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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之玖『         』
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第十四話 魔王城VII 『ヤタノ・フソウ・アークライト』



 ――魔王城内部最奥、玉座の間。



 ――神蝕現象(フェイズスキル)【大文字一面獄炎色】――

 ――古代呪法・流斬鮮血――


 

 ベネッタの炎とミランダの血刃が、踊るように大雲に向けて殺到した。 

 焔を手繰るように腕を動かすベネッタと、自らの身体から放出した血刃の指向性を指で示すミランダが同時にぼやく。

 

「とりあえずあれっぽい。あのルノアール雲の様子を見ると、止めるには中のルノアールを見つけ出す必要があるっぽい。そして――」

「――忌々しいことだけどさー。光の神子が一撃加えてくれないとどうしようもないんじゃないかなー。さて、どうなるかにゃ?」


 

 ベネッタ・コルティナは"下位"の魔導司書だ。

 魔導司書の中では戦闘能力的に少々難があるものの、その分だけ知識を溜め込んでいる指揮官向きの人材だ。

 ミランダ・D・ボルカは魔王軍中枢に食い込む幹部の一人であり、組織こそ違えどベネッタと立場は似通っている。故に、状況看破能力には人一倍長けていた。


 ベネッタはその叡智からイブキ山でヤタノを救う術を見出し、

 ミランダはその叡智から自らを捨て駒に全員を救う手段を取った。


 せいぜいが帝国書院書陵部魔導司書か、魔界地下帝国軍幹部かの違いでしかない。

 どちらも、勝つための戦いに余念がない二人。


 当然ながら、この状況を一目見て勝利条件を看破していた。


 もしもここにあのアホな妖鬼が居たならば、アイゼンハルトにも気づけなかったことにベネッタが気づけたのだと、彼女の誇りを立てることも出来たのだろうが――そこはまた割愛。


 今はただ、徹底的にルノアールを叩き潰すのみ。


「その光の神子は主さまのお友達が抱えているそうね。なら、降りかかる火の粉は全て振り払って御覧にいれましょう」


 ルノアールから漏れ出る"呼吸"。

 溶解と毒素を周囲にもたらす、霧とも泥とも形容できるような雲の流れをフレアリールは自らの魔導で駆逐していく。


 見事に庇われる形となったシャノアールは、自嘲交じりに破顔した。


「まさか、こんなに守られてしまうことになるとはね。この、ボクがね」

「主さまのご友人であればこそ」


 血の雨で泥を打ち崩し、削るように勢力を押し返しながらフレアリールは微笑む。


 フレアリール・ヴァリエにとってシャノアール・ヴィエ・アトモスフィアという男の名は、ある種憧れの意味を持っていたと言っていい。


 自らと同じようにかつて主に窮地を救われ、そうでありながら数百年の時を経てその恩を返し、かつても今も友として並び立つ無二の間柄。


 同じように友となりたいとは思わないが、それでも絆の強さを感じさせる彼らの関係性は大きく強く憧れるものだった。


 境遇が似通っていて、そしてフレアリールが願っても未だ達成できない主への恩返しを成した凄腕の魔導師。


「シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアの名は、主さまからも良く耳にしておりましたわ」


「二百年の時を超えて、恩を返すと言いながら――主さまの窮地を救った無二の友」


 だからこそ、フレアリールは今この瞬間を。


「そんな貴方を、眷属の私が救えたというのなら、誇りこそすれ、貴方を蔑むなどありえませんわ」


 窮地のシャノアールを庇い、自らが前線に立っている現実を。


 ――心から誇りに思っている。


 もっとも、口調が丁寧になったのは"大事な眷属"発言による補正が過分にかかっていると言えなくもないが。


 と。


 地面を揺り動かす衝撃が、突き上げるようにこの場所を震わせた。

 ぴくりとフレアリールの眉が動く。

 亀裂の入った石造りの床。揺り動く内壁。ぱらぱらと崩落が始まった天井。

 このまま放置しておけば、待っているのは生き埋めだ。


 ならばいっそこの城ごと弾き飛ばしてしまおうか。


 一瞬の思考を、フレアリールは自ら却下する。

 何故ならば。

 そんなことをしている余裕があるほど、襲い来る魔の奔流は甘くないからだ。


 このままではじり貧。背後に居るシャノアールごと圧し潰されて仕舞いだ。

 手詰まりを打開してくれるはずのベネッタやミランダ、そしてクレインとテツに全てを賭けなければならない状況。

 しかし、フレアリールにとって彼らは、シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアほど信頼もしていなければ、背中を託すような関係でもない。

 渋い顔で、自ら状況打破のための策を思案する。


 しかし、難しい。

 フレアリールは中距離型の後衛だ。それ以上にもそれ以下にもなれない。

 大規模な攻撃手段はなく、かといって超強力な一撃があるわけでもない。

 唯一優れているのは吸血皇女ならではの継戦能力だが、物量で圧殺されれば意味がない。


 シュテンならば声を荒げて突貫し、全てをねじ伏せて笑顔で帰還することだろう。

 憎々しいことこの上ないあの狐は、大規模な炎によって汎用性の高い手段を持ち合わせている。

 自らが得意とするザコ散らしは、今は何の役にも立ちはしない。


「フレアリールちゃん」

「なんでしょう、おじ様」


 意識だけを少し背後の男に割く。

 視界は既にルノアールの"呼吸"に埋め尽くされ、一時も気が抜けない状況だ。

 目を逸らすなどもっての他。

 こんな化け物を前にしてよそ見が出来る術者など、それこそ万全のシャノアール・ヴィエ・アトモスフィアか――或いは魔導司書第一席か、あとは五英雄の冒険者(ブレイヴァー)アレイア・フォン・ガリューシアくらいのものだろう。


 一人は魔素が枯渇しかけ、一人は帝国から離れられず、残る一人に至っては既に死んでいるときた。


 世界最高峰の連中と自分を比べると切なくもなるが、忘れてはいけない。


 これは、世界を救うための戦いであると。


「ありがとう。頑張ってくれて、助かった」

「ちょっと!?」


 ふらり、と立ち上がったシャノアールは、そのまま両手に力を込めた。

 瞬間、彼の背後に数十という魔導円陣が展開する。


「貴方、自分の体調を分かっているのでしょうね!?」

「だからこそ、ゆっくり休めたことに礼を言ったよ。このボクはね!」


 不味い、とフレアリールは瞬時に理解した。

 魔導円陣とは、言うならば"卵"のようなものだ。魔導円陣から魔導が放たれた瞬間、それは孵化することと同じ。つまり、そこで魔素をごっそりと持っていかれる。


 今、あの魔導を放たせてはならない。フレアリールは本能的に理解した。


「なりません、おじ様。そんなことをしたら、貴方は」

「――大丈夫。もう十分生きたよ、このボクはね!」

「ふざけないで!!」


 シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアは。

 やはり目の前の男――自分の息子でもあるルノアール・ヴィエ・アトモスフィアに責任のようなものを感じているのだろう。


 フレアリールにその重圧は理解できないし、その精神も理解できない。


 けれどそんなフレアリールも、これまでシャノアールが頑張ってきたことは知っている。


 だから、叫ぶ。止める。


 貴方がここで死んだりしたら。


『……お前が尊敬する俺みたいな行動を、ちょっと今回は取ってみてくれねえか』


「私は主さまに顔向けができません!!!」



 



「はあ。この城が崩れてからでないと、大した威力は期待できなかったのですが」







 ――神蝕現象(フェイズスキル)【大地に恵む慈愛の飽和】――


 



 何が起きたのか。フレアリールには一瞬理解が出来なかった。


 ルノアールの"呼吸"によって崩れかけていた天井が、

 魔王軍とミランダの死闘で壊れかけていた内壁が、

 魔王とテツ、クレインの決闘で陥没していた石畳が、


 そしてこの場に集った面々の傷が、片端から癒えていく。


 加えて。



『グォウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』



 初めて、ルノアールの呻き声がこの玉座の間に響き渡った。


 弾かれたようにベネッタの焔が迸る。


「声帯探知、人体――は特定できないけど、中核見つけられたっぽいいいい!」

「見つけられたはいいけどさー、あれ、雲の中うろちょろしててとっても鬱陶しいにゃ」


 ミランダの血刃が集中して突き上げた雲の上層部。しかしミランダの表情は曇ったままだ。


「でもでも、発見出来ただけでも良かったっぽい。ちょっとでも何かしら反応が出てくれればと思ったけど――どうして今までやらなかったっぽい!? ヤタノ!!」

「ですから、大したダメージが期待できなかったからと言っているでしょう。わたしの力は使い勝手がとっても悪いんです」

「……もう一度その泥取り込むといいっぽい」

「笑えない冗談ですね!」


 ぶーたれた表情でルノアールの雲から垂れ流される泥を指さすベネッタ。


 その気持ちは致し方ないことだ。

 ルノアールの位置を特定するために今まで必死に魔導を振るっていたのがベネッタとミランダだ。出来る限りのダメージを与え、ルノアールの呪文詠唱を妨害する。それがこの戦いの勝ち筋だった。


 ヤタノに、「それを早くやれ」と言いたくなるのは当然のこと。


 けれどヤタノとて、好きで黙っていたわけではない。

 今のヤタノがルノアールに攻撃を仕掛けようと思ったら、まずは相手にある程度自由にさせなければならないのだ。

 相手自身が繰り出した攻撃を全て相手に返し、自陣の治癒を同時に行う。

 それが【大地に恵む慈愛の飽和】であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。


 ちなみにシュテンはそれを聞いた時に「あーはいはい、味方になると弱くなる系ボスね」とのたまってぽかぽかヤタノに殴られていた。


「……ふぅ。ですから、自ら死のうとする必要はありませんよ、導師シャノアール」


 ――シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアと、ヤタノ・フソウ・アークライトの共通点は、言わずとしれた"語らない聖典"だ。


 人間でありながら永くを生きる二人は、それだけ多くの別れを経験してここに立っている。


「死に急ぐつもりはないのだが。それでもやはり、責任というものがあるだろう。そういう意味では、きみに対しても」


 ヤタノを見るシャノアールの瞳には確かな父性。

 ルノアール・ヴィエ・アトモスフィアの凶行を止められなかった後悔と、謝意の色が滲んでいる。


「この状況を打破できるのが、死を前提にした戦いであるというのなら、喜んで命を捨てよう。このボクはね」

「貴方……」


 ヤタノ・フソウ・アークライトは自分の人生を思い返す。

 たくさんの出来事があった。裏切りも、裏切られもした。

 けれど最後はあの馬鹿な妖鬼が救ってくれた。

 その想いを無駄にしたくないという心が、彼女の根底には根付いている。


 だから、シャノアールの。シュテンの友のその思いは、おおよそ看過できるものではない。


 ない、のだが。


「まあ幸いもう一機あるし。このボクはね」

「もう一機!?」

「あっはっは! そう簡単に死に別れしてなるものかよ! まだ娘たちの結婚式すら目にしていないんだよ、このボクは!!」


 残機、などと。どこの第一席かとヤタノは呆れた。


「それに、信じているさ。どうなろうと」


 裾を払って立ち上がったシャノアールは、この手に宿る確かな魔素を実感して目を閉じた。

 傷は癒えた。体力も戻った。しかし魔素までは戻らない。

 残り僅かであることは変わりはしない。


 けれど、まだ戦える。


 たとえこの身が朽ち果てるような魔導を放とうと。きっと大丈夫だ。

 笑ってまた会える。そう信じている。


 ――もう一機なんて、嘘だとしても。



「……ま、もうしばらく寝ててください」

「ヤタノちゃん?」


 そう、シャノアールの前に歩み出たヤタノは、自らに【大地に恵む慈愛の飽和】を掛けながら、大雲のルノアールに相対した。


「下位の魔導司書ほど知識を溜め込んでいるわけではありませんが。もう一機、なんていう魔導が真っ当であるはずがないことくらいは分かります。もうしばらく、わたしには大威力の魔導は放てませんし、せいぜい的になるとしましょう」

「ヤタノちゃん! それはつまり――」


 番傘を閉じる。

 何をするかおおよそ察しのいったシャノアールの呼び止めも、朗らかな笑顔で突き返す。


「ただの回復ですら、真っ当ではないのですから。蘇生すれば大丈夫などと考えないでくださいね」


 並び立つ相手はフレアリール。

 ちらりとヤタノを見た彼女はしかし、何も言わずに自らの血雨の魔導を放つ。

 何も言うことがない半分、何も言う余裕がない半分。


 ルノアールの"呼吸"は強力だ。

 フレアリール一人で前線を抑えられているのが、もはや奇跡と言えるほどに。

 彼女の精神を支えているのは、ただ主の友人が背後に居ることと、そして。


 主に言われた『俺のようなことを』という一言のみ。

 フレアリールにとって主とは救世主の名であり、絶対の主君だ。

 そんな彼のようにとの大任を任されて、胸を張って挑んだ世界との戦い。

 血反吐を吐いても戦いに没頭するであろうことは分かっていたし、今の彼女からもその意志は伝わってくる。


 だからヤタノは一言だけ。


「……イブキ山では、ごめんなさい」


 結局、伝えそびれていたこと。

 

 あの日、山を滅茶苦茶にしたのは自分自身だ。

 きっとあの場所には多くの仲間が居たことだろう。異種族であろうと関係ない。あの山を守ろうとした彼女の意志と、その強固な姿勢を思い返せば、吸血皇女が妖鬼の山に居た理由など詮索するだけ無意味な話だ。


 だから、今。

 それだけ言って、ヤタノは彼女より一歩先に出た。


「ちょっと、何を――!」


 驚き目を見開いたフレアリールだが、ヤタノに追いすがるほどの余裕はない。

  

 からん、と下駄の歯を鳴らして、ヤタノは身も軽く跳躍した。


 

 ルノアールの雲、その真っただ中に。



「ちょっとヤタノ!? 別に本当に泥に入れとは言ってないよ!?」


 全身を溶かすような強烈な激痛。

 これほどの力ともなれば、ダメージは相当なものだろう。


 【大地に恵む慈愛の飽和】


「あの子まさかとは思うけど――自力で核を探す気かにゃ?」


 寝ぼけ眼が特徴のはずのミランダが、瞳を見開いて唖然と呟く。

 血刃やベネッタの炎がダメージを与えてくれている場所は、比較的痛みも鈍い。


 【大地に恵む慈愛の飽和】


「ヤタノさん!! 何をそんな無茶なことを!!」


 遠距離から大剣で泥を払うことしか出来ていなかったリュディウスが、自己犠牲の塊のような彼女の振舞いに思わず叫んだ。

 あまり、若い子たちに見せるものではなかったなと、ヤタノは一人自嘲した。


 【大地に恵む慈愛の飽和】


「ちょ、ほんと、止めようよ!! 誰か止めてあげて!!」

「……ハルナ、回復は無意味だ、むしろ意味がない」

「でも!!」


 泣きじゃくるハルナと、それを抑える冷静なジュスタ。

 ああ、ちょっと痛みが和らいだと思ったら、あの少女が治癒を向けてくれたのか。なけなしながら嬉しく思った。


 【大地に恵む慈愛の飽和】


「第三席!! それは償いのつもりか!! それとも責を感じているのか!? ――どっちでもいい! やめろ!! 僕たちのあの日の努力を踏みにじる行為だぞ、それは!!」


 吼えるグリンドル。白の球体がヤタノのもとへとやってきて、何とか彼女へのダメージを抑えようと努力しているようだ。

 これは償いでもあるし、責任でもある。何より、そうでもしなければ役には立てない。


 【大地に恵む慈愛の飽和】


「――見つけた」


 ヤタノの番傘だけは無傷を保っている。

 度重なる彼女の神蝕現象(フェイズスキル)は確かにルノアールにもダメージを及ぼしていたようだった。たとえ微々たるものだったとしても、一瞬を繋ぎ止めれば十分だ。


 そのルノアールの核を、拳大ほどしかないそれを、掴み取る。


『グオォアオオアアアアアアアアアアアアアア!!』


 【大地に恵む慈愛の飽和】


『や、タノ。ヤタノヤタノヤタノヤタノオオオオ!!』


「皮肉なものですね」


 雲の中は、およそガラスの粒子が常時漂っているような状態で。呼吸一つが体内を傷つける。

 喋るのも本来は苦痛でしかないが、それでも。


「わたしは、己の魔導を救いの手に。そう願って生きてきました」


 その手に握るのは、災禍の中核。

 魔族と人間の絆を作ると誓ったその手は、今まさに一人の人間を殺めんと欲している。


「ですが、不思議なもので。タロス五世の時と同じく、どうしようもなくわたしは」


『や、たのォ……!!』


「貴方をこの手で殺めたくて仕方がありません」


 その笑みは。

 そのヤタノの微笑みは。


 雲と化したルノアールでさえ総毛立つほど寒気のする表情で。

 あまりの恐怖にルノアールは、ヤタノ目掛けて自らの魔導を殺到させた。


 今のヤタノは無防備だ。ただ魔導を放てば命中する。。アーガモ撃ちもいいところだ。

 そんな彼女を、殺されるより先に殺さんと放った魔導は。しかし。


【大地に恵む慈愛の飽和】


 その全てが打ち消され、ルノアール自身に返ってくる。


『まだ、あと、もう少し……!!』


「邪神降臨ですか。そうですか」


 ヤタノの魔導はそれだけだ。自分の受けたダメージを、そのまま相手に返すだけ。


 ヤタノの想いはそれだけだ。自分がかつて贄にされかけた邪神降臨を、そのままそっくり破壊してみせる意趣返し。


「――長い付き合いになりましたが」


 ルノアールの持つ神蝕現象(フェイズスキル)は、その全ての分体が姿を消した。


 残すはこのルノアールのみ。


 その最後の一人も魔王の力によって邪神降臨の贄となった。


 ならば、降臨を達成する前に仕留めてみせれば。


 全ては水泡に帰す。


「さようなら、ルノアール」



――神蝕現象(フェイズスキル)【大地に恵む慈愛の飽和】――



『グオォアオオアアアアアアアアアアアアアア!!』


 断末魔の悲鳴。


 同時、ヤタノは弾き出されるように雲の中から飛び出した。


「えっ」

「え、じゃああらんせん。バカなことしてないで、さっさと移動でさぁ」


 いつの間にか抱きかかえられていた。

 慌ててルノアールの方を見れば。


「とぉどぉめだああああああああああああああああああ!!」



 クレイン。クレイン・ファーブニル。


 彼の放った棒の一閃が、ルノアールの核を見事に穿った。


『がああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!』


 ぱりん、と何かがはじける音。


 同時、強風。


 テツはブーツを鳴らして軽く着地すると、その鎗を軽く振るった。


「きゃっ」

「うお!?」


 その暴風は、ルノアールの雲の色、青と紫の入り混じった毒々しい色あいをしていたものの――飲み込まれかけた面々には何一つとして怪我はなく。


 気づけば玉座の間からは、何事もなかったようにルノアールの雲は消えていた。



「……おわった?」


 恐る恐る呟いたのは、ハルナ。


 ここで「んっんー!」などと声が降り注ごうものならと思うとぞっとする。

 しかしそんな様子はなく、玉座の間には束の間の平穏が舞い降りる。


「……ええ。おわりましたね」


 ふふ、と楽し気に振袖で口元を抑えるヤタノを、テツとシャノアールが背後から小突いた。


「いたっ?」

「いた、じゃああらんせん。何をあんな無茶苦茶を」

「まったくだよ。娘であれば説教をかましているところだ。このボクじゃなくてもね!」


 自分の身を犠牲にするなど! だの、あんなことをしなければ倒せない相手ではなかった、だの、挙句にはヤタノの力は治癒に徹していればよかっただのなんだのあれこれ。


 ベネッタやミランダからすれば、「うっわあ、強者の理屈だあ」と呆れるような話であったが、説教をぶちかまされている張本人は、案外けろりとした表情で二人の話を聞いて、しばらく頷いたり小首を傾げたりしたのちに。


「……はい。もうしません」


 そう、素直に頭を下げた。

 毒気を抜かれたシャノアールとテツは二人で顔を見合わせる。


 テツは昔からこのヤタノという煽り勢筆頭をよく知っていたし、シャノアールにしても語らない聖典を取り込んでここまで生きてきたような人間がここまで素直というのは不思議だと思う。


 けれど、これはある種当然のことで。


「まさか、このわたしが、命を大事になんてお説教を受けることになるなんて。でも、大丈夫です。ルノアールを倒した以上――もう、わたしに無茶をする理由はありませんから」


 そう、朗らかに笑った。



  


 






「フレアリールちゃーん!!」

「ちっ」


 一方その頃。

 一仕事を終えて『これで貴方さまのフレアは、ご命令を果たせたでしょうか』と感傷に浸っていたフレアリールのもとに、騒がしい女が一人駆け寄ってきた。


「助かったよー!! 本当に、本当にありがとう!!」

「主さまの居ない場所で力を振るう理由など本来はないのだから、感謝することね」


 は、と鼻で笑ってそっぽを向く。

 しかしハルナは負けじと回り込み、


「ありがとー!!」


 と華の咲くような笑みを見せた。


「あんたってほんと……」

「助かったんだもん! 助けてくれて、ありがとー! シャノアールさん、無事でよかった!」

「……そう」


 シャノアールが無事だった。それは確かに自分が庇ったからだ。

 けれどハルナからそう言われて、ようやくなんだか心の奥にじんわりと広がる何かがある。

 その名前はまだ分からない。道端で見かけた花が綺麗だった、けど名前は分からない、そんな感じだ。


 でも。この温かさはきっと主の命令によって授かったものだ。


「ありがとうございます、主さま。貴方さまのフレアは――」


 そんなフレアリールの所信表明を遮るように、一人の男がこの場所に飛び込んできた。


 恰幅の良い、でかい図体のオークだ。


 何事かとその場の全員が目を向ける中、男は口を開いた。



「――魔界六丁目が、やばい!!!!! 応援を頼む!!!」









 ルノアール を 倒した !▼

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