、俺はヒイラギを抱えて帝国書院を飛び出した。



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