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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之玖『         』
255/267

第二十話 魔界六丁目IX 『デジレ・マクレイン』


 ――数刻前。


 デジレ・マクレインは揺蕩う泡沫の夢の中にあった。


 不思議と、今の自分がどういう状況にあるのかということは何となく感付いていた。

 鎮めの樹海で起きたこと。

 無理にジュスタをクラスチェンジさせたことで、己の身体が消滅寸前まで追いやられたこと。そして、その致死一歩手前のところから、救い上げてくれた過去の親友が居たことも。



『やっと……守れたよ、きみのこと』


『きみの、大事なもののこと』



 思い出す。かつて、共に旅をしようとせがんできた菫色の少女を。

 救われた。いつか守ると誓った彼女は、本当に――もう会えないと思っていたのに、出会えて、力を貸してくれて。


 一命を取り留めて、その後。


「――オレは、帝国書院に担ぎこまれて、救急治療室。……そのはずだ」


 意識は思いのほかはっきりしていて、口も回る。


 だが、この真っ白な空間はどういうことだろうか。

 

 巷で話題になっている、明晰夢というものか。


 何もない、空虚な場所。

 左、右、上、下、前、後ろ。

 どこを見ても、ただただ途方もない白が続くだけ。

 平衡感覚が狂いそうで、思わず額を押さえた。


 誰もいない。

 なんてつまらない夢だろう。

 そして、意味も分からない。


 この誰も居ない、何もない空間が意味するものはなんだろうか。


 これが、デジレ・マクレインという男の心の中とでも言うつもりか。


 そんなはずはない、と一人首を振る。


 どちらかといえば、多くの物事を考えている方だ。

 喜怒哀楽も激しく、冷静に見えて力の籠りやすい男がデジレ・マクレインだ。


 そんな己を自覚しているからこそ、この空虚さとは無縁であると分かっていた。


 たとえ一人で居ようとも、魔導の研究という喜びがある。

 どんな時でも心を満たす何かがある。

 研究所の部下が居て、全員で試行錯誤を繰り返しながら一歩一歩を踏み進めてきた熱が、確かに胸の内にある。


 苛立ちもある。怒りもある。

 たとえ仇を一太刀のもとに切り伏せようと、今でも魔族を憎む心がある。

 それに何より、確実にぶちのめさなければならないふざけた男が居る。

 ヤツをぎったんぎったんにするのは、少ない人生の目標の一つだ。


 哀しみも、ある。

 結局、復讐などという身を削る業に熱を上げていたのは、己の心がその哀しみを許容出来なかったからだ。失ったものは取り戻せない。そう分かっていたとしても、ならばこの身にはちきれんばかりの情動はどこにぶつければ良いのか。

 結局一人で消化しきることが出来ず、仇に全てを叩きつけることしか出来なかったのが己の性だ。


 楽しみ、は、あっただろうか。

 ふと思考が止まった。

 楽しみ。何か、楽しいと思えたこと。


『人の話をちゃんと聞いて、自分で考えて、身の振り方を決めるんだ』

『ありがとう、デジレ』


 ……ああ、そうか。

 何よりも。誰かがまっすぐ学んでいくその姿を見ることが、己にとっての楽しみだった。



 デジレ・マクレインにとって、この世界は決して空虚なものではない。

 ならばここはやはり、己の心の中ではない。


 だとすれば、いったい。


「……何者かの魔導に巻き込まれた線が濃厚とみるべきか」


 ただの夢にしては、妙だ。


 そう訝しむデジレは、この場所について見当はついていなかった。


 それはそうだ。

 本来ここは、人の身で到達できるような場所ではない。 

 彼がスミレの力で得た"精霊司書"というクラスと、その身に宿した神秘の珠片という依り代と、この瀕死状態の偶然が重なって起きた現象だ。


 まさかここが、本来であれば女神のおわす臨死の世界であるなどと、思いもよらないことだろう。


「なら、とりあえず」


 背に手をかければ、いつもの相棒が確かに有った。

 柄を握って振るえば、溌剌とした魔導の力がこの身に満ちる。


――神蝕現象(フェイズスキル)【清廉老驥振るう頭椎大刀】――


 魔導現象に対する絶対的覇者。

 一太刀振るえば、ここがどこであれ魔素で構築されているならば断ち切ることが出来る。


 ここは死後の世界。女神の聖域。

 今、女神がこの場に居ない理由をデジレは知らないし、興味もない。

 

 だから、躊躇いは無かった。


 勢いよく振るわれた大薙刀は、確かに一条の亀裂をこの地に引き起こした。

 どこに繋がっているかは分からない。

 だが、それでもここでないどこかへ行けるのは事実だ。


 だから一歩を踏み出した。


 喜怒哀楽も激しい研究者の彼にとって、未知は決して怖いものではないのだから。


 歩みを進め、この白い空間を後にする。

 何もない白だけが、世界に残された。











「で、出口だぁああああ! 助かったあああああ!」

















 ――帝国書院書陵部、医療看護室。


 デジレ・マクレインはゆっくりと目を覚ました。

 見知った天井。帝国特有の、鉄っぽくも静謐な空気。


「……誰か、居るか」

「ああ、居るとも」

「よりによってテメエかよ」


 呟いたデジレに応じるように、少年とも少女とも取れる中性的な風貌の現人神がひょっこりと顔を覗かせた。

 デジレは彼の顔を見るなり忌々し気に舌打ちすると、そのまま上体を起こす。

 酷く全身に電流のような激痛が走るが、おそらくは自身の魔素がまだ励起状態にあるが故。放っておけば治ると、デジレは自らの状態を決定付けた。


「鎮めの樹海から運び込まれて、十日といったところだよ」

「わざわざどうも。……クソロリ共はどうした」

「ヤタノ、ベネッタ、グリンドルの三人は任務続行中。脱落者はきみだけだ」

「脱落って言うんじゃねえよクソが」

「落伍者、ルーザー、魔導司書の面汚し」


――神蝕現象(フェイズスキル)【清廉老驥振るう頭椎大刀】――


「おっと」


 軽く首を逸らして、薙刀を回避するアスタルテ。

 それを無視して、デジレは立ち上がる。

 周囲に目を配れば、ベッドのサイドテーブルには綺麗に畳まれた自分の服が置いてあった。入院用の簡素な服を脱ぎ去って、デジレはもくもくと着替えを始める。


 じっと背中を見つめる視線が気になって振り返ると、アスタルテがにこりと微笑んだ。


「着心地はどうだい」

「気持ち悪い。なんだその言い草は」

火熨斗(アイロン)はしっかり掛けておいたからね」

「テメエがやったのかよ気持ち悪い」


 元よりオーダーメイドの品だが、ノリが利いて着心地が万全なのが、異常に癪に障ったデジレだった。

 衣文掛けに引っかかっていたコートを纏えば、いつもの帝国書院書陵部魔導司書デジレ・マクレインの完成だ。

 改めて大薙刀を手に取ると、軽々背に掛ける。


「……きみの身体はまだ万全には程遠いが?」

「それでも行くんだよ決まってんだろうがクソが。魔族のクソ共に王手をかける。そんな状況でオレが一人のんびりしていられるわけがねえ」

「死ぬかもしれなくても?」


 その問いに、デジレはゆっくりと振り返る。


 少し前の自分なら、一笑に付していただろう。

 死ぬかもしれない。それがどうした。己が復讐、魔族への憎悪に、己の命など二の次だ。くだらないことを考える暇があったら大薙刀を振るった方が、結果的に命は助かるだろう。

 そうやって、投げやりに、しかし確実に敵の息の根を止めることだけを考えていたに違いない。


 けれど。


『……なんだろね。デジレを守ろうっていうのだけは、全然、なんの葛藤も要らなかった。復讐より、ずっとずっと向いてたみたい』


『クソロリ!!! オレはなァ!! もう二度と、目の前で!! 敵に命を奪われるのはゴメンなんだよ!!!』


『……ぼかぁ、精霊族には随分世話になったからか、どうにもね。感じるんで。お前さんを生かそうとする、小さな意志を』





『やっと……守れたよ、きみのこと』






 無駄にするものか。

 無駄にしてなるものか。この命を。


 守るべきものがある。

 守りたかったものがある。


 だからもう、死ぬつもりはない。



「――そうか」


 目線が合ったアスタルテは、一言それだけ呟いて頷いた。


「運命の糸は、君を殺しはしないだろう。その意志があれば何も心配はいらない」

「そうかよ。現人神の太鼓判ならまぁ、信じてやらんでもない」

「ふふ、そうとも」


 帝国の現人神は鷹揚に、そして高らかに笑う。


(やつかれ)の帝国臣民は、そうでなくては」


 それじゃあ、行っておいで。


 その一言を聞くか聞かないか、その刹那には、デジレは病室の外へと歩みを進めていった。









 





 ――魔界地下帝国魔界六丁目跡。地獄の釜。




 獄炎に晒されたこの場所で、世界を守る戦いは今も続けられていた。


 肺に送り込んだ空気は熱。

 舞い散る火花は雨のようで、瞳がちかちかと痛みに悲鳴を上げる。


 健在の魔神は咆哮を上げ、その巨体でなおも世界を壊せと暴れ回る。


「は、はは、ははははは!!!」


 狂ったように笑い声をあげるは、上空へと逃げたセクエンス・サリエルゲート。


「魔界の夜明け、日の出に相応しい日輪だ!!! こいつぁ良いじゃあ、ねえかよ!! 女神クルネーアを天から引きずり降ろして、俺たちは地上に上がる! 最高の世界が、今に!!」


 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 魔神が吼えると同時、熱の波動が魔界六丁目全体に、ドームでも作るかのように広がった。吹き飛ばされるはこの場に居る生命の全て。

 それはセクエンスとて例外ではないのだが――彼は熱の海に呑まれて尚、狂ったように笑うのみ。


 魔王への連絡は付かない。ルノアールも同じ。エウレカ、エウレイは目の前で下され、最早計画を共にした仲間は居ないのだ。

 払暁の団の連中は"何故か"反応が無い。逃げたということはほぼあり得ない以上、何かが起きていると判断したほうがよさそうだ。

 そして、ルノアールが対鬼神用に残した魔導からも音沙汰がない。


 あれだけの魔導を使っておいて鬼神一匹さくっと殺すことも出来ないのか? と疑っていたのも今は昔。もう、何もかも考えるのが億劫だ。


 正攻法でやり合ってももう勝てない。

 ならば、魔神で叩き潰してから今後のことは考える。


 だから、疾く去ね、魔界六丁目の有象無象。


 意識無き魔神はただ暴威の限りを尽くす。焔を纏い、薙ぎ払う全てを焦土と化すその腕が――今にも光の神子を襲おうとしていた。


 クレインの前には、リュディウスが剣を構えて立ち向かい。

 ハルナが防御の壁を張ったうえで、グリンドルが全員の力を高めていたにも拘わらず。

 魔神の咆哮は、その魔導の性質を打ち砕く。

 瞬く間にハルナの障壁が砕け散り、グリンドルの神蝕現象でさえ防ぐのが精いっぱいだ。リュディウスの背後に居たクレインはまだしも、ハルナとジュスタは無防備に近い。


 だが、間に合った。

 その背中が間に合った。 


「怪我をおして来てみりゃあ、でかいだけの化け物に街一つ潰されてるたぁ。クソ忌々しい状況だな、おい」


 ジュスタとハルナを守るように構えたその大薙刀から発せられるエネルギーは。

 確かに、あの魔神の咆哮と、腕の焔すらも見事に無効化してみせた。


――神蝕現象(フェイズスキル)【清廉老驥振るう頭椎大刀】――


「でじ、れ?」


 そう零した声の主に振り向いて、デジレは呆れたような目を向けた。


「なんだ、その間抜けな顔は」

「あ、はは。なんで今来るんだよぉ、おっそいよばーか」

「知らねえな」


 とん、と大薙刀を肩に乗せ、デジレは前方の魔神を睨み据えた。


 とにかくデカい。

 帝国書院の本部よりも遥かに巨大だ。城を目の前にした方がまだ可愛げがある。

 だが、やりようはあるだろう。

 この大薙刀ならば、たとえ神だろうが魔素であるなら断ち切れる。


 はためくは背中のII。

 帝国書院書陵部魔導司書第二席デジレ・マクレイン。


 この程度の苦境には、最早慣れっこだ。


「――だから一人で大丈夫って? そりゃないよ」

「テメエが出てきたところで意味ねえだろクソガキ」


 当たり前のように隣に並び立った少女――ジュスタ・ウェルセイアを横目に、デジレは呆れたように息を吐いた。

 それが不満なのか、ジュスタは首を振る。


「療養で担ぎこまれてた脱落者に言われたくないもんねー」

「誰が脱落者だ削ぎ落すぞクソが」

「何を!?」


 ったく、と一言。


「こんな状況で一人休んでられるわけがねーだろ。お前みたいなのがこんなところに居るなら猶更な」


 戦線の最前線も最前線。

 確かにこんなところに居たのでは、いつ蒸発させられてもおかしくはない。

 敵対しているのは魔族の最高位である魔王の――さらに上。

 生命としてこの世界で最も強大な"神"の類だ。


 地神鬼神のようなちゃちなものではない、本物の聖域の女神。

 それを引きずり降ろして、狂気の渦に落とし込んだ存在がこれだ。


 ――そうであることを、デジレは一目見た時から看破していた。



 デジレの台詞にくすぐったそうに笑ったジュスタは、それでも指から糸を手繰って彼の傍を離れない。


「何をするにも、サポートは必要でしょ? 一発貰ったら大怪我じゃすまないけど、これでも"ミッドナイト"。忍の最高峰なんだよ、ボクは」

「形上はな」

「へー、言ってろばーか。ボクだって、クラスに振り回されないように練習したんだからね」

「一朝一夕でどうにかなるもんでもねえだろうが」

「それは分かってるよ」


 拗ねたように唇を尖らせて、でも、とジュスタは続ける。


「今日で終わりじゃないもん。これからも、強くなり続けるよ。そのためにも、今日を戦うんだ」

「……何がお前をそこまでさせる」


 デジレの見立てでは、あのままでは拙いと踏んだから今ここに割り込んだのだ。

 清廉老驥振るう頭椎大刀が無ければ、彼ら光の神子たちはどうなっていたか分からない。


 いや、頭では分かっているのだ。

 このジュスタ・ヴェルセイアという少女は、妙に自分を信頼して、危機には己を救ってくれると想っていることを。

 その程度が重いと思うほど、デジレ・マクレインは安くない。


 だが、それと命を懸けることはまた別だ。

 幾ら他人を信じていても、それだけで命を死地に放り出すなどということが出来るはずはない。

 ならば、何故。


「何がって、そうだな」


 糸を駆使し、瓦礫の山の中を飛び回って魔神の腕を躱すジュスタ。

 確かにその身のこなしは、デジレが最後に見たものよりも洗練されている。


 戦う者の瞳、闘志と守護の意志を見せるジュスタの目。

 それが、どこか、デジレは。誰かとダブって見えた。

 

「ボクはこうやって頑張ってれば、いつかデジレとか、デジレの大事なものを守ってあげられると思うんだ」

「――お前」


 その言葉は。


『ボクはこうやって頑張ってれば、いつかきみとか、きみの大事なものを守ってあげられると思うんだ』


 けれど、違った。


「デジレの、隣でさ」


 ジュスタははにかんで答えた。

 同時、襲う魔神の咆哮。


 ジュスタの目が小さく見開かれる。


「ちぃ!」


 このままでは、とデジレが駆けだすよりも先。

 ぽん、とジュスタの姿が丸太に代わった。


「は?」

「ふぃー、危ない危ない」


 デジレの背後から、息を切らせて顔を出したのは間違いなくジュスタだ。

 忍の術にこんなものがあると、デジレも知っては居たが――使われたのは初めてのこと。ましてやジュスタが使えるなど、知りもしなかった。


「……少し、オレの方が勘違いしていたみたいだな」

「何が?」

「お前も、自分の足で立てるようになったか」


 嬉しい気持ちがあった。

 研究とはまた違うにせよ、後進がこうして育っていくことが。


 自分の道を、自分で選んでいくことが。


「魔神の始末だ、行くぞクソガキ」

「うん、任せて」



 魔神の咆哮を合図に、デジレは前へと駆けだした。

 咆哮の魔導破壊? 知ったことか、己の大薙刀は魔導の全てを断ち切っていく。

 ジュスタもその性質を理解しているから、ぴったりとデジレの後ろをついてくる。


 と、そこで背後から声がかかった。


「デジレ君!! その魔神には、アイゼンハルトの攻撃ですら回復された!! 何かしらの魔素供給源があるはずだ!!」


 聞き覚えのある声色。

 魔界の導師シャノアール・ヴィエ・アトモスフィア。


 なるほど、とデジレは頷く。

 よくよく見れば、身体全体に魔素が妙に巡っている。

 魔神とはそういうものなのかと軽く流していたが、そうでないというのなら。



 研究院名誉院長デジレ・マクレインの出番だ。



「魔素の巡りの速さから言って、地中空中から吸い上げているにしては妙に身体への馴染みが早過ぎる。ならば体内で精製――だが、そうするとこの巨体を維持する力の源が分からねえ。なるほど、導師でさえ原因を掴めていねえのはそういうことか」


 考えろ、考えて、大薙刀を振るえ。

 全ては、復讐の為でなく。


 この世界を守る戦いの為に。


「魔神の暴走状態を引き起こして尚この魔素の維持。魔界六丁目はただの召喚儀式場としての役割しか果たしてねえ。そりゃそうだ、奴らはここから魔神を地上に侵攻させる気なんだからな。となると、こいつのエネルギーは――」


 デジレの脳裏に閃くものがあった。


 もしかして、という仮定を胸に、後ろの少女に声をかける。


「おいクソガキ」

「ん?」

「これから実験を開始する。続け」

「サポートすればいいの?」


 打てば響くように答えが返ってきた。

 デジレの口角が少し上がる。

 何をすればいいでもなく、ただ唯々諾々と付いてくるでもなく。

 己がするべきであろう行動を自分で考えて、その上でさらりと問いかけてきた。


 本当に、子供の成長は早い。


「ああ」

「ん、りょーかい」



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 魔神の咆哮。

 続く焔の腕。

 近づけば近づくほど、肌を焼く熱量が上がっていく。

 呼吸もままならないほどの熱気は、一度せき込んでしまえば窒息してしまいそうなほどのもの。焼石に水を撒いたような蒸気と、花吹雪のように舞い散る火の粉の群れの中を突っ切って、魔神へと真っ直ぐ進んでいく。


「……不可思議な魔素供給。経空でも経地でもない、聖域からの――違う。供給パスはどこにもつながっていないとしたら体内……そうすりゃ、可能性として残るのは」


 目の前に魔神が現れると同時、ジュスタの忍術で短距離転移。

 糸を使った立体機動は、今までのデジレには無かった世界だ。

 それだけに、今移動に気を取られるのはむしろ愚か。


 このクソガキを信じて、ただひたすらに前へ、前へ。


「魔素関係の迎撃は無視するね。デジレの大薙刀があれば平気だろうし。物理は全部避けて――とりあえず、胴体に向かえばいいのかな!!」

「出来れば首だ。どんな生物も、首にこそ命を繋ぐ何かがある。それは神ですら変わらない。逆に言えば、首さえ見ればだいたいの状況は分かる。オレの仮説通りなら猶更な」

「了解!!」


 ジュスタが嬉しそうに頷いて、デジレの手を取って先行する。

 前方に大薙刀を掲げながら、一心不乱に魔神へと迫る。


「たった二人で何が、出来るってんだ!」


 魔神の近くを浮いていたセクエンスが小馬鹿にするように吠え立てるが、二人はそんなものは全く気にしない。

 今となっては、召喚者などはどうでもいい。むしろ、この魔神さえ片づけてしまえばチェックメイトだ。


「いっけええええ!!」


 魔神の放った焔を回避し、そのまま一気に首元へ。

 うなじに辿り着いたデジレはそのまま着地し、その熱に慌てて跳躍した。


「これに触れるのは流石に無理かクソが……!」


 ジュスタを伴い、飛び下がるデジレはしかしその目にしっかりと首筋の情報を焼き付けた。


 なるほど、と仮説が合っていたことに頷く。


「こいつは、面倒なことになりやがった」

「え、なんで?」

「こいつの魔素供給源は、こいつの体内にあった。それは、分かっていた事実だが――ちっ、まさかな」


 飛び降り、一度魔神の傍から撤退する。

 確証を得た以上、ひとまず作戦立案から行う必要があると判断した。


 無論、この魔神が地上に上がるまで時間はない。

 だがそれ以上に、無策で突っ込んでも死ぬだけだ。


 その理由は――




「超高密度不定形魔素結晶。あのイカれたクソ妖鬼に言わせりゃ"神秘の珠片"」





「それが三つ、ヤツの体内に取り込まれてやがった」

 


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