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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之玖『         』
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第十三話 魔王城VI 『フレアリール・ヴァリエ』



『強くなったら、使うといい』


 貴方さまのフレアは、その御心のままに強く強くなりました。


 これから先も、主さまの命じるがままに刃となり盾となり、この身を一切捧げるつもりでおりました。


 けれど主さまは困ったように頭を掻いて、目じりを下げて笑うのです。


『いや、俺ぁ別にそんなつもりでお前と一緒に居るんじゃねえよ。実際、お前一度盾になろうとして失敗してんじゃねえか』


 はい。仰せの通り、貴方さまのフレアは未熟なばかりに腸を掻っ捌かれ、主さまに大変なご迷惑をおかけいたしました。けれど、今度は違います。今度こそ、完璧な盾となり、矛となり――


『あの、だからさ、そうじゃなくて』


 はい、そうではない、と仰られますと。

 貴方さまのフレアは、主さまを信頼し信仰しております。

 なんでも、なんでも仰ってくださいまし。


『……あー、じゃあさ。一個やってみてほしいことがあるんだ』


 はい! なんなりと!


『……お前が尊敬する俺みたいな行動を、ちょっと今回は取ってみてくれねえか』



 そして私が命じられたのは、重大な使命でありました。

 主さまのような行動。深遠で難解な貴きお姿。

 それを諳んじ、真似てみせろと。

 あまりにも厳かな試練。


 ですが、ですが。主さまはきっと、私に出来ると思えばこそそう仰せになった。


 見ていてくださいまし、主さま。

 貴方さまのフレアはきっと今に、主さまのような美しく優雅で壮大な雄姿を魔王共に見せつけてごらんに入れます!

 













 ――魔王城内部最奥、玉座の間。


 砂のように消えていく魔王の姿を、風に溶けるまで見送ったテツは静かにブーツを後ろへ向けた。未だ大規模な魔素反応のある方へと。


 そして振り向いて、足を止める。


 まるで屋内に現れた乱気流だ。

 指向性を持った魔素の波動は渦を形作り、余波のように波打つ魔素が外へ外へと垂れ流されている。しかしそれは純魔力ではなく、おそらくはルノアールによって放たれた毒々しい害意ある魔導そのもの。


 テツの背後で魔王の供養をしていたクレインは、彼に続いて現状を把握し呻くような声を漏らす。


「これは……ひどい……」

「魔素の過剰飽和……いや、グリンドルくんならどういう状況か把握してるんでしょうが」


 グリンドルをはじめ、リュディウスにハルナ、ジュスタの四人は既に露払いがせいぜいだ。

 戦線が保てているのは一重に、たった一人の男によるもの。

 前線で戦うはずのリュディウスもジュスタも、もはや物理攻撃は意味をなさず。

 ただ彼らを守るのでグリンドルは手一杯、無論ハルナもグリンドルのフォローが限界だ。


「ぼかぁ魔導司書としちゃあ専門分野が狭いもんで、いささか理解がいきません。しかし分かるとすれば、何か――何か良からぬモノが舞い降りる予兆。最悪の場合、魔王の言っていた魔神降臨は成されてしまう」

「っ、間に合いませんか!?」


 クレインの問いにそれもそうだと頷いて、テツはそのまま駆け出した。


 驟雨の如く降り注ぐ魔素の雨。蛟のようにうねり襲い来る魔素の奔流。

 あまりにも隔絶した魔導攻撃の嵐を、たった一人で凌ぎ切っている男が一人。


 同じように雨あられと降り注ぐ魔導をただステップで回避しながら、テツはシャノアールに声をかけた。


「導師! 状況は!」

「既にルノアールは"語らない聖典"と同化した状態だ」

「……導師、あんたぁ」


 眉をひそめる。

 明らかに疲労の滲んだ表情と、あまりにも心細いシャノアール自身の魔素。

 度重なる戦いと疲労、そして片時も休まずミランダを守り抜き、今もこうして強大な敵に立ち向かっている連戦継戦。いくら導師シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアと言えど、確かにこの疲労は甚大なものであろう。


「大丈夫ですか、シャノアールさん!」


 そしてそれは、まだ未熟な光の神子にも看破されるほどに積もり積もったもの。

 誤魔化せるような顔ではなくなってきている証拠だ。


「……心配はいらないよ、このボクはね。それよりも、見たまえ!」


 満身創痍のシャノアールが、頬から顎に伝う汗を拭いながら示した先。

 上空に浮かびうねり狂う龍のように魔素を溜め込んだルノアールの姿はまるで大雲だ。

 おどろおどろしい青紫色のその雲は、際限なしに魔導の雨でこちらを圧殺せんと襲い掛かってくる。しかし。


「あれすら呼吸と変わらないだろう、あの様子では。おそらく本命は魔神降臨で、その余剰分を有効活用として周囲への牽制――いや、そんな可愛いものではないな。ただ、邪魔な魔素を発散しているにすぎないかもしれない」

「あれが、呼吸……!? それじゃ、あんなのどうやって倒せばいいんですか!?」

「落ち着きましょうや、クレインくん。導師の説明はまだ終わっちゃあいませんで」


 そうでしょう? とテツが目をやれば。

 疲労の祟った身体で尚、シャノアールは悠然と頷いた。


「あの魔神降臨の儀式だけどね。不審な点が一つあるように思えるよ、このボクにはね」

「不審な点、ですか? 倒す手立てではなく?」

「もちろん、倒す手立ての話だよ」


 クレインにとっては、気が気ではないのだろう。逸る気持ちはシャノアールにもよく分かった。

 理由など言うまでもない、こうして話している間にも、必死に自分の仲間たちがこの場をしのいでいるからだ。

 本音を言うならば今にでも飛び出し、彼らの助力に行きたいところ。

 それを無理して抑えつけているのだから、それだけでも精神的には十分強い。


 しかしクレインの心情を理解して尚、シャノアールは敢えて余裕を持って話をした。

 一歩間違えば死ぬような現場で、中途半端な話をする意味などないからだ。

 それをするくらいなら、最初から何も言わない方がましだ。


「いいかい、クレインくん。光の神子としてのきみの特性は、魔王軍導師として十分熟知しているつもりだ。その上で言おう、きみならばこの危機を乗り越えられると」

「はい! どうすれば!」

「ルノアールの詠唱は未だ終わっていない。終わっていれば、既にこの場に魔神が降臨していてもおかしくないはずだ。そうでないにせよ、何かしら術式に結論が出ていなければおかしい。あの男は未だ、計算の最中なんだ」


 計算の最中。

 その言葉を聞いて、納得しながらテツはクレインの背後から襲い来る魔導を打ち払った。


 言われてみれば確かに、あの大雲一つで何が出来ようか。

 確かにこの場にあれば脅威だが、その程度だ。だったらアスタルテ・ヴェルダナーヴァが癇癪を起して魔王城内部で暴れた方がよほど戦術的価値がある。


 危険なことは分かる。けれど、その脅威度合いは対軍のそれ、ということだ。

 街や国家を揺るがすほどではない。

 それが、テツの感じていた違和感であり――シャノアールの言う、不審な点である。


「だから、クレインくんには詠唱を止めて貰う必要がある。そして止めるには、ルノアールにも魔王と同じように光の神子が一撃を加える必要がある。そして――そのためには、あの大雲の中からルノアールを見つけ出し、クレインくんが殴れる位置に引っ張りあげる必要がある」


 三段階の分かりやすい説明に、クレインはようやく「なるほど、分かりました!」と突っ込もうとしてテツに首根っこを掴まれた。


「っとと、そっちは危ないってぇヤツでさぁ」

「わ、す、すみません!」


 思えば、明確にクレインの仕事、とされているのは最後の段階だ。

 それまでどうしていたらいいかは、聞いていない。


「導師。この状況でルノアールの位置を特定できるんで?」

「ああ、なんとか……ね。まかせてくれ、このボクになら――」


 がく、とシャノアールの膝がぐらつく。

 危なげなく自分の肩を貸すテツだが、この場に居てはアーガモ撃ちもいいところだ、蜂の巣だ。軽く飛び下がったところで、諦めたようにテツは嘆息する。


「あんたぁ、体内の魔素が枯渇寸前じゃあらんせんか。どれだけ無茶したんで?」

「一人で犠牲になろうとした子を止めるためには、このくらいしないと無謀だったってことだよ。もとよりため込んでいた魔素があったから、まだ余力は……」

「――正直に答えちゃくれませんか、導師。ルノアールを見つけだすのに、あんたが居れば大丈夫なのか」


 ちらりとシャノアールを見たテツの瞳は、相変わらず糸のように細い。

 何を考えているのかさっぱり分からなそうなその表情はしかし、妙な真剣みを帯びていて――シャノアールは、隠し事は出来ないと思ったか軽く肩を竦めた。


「死ぬ気でやればなんとかならなくもない、程度だよ。このボクにとってもね。けど……この状況でやらなくてどうするんだ、このボクが」

「――」

「――」


 じっと、シャノアールとテツが目を合わせること数秒。

 テツは視線を化け物と化したルノアールの方へ移して呟いた。


「思えば、あんたとの因縁も随分になる。何度も殺し合ったし、何度も潰走するハメになった」

「はは、このボクに言わせて貰えればきみたちの方が大概さ。きみだけでもお腹いっぱいなのに、前線を支えるタンク役のハルバ―ディア、時折壊滅的打撃を放ってくる聖剣使い、こっちの魔導を全部妨害してくる性格の悪い冒険者(ブレイヴァー)……そしてあのろくでもない光の神子。あれほんとなんなのって、魔王軍はみんなで頭を抱えたものさ」

「まあ、それが五英雄だったもんで。……だから、こんなことになるたぁぼかぁ思っちゃいなかった」

「……ああ。そうだね」


 テツは、そっと隣に居たクレインの頭に手を置いて。


「"光の神子"は任せちゃあ貰えませんか。必ず彼を、ルノアールのもとまで連れていく」

「じゃあ、もちろんルノアールの居場所を突き止めるよ、このボクがね」


 鷹揚に頷くシャノアールを一瞥して、テツは背を向けた。

 いつぞやはあったIIの文字は、今はまっさらな白地に変わっている。


「……信じてくれてありがとう。背中は任されよう、このボクがね」

「ああ、勘違いさせちゃあアレだと思うんで、訂正を」


 振り返ったテツは、悪戯げに口角を上げてシャノアールを見た。


「ぼかぁ別に、あんたを信じてるわけじゃああらんせん」


 その一言で、シャノアールは何かを察したのか声を上げて笑う。


 誰かが、笑っていた。

 どうしようもないヤツだけど、どこか憎めない、手を貸してやりたくなるような馬鹿野郎だ。


 ヤツが笑顔で親指を突き立てているのを、どうしてか二人ともが幻視した。



「あっはっは、良いだろう、良いだろう! そういうことか! 鎮めの樹海でシュテンくんは楽し気に言っていたよ! きみと初めて喧嘩して、でも俺は想いを押し通してきたのだと!!」


 ならば信じてくれたまえ、アイゼンハルト・K・ファンギーニ……いいや!!


「テツ・クレハ、テツくん! 信じてくれ、二百年生きてきた軌跡を、そこで得た魔導と――得た大切な仲間たちを。そう、このボクのね!!」


「ああ、信じた!!」


 その言葉が、合図。


 弾かれたように駆けだすテツは、小脇にクレインを抱えている。

 視界は目まぐるしく動き、自分の足では到底この速度には至れないと心から理解する。

 けれど、クレインは今までの旅の軌跡で得てきたその研鑽で、かろうじて視界に映る全てを理解することが出来ていた。


 テツの跳躍。

 少し下の方で、多くの魔導円陣を展開したシャノアールが魔導を一斉掃射。

 多くの魔導がルノアールの垂れ流したそれと打ち合い、削れ、はじけていく。


 がくんと、シャノアールの肩が落ちた。見れば、右の瞳から血を流している。立ち眩みか何かを起こしたのだろう……疲労の滲んだ苦悶の表情が露わになる。


「ぐぅ……!!」

「シャノアールさん!!」


 幾ら導師とはいえ、彼は所詮"人間"だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。語らない聖典によって運命を捻じ曲げ、生きる時を永らえたとしても。魂の許容量というのは絶対不変のものなのだ。

 彼やヤタノ・フソウ・アークライトが、珠片を取り込むことが出来ないのと同じように。


 故に精神に溜まった疲労を休める手段は、無い。


 けれど、クレインの悲鳴を聞いていたであろうテツはそれでも無視してルノアールに突っ込んだ。


 信じた、と彼は言った。

 ならばシャノアールがたとえ死にかけていても、背中を振り返らないのが信頼なのだろうか。

 クレインにはとてもそうまでは割り切れない。

 心配が打ち勝って、振り返る。


 そこで、テツの声が聞こえた気がした。


「心配しなさんな、クレインくん。あの面ァしたヤツは、どんなことがあっても折れないし……砕けない。それをぼかぁ、身に染みて知ったばかりでさぁ」

「で、でも」

「心配か、クレインくん」

「はい! だって、目から血が!!」

「そう思うヤツが、きみ一人じゃないんだってことでさぁ」


 それはどういう、と目をやった瞬間のこと。






「これが吸血鬼なら、血を分け与えれば良いだけの話なのだけれど」






 シャノアールを庇うように前に現れた吸血皇女は、黒い髪を背に流して全ての魔導を相殺していた。血の雨が降り注ぎ、ルノアールの魔導から一時的にシャノアールを守り切る。


「これからずっと他の二人も守り切ってたって、貴方本当に人間なのかしら。もはや化け物と――」

「おお、きみはシュテンくんの大事な眷属の!」

「――貴方こそ素敵なおじ様ですわね。主さまの代わりには不足ですが、お救いに参りましたわ!」


 なんだろう、一瞬で扱いが変化した気がした。

 しかし思い出す、彼女の存在を。


 クレインとて無縁の仲ではないのだ。

 フレアリール・ヴァリエ。

 彼女の吸血皇女としての力は本物だ。それだけに、後衛として非常に期待が出来る存在。


「わざわざ助けに来てくれたのかい」

「いえ。まあ、同族がどうしてもと言うものでしたから。ええ、主さまの命は、主さまと同じように人と人の絆を結ぶ立ち回り。貴方が救った少女を救う。それもまた浪漫だと、主さまはきっとおっしゃいますわ」


 目からハートをぴょんぴょん飛ばして、フレアリールはそう語る。

 でも確かに、言うかもしれないなとシャノアールは思った。


 それはそれとして――貴方が救った少女を救う、とはどういうことか。

 シャノアールの感じた疑問は、すぐに理解するところとなる。


「……ちょっと誇張がはいってると思わないかにゃ、同族ー」

「にゃ、とは随分恥ずかしい語尾ですわね」

「うはー……言うなあ」


 ふわりと舞い戻ったのは橙髪の吸血皇女。

 名を、ミランダ・D・ボルカ。

 疲労困憊、もはや瀕死の重傷のところで、入り口の方へシャノアールが逃がした少女だ。

 そこではたと思い至る。


 吸血皇女同士であれば、血の分け与えで回復が出来るのだと。


「というわけで」

「入口にやってきていたバカな魔族共は根絶やしにしてやりましたわ。あとは、あの化け物だけということですの」


 ふふふ、とフレアリールは艶やかに微笑む。

 すると。


「そういうことっぽい!! あーもーぼろぼろー!」

「……あらあら、導師ともあろうお人が、酷い有り様ですね」


 同時、二人の魔導師が現れて同じように魔導を防ぐ高火力の防御魔導を解き放つ。


 おまけに童女の方は、シャノアールの一時的な回復まで執り行ってくれたらしく――それが神蝕現象による攻撃防御表裏一体の力だと気づくのもそう遅いタイミングではなかった。


「これだけ後衛が揃えば問題はないでしょう」


 そう言う童女――ヤタノに続き、それぞれが魔導を構える。


 照準は大雲ルノアール。



 その一部始終を眺めていたクレインは、ふと彼を抱えて飛び回っていたテツの一言で我に返った。



「ま、そういうことでさぁ」

「援軍が来ること、気が付いていたんですか?」

「……それは半分。もう半分は」


 そう。


 浪漫とでも、言っておきましょう。



名前の人より目立ちやがる野郎共ほんと。

すみません、新作の商業原稿が本気でやばいんで、20日までマジで詰まってしまっている状況です。

また22あたりまで空いてしまいます。申し訳ない。

それさえ空ければまたぽこぽこ更新しますので……!

あと十一話、もう少々おまちください……!

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