第九話 帝都グランシルI 『どもー、アンケートですー』
ヒイラギが拉致られたとか何とか。
デジレの野郎に珠片は一個パクられるわ、本当に散々だな畜生。
とりあえず一個は確保したけども、懐に入れておくこと自体が何というかトラウマです。ってことで手のうちに握りしめている訳ですが……手から勝手に吸収されたりしないよね? ね?
そんな訳で今、帝都グランシルに向けて絶賛疾走中。
木々を飛び越え跳躍し、駆け抜けているとあの時を思い出す。
フレアリールちゃんって言う吸血鬼の少女を助けたあの廃坑までの道のりだね。あの時はわりとクレインくんたち主人公パーティにいつ殺されるか分からないっていう焦燥感がかなりあったから、旅どころじゃなかったしさ。
で、今も旅どころじゃないから走ってる。
ヒイラギが何の用事だったのかは分からないが、まさかそのタイミングで魔導司書に襲われるなんつーのは予想外だ。
え、何。もしかしてよくよく考えたらあのタイミングってさ。
たった一つの、そこまで大きくない町の中に、世界に十人しかいない魔導司書のうちの四人集まってた訳? なにそれただのホラーじゃん。
はー。グリンドルはまだしも他の魔導司書まで出ばってくるなんてなー。
っつーか今度会ったらデジレは殺す。ぶっ殺す。あの野郎の神蝕現象のせいでまだ右耳から血が止まらんのじゃ。
腹いせに研究院の壁ぶち破ってきたし、向こうもヘイトMAXでいずれ襲いかかってくるだろうよ。その時はマジでぶっ殺す。許さん。
水の町マーミラから帝都グランシルまでの距離は、俺がこのままの速度で駆ければだいたい明日の朝にはたどり着く程度。
別に一日くらい寝ないでも全力を出せるくらいに妖鬼の体は強靱だし、そこは気にする必要なんてない。
しかし問題は、なんでわざわざヒイラギが帝都に拉致られたかだな。
あいつ自身帝都に行くかどうかは悩んでいたみたいだけど、因縁のある相手も生きてたのかね。ヤタノちゃんみたいな存在もいることだし、確かに寿命さえ度外視すればヒイラギを知る奴もいるかもしれんし。
なんだっけ。タロスさんか。ヒイラギの口から出てきたそいつも生きてるのかもしれんし。ヒイラギ側だけじゃなくて、そのタロスさんの方にも彼女を呼びつけるだけの理由があったとしたら、まあ拉致の一つも……いやいや自分から来いよ。
ん、でもそうか。タロス五世とか言ってたし、皇帝が自分から行くわけにはいかんのか。
だからといって、魔族排斥を掲げる帝国の、ましてや帝都にヒイラギを拉致する理由なんざほぼほぼ無いと思うんだがなあ。ああ、だから魔導司書を使って内密に、みたいな感じなのか?
よく分からんが……胸に手を当てればあいつからのパスは相変わらず繋がってる。魔力の繋がりにも影響はないし、死にそうってことは無さそうだ。安心できる訳じゃねえがな。ヤタノちゃんの口振りからすると、よからぬことが起きそうな雰囲気だったし。
帝都に今何人魔導司書がいるのかも分からない状況だ。
いざとなればやっぱり……珠片取り込む必要があるんだろうなあ。
痛いのはいやだ。ああいやだ。
っつーか何でデジレのクソ野郎は珠片取り込んで平気だったんだよ。魔導司書クラスの人間なら珠片取り込んでも平気、なんて話になりでもしたら帝国のパワーバランスが頭おかしいことになるだろうが。
今でも十分、ほかの三国と比べたらアホみたいな戦力だってのに。
魔導司書の、上から四人くらいでパーティ組ませて魔王城突貫させれば、三人くらい死ぬかもしれんが突破は可能そうだもんなあ。
問題は魔王と、その下に居る二人、あと四天王か。
ゲームのグラフィックでも、すげえかっこよかったよなあ。暗い玉座に座した魔王と、その両サイドに佇む"導師"と"車輪"の二人。魔王を含めたあの三人が化け物すぎて、しかも四天王全員倒して「さああとは魔王だけだ!」と思った瞬間あの二人が出てきたからびびったし。
二回くらい全滅したのは良い思い出だ。
というか、グリモワール・ランサーシリーズって人気すぎてトレーディングカードゲームまで出てたんだけど、キャラクターたちの所属は三分割だったんだよね。
魔王軍・帝国・連盟・その他
うん、何が言いたいかというと、この三つ巴で世界が成り立っていたということだ。連盟っていうのは、教国・公国・王国・共和国(Iのみ登場)の四つまとめた総称。
その他っていうのは、"魔族の町"や"異相"に出てくるキャラクターたちを纏めた感じね。基本的に物語には絡まない連中だから、その他で纏められてる。
で、まあ。その三分割ってだけあって、帝国と魔王軍は単体でふつうにほかのすべてを敵に回す力を持っていたってこと。
七つの鍵が無いと潜入すらできない魔王城と違って帝国はほかの国からの侵攻にも備えなきゃいけないから、そこら辺魔王軍の方が圧倒的な強さだったけれども。
ああちなみに俺やヒイラギはカードにすらなってなかったよ。所詮中ボスだもの。マッドウィザードのガリウスは魔王軍カードになってたのによ。
えーっと何の話だったか。
そうだよ、デジレのクソ野郎だよ。
今の状況でパワーバランスが整ってるっつーのに、あいつの存在がそれを乱しかねない。
その辺は俺の存在もどうなのかって話になるけど、俺はほら一つの勢力に肩入れするつもりとかないしな。
魔王軍所属はありかなーとは思ったが、珠片一個時の俺クラスがうじゃうじゃ居るってだけで気が滅入る。集団で戦い挑まれたら沈むじゃん。あいつら戦闘民族だからふつうに戦い挑んできそうだし。
魔王軍やら帝国書院やら冒険者協会やら十字軍やら、多くの勢力が介在するグリモワール・ランサーシリーズ。
どこかの所属になるのも悪くはないかなと思ったこともあったけれど、俺はどうせ性に合わなくなるのが目に見えてる。
何よりこうして放浪の旅を続けるのが、一番楽しそうだから。
そのためにも、旅の相棒は返してもらおうかな!
木の枝の中でも太いものを見定めて、踏みしめ跳躍。
最初の頃は難しかったこの移動法も、もうだいぶ慣れた。
ただ道を駆けるよりも、跳んで跳ねてを繰り返したほうがずっと速い。
「すみませーん」
こうして木々への着地の際に足腰にぐっと力を入れることで、より遠くまで跳ぶことができる。間違えてほかの木にぶつかったりしないように、視界はきっちり確保できるくらい高めを選んで跳ぶ、跳ぶ、跳ぶ。
「あのー、アンケートにですねー」
星々の明かりと、妖鬼の夜目の利きっぷりがプラスされればこの程度の森の中、なにも見えないなどということはないのだ。
「お答えいただければと思うんですけどー」
少し行ったら、帝都に到着する前に一度休息くらいは入れようか。
鬼殺しを同じ状態で背負いながら跳躍していると、右肩にばかり負担がかかってよくないんだ。
「あ、わたくしこういうものですー」
ああはいはい名刺ね。
ん?
「俺と同速で木々ぴょんぴょんしてる人間がいるぅううううう!?」
「あ、気づいてなかったんですかー。いやー、すみませーん」
っととあっぶね。思わず前方不注意で大木に顔面から衝突するところだったよ。んで、なに。
突然渡された名刺を見る。さすがに前世とは違って顔写真などというハイテクなものは添付されていなかったが。
『魔王軍 導師 ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィア』
「ぶっ!?」
思わず目の前の少女を直視。
忘れようもない金髪のツインドリル。ゴシックロリータのミニスカドレス。明らかに雨から身を守ることなどできないであろうサイズのフリルアンブレラ。やたら踵の高いブーツ。
俺より数歳下くらいの、15歳くらい?
間違いなく、魔王軍のナンバー3が目の前に居た。
「ちょっとアンケートにお答えお願いできませんかー? 世界に蔓延る猛者共にお答えいただいてるんですー」
「なんで魔王軍の導師が帝国内に平然と居るんだよ!?」
「いやほらーわたくし人間ですしー。いまちょーど第四席と第六席に追われてるんですけどねー。あいつら程度なら撒けますしー。なにより貴方に会いたかったんですよー」
喋っている間も進む進む。
彼女はやたら暢気に俺との会話を続けているが、俺は進むペースを落としてなどいない。スピードに自信がある訳ではないが、あまりにも異質すぎるだろう。
「俺に?」
「そーですよー。ガリウスたこ殴りにして脱走し、あり得ない速度で練度をあげていく妖鬼。今日はあれですー。魔王軍へのスカウトにきましたー」
「スカウトとかやってんの魔王軍!?」
どこから出したのか羽ペンとスクロールを浮かべ、その終始やる気のなさそうなテンションで彼女は言葉を紡ぐ。
「やー、ちょっと今戦力的に乏しくってですねー。やっぱりこう、不当な扱いをされてる魔族なら、きてくれるかなーって希望があったりするわけですよー。あ、今ちょうど四天王が一枠空いちゃったんで、その待遇で検討しますよー。月給200万ガルド」
「魔王軍給料とかあったんだ!?」
「そりゃありますよー。最近は部下に与える土地も足りないのでー、魔王様の私財をなげうって金銭を工面してる部分もあるくらいでー」
「思った以上に世知辛い!! 世知辛いよ魔王軍!!」
「まあ大半はほかの国からふんだくった財宝なんで高く売れて、今んとこ大丈夫なんですけどねー。これからはそうもいかないかなーとー」
聞きたくなかった魔王軍の背景。
あんなに悠然と構えて玉座に腰掛けていた背後で、部下の人件費に頭を抱えていたなんて……。うわあ聞きたくなかった。うわあ知りたくなかった。
「ってなわけでお名前をどーぞー」
「すっげえ自然な流れでアンケート入りやがった! 妖鬼のシュテンです。好きな食べ物はレア焼きのレバーです」
「どもー。順応性高い人は好きですよー。んで、ぶっちゃけ今の世界どう思ってますー?」
「超楽しいです」
「ほほー、意外ですねー」
ヴェローチェの質問に答える度、空中の羽ペンがさらさらとスクロールに何かを記入していく。その間も俺は一度も帝国に向かう速度をゆるめたことはないんだが、そんなもの彼女には関係ないらしい。
いやまあ別に移動に支障はないから答えること自体は吝かじゃあないのだけれども。
「これからどうやって生きていく予定ですかー?」
「放浪の旅をふらふら続けるつもり。相方がさらわれたんで、今から帝国書院に突撃かます予定」
「ファンキーですねー。そのアグレッシブさはわたくしにはないものですー。まあでも今の魔導司書は三、五、八、十しかいないんで、三以外はどーにでもなるんじゃないっすかー?」
「いや纏めてかかって来られたら死んじゃうから間違いなく」
「そうですかー。……じゃあ次なんすけど、魔王軍への印象はー?」
「ガリウスだけは許さん」
「もうおっちんでるじゃないですかー……」
呆れたような目を向けるヴェローチェ。
だが俺としても、魔王軍といえばガリウス許さん、というのだけは譲れんのだ。あいつは何回殺しても殺したりんよ。うん。
いやまあ、もう顔を合わせたいとも思わないけど。
「じゃーあんまり魔王軍への良い印象はお持ちでない?」
「まーそーね。今ヴェローチェさんが言った世知辛い事情くらい?」
「それは言わないお約束っすよー。でもその印象が次に出てくるあたり、スカウトの仕方によってはついてきてくれそうっすねー……んじゃ次なんですけど、命に代えても守りたい人っていますー?」
「んー、出来れば死にたくねーなー。今はともかく近い未来命張って守りたくなりそうな奴は居るんだけど、俺が死ぬとどっち道そいつも死ぬからちょっと答えにくいわその質問」
「ああ眷属ですかー。んじゃ次ー。味方とか任務とか、まあ自分の命でもいいんですけどー、"責任"の為にどれだけ犠牲に出来ますー?」
「おもしろい質問だなそれ」
「魔王軍適性診断みたいなもんですからねー。あ、もちろんわたくしが作ってますー」
ヴェローチェの名刺を懐に仕舞い、腕を組んで悩もうとして危うくバランスを崩しかけた。そろそろ森を抜ける。帝都グランシルは、近い。
で、何だっけか。
「責任?」
「いろいろあるじゃないですかー。自分が引き受けた仕事だったりー、自分の大切な仲間だったりー、或いは自分そのものだったりー。自分が絡んだ何かに対する責任って奴ですよー。それと引き替えに、どこまで自分やほかのすべてを犠牲にできますかー?」
「……想像したこともなかったわそんなこと」
「うわー、自分勝手の極みみたいな人ですねー。ありがとうございますー」
さらさらと記入されるスクロール。寝ぼけ眼を見開いて俺をみるヴェローチェの視線が痛いです。いやだってほら、みんな勝手に生きてるわけじゃん。そこに俺が被る責任とか、ねえ?
……俺が今ヒイラギを助けにいこうとしてるのは、責任か?
……俺が珠片集めようとしてるのは責任か?
……帝国に珠片がわたったらまずいと思ってるのは、責任感からでるものか?
全部違う。
全部、俺の気の向くままにやったことだ。
「じゃあ質問変えますよ。自分のやったことに対する責任で、どこまで犠牲にできますかー?」
「これ、俺のなにを計ってんの?」
「そうっすねー。部下を預けられる資質とか、目標達成への信頼とか、あとは自分のケツ拭ける奴かどーかってところですねー」
「……なるほどな。犠牲か」
「もちろん自分以外でもいいんすよー。責任とる為に町一個は燃やせるとかでもいいしー、逆に自分の手足とかっていう発想する奴も居ますー」
責任、犠牲、ねえ。
もしヒイラギを一人にしたことが誘拐された原因ってことになって、あいつが今やばい状況になっているとしたら、つまりこれは俺の責任になり得る、って感じ?
で、俺が今ヒイラギを追っかけてるのは、責任感からくるもの?
なんか違う気がすんだけど。
少しの間黙った俺に、ヴェローチェは言った。
「今さらわれてる眷属の為にどれくらいテメーを犠牲に出来るかって話っすよ。難しいこと考えなくていいってことですー」
「……なるほど、ちょっと考えすぎてた」
流石は魔王軍のナンバー3だなーとか無関係なことを思いつつ、ふと手の中に収まっている小さな石ころの存在を思いだした。
今のまんまじゃ、デジレの野郎一人相手にするのも骨が折れる。
激痛すげえ嫌だけど、今からつっこむ帝国書院がそう易々とヒイラギを回収させてくれるかどうかも、わからない。
いやワンチャン珠片取り込まなくてもいけると思うよ?
元々そのつもりでいたし。あっさり回収してはいさいならー! って、やるつもりだったし。
痛いの、嫌だし。
でも、一度デジレ戦で珠片取り込むこと考えたくらいには、今の俺の状況って思ったより深刻なんだよなあ。楽観主義で、普段は考えないようにしてっけどよ。
考えないのが一番良い。考えずに生きて、のんびりふざけていられるのが一番良い。それがなにより人生を楽しめる。
けどまあ……目の前のヴェローチェとの間にも、今隔絶した力の差を感じてるのも確かだしなあ。
「犠牲ねえ」
「犠牲っすよ犠牲。責任が生じるからには犠牲ってもんが必要なんっすねー」
「……まあ、あれだ」
「お、聞かせてもらえるんですかー?」
「今まで考えたことなかったけど……そうさな。自分が死ぬほど痛い思いをするくらいなら……許容しようじゃねえか……一回くらいは」
「おお!……と思いましたけどずいぶん日和った意見っすねー」
「うるせえな、一回は許容する! 二回目は、……そん時また考える!!」
「お、それはいいですねー! 一歩一歩って奴ですねー! なるほどなるほどー!」
ヴェローチェの筆が踊る。彼女は楽しげにくすくす笑うだけ。
あー、変な啖呵切っちまった。
若干後悔の波が押し寄せる俺に、ずいっと顔をズームアップで近づけるヴェローチェ。
「気に入りましたー! おもしろい! おもしろいですよシュテン! 今からすぐにでも四天王待遇でお迎えしたいところですー! けど今はあんまり乗り気じゃない様子ー。そしたらまたきますねー。これからちょっと教国で盛大にパーティなんでー、また今度お話伺いにきますねー!」
「ちょ! は!?」
「しーゆーでーす~~~!」
さっと俺から距離をとったかと思えば、そのままコウモリの群に包まれて彼女は消え去った。
まるで嵐のようなひと時だった。アンケートだったけど。
……教国でパーティ?
あ、もう教国で魔王軍と攻防戦繰り広げる時期なのかー……え、じゃあもうそろそろ主人公くんたちも帝国に居るか帝国から抜ける時期じゃね?
マジかマジか。
もうそんな時期か。
「……お」
強い光が正面に。
森を抜ける合図とも言うべきそれ。
ぴょん、と木々のてっぺんに飛び出して、太い幹に掴まり眼下を見下ろせば。
「……着いたぜ、帝都」
鋼鉄都市、という呼び名がしっくりくるような、鉄の壁に取り囲まれた巨大都市。ここからだとうまく見えないが、内部の建物もほとんどが鉄の鈍い色に包まれ、ガス灯の明かりがほどよく照らす街並みとなっているはずだ。
その都市中央より少々北方に、宮殿と帝国書院はある。
……ヒイラギもそこに居るのかー。
帝都観光ってのもしてみたかったけどそんな余裕もなさそうだし。
というかそもそもヒイラギがなにされるのかもわからない現状だ。
助けたいと思う自分に嘘はつけないって感じ。
わりとおちゃらけてる自覚はあるけど、わりと大事よ、あいつのこと。
『悪かったわね。そんなに凹むと思わなかったのよ』
『とどまるところを知らない獣扱い!!』
『うぐぐぐぎぎ』
『私の方が年上だっつってんでしょ!?』
『ちゃんと敬う気になった!? 年上のこの私を敬う気になった!?』
……はぁ。
「もしあいつが殺されかけるようなことになるのと、俺の盛大大激痛とを天秤にかけるとしたら……」
まあ、考える余地すら、ないんだよなぁ……。
っつか俺そんなにあいつのこと大事に思ってたんだな。
旅の仲間。なんだかんだ、命の恩人ではあるし、まあわからんではないんだけども。
「……仕方ねえか」
相変わらずバカにしたようにドス黒い色をした珠片を眺めながら、そう呟いた。




