第二十四話 魔界六丁目跡 『グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~』
まだ2018年(迫真)
流石に年内完結より、丁寧な最終話を取りたかった。
……んだけどこれはボクのわがままだから、遅れて本当に申し訳ない。
今日中にエピローグも投下されます。
「え、俺死んだの?」
一号と歩く道すがら、女神の聖域に来た理由を考えていたシュテンはふと気が付いた。
死んだら女神のところに来るとかなんとか、女神が言っていたことを。
「や、どうなんすかね。死んだんっすかね、俺たち……」
「足は一応あるけどよ。ほれ、この世界の幽霊系ってだいたい足あるじゃん?」
「そっすね。他の世界は知らないっすけど」
「ひょっとして俺、透けてたりしない?」
「……」
まじまじとシュテンを見つめる一号。
しばらく首を傾げて、ついで軽く目をこすり、ようやく合点がいったように手を打った。
「道理で兄貴が微妙に薄いはずっすわ!!」
「透けてんじゃねえか!!!!! 透けてんじゃねえか!!!!!」
嘘だろ、とシュテンが蹲る。
「あんな啖呵を女神に切っておいて、え、俺こんなにあっさり死んじゃっていいの? しかも死因は一号の裏切り? え、流石に馬鹿じゃね?」
「え、俺裏切ったんっすか!?」
「裏切ったんだよおおお!!」
シュテンのアッパーで一号は空を飛んだ。
真っ白な空間なだけあって、足場がどこにあるかは分からないこの場所だが、一号がバウンドした場所に地面があることだけは分かるという奇妙な状況。
「お前が簡単に珠片取り込んで暴走したりするからこうなるんだ。ったく、迷惑かけやがって」
「す、すんません。俺も封じられてからってもの、何が何やら」
「……ま、そうか、意識無かったんだもんな」
「っす」
頷く一号を見て、ふと思う。
そういえば一号の身に何があったのか、それを知らずに居たのだと。
息を一つ吐いて、仕方ねえと首を振るシュテン。
「ま、この場所から一生出られねえって訳はねえだろ。入って来られたんだから、出口はあるはずだ」
「ま、まずはそれを捜すってことっすね」
「だな」
腰に手を当て、果ての見えない白い空間の先をぼうっと見つめて。
「ま、これも旅路の一つだろう。最終決戦の場に、予期せぬ寄り道があるのはあるあるだ。これも浪漫ってやつじゃあねえの」
からん、と下駄で一歩を踏み出した。
「――せっかくだ。旅の道すがら、お前の話を聞かせてくれよ」
「うっす!」
「へえ。じゃあ俺って豪鬼と妖鬼のハーフなのか」
「そっすね。イブキを口説き落とした時は、集落中から歓声が上がったもんで。両親が駆け落ちだっただけあって、俺は結婚を祝福されんのが嬉しかったっすよ」
「そりゃ良かったじゃねえか。それで、イブキ山に押し寄せた魔王軍を追い払って――そん時に人間を大量に巻き込んじまったと」
「っす。でまあ、山ぁ守る為っすから。大人しく封印されたんっす」
「だからオカンがお前の名前を継いでイブキ山のシュテンを名乗っていたと」
「そういうことっすね」
へー。
「兄貴、どうしたんっすかそんな口ん中にニガムシ詰め込まれたような顔して」
次の瞬間、シュテンは一号の頭を引っ叩いた。
「お前俺の親父じゃねええええええええええええええええええええか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
一号のツッコミ癖が移った。親子の絆である。
「ええええええええええええええええええええ!? 兄貴が息子おおおおおお!?」
「おっまえふざけんなよ!? お前ふざけんなよ一号おい!? 最終盤になって雑に血縁関係の説明とかどこまでお約束守るつもりなの!? 鬼の軌跡なの!? 名シリーズ踏襲なの!?」
「親に向かってなんなんっすかその口は!!!」
「何順応してんだ早すぎるだろ!?」
わたわたわたわた。
この行き場のない巨大な感情を持て余して、シュテンも一号も転げ回った。
大の男二人でごろごろ転がる絵面は目を背けたくなるようなものではあれど、本人たちは至って真面目。
「いや、いやいやいやいや待てよ。そうか、なるほどな。伝説の妖鬼だの伝説の豪鬼だの言われてたのは、そういうことか」
しばらく経って、むくりと起き上がったシュテンは納得したようにそう言った。
結局、自分の名を付けた由来も――そもそも、この世界線ではシュテンという名前が根付いていたことも。
なるほど確かに、そう考えれば辻褄は合うのかもしれない。
「ま、でも今更お前が親父ってなあ……」
「出会った当初を思えば、兄貴は兄貴っすよ。まあ、その。イブキの息子っていうのが――そうか、そうっすよねえ。未来から来たんっすもんねえ……」
シュテンたちが未来から来たことも、一号はよく覚えていた。
その後、ふと思い出したようにユリーカはどうしているのかとか、タリーズはどうしているのかとか、そんなことを二人で語り合う。
ユリーカは今も払暁の団との戦いで奮闘しているだろうし、タリーズもきっとレックルスが迎えにいったはずだ。
あの時泣いていた人々は、今は明るく過ごしている。
堕天使たちも、きっとシャノアールと共に毎日を謳歌していたに違いない。
ならばこの決戦は分水嶺。
シャノアールたちが愛した世界を守れるか、否か。
「そんな時に、俺たちは何をしてるんっすかね」
「馬鹿野郎、だから捜しまわってるんだろ、出口」
「そっすねえ」
和やかな会話をすることしばらく。
シュテンは遠くに、光るものを見つけた。
出口の光源というには聊か頼りない。元々、ここがぼんやりと明るい白い世界だからというのもあるのだろうが――なんだろう、光を反射しているような、ガラスのような何か。
しかし、手がかりがまるでない今よりはマシだと、二人で駆けよれば。
「……んだこれ、鏡っすかね?」
「いや、窓っぽいな。割ってみるか」
宙に浮いた、姿見程度の大きさの窓。覗きこんでも何も見えない――というか反対側の白い空間が見えるだけ。
そんな鏡を前にして、シュテンは徐に拳を振りかぶった。
そして。
「おうおっほほうほおおおう!!!」
「え、兄貴の拳でびくともしない……!?」
窓を殴った手が真っ赤に腫れて、シュテンはぴょんぴょん飛び回る。
――しかし。
その瞬間、窓の中の景色がぐにゃりと曲がった。
「……あん? なんだこれ。平原?」
「……みたいっすね」
覗き込んでみれば、そこは薄暗い平原だった。上空から見下ろすような形で、シュテンはその世界を俯瞰して眺めることが出来ている。
黒い光が降り注いでいることを考えると、やはり魔界のどこかだろう。
そこでは、まるで合戦間際の戦場のように、幾つかの勢力が対峙しているようだった。
幾つか、と言っても。一つの大きい勢力に対し、三つほどの集団が集まって向かいあっているような形か。
数にしてみたら互角だが、雰囲気の統一感では三対一。
シュテンがもっと見たいと思った瞬間、その景色は集団の前へと切り替わる。
巨大な方の集団は、鎮めの樹海でも相対したカルト宗教のような白い貫頭衣に身を包んだ魔族と人間の混合部隊――払暁の団。
払暁の団の多くがどこに居るのかはシュテンも知らなかったし、シャノアールも分からないからこそ危険視をしていたが、まさかこんなところに、一万はくだらない数を揃えていようとは。
「おいおい、一万はくだらねえぞこの数……」
思わず呟く。
しかしそこで、シュテンは気づいた。
ならば、その彼らと敵対している三勢力は?
目線を向けようと思えば、自動で視点が切り替わった。
そして、シュテンは目を丸くする。
何故なら、その三集団のトップには、シュテンも見覚えがあったからだ。
『さぁ、この私に続いてください! グリンドル様をお助けしますよ!! 神蝕現象【渦巻く青の洞源門】!!』
『――シュテンさんは、僕たちオルドラの忍に生きる道をくれた。友誼の酒瓢箪に誓い、今こそ彼の力になる時だ!!』
『魔界六丁目を取り戻すために――レックルスの旦那が俺たちをここに送った意味を考えろ!! 守るぞ、俺たちの街を!!』
シャクティ・ヴィクムント第五席率いる帝国書院。
若き忍の頭領、ポール率いる共和国の忍軍。
そして、レックルスが外に逃がしたであろう魔界六丁目の魔族たち。
レックルス・サリエルゲートにとっては、魔族たちを逃がす場所を敵たる払暁の団に読まれていたのは不覚であった。
シャクティ・ヴィクムントはアスタルテ・ヴェルダナーヴァの命により、この場所での払暁の団の足止めを命じられていた。
ポール――共和国の忍軍は、今日がこの世界の危機であることなど本来は知らなかった。
だが、この世界には偶然の縁というものが地続きで生きている。
たまたまベネッタ・コルティナという共和国出身の魔導司書が居て。
たまたまジュスタ・ヴェルセイアという共和国の忍姫が光の神子と共に居て。
ポールは、ベネッタの父親である、ラムの村の村長から帝国の動向を知り。
ジュスタの仲間である光の神子の話から、この世界の危機をなんとなく感じ取り。
そして今日、たまたま忍軍の調練に出かけた先で帝国書院書陵部と遭遇し、事情を聴いて訪れた。
ここは魔界の入り口。
魔界地下帝国から、魔神と共に地上を攻めようと待機していた払暁の団。
それがたまたま、人々の紡いだ縁によって阻止されようとしている。
――その全ての事情をシュテンという男は何も知らない。
だが、それでも。
熱というものは、伝わるのだ。
守ろうという意志を、共に戦おうとする意志を。
胸のうちに滾る、浪漫を。
「……へっ」
シュテンはそこで、窓から目を離した。
同時に窓から景色が消える。
この窓が、いつも女神がシュテンを見守っていた魔導具であることも、シュテンは知らない。
触れた者の見たいもの、"払暁の団"を窓が指し示したことも、シュテンは知らない。
けれど、それで良いのだ。
それで、良いのだ。
「こうしちゃ居られねえな、一号」
「そっすね! でも、どうやって出口を捜すんっすか!?」
「知らねえ!!」
「ええ!?」
シュテンは笑う。こんな時だからこそ。
「いいから虱潰しにでも探すんだ!!」
拳を握りしめて、叫んだ。
これは決意だ。手がかりなどまるで存在しなくとも。
この世界に浪漫があるのなら、出口は見つけられるはずだ。
仲間たちが戦って、知らない連中も戦って、そんな場所に、自分が居ないなんてことがあって良いはずがない。
だって、そっちの方が浪漫だから。
「で、出口だぁああああ! 助かったあああああ!」
その切り開かれた穴が、たまたま瀕死でこの聖域に引き上げられた"精霊司書"の功績であることも、もちろん、シュテンは知らないのだ。
「ああ、そうか。きみは、知らなかったね」
「鎮めの樹海に居た伝説の鬼神でも、二つも取り込めば暴走、或いは破裂して死んでしまうもの。神秘の珠片」
「ボクたちは知っている。その神秘の珠片を三つ、纏めて取り込める存在を」
「必ず来る。ボクたちはそう信じている。あらゆる窮地を、好機に変える。そんな男が、この世にただ一人だけ居るのだと」
「なるほど……あの、馬鹿が居れば、そうね。どうにかなるわ」
「クソが。そういうことか。答えは出たな……おい」
「……じゃあ、お姉ちゃんが倒れてちゃダメだよね」
「へっ……いい加減あいつに名前の一つでも呼ばせねえと」
「信じてなきゃ、ダメだよね。あたしが信じなきゃ、誰が信じるのよ!」
「……ま、そっすねー。あの人が、ここで出てこないはずがないですしー」
「少し待たせすぎですね。帰ったらお説教の時間です」
「貴方さまのフレアは、いつでも帰りをお待ちしておりますわ」
「はは、なるほど。導師も意地が悪い。あいつが、クライマックスに居ないはずが、あらんせんわ」
「そういう、ことか。この大剣に誓って、旅を終えねばな」
「そうだね。笑われないように光の神子を全うするよ」
「あはは、悩んでたあたいが馬鹿っぽいじゃんね。早く来てよ。……どっちでもよくないから、ぽいじゃないよ!」
「あいつにしか出来ないっていうのは癪だけど、そうなったら来ないはずないか」
「……つまり、どういうことだ? スタンバイしてるのか?」
「……あー、なるほど。眠いから早くしてー」
「あはは、みんな待ってますよ、せんぱい!」
「まったく、度し難いよ。あいつも――シャノアールも」
「信じているよ、このボク――いや、このボクらはね!!!」
「はは、ははははははは!! 何が信じているだ馬鹿が! 笑わすんじゃあ、ねえよ! 見ろ、払暁の時を!! 魔神が地上へ上るこの時を!!」
シュテンは思った。
なんだこの、最高の前振りは。
これはカッコつけなければ、嘘だろう。
「第一神機・草薙、展開――」
「さっきっからちょこちょこ聞こえてたぜ? 魔界払暁の時だの、なんだの」
「悪いがな! これより始まるは聖典への叛逆。魔王と魔神の話じゃねえ。決して悪しき闇に終わる、つまらん話じゃあまるで無ぇ」
「そうだなぁ、言うとすりゃあこうだ。残念だな、セクエンスとやら。陰陽浪漫譚の名を借りて、俺たちの物語をここに示そう」
「裏側からの攻略本、聖典への叛逆、グリモワールリバース、転生鬼神浪漫譚ってなあ!」
BGM【漢の浪漫一気通貫、宵酒浪漫併呑す妖鬼の本懐ここにあり~GRAND BATTLE~】
――魔界六丁目跡。
「で、出口あったから来たわ」
「軽い!!」
魔界六丁目に辿り着いたシュテンの気の抜けた一言。
第一神機・草薙。鬼殺しをとんと肩に乗せて前を向く。
その頭を、炎のハリセンが引っ叩いたことは言うまでもない。
魔神を前に、鬼神が降り立った。
その背中が、今まで戦ってきた者たちにとってどんなに頼もしく見えることか。
体内を既にボロボロに食い破られたシャノアールは、それでも友の帰還に笑みを向ける。
「信じていたよ、このボクはね」
「馬鹿野郎、これで出てこれなかったらと思うとぞっとするわ」
拳を軽く突き合わせるだけでも、シャノアールが今どんなに弱っているのかはすぐに分かる。
だから、簡潔に。
旅の軌跡を語るのは、全てが終わった後で良い。
今はただ、浪漫の旅路を軌跡にしよう。
足跡は後から語れても、足跡を付けるのは今しかできないのだから。
「作戦は?」
「さっきと同じことをするよ。今にも魔神は空に上がろうとしているけれど……シュテンくんと一号くんが蹴飛ばしてくれたおかげで――」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「今、あの巨体で起き上がろうとしている隙がある。もう一度、チャンスは与えられた」
「へえ、泣きの一回か。成功しなきゃ嘘だな。で、もう一回も何も、俺は何も知らねえが」
「そっすね。でも失敗する度に俺たちでもう一回頭蹴り飛ばせばいいってことじゃないっすか?」
「浪漫のねえヤツだな……」
一号に軽く白い目を向けつつ、シュテンは首を傾けて骨を鳴らした。
気力は十分。
だが、十分なのはシュテンだけだ。
他のメンバーはこの熱の中にずっと晒され、戦ってきたのだ。
なればこそ、人一倍自分が張り切るしかない。
と。
そんな気負って胸を張るシュテンの隣に、当たり前のように立つ青年の姿があった。
「お?」
「ん?」
とんとん、とブーツの裏に着いた土を鎗で叩いて落としながら、いつものように呑気な顔を引っ提げて、彼はそこに居る。
「ぼろぼろの導師にこれ以上語らせるのも苦ってぇことで。ったく、遅ぇでしょうや、シュテン」
「はは、そうだなテツ」
に、と軽く口角を上げたテツは続けた。
「あの魔神に攻撃を届かせるにゃぁ、魔素を断ち切る力が必要ってことでさぁ。そこまでは、シュテンの出番はないんですわ」
「転ばせたけど?」
「転ばせたけど、ダメージは全然で」
「あちゃあ」
「あちゃあ、でさぁ」
ってわけで、と呟いたテツの隣に、もう一人の男が現れる。
モノクルを掛けた鋭い瞳。シュテンはとりあえず斧を振りかぶって、その男も無言で大薙刀を振りかぶって、二人揃って鎗で得物を弾かれた。
「"精錬老驥振るう頭椎大刀"と、"国士無双"。そして、もう一つ――」
「僕が、行きます。シュテンさん!!」
「おお、クレイン!」
待ってましたとばかりに飛び出した主人公に、シュテンは諸手を上げて大歓迎。
先ほどのモノクルとは偉い差に、流石のテツも苦笑する。
「魔王に対する力は、魔神にも有効ってぇことで。この三人で、やっこさんの体内にある珠片を奪うんでさ」
「けど、すぐに吸収されちゃいました。なので」
「なるほど、俺に取り込めってことだな」
あれクソ痛ぇんだけど、と呟きつつも、シュテンの顔に否定の色はない。
死ぬほど痛い目には何度もあってきた。
この旅に痛みは付き物で、けれどそれ以上の大切なものをこの世界には貰ってきた。
なら、世界に対する恩返しくらい、嫌な顔せずにやるのが浪漫だろう。
しかし、そこでふと気づく。
珠片が三つ、ヤツの原動力になっているのなら。
「――最後ってことよ。シュテン」
しみじみと、ヒイラギが柔らかく笑って言った。
その言葉に振り向いて、シュテンも少し寂寥を感じさせる笑みを作る。
「そっか。終わりか」
「だからまあ、張り切ってやんなさい」
「おうよ!!」
「ん、よし」
しめくくりは、最高のものを。
神秘の珠片の行き先は、これで全てが決定した。
旅の目的のほんの少しだったとはいえ、目指す指針が無くなったのだ。
寂しさというのは、どうしてもある。
けれど、だからこそ。
最後は、笑顔で終わろう。
それが浪漫だから。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
咆哮に、目を向ける。
びりびりと突き刺すような魔素の波動。
改めて相対してみれば確かに、今までのどんな相手よりも凄まじいプレッシャーを放っている。
あのアスタルテよりも巨大な敵だ。
そう、分かっているのにシュテンは、どうしてか。
負ける気がしなかった。
と。
「ざっけんじゃあ、ねえよ!! 鬼神シュテン!! こんな土壇場で現れて、俺たちの邪魔をしやがって!! 絶対にぶっ殺してやる!!」
そう、吼える男が空に居た。
シュテンは耳をほじって、しばらくセクエンスを眺めて、言った。
「あ? 誰だお前。ダブルチーズバーガー?」
「ダっ……!?」
と、シャノアールの後ろに居たレックルスが叫んだ。
「バーガーとあのクソ親父を一緒にするんじゃねえよ!!」
「おおバーガー屋。流石バーガーには一家言あるな」
「だからバーガー屋じゃねえよ!!!」
ま、いいや。
「ダブルチーズバーガーだろうが、バーガーに見た目が似てるだけの肥満だろうが関係ねえわ。俺たちは魔神を退けてハッピーエンドを迎える。それだけだ」
居ても居なくても同じことだ。
そう笑って、シュテンは今度こそ魔神を見据えた。
「馬鹿が! 魔神の珠片を一人で取り込むだなんて、無茶苦茶なことをしても死ぬだけじゃあ、ねえか!! ならとっとと死んじまえ!!」
そんな罵詈雑言すら追い風に、シュテンは駆けだす。
「とりあえず、作戦開始だ!! 魔神とやらが"たっち"するまでに決めようぜ、お前ら!!」
シュテンの咆哮と同時、そのシュテンより速く突き抜ける一陣の風。
その隣を、大薙刀を構え駆け出す第二席。
そして、
「もう一度くらい、出来るよね!!」
「せんぱいが居るんだもん! 平気だよ!!」
「まったく。――お前は本当に、最後まで味方だったな。シュテン」
「あーもう、デジレもシュテンもどうしてこう……まいっか。あとで。あとで、出来るんだし」
「ふっ。よく分からないが、きみが戻ってきてみんなに元気が沸いたようだよ」
よくわからねえのかよ、とツッコミを入れる間もなく、それぞれが走る。
唯一魔神を初めて見たせいでおっかなびっくり火球を避けていくシュテンと違い、彼らは既に慣れたものだ。
ぐんぐん追い抜かされては、一人一人がシュテンに声をかけていく。
――どのみち、自分は最後に珠片を回収するのが役目なのだ。
なら、これも悪くない。今まで出会った仲間たちが、自分の前に揃っていくのだから。
「主さま。貴方さまのフレアは、ご帰還を心よりお待ちしておりました」
「ああ、待たせて悪かったな」
「いえ。いいえ。貴方さまを慮ればこそ、待つという行為も幸せですから」
「そ、そうか……」
「はい。主さまの雄姿、見届けさせていただきますわ」
「お、ありがとな。せっかくだ、最後まで頼むぜ、フレアリール!」
「はい!!」
渾身の笑顔を向けて、それから鋭い瞳で魔神を睨み、「ぶっ殺す」と呟いてフレアリールは空を往く。
「どもー、待たせすぎですー」
「お、ヴェローチェ。魔界六丁目の護衛、大変だったみてえだな。この様子だと」
「ま、そっすねー。要らん台詞も言わされましたしー……。でも、シュテン」
「あん?」
「守れて、良かったですー。……ひとつひとつ、これからも頑張るっすよー」
「はは、そうだな。じゃあ手始めに、一緒に頑張ろうぜ!!」
「はいー、このわたくしがねー」
「えっ」
ひらひらと手を振って、無気力な表情に微笑みを乗せて、ゴシックドレスの少女は無数の蝙蝠へと姿を変えて飛んでいった。
「シュテン」
「……ん、おお。飛んでる連中ずりぃな!!」
「もう。せっかくあたしが声を掛けているのに、飛んでる連中、でひとくくりにされるのはとってもダメだと思います!」
「あー、悪い悪い。や、その、頑張ったみたいだな」
「ほんとよもう。こーんなにぼろぼろになっちゃって。普段のユリーカちゃんは、もっともっと可愛いんだからね!!」
「あー、いや」
「なによ。文句がありそうね」
「……これだけ頑張って、みんなを守ってる"車輪"も、十分かっけえと思うぜ」
「っ……。えへへ。ありがと。じゃあ、もっともっとかっこよくなってくるね!」
「おう」
くるりと華麗にターンして、堕天使の少女は空を舞う。まるでここが最高の舞台であるように、彼女は気負いのないアイドルの笑顔で向かっていく。
「……それにしても、この魔導の炎の雨の中。俺みてえな近距離型が走るのはやっぱしんどいもんだな」
ぽつりと呟く。前を見れば仲間たちが、次々と連携を繰り返して魔神へと突貫していくのだ。鬼族であることを疎んだことはないが、それでも相性を深く感じるシュテンであった。
だから。
――神蝕現象【大地に恵む慈愛の飽和】――
――神蝕現象【大文字一面獄炎色】――
「案の定、ですね。シュテン」
「よっと、追い付いたっぽい」
「お? お前らボロカスっぽかったけど大丈夫なのか?」
「大丈夫、ではありませんが。それでシュテンが倒れては事ですので。目が覚めた以上、黙って見ているのは性に合いません」
「そういう台詞はあたいの背中から降りてから言うっぽい!!!」
「だって、あまり足を動かすのは苦手ですし……下位の魔導司書は東奔西走が得意だと、ベネッタは言っていたではありませんか」
「いや文字通り駈けずり回ってるわけじゃないっぽいし!? 弱っちいからその分必死ってだけだし!」
「……意外とお前ら仲良しなのな。え、なに、俺を魔導から守ってくれてる感じか」
「そういうことっぽい。だって、シュテンくんが間に合わなかったらギャグっぽいし」
「シュテンが一人でギャグをするならまだしも、流石に魔神相手となると」
「いやいやいやいや俺だって流石にそこは弁えるからな!?」
「本当っぽい?」
「ぽいぽい」
「ぽぽいぽい! ……なにこれっ」
けらけらとそばかすの少女が笑う。
「分かりませんが……このやり取りの後はいつも笑顔ですね」
袖で口元を隠して、着物の童女も微笑む。
だから、
「テツ・クレハ、デジレ・マクレイン、クレイン・ファーブニル。位置に着いたね。さあ、最後の一撃だ!!」
聞き覚えのある吸血皇女の少女の、楽しそうな声色に。
「撃滅・一閃」
「死ね、クソが」
「おおおおおおおおおおおお!!」
三人の攻撃が着弾する。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
悲鳴を上げて蠢く魔神の五体から、ふわりと浮遊する三つの珠片。
シュテンは勢いのままに跳躍して叫んだ。
「女神さんどんな気持ち!? あんなかっこよく俺にこれ届けて消えておいて、今更出てきて恥ずかしくないんですか!?」
やっぱりふざけたじゃねえか、と言いたげな少女たちの笑顔を後押しに。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「黒歴史バレたみたいな叫び声しやがって!!」
なおも叫び倒しながら、シュテンは輝きと共に魔神の中へと還ろうとする珠片を、三つ纏めて掴み取る。
そのまま胸へと押し込めて――
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!! いてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
無意識に発動する鬼神化。
半ば暴走しかけた意識を無理やりにつなぎ止め――
『――あんたもあたしと同じような叫び声してんじゃない』
呆れたような女神様の声を耳にして、我に返る。
「行くぜえええええええええええええええ!!」
神機を斧へ。空から両手で振りかぶった渾身の大斧が、動力を失った女神の額から、唐竹を割るように真っ二つに落とされる。
重力の思うまま地面に着地した頃には、魔神はさらさらと粒子のように光輝き。
シュテンは笑顔で振り返った。
「な、何故……」
現実を受け止めきれていない男の声がかすかに聞こえて。
それを、背後から座標獄門で現れた男が、魔導で縛り付けると同時。
誰から言ったのかは分からないけれど。
皆の声が混ざり合って魔界六丁目に響き渡った。
『そっちの方が、浪漫だからだよ』
たたかい に しょうり した!▼