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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之玖『         』
251/267

第十六話 魔界六丁目V 『ユリーカ・F・アトモスフィア』



 ――魔界六丁目三番街。


 ヴェローチェは善戦していた。


 如何に導師の孫娘とはいえ、魔界六丁目全体に意識を割いて尚たった一人で戦えるなど到底ありえない話だ。そうであっても、ヴェローチェは戦うことが出来ていた。


 今この瞬間、誰かを想う力でシャノアールの実力を上回った――などであれば、きっとヴェローチェは自らの魔導に胸を張ることが出来たのであろうが、残念ながらというべきかそうではない。


 もっと単純なことだ。



「ヴェローチェちゃん!! こっちだ!!」


 声。

 ヴェローチェが目をやれば、街の路地で戦う男たちの姿。


「俺たちはこの化け物を倒せなくても!!」


 相対するは化け物のうちの一体。

 "シャノアール団"を標榜する彼らでは、土台太刀打ちできないであろう異形の魔獣を相手にして、しかし彼らは今まで懸命に練習してきたのであろうフォーメーションで連携し、魔獣を足止めする。


「取り押さえることくらいなら!!」


 雄叫びを上げて魔獣の両腕にしがみつく男たち。

 そこへ。



――古代呪法・混沌冥月――



 黒の奔流が彗星のように一条の軌跡を描いて降ってくる。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!』


 見事腹部に巨大な風穴をこじ開けられた魔獣は、そのまま砂になり消えていった。


「やった!!」

「喜んでる場合か、次に行くぞ!!」

「ヴェローチェちゃん、助かるぜ!!」


 ありがとうありがとうと地上から振られる手に、眠たげな眼のままぐっとサムズアップだけして応えると、彼女は次の標的をすぐに探して魔導で穿つ。


 ただ縦横無尽に暴れる魔獣を制圧するというのであれば、こう上手くコトは運んでいないだろう。


 "シャノアール団"の連中や、街の馬鹿共が魔獣を誘導し、時に取り押さえ、時に足止めすることでヴェローチェが少しでも楽に戦えるようサポートしてくれているというわけだ。

 

 つまるところ。

 戦えるのはただ一人でありながら、ただ一人ではなかったのだ。



 ヴェローチェはきっと知らない。 

 ただ一人強大な敵と戦える魔導師が、かつて二百年前のとある砦でも同じように、皆の勇気の源となっていたことを。


「結果的に、お爺様に魔王城任せて正解でしたねー」


 のんびりと口では呟きながら、放つ魔導を止めることはない。

 ヴェローチェにとっては一矢一殺の雑魚であったとしても、空を飛ぶ力を持たない住民たちにとってはあの魔獣共は脅威だ。


 それにヴェローチェにとっても、街をこれ以上壊されるのは御免だった。


 体内魔素はまだ十分残っている。

 最初に混沌冥月を連発したせいか少々消耗はあるものの――強大な敵を相手にするわけでもない。ならばこれで十分だ。ひとまずは住民の無事を。


 と、そこでヴェローチェは強大な魔力反応を感知した。


 自らの後方、上空から一気に降りてくるその魔力。

 外敵であればすぐさま迎撃態勢に移行するべきその飽和した強烈な魔素の感覚に、ヴェローチェはしかし覚えがあった。

 故に振り向くこともなく、淡々と作業のように魔獣駆除を続けていく。


「よっと。ヴェローチェ、大丈夫?」

「さー? 天下の車輪様がもう少し早く来てればこんなことにはならなかったのではー?」

「う、ぐ。こんな時だけ白々しく肩書を」


 隣で羽ばたく三対の黒翼。

 ヴェローチェは「今まで何をしていたんですかー」とばかりに白けた目を自らの姉へと向けた。


 ユリーカ・F・アトモスフィア。


 相変わらず愛らしい意匠を凝らした服装に身を包んだ、魔界のアイドルがそこに居た。

 

「ま、とはいえー」


 ヴェローチェは目を街へと向ける。


 眼下に見えるのは、火、火、火。ところにより崩落した瓦礫の山、街の営みを崩していく魔獣の群れ。


 ヴェローチェがどんなに頑張っても、街の被害だけはどうにもならなかった。

 せめて多くの人の命が救われたことだけが、彼女にとっての救いだっただろう。


「ユリーカが来ていたところで、大して状況は変わっていなかったかもしれませんがー」

「あ、そういうこと言う」


――古代呪法・車輪転装――


 唇を尖らせながら、ユリーカは握っていた二本のカトラスを消滅させ、代わりに巨大な黒い弓を取り出した。三人張、などとも呼ばれる、とても常人に引くことなどできない強靭な弦に三本の太い矢を番え、彼女は頬のそばまで引き絞った。


 狙いは数瞬、放たれた矢は次の瞬間には三か所に居た魔獣に突き刺さり――穿った。


 はじけた風船のように狙撃箇所に風穴が空き、魔獣はそのままくずおれる。


 近くに居た子供たちが、ほっとしたように逃げようとして空を仰いだ。


「ユリーカちゃんだー!!」

「ほんものだ―! かわいー!!」


 逃げることも忘れて黄色い声を上げる少女たちに、どこか照れ臭そうに顔を背ける少年たち。車輪とはいえ、可愛いアイドルとしての側面の方が有名な彼女のことだ。


 女の子に守られてしまった、という気恥しさが年頃の少年たちのプライドを刺激したのだろう。すぐさまその場にいた少女たちの手を引いて逃走を再開する。


 良い判断だ。魔獣はまだ、死んでいない。


「――そこ」


 二の矢、三の矢が魔獣を穿つ。

 苦悶の声を上げて倒れた魔獣は、今度こそ完全に沈黙し――砂のように消えた。

 ヴェローチェの眉がピクリと動く。


 ふう、と一度精神を落ち着かせるような息を吐いたユリーカは、ヴェローチェの方を振り返って胸を張る。


「車輪の位置付けはシャノ兄よりも高いんだよ? そこんとこ、分かって欲しいなってお姉ちゃんは思うの」


 ヴェローチェは面倒臭そうに目を逸らした。


「妹的にはごちゃごちゃ言わずに援護してくれたら楽なんですけどー」

「なによそれ!!」


――古代呪法・幽人霊路――


 ヴェローチェの放った魔導は、地面から湧き出るゴーストを呼び出し、触れたら即死という危険なもの。そろそろ住民の避難も済んできたのだ、この辺りで一掃に掛かりたいというヴェローチェの心情は理解が出来る。


 ユリーカは彼女を援護するように、矢束を一度上に放ち、雨のように降らし始めた。これで完全に、空へ逃げることを封じる構えだ。


「ゴァアアアアアアアアアアアアア!!」

「ギャアアアアアアアア!!」


 矢に翼を穿たれて、墜落したところをゴーストに引きずり込まれる魔獣。

 ゴーストから逃げようとするも、矢に行く手を阻まれて成すすべもなく消える魔獣。

 逆に、矢を避けようとした結果ゴーストに隙を突かれて消滅した魔獣も居た。


 先ほどよりもずっと効率的に、六丁目に害成す魔獣を駆除出来ているこの状況。

 もちろん六丁目の住民たちが今まで頑張ってくれたから、というのもあるが、やはり"車輪"の援護の効果は絶大だった。


 先ほどの苦言を受け入れ、無言で支援してくれているようであるし。


 と、横目にヴェローチェはユリーカの不機嫌そうな顔を一瞥した。


「……ユリーカ、ちょっとしょーもない話をしてもいいですかー?」

「人にはごちゃごちゃ言わずに戦えって言っておいて!?」

「ユリーカの話は全部しょーもないんでー」

「酷くない!?」


 言葉を交わす間も、ヴェローチェの魔導もユリーカの攻勢も弱まる気配はない。

 幽人霊路が混沌冥月に変わったり、強弓が投鎗に変わったりはあれど、意識が戦いから逸れることのない証拠だ。


 二人で遠距離から魔獣をアーガモ撃ちにしながら、ヴェローチェは呟く。


「……もとから、戦いにおいての相性はいいと思ってたんすよ、わたくしはー」

「元からって……それはつまり」


 目線どころか顔も向けず、ヴェローチェはただ手で魔導円陣を手繰りながら、口だけをいつものようにのんびりと動かしている。

 そんな彼女とは違い、ユリーカは思わずヴェローチェを見た。


 ――まさか彼女の方からユリーカに向かって"あの頃"の話をしてくるとは思っていなかったから。


「憎かったですよー。それで、殺してやりたいくらい嫌悪してましたー。けど。元から、共闘した時のメリットは大きいなーって思ってはいたんですよー」

「ずばずば言うこの駄妹」


 魔獣の足元に打ち込んだ矢で足止めしたところで、頭を混沌冥月が穿った。


「まあ確かに、現にこういう状況でも相性は良いし、あたしが前衛に回っても十分強いとは思うけど。それは今だってそうでしょ。ていうか、今じゃなきゃやれないでしょ」


 回避していたゴーストの背後から飛んできた投鎗に貫かれ、また一匹魔獣が絶命する。


 ユリーカは、正直あまりこの話題を続けて欲しくはなかった。

 お互いに嫌な思い出ばかりを抱えているのが"あの頃"だ。

 記憶を辿ればすれ違いばかりで、けれどきっと互いの事情を知ったところで和解することなど出来なかったと思う。

 それくらい相いれなかった、二人なのだ。

 けれど今は幸せだ。一緒に朝から夜までご飯を食べて、時折喧嘩して、シャノアールに窘められて、一緒に遊んで。そんな幸せな記憶を、抱えている。


 ヴェローチェは記憶を二重に持っていると言っていた。

 辛かった十五年と、幸せだった十五年。


 ユリーカはそうではない。

 辛かった記憶こそあれど、彼女の持っている大事な今は、曲りなりにも年の離れた妹の面倒を見てきた今なのだ。


 だから、妹から憎悪だの嫌悪だのと言われるのは、中々堪えるものがある。


「なんでこんな話するのよ」

「……謝っておきたかったんですよ。一度は」


 混沌冥月が、突き刺さった矢ごと魔獣を消し飛ばした。


「わたくしは、ユリーカが地上に出られないということを、知らなかった。知らなかったが故に、あの時も傷つけたと思いますー。聖府首都エーデンに侵攻する計画の時に」

「……あー」


 幽人霊路に捕まり、なお抵抗する魔獣の脳天を投鎗が穿った。


 ユリーカは新たに作り出した投鎗を弄びながら、言葉を濁す。

 言われてみて、ぼんやりと残っている記憶を掘り起こせた。

 聖府首都エーデンを襲撃するから、お前も手伝えと言わんばかりの"導師"を突っぱねた記憶。自分が行っていれば、"導師"は投獄されることも無かったかもしれない。


 けれどあの頃の自分にも意地があって、地上に行けないと本当のことを明かす気にもなれなくて、適当な理由をつけて追い返した。珍しく、自分一人ではきついからと頭を下げに来た"導師"を。


 鎗を投げ、魔獣を穿つ。


 見事に頭に的中した魔獣の末路を見送ることもなく、ユリーカは隣を見た。


 いつかの導師、大事な妹が、気づかぬうちにユリーカを見つめていた。


「――だから、ごめんなさい」


 困ったように笑って、ヴェローチェはそう言った。


「……なんで、いまいうかなあ」


 投鎗が、ブレてしまった。頭を穿つはずだった魔獣の頬をかすめ、地面に突き刺さる。


「何でと言われても、タイミングが無かったからとしかー」


 しかしそれが結果的に足止めとなって、ヴェローチェの混沌冥月がトドメを刺す。


「ありがと」

「べつにー」


 目元を小さく擦ったユリーカは、気を取り直して強弓を手にした。

 矢を数本番えて、眼下を睨む。

 流石に魔獣の数も減っては来たが、ひっきりなしに落ちてくるあの空に空いた"穴"をどうにかしないことには、この状況をひっくり返すことは出来ないだろう。


 とはいえ、流石に飛来する魔獣の数も減ってはきているのだが。

 打ち止めが近いということなら、削り切ってやるのも一興か。とユリーカは思う。


「あたしはさ。パパとママを探して、その中で魔王軍に入ったの」

「流石にもう知ってますがー」

「だから、それしか目に入らなかったから、あなたのこと誤解してた。ごめんね」

「……ふふ」


 ヴェローチェの魔導に合わせて、ユリーカの武威が舞う六丁目の空。

 二人して少し笑顔になった。


「良かったっすねー、なんか。わたくしは、本当に……まさかユリーカとこんな間柄になるとは思っていませんでしたのでー」

「あたしだってそうだよ。こんなことになるなんて、思ってなかった」


 でも、だからこそ今こうして一緒に戦えていることが、何より頼もしい。

 一度は殺してやりたいほど互いを憎んでいた二人は、裏を返せば"殺したくても殺せなかった相手"でもある。そんな強い相手と手を組んだことそのものが、何よりも。




『浪漫ってヤツじゃねえの?』





「……なんというか、アレですねー」

「そうね。アレだね」


 混沌冥月と、車輪転装。魔導と武威の雨霰。

 "アレ"というのが何のことなのか、二人とも口にせずとも分かっている。

 きっと本人は、自分が居なくても何れは同じ結末を迎えていたと笑うだろう。

 けれど二人は否定する。

 目の前の"敵"でしかなかった相手と今こうして仲良くなれて、互いを知って、姉妹として"楽しく"生きていられるのはきっと――浪漫(アレ)のおかげだと。



 混沌冥月で穿った魔獣が砂となって消え去った。

 その光景に、ヴェローチェは小さく唇を舐める。

 

「やっぱ変ですねー」

「なにが?」

「魔獣かと思ったら、あの消え方はモンスターのそれですから……穴は多分どこかのダンジョンに繋がってるんですかねー?」


 モンスターというのは、ダンジョンのような特殊な状況、場所において生まれる魔素の塊のようなものだ。魔獣のように、魔族の劣化種族であるというわけではない。


「いや、モンスターってことはないでしょ。六丁目がダンジョン化でもしてるってこと?」

「うーん。あの強さは魔獣のそれだとは思うんすけどー……」

「消え方は確かに……。それに知性は低そうだしね」


 ふむ、とヴェローチェは頷いた。

 考えても仕方ないことかもしれない。魔獣だろうがモンスターだろうが、倒すべき敵は倒す、それだけの話――かもしれない。けれど何だかヴェローチェには少し引っかかりがあって、一応頭の片隅に入れておこう、というところで落ち着いた。


 と、そんな時だった。


「ヴェローチェ!!」


 ユリーカがヴェローチェの前に出て、手に握っていた強弓を振るう。

 弓は一瞬で折れたが、その頃には既に彼女はカトラス二本を握って構えていた。


 何が起きたのか、ヴェローチェも反応程度は出来ていた。

 けれど迎撃を完璧にこなせたのは流石車輪というべきか。


「一応、助かりましたー」

「一応ってなによ」


 しょうがないなあ、とユリーカは呆れたような顔をヴェローチェに見せて――目の前の者たちに向き直った。


「それで、あんたたちは何者? ――見たことのない堕天使だけど」


 黒い三対の翼は、誰が見ても堕天使の証。

 感じる膨大な魔素の波動もあって、ユリーカは警戒をあらわにした。


 しかし、その横でヴェローチェは複雑そうに表情を歪める。

 真剣なユリーカに水を差すのもどうかとは思ったが、彼らの顔立ちにやけに見覚えがあったのだ。


 その、濃い桃色の髪も含めて。


「あの、ユリーカ――」


 言葉を発するよりも先に、二人の堕天使が息の合った連携でユリーカ目掛け殺到する。

 女は二本の曲刀、男は大きな斧を構え、無表情で襲い掛かった。


「甘いのよ!!」


 二本の曲刀が一の太刀、二の太刀と振り下ろされるのを、ユリーカは手元のカトラスで一本ずつ丁寧に、しかし素早く弾き飛ばした。

 空いた隙に女の腹部を蹴り飛ばし、次に襲ってきた斧使いに大剣で対抗する。


 狙いすましたユリーカの一撃は見事に斧の柄に命中し、そのまま振り切る勢いで男も跳ね飛ばした。


「あいにく、斧使いの相手は何度も何度も考えてるから。あと、二刀流もね、二槍流とかいう化け物相手に結構鍛錬積んだのよっ」

「ユリーカ、違いますたぶん……その二刀流は、二槍流というより貴女の――」

「ヴェローチェ! 援護お願い!」

「……聞いてないですしー」


 そう言われても、未だに魔獣たちは六丁目にうぞうぞと蠢いている。

 彼らを排除するのが先で、この妨害をしにきた堕天使二人の優先順位はそこまで高くないはずなのだ。

 ユリーカに任せられるならその方が好都合。少なくとも今の接触を見た限り、1対2でも戦えそうな相手なのだから。


 それに。


「はあああああ!!」

「――!」

「――!」


 あの二人からは、嫌な感じの魔導の気配がする。とはヴェローチェは口には出さなかった。おそらくは葬魂幻影と似たような、そして洗練七法と似たような、闇魔力によってのみ成り立つ人道を無視した魔導。


 二刀と斧の攻撃を、次々に新種の武器で翻弄するユリーカ。

 その表情には余裕が見て取れる。


 ユリーカ・F・アトモスフィアは、決して魔導のエキスパートではない。

 戦闘において、自らが害を被るであろう敵性魔導の気配に対しては敏感だが、そうでない、危機感知に関わらない魔導に関してはほどほどの知識しかない。


 それでも魔界のトップに立てる技量があったのだから、即ち才能と努力の勝利ではあるのだが、ことこういう状況においてはヴェローチェやシャノアールといった魔導師には一歩を譲る形だった。


 故に。


 すぐ近くに開いた"座標獄門"に気づいたのも、ヴェローチェが先だった。


「レックルスですか、随分と遅い登場で――」

「おいおい、出来損ないの息子と一緒にすんじゃぁ、ねえよ」


 違う、と瞬時に察し、ヴェローチェはパゴダ傘を構えた。


 ゲートを通って一人の男が顔を出す。

 レックルスに似ては居るが、醜悪な毒性を感じるその凶悪な面構え。


 そこでヴェローチェは気が付いた。

 否、思い出したというべきか。


 レックルスが今回、『間違いなく絡んでいるはずだ』と言っていた男の存在。

 そして、この世界でレックルスの他に座標獄門を使える者。

 ヴェローチェ自身も何度か目にしたことのある、サリエルゲート家現当主。


「――セクエンス・サリエルゲート」

「誰かと思えば、シャノアールんとこのガキか」


 は、と鼻で笑う男――セクエンス。

 レックルス・サリエルゲートの父親。


「しばらく魔界で見なかったと思ったら、やはりわたくしの父と組んでいましたかー」

「まぁな。同じ人間でもシャノアールとはモノが、違ぇよ。面白ぇもん、あいつ。だから付き合って、魔王様も乗っかったから俺っちも便乗したってぇ、わけよ」


 耳を太い指でほじりながら、呑気にのたまうこの男は、おそらくはヴェローチェと同じような魔導で空に浮いているのだろう。

 面白そうに腕を組み、ユリーカの方へと目をやる。


「そら見ろ、楽しい楽しい――あん? なんか悲壮感が足りねえな。もしかして車輪ちゃんたら相手が誰か気づいてねえってぇ、わけか?」

「――その口ぶり、やはり」

「おおそうさ。――エウレイ!! エウレカ!!」


 セクエンスが怒鳴ると同時、彼を庇うように二人の堕天使が戻ってくる。

 ユリーカは欠片の動揺も見せずにそのまま追いかけ二人に突っ込もうとして、ヴェローチェに止められた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいー」

「待って何になるのよ。ようやくモンスターを従えてそうな連中が出てきたっていうのに」

「それは、そうなのですけれどー」


 言いづらかった。

 むしろ、何て言えばいいのか分からなかった。


 だってセクエンスの言葉と先ほどまでのヴェローチェの直感を信じれば、出てくる答えはあまりに残酷だ。

 知らずに倒しても、知って戦っても、どちらもユリーカの心に強い負担をかけることになる。何せ。


『あたしはさ。パパとママを探して、その中で魔王軍に入ったの』


 その願いを持っていたのが、かつての彼女であって今の彼女でないことは知っている。

 けれど一つだけ変わらないものがあることもヴェローチェは知っている。


 結局今も昔も、ユリーカは両親を知らないのだ。


「よぉよぉ車輪。ご機嫌そうで何よりだ。久しぶりってぇ、わけだ。相変わらずの武威を見せつけてくれて俺はずいぶんブルっちまってるよ、マジで」

「セクエンス。貴方やっぱりルノアールの一派だったのね」

「おうよ。払暁の団が一人、セクエンス・サリエルゲートだ。理の四天王グラスパーアイやら、崩の四天王ジェイルコマンドと同じ――いや、同じにされても、困るけど。雑魚だしあいつら」

「……ミランダには聞かせられないわ」

「でまあ、そう。せっかくだから紹介するぜ、こいつらも払暁の団の駒――エウレイとエウレカだ」


 曲刀二本を構えた堕天使の女、斧を構えた堕天使の男。


 その瞳に生気はなく、また表情ものっぺりとしていて無感情だ。


 彼らを、もし双槍無双の魔導司書や頭のおかしい陽気な妖鬼が目撃していたら、すぐさま彼らがどういう状態なのか看破出来たことだろう。

 けれど、残念ながらこの場に居るのは、ヴェローチェとユリーカの二人だけだ。


「エウレカ、エウレイ……?」


 訝し気に眉をひそめるユリーカを、そっと後ろから触れようとして――しかしヴェローチェはそれを躊躇ってしまう。こんな時にどうしたら良いのかが、分からない。


 あの妖鬼ならとりあえず殴ってから考えるかもしれないし、祖父であれば他の手段を思いついたかもしれない。けれどヴェローチェは、動揺してしまっていた。


 既に魔素の解析を二人の男女に掛けたのだ。


 その結果。

 ――もはや目の前の二人は故人であると、ヴェローチェは知ってしまっている。


「そうとも! この二人は、莫大な魔素を抱えた我々にとっての魔素タンクであり、同時に戦闘要員ってぇ、わけよ。堕天使の魔素保有量は他の種族と比べても莫大で、中でもこの二人はユリーカ、お前に追随するくらいには魔素を持って、いやがる」

「それは随分じゃない。いい加減くだらない話に付き合う時間もないし、切り捨てるけど」

「おっと良いのか?」

「何が?」


 セクエンスは面白がるように口元を歪めた。

 ヴェローチェはユリーカに声をかけようとして――それよりも先にセクエンスがゲラゲラと哄笑する。


「お前の両親だぞ!? こいつら!!」


 ユリーカの目に、初めてはっきりと動揺が見えた。


「ユリーカ……その」


 彼女の背後に居たヴェローチェは、ぽつりと言葉を零す。

 そして、彼女を庇うように前に出た。


「ここは、わたくしが引き受けますのでー」


 そうだ、最初からそうすれば良かった。

 ヴェローチェは一人後悔に苛まれながら、ユリーカに目をやる。


 知らないまま、ヴェローチェが二人に引導を渡してやれば良かったのだ。

 ユリーカはこれからも、両親が世界のどこかに居ると信じていればいいと。


 ――本当に?


「ヴェローチェ、気づいてたの?」

「……まあ」


 ぽつりと、ユリーカは表情を歪めながら問いかけた。

 責められても仕方のないことかもしれない。


 だって、彼女はもう何年両親を追ってきたか分からないのに。

 もう、彼らは死んでいて、挙句こうして。


「――ありがと」

「へ?」

「む……」


 今日二回目のお礼に目を瞬かせるヴェローチェと、面白くなさそうに口元をへの字にしたセクエンス。


「あたしは確かに、パパとママを探して生きてきた。今だって、確かにびっくりはしてる。この人たちなんだ、って」


 ユリーカの目に映る二人の堕天使。

 その片方――父親の握る斧を見て、ユリーカは泣き笑いのような複雑な表情を浮かべて、そっと首を振った。


「もしかしたら、最初に助けてくれたのはパパだったのかもしれないね。今となっては、分からないけど」


 カトラス二本を構えて、相対する。


「心配しないで、ヴェローチェ。あたしは今を生きてるよ。今の家族と一緒に」

「……ユリーカ」


 そう、言えば。パパとママを探す、という話を聞いたのはかつてのことだ。

 "今"のユリーカからではない。

 しかしだからと言って、目の前に捜していた両親が現れて、平静で居られるだろうか。


 ユリーカの表情を見て、ヴェローチェは首を振った。

 平静などではない。全てを飲み込んで、彼女は今ここに立っている。


「お姉ちゃんバカにしないでよね」

「そう、ですか。分かりましたー」


――古代呪法・闘志精錬――


 そっと、ユリーカに強化の魔導を振るう。

 ユリーカは少し驚いたようにヴェローチェを見て、問いかけた。


「あんた、そんな魔導もってたっけ」

「さあ? 今は出来ますよー」


 いつか、あの妖鬼ともしたやり取り。


 今の自分は、誰かの為に。相手が姉なら、申し分ない。


「うん、やる気も充実。悪いわね、セクエンス」

「……あー、うん、まあいいよ。もうすこし良いリアクションを期待してたんだけど、さ。まあまあまあ、しゃーない。なら、時間稼ぎに少し気合いを入れるだけってぇ、わけよ」


 げんなりした表情のセクエンスは、小さく手を挙げた。

 同時、エウレカ・エウレイの二人が身構える。


「ヴェローチェ。あたしね」

「なんですかー」

「今は大事な場所があって、大事な人たちがいて、大好きな人が居るんだもん。だから、全然平気。強いて言えば、気を遣ってくれて嬉しかった」


 気力十分な笑みを浮かべて、ユリーカは二人の堕天使を見据える。


「――そうですかー。その精神の強さだけは尊敬しますー」

「へへっ。じゃあヴェローチェには悪いけど、あたしがシュテンも貰っちゃうから」

「は?」


 だって。


「心が強いのは、あたしが恋する女の子(アイドル)だからだもんっ」




遅くなりましたー!

今月発売の書籍で完全に予定が狂ったので、またスケジュール組め次第活動報告に再掲します。

あ、MFJから新作出ます(唐突

それはさておき、予定が見えてくるまではぽつぽつと、週一以上のペースでは更新できるかと。

最終話まであと8話ほどですが、お待ちくださいませ!!!


ラーメン大好きヴェローチェさんとかやりたいんだけどやっちゃダメかな……

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