EX.4 バチェラー×パーティ~テツの結婚前日譚~
あけましておめでとうございます!
しっとりした、テツとミネリナの話はまた今度やります。
これは野郎共が馬鹿なだけです。
「バチェラーパーティって知ってるか!!!!」
「もちろん知っているとも、このボクはね!! 独身最後の日を友と祝う催しだよ!!」
「へー。ぼかぁ知りませんでしたが。具体的には何をやるんで?」
「お、乗り気じゃねえの」
「そりゃあ、まぁ。ミネリナ嬢とのんびり過ごす日々は幸せではありますが……体力を使う機会はあんまり無かったもんで」
「そうだね! バチェラーパーティは無限に体力を使う! 祝祭としては最大級のイベントと言っても過言ではないからね! まさかシュテンくんから言い出してくれるとは思わなかったよ、このボクはね!!!」
「……あれっ?」
「どうしたんで、シュテンくん」
「いや、ここは俺が最高にヒャッハーなバチェラーパーティをプレゼンツするつもり満々だったんだが」
「だが、なんでしょうや」
「シャノアールが言うほど、俺の知ってるバチェラーパーティは派手な催しじゃねえ気がする」
「そんな考えてるだけの彫像みたいな顔しなさんでもいいでしょう。だって、何の問題があるんでしょうや」
「……それもその通りだな! シャノアールの知ってるバチェラーパーティがどんだけぶっ飛んでたとして、俺に不都合はひとっつも無い!!」
「あるとすりゃあ、ぼかぁまともに式に行けるテンションが保てるかどうかってところでしょうなぁ……」
「どのみちシュテンくんは呼ぶつもりだったからグッドタイミングだ! さあ、今すぐバチェラーパーティの準備をしようじゃないか!! そう――みんなでね!!」
「よっしゃあ!!」
「ちょっち気合入れてやりますかぁ。で、何をすれば良いんで?」
「とりあえず、足を確保しよう」
直後、魔界門外顧問と鬼神と世界最強が三人がかりでレックルス・サリエルゲートに襲いかかった。
グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~
『テツの結婚前日譚』
「で」
中身がはみ出たハンバーガーのようにぐでぐでになったレックルスが、疲れ果てた表情で顔を上げた。
シュテン、テツ、シャノアールの順に顔を見て、呟く。
「俺は世界中から恨みでも買ったんですかね。どんなパーティで魔王城殴り込んできてんだ……」
「強いて言うならバチェラー・パーティかな!」
「すんません、これだけは言わせてください門外顧問。やかましいわ」
きらん、と眩しい白い歯を、澱んだ瞳で見つめるレックルス。
「っつーかよ、バーガー屋」
「バーガー屋じゃねえよ。あんだよ」
「お前なんでそんな茹でたハンバーガーみたいになってんの?」
「執務室の扉ぶち破る大魔導!! 突撃襲い掛かってくる鬼神!! 逃げようとしたら全部打ち消す双槍無双!!!」
「突撃! お前が昼ご飯!」
「うるせえよ!! まだ朝じゃねえか!!」
「朝でも夜でもねえだろ、バーガーは」
「お前の拘りはどうでも良いわ!!」
「ぺっ。ハッピーセットの分際でほざきやがる」
「なに!? 悪口言われた!? 意味不明だけど悪口だろそれ!?」
はー、はー、と息を荒げるレックルスの肩に、ぽんと置かれる手。
「……なんですか」
「元気になったようで何よりだね!」
「門外顧問ともあろうお方なら、もうちょい人を元気にする方法他に無いんですかね!?」
「いやぁ。シュテンくんの善意を無駄には」
「善意!?」
目玉が飛び出る勢いでレックルスはシュテンを見た。
シュテンは鼻水垂らしながら両手に扇子を持ち、ガニ股で踊っていた。
「……善意!?」
聞き間違いであることを祈ってレックルスはもう一度シャノアールに問うた。
「善意じゃなかったら、何があるんだい?」
シャノアールは真剣に悩んでいるようだった。
「ほかに考えられる可能性としては、微小だが……キミで遊びたかったという」
「それそれそれそれ!!!! 微小!?」
が、とレックルスはシュテンの胸倉をつかんだ。
「お前、門外顧問から記憶でも奪ったのか!?」
「俺は誰かを貶めるようなことはしねえよ」
「どの口が言う!?」
もうダメだ。
頭を抱えたレックルスは、最後の救いを求めてさっきから無言の男に目をやった。
瞬間、フラッシュが焚かれた。
「……おい、アイゼンハルト」
「ん? ……もうちょい、寄ってくれませんか?」
「え、あ、おう」
「ぎりぎり見切れてるけど、まあ仕方あらんせん」
かしゃ。
部屋全体が見えるような角度で、彼は自撮りをしていた。
「いや何してんの!?」
「ミネリナ嬢に、今何してるかとか後で見せてあげたいと。想い出を手軽に残せる……やー、良い時代になりました」
「そうだな! もう少しその想い出とやらを選んでくれれば素直に頷けたんだがな!」
誰か助けてくれ。
素直にレックルスはそう願った。
「おーいれっくるすぅ~。この資料なんだけどお邪魔しました~」
「流れるように逃げるな!! おい!!」
開きかけた向こうから橙のツインテールが見えたあたりで、ナチュラルに扉は閉ざされていった。
「あー、ほら。その。俺以外の四天王呼びましょうか? ね、その方が話はスムーズかと」
「何を言ってるんだい」
「へ?」
「うちの娘たちはミネリナさんのウェディングドレスの件で忙しいし、ミランダもすぐにあちらに向かって新婦の親戚代表だ。暇なのはキミだけだよ」
「暇じゃあねえんですがね!?」
魔界四天王総出で結婚式出るのかよ、とレックルスは頭を抱えた。
自分もタキシードの選定にもう少し時間を割きたかった。
「はー……分かりました分かりました。で、ご用件は何でしょう」
「バチェラー・パーティだよ。さっきも言ったけどね、このボクはね!」
その言葉を聞いた瞬間、レックルスは凍り付いた。
「ば、バチェラー……パーティ……?」
シュテンは首を傾げた。
「やっぱリアクションおかしくないか? 滅茶滅茶恐れ慄いてるぞバーガー屋」
「ぼかぁよう知らんので、魔界側の風習なんでしょうなぁ」
もっとこう、結婚前夜に散財しながら飲みをして、結婚後の付き合いや将来を語り合う会だと、シュテンは思っていた。
自分がどうしたいかはさておき。
と、レックルスは首を振って、絞り出したような声で呟いた。
「い、いやだ……死にたくない……」
「死にたくない!?」
「誰だって命は惜しいだろうが!! お前だってどうなるか分かんねえぞ!?」
「俺も!? こう言っちゃなんだが今の俺は押しも押されぬ鬼神様だぞ!?」
「はっ。そんな軽口もいつまで言えたもんかねえ!? どうなったって知らねえからな!!」
「おいおい待て待て、なんかいよいよ俺が無知故に死ぬ雑魚キャラみてえなムーヴしてるような気がしてきたんだが気のせいか??」
振り返ったシュテンに、テツはいつものようにへらっと笑うだけだった。
「ま、死にかけたら死にかけたで、晩年の笑い話になるでしょうや」
「肝ふっと!? 流石は世界救った男は言うことが違い過ぎるぜおい」
「死ぬような目にゃあ、何度だって遭ってきましたよって。これがその何回目になるかは、ぼかぁちょっと憶えちゃいませんが」
「て、テツさんかっけえ……!」
目を輝かせるシュテンをよそに、レックルスは鼻で笑う。
「へっ。どうだかな。俺の予想じゃ、一番死にそうなのはアイゼンハルト、お前だよ」
「……へぇ」
す、とテツの目が開かれる。
彼の瞳が見えた途端、周囲に張りつめる覇気。
「この中で、一番死にそうなんが……ぼく?」
「そう言ってんだろ。ははぁん、さてはお前ら、門外顧問から何も聞いてねえんだな。ほんっとにどうなったって知らねえからな。もう後には引けねえからな!」
「……いいでしょ。ぼかぁ、死ぬわけにはいかないんだ。何せ」
ニヒルに口角を上げたテツ。
その時、シュテンの脳裏に電撃が走った。
「よせ、テツ!! 言うな!!!」
「これが終わったらぼかぁ、ミネリナ嬢と結婚するんだ」
「お、」
思わず口から零れる言葉。
「終わった……」
頭を抱えて、シュテンは呟く。
「え、マジで? ここでテツ死ぬの? こんなとこで? 原作ファンからしたら発狂もんだよ? すげえ綺麗に異世界救った後に爆弾がはじけて首が飛びました! なんてあの作品だけで十分すぎる」
「ちょぉ待ってくださいシュテン。なんでレックルスくんの戯言でぼくが死ぬみたいな感じになってるんで?」
「お前の戯言だよ!!!」
「ぼかぁ結構カッコよく決めたと思うんですが」
「カッコよくキメたから問題なんだよ分かれ!!!!」
ぎゃーすかぎゃーすか。
ふむ、と顎を撫でたシャノアールの横に、レックルスが小声で問うた。
「門外顧問……マジでやるんですか、バチェラーパーティ」
「もちろんだとも! それに、今回はシュテンくんから言い出してくれたんだ、こんなに嬉しいことは無いさ、このボクもね!!」
「……うわ、察した」
シャノアールがこんなに上機嫌な理由を察して、レックルスは表情をひくつかせた。
「じゃあ、そろそろ行こうか。"門"を開いてくれ、レックルス」
「……あー、了解です。……シュテン、骨は拾ってやる」
懐中時計を見つめたシャノアールの一言。
レックルスは諦めたように、《古代呪法:座標獄門》を展開した。
騒がしい2人の足元に。
「どれだけの死亡フラグか分かってんのか!? 過去最大級だぞ!?」
「毎回過去最大級の危機が訪れた。ぼかぁもう折れない。ミネリナ嬢のためにも」
「うるせえな!? お前――あり?」
足元に床が無い。代わりにあるのは、虚空。
シュテンは試しに足元に手をやって、自分に足場が無いことに気が付くと。
「ワーナーブラザーズみてえな落ち方あああああああ!!!」
勢いよく落ちていった。
テツは仕方なさそうにため息を吐くと、そのまま後を追って墜落していった。
なんでこいつら重力相手に余裕があるんだ、とレックルスはジト目で見送った。
「……俺が付いていく理由はありませんよね?」
「あるとも。その資格がある! キミにはね!」
「い、いやだああああああ!!」
叫びもむなしく、展開したゲートに首根っこを掴まれて落ちるレックルス。
「俺は……俺はぁ!!」
断末魔の叫びが、執務室に響き渡る。
「職場が女所帯なんだぞおおおおおおおおおおお!!!!」
一見自慢のように聞こえるそれを、何故悲痛そうに叫んだのか。
その答えは、"門"の向こう。
――魔界四丁目。歓楽街。
年中真っ暗な地下世界。中でも、アンダーグラウンドと呼ばれる場所がこの魔界二丁目の歓楽街だ。
魔導灯のネオンがそこかしこで輝き、
サキュバスを始めとした艶めかしい姿の少女だったり、
きりっと服装を決めたインキュバスの青年だったりを代表として、人の性的欲求をくすぐることに余念がないメインストリートの客引き役。
子供は連れてきてはいけないと、一目見て分かるような場所がこの魔界四丁目だった。
「あっ」
シュテンは察した。
「あー! あー、これは、あれだな!! そうだろシャノアール!」
「流石は話が早いじゃないかシュテンくん! そう、あれだよ!」
「カジノだろ!?」
「キャバだよ」
「クソが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
鬼神が勢いよく地面を踏み鳴らしたせいで地震が起きた。
「だから言わんこっちゃねえっつったんだ俺ァ!!」
「先に言えよテメエ! ランチ代表みてえな顔しやがって夜のムフフなディナーショーにご招待かコルァ!!!」
「意味不明な言いがかりつけてんじゃねえぞ!? 誰がランチ代表だ! っつーか夜のムフフっていつの時代のセンスだよテメエ!!」
「うるせえ!!! 俺はギャルゲーは専門外なんだよ!!」
「あぁ!?」
相変わらず何を言っているか分からないシュテンに、レックルスは乱雑に頭を掻いた。
そしてふと気づく。
「……お前、なんでもうこの時点で顔赤いんだよ」
「うるっっっっっっせえ!!!!!!!!!!」
「さてはお前」
「ええい黙れパン屑!!」
「パン屑!? 今までで一番傷ついたんだが!?」
あー、と顔を片手で覆うシュテン。
そこに1人の少女がやってきた。
ぴょこぴょこと白い翼を生やした――ハーピーであろう少女。
「お、お兄さん。よ、良かったら――」
相手は鬼神である。
そして、目の前には知らない者などいない門外顧問と四天王、そして明確に彼らと同等の覇気を有する武人。
声をかけただけでも相当勇気のある少女だった。
シュテンは少女を見て問いかける。
いつも通りの友好的な笑顔。ここがアングラな歓楽街だとしても、初めてくる旅先には違いない。
出会いやイベントは欠かさないこの男ならではの対応だった。
「おう、どした?」
「あ、ああの、えっと」
「困ったことでもあったのか? この街のトップが相当なクソ野郎とか」
「え、あ、そ、それは……いえ、そじゃなくて――良かったら、あたしと一緒に遊びませんか?」
「ほう。この俺に遊びを申し込むか。良いだろう、何する?」
「え、何するって」
ぽん、とレックルスがシュテンの肩を叩いた。
「下級魔族にも友好的な鬼神さん、何よりなところ悪ぃんだけどよ。この子の言ってる遊びくらい分かれ」
「はっ――お、お前!! もっと身体を大事にしろよ!!!!!」
「ええええええええ……!?」
ドン引きする少女を前に、レックルスはシュテンの頭を引っ叩く。
「何を訳の分からんこと言ってんだ!! 見りゃ分かるだろ仕事の客引きだ!」
「うるせえ!! お前、一夜を共にする相手が俺で良いのか!? 本当に俺で良いのか!? もっと物語を重ねた相手が居るんじゃないのか!?」
「どんな説教だよ!!! 創作と現実の区別くらい付けろ!!」
「――い、います」
「お前も何頷いてんの!?」
ちょっと照れたように両手を内ももに挟むハーピーの少女。
勝ち誇った顔のシュテンがうざい、そう思ったレックルスだった。
「よし。ならこれで、俺と遊んだことにしてその人んとこ行ってこい」
「え、良いんですか……?」
「良いって良いって。俺は人が幸せになるのが好きなんだ」
「あながち間違ってねえのが腹立つなコイツ」
もしあの少女が嘘ついてたりしたらどうすんだ、とレックルスは考えた。
しかし、小さく首を振った。
別にこの男にとって、彼女が嘘を吐いたか本当のことを言ったかなどどうでも良いのだろう。
なら、彼女がこの後、手渡された金で好きな人とデートでもした、と考えた方が幸せだ。
頭を下げて駆け戻っていく少女を見送ったシュテンは大きく伸びをして、
「ふう。うん、良いものを見せて貰った。満足満足。さ、帰ろうぜ」
「まだ始まってすらいないよ」
「ガッデム!!!!!」
立ちはだかるシャノアールのせいで、帰還は不可能だった。
「それにほら、シュテンくん。彼女らも自分たちの仕事に誇りを持っている。ああいうのは、あんまりよくない」
「や、分かってんだよ俺だって」
バツが悪そうに頭を掻くシュテンは言う。
「ただ、俺はあの子たちの仕事に関われないっつか。なんか、俺みたいなふっつーのヤツの相手させるのが申し訳ねえっつーか。かといって断るとほら、別にあの子に魅力がねえわけじゃなかったし」
「要するに"そういう"ことで金を絡めたくねえってか。ピュアかよ」
「うるせえぞバーガー屋!!」
「……」
「なんか言えよ」
「いや、パン屑よりはマシかと」
「さっきは悪かったよ!!!」
「どうしてそこで謝罪出来る感覚だけ生きてるの!?」
「お前はバーガー屋だけど、パン屑なんかじゃない。胸張って生きろ」
「お前はいっぺん死ね!!」
「で」
割り込むような声に、レックルスとシュテンは振り向いた。
「今の子は好みだった?」
「シャノアール!?」
シガレットを咥えながら、やけに真剣な眼差しでシャノアールは告げる。
「見た目とか、口調とか、スタイルとか」
「なんで、んなことお前に言わねばならん」
「バチェラーだからさ」
「そんなバチェラーパーティがあるかよ!!!!」
ええい!
「この際聞かせて貰おうじゃねえか!! お前にとって!! バチェラーパーティとは!!! なんだ!!!」
「良いだろう答えよう!! バチェラーパーティとは!! 独身最後の日に!! 男としてはっちゃける催し!! 限界を超えろキミたち!!!」
「少しは自重しろや天下の往来で!!!!!! 何が限界だ!!!」
頭を抱えるシュテンだった。
「いや、ええ、嘘だろ」
「今更引くとは言わないよね、キミもね!」
「くっそ……くっそ! 騙したなバーガー屋!!」
「俺のせいじゃねえよ! どれだけ止めたと思ってんだ!!!」
もはや泣き叫ぶように吼えるレックルス。
「……ふぅ」
シュテンは、大きく息を吐いた。
「冷静に考えりゃ、俺は恥さえ押し殺せば行ける。そうだよな、テツの独身最後の夜だもんな。大丈夫だ、問題ない。そうだろ、テツ!」
そこまで言って振り向いて、気が付いた。
――そういえばテツは先ほどから一言も発していない。
隣に居るのは分かっていたが、どうしたんだろうか。
「……テツ?」
「ぼかぁ、色んな修羅場をくぐってきた」
「お、おう」
「相応に、危機感知に優れている自負もある」
「それで?」
「……ぼかぁ、今日、死ぬ」
「覚悟完了!?」
勢いよく振り向いたテツは叫んだ。
「結婚前夜に別の女の子とイチャつくだ!? そんなことして、ミネリナ嬢がどう思うか!!」
「殺すだろうな」
「そりゃ殺すだろ」
「殺すだろうね、このボクじゃなくてもね」
「それ見たことか!!!!!!!!!」
発狂するテツの肩を、シュテンは掴む。
「言わんこっちゃねえ! ここは引くべきだ! 2人で逃げよう!」
「シュテン……!」
「……シュテンお前そんなクライマックスみてえなことを――ていうか俺も逃がせよ!!」
喚くレックルスを横目に、シュテンは真っ直ぐテツを見つめる。
だが、テツはそっと目を逸らした。
「……テツ?」
「ぼかぁ、色んな修羅場をくぐってきた」
「お、おう」
「相応に、危機感知に優れている自負もある」
「それで?」
「……ぼかぁ、今日、死ぬ」
「……さてはお前ちょっと行きたがってるな!?」
「くっ」
「くっ、じゃねーよ!!!!」
「……ぼかぁ、女性経験なんて無いんだ」
「なんのカミングアウトだよ!! 聞きたくなかったわファンとして!」
力なく首を振るテツ。
「女性遍歴が無いっちゅうんは、一見誠実な美徳かもしれません。でも、それで果たしてぼかぁ、生涯ミネリナを楽しませることが出来るのか……?」
「お前そんな悩み抱えてたの!?」
「あの子ぉ喜ばせるためには――必要なことなのかもしれないっ……!!」
「目ぇ覚ませアスパラ!!」
テツの体を必死でがくがく揺らしていたシュテンの肩に、ぽんと手が置かれた。
振り向くと、優しい笑顔のシャノアール。
「じゃ、意見もまとまったようだし。行こうか」
「お前話聞いてた!?」
「店はもう取ってあるんだ。すぐそこだよ」
「お前話聞いてる!?」
「マナーとかは気にしなくていい。思い思いに好きな子を指名してくれ」
「どうして平然と続けられるんだよ!」
「ああ、心配しなくていい」
「何が!」
「奢りだよ、このボクのね!!」
「聞いてねえよ!!!」
~そして~
「シャノアール……あと何軒回るつもりなんだ……」
数刻後。
やけに生き生きとした表情のシャノアールと。
顔を真っ赤にしたまま身動きの取れないレックルス。
満身創痍のシュテンに、何やらぶつぶつと『口説きの上手さよりお金の方が女の子は喜ぶ……』などとメモを取るテツの姿があった。
もうダメだとシュテンは思った。
「そうげっそりしてくれるなよ、シュテンくん。あと一軒さ!」
「おお、ようやく……」
「それに、次のところはシュテンくんも気兼ねなく行けると思うよ、このボクはね!」
「ほー……。いや、お前ね。んなこと言われてもね、狭い店内で相手を楽しませるよう話すなんて、一般妖鬼たるこの俺には死ぬほど荷が重いんだよ。分かる?」
「そうかい? なんだかんだキミはどの店でも大人気だったじゃないか」
「やめろよ!! 俺はあんな、枷を嵌められたおふざけがしたいんじゃねえんだ!」
「彼女らのまた来てね、っていうのは本心だったと思うよ?」
「そりゃまあ、また会いてえよ。あの子らに限らず、縁を結んだ誰しも、再会ってのはまた格別なもんだろが。……でもなぁ。なんか苦手なんだよ俺ぁ」
「女の子が?」
「いや、なんつーか」
「女の子を意識させられることが?」
「そうそれ!」
難儀だねえ、と呟いてシャノアールは顎を撫でた。
この男の好みのタイプを分析するどころか、単純な女子に対する苦手意識的サムシングが判明しただけであった。
「まあ、なら仕方ない。企みは脆くも崩れ去った。なら、そう。どうにかして貰うしかないよね、このボクとしてはね」
「あん? 何の話だよ」
「いや、さあ次の場所に行こうじゃないか! レックルス!」
「はっ……はいはい、どこなんです門外顧問」
先ほどまで、色んな少女にスキンシップを食らってえらいことになっていたレックルスは、ようやく再起動してシャノアールの囁きに耳を貸した。
そして、赤らめていた顔をさっと青くすると。
「……じゃ、逝くか」
「おい、なんだその屠殺場の豚を見るような目は」
「ハンバーグになったら、せめて俺の間に挟んでやるよ」
「どういうこと!?」
珍しくレックルスにツッコミを入れるシュテンだが、何かを理解する前に。
大穴が開いて、全員が為す術もなく落ちていった。
「レックルス。わざわざ下に"門"を開く意味はあったのかい?」
「死を待つ身だから、じゃねえっすかね。それに」
「それに?」
「……あいつらが目的地を聴いて、素直に門をくぐるとは俺にはとても」
「そうかもね! このボクじゃなくてもね!」
どすん、と鈍い音を立てて、シュテンは床に降り立った。
どこかの部屋だろうと見立てを立てようとして、ふと気づく。
見慣れた家屋。最近仲間の力を借りて、山の一角にとんてんかんと立てた――大江山の鬼神の居所。
屋敷の居間は新築で、ヒノキの香りが心地よく。
シュテンは酒気を帯びた頬を手で冷やしつつ、首を傾げた。
次の場所に行くとかなんとか。レックルスのヤツが座標を間違えたのか?
「おかえり、シュテン。どこ行ってたの?」
「うおおおお!?」
目の前から、声。
眼前には見慣れた白面面白九尾。
「……何よその驚きようは――っちょ!?」
「あー……やっぱ安心するなーお前ー」
「あんまり人の顔に気安く触るんじゃないわ、まったく」
両側を手で挟み、耳のあたりをわしゃわしゃ撫でまわすシュテン。
案外抵抗することなく、口頭注意のみで収めるヒイラギに何かを想わないでもなかったが。
それを考えるよりも先に、そっとシュテンの手に重ねられる、誰かの手。
「……ねえ。シュテンってさ。そんなに軽く女の子にスキンシップしちゃうんだっけ? 羨ましいなー?」
「……えっ」
慌てて振り向くと同時、ヒイラギから手を離した。
「ちょ、ユリーカ?」
「そうだよ、可愛い可愛いユリーカちゃんだよ? シュテンの視界には、あたしは入らないんですかー?」
「いやそんなことねえよ。なんだよ来てたのか。俺も"門"で急に飛ばされてきたから何のこっちゃ分からなくてよ」
ぼりぼりと頭を掻くと、胸元を不機嫌そうに指で突くユリーカ。
「どこに行ってたのか知らないけど、なんかお酒臭いよ?」
「お前の兄貴分のせいで色々あったんだよ……」
「シャノ兄の?」
小首をかしげるユリーカの相手をしていると、ちょうどそこで居間の扉が開く。
「とりあえずー、ミネリナの衣装についてはこれで問題ないかとー。……あれ。いつの間にシュテンが戻ってきたんでしょーかねー。おかー」
「おかーってのはおかえりーってことで良いんだよな。ただいま」
「ばんじおっけーですー」
何かの準備をしていたのだろう手元を拭いながら、ゴシックドレスの少女は浮遊してシュテンの隣までやってきた。
そばにあったソファに深く腰掛けて、見上げる。
「ミネリナの結婚前夜に、こーも一斉に男どもが居なくなると気にもなりますがー。何かしていたんですかー?」
「え゛っ」
その問いは、あっさり問われたにしては酷くシュテンの心にクリティカルだった。
そしてその濁った反応に、部屋の温度が急激に下がる。
「あやしーですねー。ま、シュテンのことでしょーからサプライズとか? 人騒がせなことでも考えてるなら許しますがー?」
「でもこいつ今、そんなわくわくした反応じゃなかったわよ」
「分かってますー。……なにやら、やましいことがある反応っすねー」
「そだね。なんでそんな反応するのか分からないと、怒るに怒れないけど。シャノ兄が関係してるっていうなら猶更ね」
「あーっと」
さて、何と言おうか。
頭の中に選択肢と、枠をぐるりと取り囲むタイムリミット的な導火線が見えたところで。
「それは、この馬鹿が結婚前夜にキャバクラに行ったことと何か関係があるのかい? シュテン」
どさ。開かれた扉の先。
燃えるような赤髪の少女の手から、何かが目の前に転がった。
「てっ……テツ!!!!」
「…………」
「ほ、ほんとにフラグ回収しやがって!! テツ!! てつうううう!!」
はぁ。と冷え切った部屋に嘆息が漏れる。
「『ミネリナ嬢も結婚指輪より現金の方が喜びます?』……この馬鹿の遺言だ。キミも聞いておけ」
「お、愚かな……。あれだけ絆を結んだ女の子を相手に、お前……」
息も絶え絶えのテツは、胸を抑えて呟いた。
「……ぼかぁただ、ミネリナが喜ぶとおも、て……がくっ」
「てつうううう!!」
「……へー。キャバクラ? 行ったの?」
ぞくりと。シュテンの背中に寒気が走る。
「あーいや、行ったというより行かされたというか? まあ色々あって」
「シュテンって、そういうの好きなの? あたしには、女の子だって意識したくない、みたいな空気散々出しておいて」
「こうなるから嫌だったんだ! クソ! シャノアール!! しゃのああああある!!」
「呼んだかい?」
ミネリナの後ろから、ひょっこりとその男は顔を出した。
テツとは違い、何1つ怪我を負うこともなく。
「呼んだわ!! この状況は何なんだ!!」
「いや、簡単だよシュテンくん。思いついたのさ、このボクはね」
「何を!?」
「どんな場所でも、シュテンくんの好みを把握出来なかった。でもね。聞いてくれ、シュテンくん」
「……なんだよ」
しんそこ聞きたくなさそうなシュテンを置いて。
シャノアールは、拳を握りしめて叫んだ。
「どちらかを嫁に貰って欲しいんだ、このボクはね!!!」
「しゃ、シャノ兄!?」
「お爺様……!?」
瞬間湯沸かし器のように真っ赤になったユリーカと、ソファから転げ落ちたヴェローチェが矛先をシュテンからシャノアールに変える。
その隙に、シュテンはテツを拾い上げた。
「おい、大丈夫か」
「…………ああ。バチェラーパーティ、恐ろしいもので……」
「だな。ここは、シャノアールに任せて――」
逃げよう。
本日二度目の決意。
最後に訪れた場所はとんでもないところだった。自宅のはずなのに。
今日ばかりは自分たちの敗北を認め、しかしシャノアールにも最後くらい酷い目にあって貰おうと逃げ出そうとした2人だったが。
「いや、バチェラーパーティをしようと言うから連れていったのさ」
「シャノ兄も良い歳してそんな恥ずかしいことを」
「ボク? ボクは違うよ。魔界四丁目で起きている事件の潜入捜査のために、幾つかの店を回っていたのさ、このボクはね」
ぎぎぎ。テツとシュテンが、錆びた蝶番のように振り返る。
なんだこれは。
自分たちだけが、ただキャバクラに遊びに行ったようなこの感じは。
シャノアールの手には確かに、四丁目のトップが手を染めている汚職の証拠書類。
『困ったことでもあったのか? この街のトップが相当なクソ野郎とか』
『え、あ、そ、それは……いえ、そじゃなくて――良かったら、あたしと一緒に遊びませんか?』
あれは、マジだったのかよ。
そう戦慄するシュテンをよそに、シャノアールは眩しい笑顔で髪をかき上げた。
「娘に誇れる父親でありたいからね。このボクはね!」
「ふ、」
その言葉を、どちらが先に漏らしたのかは分からない。
「ふざけんなよとっつぁん!!!」
「テメエふざけんなよ!!!!」
その瞬間。
大江山の頂上で、魔界門外顧問VS鬼神&双槍無双の世界最後の戦いが幕を開けた。
数百年後。
吸血皇女は、あまりに騒々しい結婚前夜だったと苦笑交じりに語る。
それが、今でも。一番幸せだったころの記憶であると。




