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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之玖『         』
241/267

第六話 666ばんすいどう 『ジュスタ・ウェルセイア』


 ――666ばんすいどう


 魔界六丁目から魔王城までを繋ぐ道は海岸沿いだ。

 シュテンにしてみれば懐かしい「旧ユリーカ邸」があったのもこの区域には違いないが、まさか寄るような余裕もなく。


 シュテンとヒイラギに加え、勢揃いした光の神子一行は一路魔王城まで駆けていた。

 といっても、これから戦いに行くというのに徒に時間と体力を浪費するわけにもいかない。よってミランダ・D・ボルカのツテで手に入れた黒い馬と、六頭立ての馬車が今回の旅の供だ。

 特に意味もなく手綱を振れば、迷惑そうに黒馬がこちらを振り返る。その顔にピースサインをくれてやったシュテンだったが、黒馬は鼻を鳴らして顔を背けた。


「だあああああああもったいねえええええ!! 旅の景色が凄まじい勢いで過ぎ去っていくううううう!!」

「うるっさいわねえ、観光は後で幾らでも出来るでしょ。急ぐ時は急ぐ、ほら」

「おま、初めての景色は初めてだからこその楽しみがあるんだぞ! 二度目が悪いとは言わねえが、味わい方が全く違うってヤツだ!!」


 並行して走るシュテンとヒイラギの会話に、馬車の中で話を聞いていたグリンドルが納得したように手を打つ。


「なるほど、紅茶のファーストフラッシュとセカンドフラッシュのようなものだね」

「知らん!」

「知らないわそんなもの!!」

「えっ」


 くわっと振り向かれてたじろぐグリンドルであった。


「しかし紅茶、紅茶ねえ。俺の周りできちんと紅茶を嗜んでそうなヤツなんて、グリンドルを除けばリュディウスと……ヴェローチェくらいじゃないか?」

「呼んだか?」


 ひょっこり馬車から顔を覗かせたリュディウス。

 ヒイラギとシュテンを護衛に、光の神子のパーティは今のところ馬車の中で待機の対応を取っている。御者は先ほどから交代で行っているようだが、今はジュスタが馬鹿共の会話に呆れながら手綱を握っていた。


「呼んだってほどでもないが、俺の知り合いで紅茶の味をちゃんと知ってそうなヤツって少ないなあと」

「紅茶だと? ……なるほど、確かに鎮めの樹海で集まった面々を考えたら、せいぜい魔王軍側くらいだろうか」

「シャノアールはガチのコーヒー党だし、ユリーカは紅茶よりトロピカルジュースでも飲んでそうだし、そうなるとヴェローチェくらいじゃねーかと」

「ちなみに俺もコーヒー党だ」

「ヴェローチェさんとグリンドルだけか……満足に紅茶窘めそうなのは」

「テツミナカンパニーのミネリナはどうだ?」

「あいつは優雅に紅茶のもうとして舌やけどするまでがワンセットだ、話にならん」


 どこかで赤髪の吸血皇女がお怒りでジタバタしているような光景が脳裏に浮かんだこの場のメンバーだったが、シュテンの言うことに間違いも見当たらず。静かにこの話は無かったことになった。


「それにしても、大所帯になったよね」


 ぽつりと呟いたジュスタの言葉に、ヒイラギが振り向く。


「大所帯っつっても、せいぜいが二十人ってところでしょ。魔王軍二十万と比べたら木っ端よ木っ端」

「それはまあ、そうかもしれないけど」


 ――でも、昔は一人だったし。デジレとの旅も、二人だけだったし。


 言外に含めた意味を、この場の誰もくみ取ることはない。


 けれどヒイラギの言葉も事実であった。こんなに人数が居るというのに、それでもまだまだ魔王軍に立ち向かうには弱小勢力もいいところだ。粒揃いではあるが、物量で押し込まれたらいずれ魔素が尽きてしまうだろう。


 無論、そうさせないように魔王城へと特攻するつもりなのだが。

 今の状況を考えると、それはそれで不安が募ってしまう。


「……ボクたちで魔王を倒すなんて、大丈夫なの?」

「んぁ? どした土壇場で」

「土壇場になっちゃったけども!」


 シュテンのぽけっとした瞳に言い返す。

 あれよあれよという間にシャノアールによって決まった作戦。

 グリモワール・リバースが彼を信頼しているようだから言えなかったけれど、それでも自分がこのメンバーで魔王を倒すという作戦についていけなかったのは確かだった。


 乗り気なハルナや、魔王討伐を使命にしているクレインたちと違い、ジュスタはそこまで自信も動機も存在しない。しり込みしてしまうのも確かで、それはただの恐怖ではなく客観的な戦力分析からなるものであった。


 どう足掻いても、鎮めの樹海に居た面々より格上の魔王とやり合って自分たちが勝つビジョンなど浮かびはしないのだ。


「それに、ボクたちってまだ連携取る練習だってあまりしてないし。格上相手の戦いでそれは致命的だと思うんだけど」

「なるほど、連携訓練か。その発想は無かったな」

「戦いの基本だよ!?」

「……いや、だって、なあ?」


 顎に片手を当てたシュテンは、困ったようにヒイラギへと目を向けた。

 並走する彼女は呆れつつもシュテンの言いたいことを理解したようで、しかし辛辣に口を開いた。


「普通は戦いに訓練は必須よ。アドリブで何とかしてきたのは、暴れるアンタに周りが合わせてたからに決まってるじゃない」

「近接戦しか出来ねえんだから合わせるも何もねえよ」

「んなわけないでしょこの駄鬼」


 バカじゃないの、とばかりに白い目がシュテンを突き刺す。

 視線は単一ではなく複数で、そのうちの一人であったジュスタは諦めたように声を漏らした。


「お前に聞いたボクが間違いだった」

「いやいやそんなことはないぞ! なんてったって俺はアドリブの達人で――」

「アドリブの達人は連携を収め尽くしてるからこそアドリブが効くんだよトーシロめ」

「やめろ! それ以上正論をぶつけるな! デジレの髪を剥ぐぞ!」

「なんでそこでデジレが出てくるのさ!!」


 小型犬の威嚇じみたジュスタの怒鳴り声に、妙に生暖かい雰囲気が馬車を満たす。

 嫌な予感に振り向いた彼女と目が合ったのは、いつもの見慣れた三人組。


「うんうん、デジレさんのために頑張るんだもんね」

「しばらく見ないうちに随分と色気付いたものだ」

「僕は応援してるよ!」

「なんでそうなるんだよ!!!」


 親指を下に向けて吐き捨ててから、ジュスタは頭をかきむしって前を向く。


「まあ、あれだ」


 と、こぼすように呟いたシュテンの言葉。彼は行く先の方角から目を離さないまま、それでも先ほどのふざけた雰囲気とは打って変わって真面目な表情で、


「クレインくんにしか魔王は倒せない。クレインくんと魔王がタイマン張るのは危ない。だからお前らが居て、五人で一チームを組むわけだ」

「まあそうだけど」

「シャノアールも、お前らの力量を心もとないと思ったんじゃねーだろうさ。即席チームだからこそ危ない部分があるだろうってことで、護衛を二人付けたんだ。本来はユリーカ辺りを添えるつもりだったのを、俺が無理言って変わって貰ったんだが」

「こいつ一人じゃアレだから私も来たわけだしね」


 補填するようにヒイラギもひらひらと手を振る。

 ジュスタを安心させるようにとの意図でのヒイラギのフォローは、正直に言って意外だった。


 教国で出会った頃の彼女は『シュテンが頼みこむからクレインたちを助けた』というスタンスがせいぜいだったはずだ。それが、こうして精神的なケアまでしてくれるようになっている。どういう心情の変化かは分からないが、素直に驚いた。

 そして確かにシュテン一人では色んな意味で不安だ。少なくともブレーキ役として、彼女の存在は有り難い。


「というわけで、俺とヒイラギが"もしも"の時のお前らのサポートだ。安心しろ、魔王城まできちんとお前らを送り届けることが、俺たちの仕事だ」

「シュテン……」


 サムズアップして振り向くシュテンの言葉には力強く信頼できる不思議な温かさがあって、ジュスタは少しばかり心を動かされた。

 そんな彼女に微笑み、シュテンは遠い目をして呟く。


「――でなきゃ、死んだモノクルハゲに申し訳ないからな。そうだろ、ハゲ」

「生きてるから!! 空を仰ぐな!! 悲しそうな顔で首を振るな!!」

「ジュスタ。いい加減現実を見ろ。あいつは、もう居ないんだ」

「居るわ!!! ちょっと疲れて倒れちゃっただけ!! ねえほんと! 縁起でもないからやめてくれるその発言!!!」

「あいつが好きだった酒とか知ってる?」

「墓に掛ける気満々かよ!!! 知らないよ!! あと"だった"じゃないから!! 好きなものは現在進行形で好きだろうから!!」


 なんてこと言うんだこの駄鬼は。

 さっきまで「あ、シリアスな妖鬼だ。ちょっと新鮮だけど、普段からこれなら悪くないかな」とか思っていたのに。感動を返して欲しい。


 ジュスタが駄鬼の悲しい性を嘆いていると、その駄鬼はそのままくだらない言葉を続けるようにして問いかける。


「それで結局、デジレとの旅はどうだったよ」

「え? あー、うん」


 その問いは、難しい。

 どうだったと言われても色々だ。嫌なこともあったし、悩んだことだって数知れず。

 けれど認めて貰えたり嬉しかったこともあったり、――辛いこともあったり、幸せなこともあったり。


「……よく、わかんないけど。でも、色んなことがあって、色んなことを感じたんだ。今までの自分とは、違う感じになれたというか。色んなものを知って、色んなものを得た気がする」

「――旅をして良かったか?」

「うん……良かった」


 そうか、と楽し気にシュテンは笑った。

 からからと、気持ちの良い晴天のような表情で。


「ああ、そいつは……良いなぁ」


 心境を吐露するように、呟いた。


「シュテン?」

「どんな過程を経ようとも、前を向いて歩き出すことが出来る。旅路の道程に間違いは無し」

「何言ってるの?」

「いやなに。旅ってのは、浪漫だと思ったまでよ」

「はあ?」


 はっはっは、気にするな。

 ゲラゲラと品の無い顔で笑うシュテンはいつものシュテンだ。

 ただ、何故だろう。


 この男は時折、不思議に遠い感覚を抱かせる。

 自分たちが知らないことを知っていて、そうと分かっていて見守っているような。

 決して悪い気分ではないけれど、さりとてその底知れなさを道化の衣装で隠しているような妙な佇まい。


 鬼神シュテンの名に等しき、神の名にし負うその在り方。


「でも、デジレとの旅でもそう言ってくれるんだ?」

「旅そのものに罪はねえからな」


 だから。

  

「またあのハゲと一緒に旅してまわりてえって思うんなら、関係ねえ俺も嬉しいよ」

「そう、なんだ」

「そうさ。ああ、そうさ。どこに行っても、新たな何かが見つかるさ。今までだってそうだったんだ、これからが既知で溢れてるはずがない。世界を見て回る旅っていうのは、本当に、"良い"ものなんだ」


 いつも笑っているシュテンだが、今度ばかりは中でも珍しいくらいの上機嫌。

 呆気に取られてしまったジュスタが隣のヒイラギに目をやれば、呆れたように口元を緩めてからジュスタと目を合わせて首を振った。


「いつものことだから気にしないで。浪漫に酔ったらしばらく戻ってこないのよ」

「はぁ……」


 なんだ、浪漫に酔うとは。

 ジュスタの困惑をよそに、一行の旅路は続く。


 魔王城はもう程近いところにまで迫っていた。

 黒々とうねる雲が空を埋め、薄暗くなっていくのが徐々に見て取れてくる。

 と、ヒイラギが特に感情を映さない顔でジュスタに問いかけた。


「それで、あんたは大丈夫なの?」

「何が?」

「連携も未熟。実力も不安。そんな状況で魔王城に入って、心根さえ折れてたらどうしようもないでしょ? 戦えるの?」

「……元々忍なんて格上相手の戦いが常だ」


 それだけ言ってもヒイラギの眉はひそめられたまま。

 ジュスタとて、分かっている。今までの自分はそこで思考を止めて、ただ命じられるがままに戦ってきた。けれど今は違う。違うと胸を張って言える。

 だから、言葉を待ってくれているヒイラギに、一呼吸置いて続けた。


「だから、心は大丈夫。元々鎮めの樹海で、決めたんだ」




「スミレさんが頑張った分も、ボクが頑張ろうってさ」




 そう、とヒイラギはそれきり興味を失くしたように前を向いた。

 けれど裏を返せば「心配ない」と考えてくれたことと同義。


 少しだけ誇らしくなって、黒い空を見上げた。


 と、ジュスタの首元に下がっていた懐中時計のような魔導具が反応する。

 これは事前にシャノアールから受け取っていた通信用の端末だった。


『あ、あー。こちらミネリナ・D・オルバ。どうだい、そちらは』

「こちらジュスタ。問題ないよ」

『おっけー、ちゃんと聞こえているようだね。流石はシャノアール謹製というべきか』

「それで、どうしたの。結構魔素消費激しいでしょ」

『まあそうだね。よし、連絡事項だ。シャノアールとミランダが魔王と交戦中。魔王のため込んでいる魔素を片っ端から削ぐようだが……流石にじり貧になる可能性が高い。出来る限り急いで欲しい』

「魔素を、削ぐ?」

『ああ。この二年で魔王がため込んだ魔素は、言うなれば魔王の外付け魔素タンクに接続されているようなものだ。つまり、回復できない。だから魔王の魔素を剥げば剥ぐほど、二年前の弱体化した状態に近づく。……いまのままでは傷一つつけられないからね』

「なるほど。了解、急ぐね」

『ん、頼んだ』


 オペレーションを担当しているミネリナからの連絡を切って、ジュスタは馬車の中に情報を共有する。

 光の神子一行の中で、この細かい連絡を受け持つのはジュスタだ。

 クレインやリュディウスは前衛で話すどころではないし、指揮官であるグリンドルが意識を割くわけにもいかない。ハルナは詠唱を途中で切るようなことになってはならないとなれば、必然的にこれはジュスタの役目になっていた。


「魔王と交戦ってことは、周りにも取り巻き一杯いるよね」

「たぶんね……急ごう!」


 気合を入れる馬車の中のメンバーを確認してから、シュテンとヒイラギにも話さないと、と顔を前へ向ける。そして、前方の彼らに声をかけようとしたその瞬間だった。


「シュテ――なに、どうしたの」

「聞こえてたぜ。急げと言われても、せめてレックルスが居てくれれば、ていうかあいつ何してんだよって話だよな」

「え、あ、うん、そうじゃなくて何で……大斧を抜いてるの」


 シュテンは第一神機:草薙(鬼殺し)を背中から取り出し、既に手綱を手放していた。

 見ればヒイラギも警戒をあらわに耳を逆立て、周囲を見回している。


 すると――ほどなくしてゲートが開いた。


 渦を巻く黒い球。円形に広がったそれは空中に浮かび、ジュスタは馬車の足を止める。


 レックルス・サリエルゲートの座標獄門。


 であれば、むしろ魔王城まで送って貰った方が早い。

 そう判断してのジュスタだったが、馬車の両サイドに馬を止めたシュテンとヒイラギは険しい目で渦を睨んでいた。


「んっんー!! お揃いお揃いお揃いでぇ!! いやはや手厚い歓迎でワターシもびっくりだ!」


 現れたのは恰幅の良い大男ではなく、緑髪の貴族風な雰囲気を漂わせた男。

 その姿を見たシュテンは、盛大にため息をついた。


「はーーー、おもんな。くっさ。帰るわ」

「んっんー!! 突然の不愉快!! その対応は予想外だぁ!!」

「いやだって、レックルス期待したじゃん。それなのにガチャから出てきたのはクソほどの価値もないゴミじゃん。うっわもう単発教やめますわ」

「ちょっと何言ってるか分からないなあ貴様はァ!」


 喚くルノアールに対して、シュテンは黒馬から軽やかに飛び降りると。

 完全に彼を無視してジュスタに振り向いた。


「ここで出てくるってこたぁおそらく、俺たちを足止め出来るくらいの何かをこいつは持ってるってこった」

「……え?」

「ヒイラギ。五人を手助けしてやれ。相性がばっちりよくなるまでな!」

「ちょっとシュテン!? 何言ってるのよ、所詮ルノアールでしょ?」

「んっんんんんんん!? どういう扱いだ白面九尾!?」


 ヒイラギはルノアールを鼻で笑って、「だってザコじゃないの」と一言添えて。

 シュテンに向き直るも、彼は戦う姿勢を崩さない。


「おらルノアール、言われてんぞ。まさか無策で突っ込んできたってことはねえだろ」

「んっんー……なんかなあ、調子狂うなあ。もっとこう、びびって驚いて欲しかったっていうかぁ……まあいいかぁ」


 半眼で面倒臭そうにルノアールは呟いた。

 そして、腕を振るって声を上げる。


「まあワターシ自身は大して強くない。だからこそこいつらを使う。語らない聖典よ、今こそ戦いの時」


 次の瞬間。


 地面に黒い渦が巻き、おどろおどろしい瘴気が湧いたように溢れ出る。

 とめどない靄は徐々に形を帯び、そして。


「オオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 咆哮。豪鬼。否、その覇気は最早シュテンと相違ないほどの鬼神クラス。


 一目見て分かる、鎮めの樹海の時と同じ暴走状態の豪鬼族。

 これと相対出来るのは、この中ではシュテンしかいない。


「ま、そんなこったろうと思ったわ」


 とん、と大斧を肩に担いでシュテンは鼻をほじった。


「ほれ、ヒイラギは五人を頼む。魔王城にこいつらを送り届けることが、俺たちの勝ち筋だ」

「……私も残った方が」

「バカ言え、それでこいつらが魔王戦までに消耗したらどうすんだよ」

「……でも」


 ヒイラギの脳裏に残るのは教国(第三章最終話)での離別。

 あの時、自分がきちんとシュテンについていれば。その後悔は未だ残る苦い記憶。


 けれど、シュテンは笑った。


「大丈夫だっつーの。それよりこいつらが心配だ。任せられるのはお前しかいねえよ」

「……わかった」


 ヒイラギは炎を操り、ルノアールをどかすように道を作る。


「行くわよ、ジュスタ」


 意を決したようにヒイラギがジュスタを振り返ると。

 馬車から顔を出したクレインが、ジュスタの隣に立っていた。


「シュテンさん……」

「お前の使命を全うしろ、クレイン」


 彼にも、教国での記憶はまざまざと残っている。

 けれどそれでも魔王を倒せるのは自分しかいない。ならば、シュテンが残るのが最良だと理性は訴えていた。言葉に出来ない葛藤はある。一緒に行こうなどとは口が裂けても言えない。だから。


「……頼み、ました」

「おうよ」


 そこでシュテンは何かを閃いたように笑う。

 大斧を担いで、親指を立てて吼えた。


「ここは俺に任せて先に行け!!」

「っ……はい!!」


 ジュスタが心配そうにしながらも黒馬に鞭うって走り出す。その後ろを守るようにヒイラギが馬を駆ろうとしたその時。


「んっんー……勘違いしているようだね、鬼神シュテン」

「何がだ?」

「あの光の神子が行ったところで、脅威ではない。ワターシの使命は"お前の"足止め。殺害だ」

「……」


 嘲笑うルノアール。目の前には、狂犬宜しくリードをギリギリ解き放たれる寸前の鬼神。

 それでもシュテンは余裕を感じていた。これくらいなら、どうにでもなると。


 だから。ルノアールはまだ魔導を振るう。


「古代呪法――葬魂幻影――改め」

「は?」

「第一創造魔導・還魂再霊」

「は?」


 その言葉を聞いた瞬間、ヒイラギの黒馬をシュテンはどついた。

 嫌な予感、なんてものではない。殺意の波動。ヒイラギが居たところでどうにもならない。

 むしろ、彼女には光の神子一行を守って貰わねばならないから。


 だから、本当に。


「行け、ヒイラギ!!」

「ちょ、シュテン!!」

「鬼いさん、本気出さなきゃいけねえみてえだからよぉ!!」


 ――ここは俺に任せて先に行け。



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