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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之弐『妖鬼 九尾 魔導司書』
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第五話 水の町マーミラII 『悪意の初動』

 帝国書院本部。

 帝国の要ともいえるその場所の所在は当然のように帝都グランシルの中央にあった。皇帝が君臨する宮殿の背後に、それを守るかのような形で大きく構えられている帝国書院は、元々帝位を譲った上皇のおわす館であった。


 今から九十年ほど前、タロス五世の治世に帝国書院は誕生した。


 帝国独自の魔導システムを生み出し、対魔族研究の一環として帝都を守る組織"帝国書院"は誕生したのだ。反魔族の風潮が強かった当時の帝国にあって、その影響は絶大だった。


 そして、現在。


 書陵部の存在と、魔導司書の力もあって、帝国書院は帝国にとって無くてはならないものとなっていた。


 頂点に君臨するのは、姿を現すことが殆ど無い"元帥"と呼ばれる者。その姿を見たことのある人間はほんの一握りで、魔導司書の中でも第一席と第三席のみであった。


 帝国書院書陵部魔導司書に対して命を下すことのできる唯一の人物でもあり、魔導司書は"元帥"の直轄部隊とも言い換えることが出来るものなのである。



 さて本日、帝国書院"紅蓮の間"には、一人の青年の影があった。


 この紅蓮の間は、特殊な魔力媒体を用いて元帥が"君臨"することが出来る。とは言っても音声のみとなり、元帥の下知を賜る為だけに使われる部屋だ。


 背に流した金髪を一束にまとめた、長身の青年。纏う黒のコートにはXの紋章が刻まれており、その両手は包帯で巻かれている。


 赤と金で装飾された円形の絨毯。その中央に彼が膝をついてすぐ、部屋の内部は暗闇に染まった。


『グリンドルよ。愚かにも魔族を帝国内部に入れたという話……本当か』

「はっ……申し訳ありません」


 しゃがれた老人の声だった。サラウンドに響きわたる威圧を込めたその重低音を、グリンドルはただ目を閉じて返すのみ。

 己の失態は己自身が一番よく知っている。理解している。拳に未だ響く痛みは体が感じている痛覚ではない。神蝕現象を破られたことに対する怒りが、憤りが、悔しさがその身を焦がしているのだった。


『して……』


 ふと、元帥の声色が変化する。重い叱責と懲罰を覚悟していたグリンドルにとって、それは意外なものだった。思わずぴくりと眉を動かすが、特に気取られた様子はない。


『取り逃がした内の一体が九尾というのは、(まこと)か?』

「はっ……確かに重傷でございました。しかし真に警戒すべきは――」

『ふぇっふぇっふぇ! そうかそうかあの石の呪縛を解いたか! ……が、遅すぎたな……ヒイラギ……』

「は……?」


 遅すぎたな? ヒイラギ?

 何のことなのかさっぱり分からないグリンドルが、顔をあげる。

 その動作は元帥にも知覚出来たのだろう、疑問符を浮かべる彼を窘めるような声。


『お前が気にすることではない。ところでその九尾は、お前で何とか出来る相手か?』

「え、ええ……九尾に手こずることはありませんでした。しかし問題は――」

『そうかそうか。良い、今回の失態は許す。だが……次の任務を与える』

.

「は、は……!」


 言いたいことはあったが、それもなかなか言い出せない雰囲気だ。

 喉奥まで出かかった台詞を飲み込み、もう一度頭を垂れる。

 暗闇の中で、聴覚だけが鋭敏に働く。


『九尾を生きたままこの場所に連れて来るがよい。第八席の同行を許す』

「生け捕り……ですか? それに何の意味が」

『お前には関係の無いことだと言ったはずだが?』

「し、しかし第一席の居ない間にそのような……魔族を帝国書院にまで入れるなど」


 無茶な注文であった。

 帝国書院の元帥は帝国書院のトップであれど帝国のトップではない。

 魔族排斥を掲げるこの国にあって、元帥が魔族の拉致を、ましてや帝国書院内部に連れ込んだなどと知れれば大変なことになるのは目に見えていた。


 グリンドルが渋る理由はもう一つある。

 ある種元帥よりも影響力と発言力が強い第一席の存在だった。彼が国外に出ている今、元帥が彼の預かり知らぬところで何かをしたと知れたら、またもやっかいなことになりかねない。


 特に最近の元帥と第一席の間にある確執は熱を増しているのだ。

 余計な火種は放り込みたくなかった。


『良い。あの九尾はこの場所が上皇院であった頃に入ってきたことがある』

「……しかし、計五席が国外の今、危険なことが起きては第一席が」

『第一席が何だと言うのだ!!』

「……出すぎたことを申しました」

『分かれば良い』


 フン、と鼻を鳴らすかのような音。グリンドルはただ黙して膝をつくのみ。

 強制的に巻き込まれたことに内心嘆息しながらも、グリンドルがそれを顔に出すことはなかった。落ち度は自分にある。ならば今回の件は自らが背負わなければならない。そう考えているからだった。


『では、魔導司書第十席グリンドル・グリフスケイル。第八席と共に九尾を捕らえ、この紅蓮の間にまで連れてこい。手足の二三本は無くとも構わん』

「はっ……仰せのままに」


 最後、元帥の命令を拝命すると同時、ゆっくりと部屋に明かりが戻ってきた。

 元帥への謁見はこれにて終了となる。


 グリンドルはゆっくり立ち上がると、コートを羽織り直して一つ息を吐いた。

 グー、パー、と拳の感触を確かめると、やはりまだ若干の違和感が残っている。だがそれ以上に一つ気になっていることがあった。

 あの戦いの日から、ずっとだ。


「……妖鬼。あれはただの魔族ではない。どれほどの力を、秘めていたというのか。……見当もつかなかった、が。思うことが一つだけある」


 紅蓮の間中央から離脱し、そのやけに高い天井を見上げながらグリンドルは扉に向かって歩き続ける。今日も夢に見た、あの妖鬼との戦い。

 神蝕現象(フェイズスキル)をたやすく打ち破り、尋常ではない覇気を纏っていたあの妖鬼。一体何者なのか。


 その答えは結局出ないままだが、一つだけ思うこと。それは、妖鬼がまだ全力ではなかった時の、最後に己が放った掌底。


「まるで何かを体内にねじ込むかのようだった。スイッチのような……違う、物体を叩き込んだような、そんな感じだ」


 握った手を開く。未だに白い布に巻かれたままなのは、もちろん最初は怪我のせいだった。だが、帝国は医療魔導もかなり進んでいる。そんなに時間をかけずに治すことが可能だった。

 ならば、何故今も包帯をしているのか。


 その理由は、主に二つ。


 一つは、怪我が治り切らないうちからさらに修練に打ち込んだこと。

 もう一つは、この両拳が敗北したことに対する戒めだった。


 指先まで白く巻かれたその腕で、ゆっくりと扉を押し開く。廊下に出ると、夕暮れ時の陽光が迎えてくれていた。目の前を走る赤のカーペットが若干日に焼けて鈍い色をしているのも、いつもの光景。


「よう、こっぴどくやられたっぽいけど」


 いつもと違うところがあるとすれば、廊下の壁に寄りかかっていた同僚の存在だった。ヘアバンドをした、茶髪の女性。グリンドルよりも二つほど年上で、明るい表情にそばかすが似合っている。


「第八席……」

「あたいと技量大して変わんないあんたが苦戦したってんなら、ぶっちゃけあんま行きたくねーんだけどなぁ。無理っぽい?」

「九尾なら問題ない。……だが問題は、妖鬼だね」


 くるくると自分の得物であるオカリナで遊んでいた彼女は、一瞬グリンドルの言葉が理解出来なかったのかフリーズした。

 ぱちくり、と赤茶けた目を瞬かせて、第八席は首を傾げる。


「逆じゃなくて?」

「逆じゃないんだよ、それが」

「ほっへー……面白いこともあったもんだ」


 うんうんと頷く彼女に、グリンドルは内心思う。

 遭遇したのが自分で無ければ、だいたいはこういう態度で居たのだろうと。あまりにも常識を逸脱した化け物の妖鬼。あの存在は、帝国書院の存在を脅かし兼ねない。


「……しかし、スゴいっぽいよねえ」

「何がだ?」

「たかが魔族二体の為に、魔導司書を四人シフトで当たるなんてさ。あんたが倒されちゃったからだよ? 魔族になめられるなんて屈辱は味わいたくないんだけど」


 オカリナをぽすんと懐にしまうと、彼女は後頭部で腕を組んでえっちらおっちら先を行ってしまう。少し思考に時間を要したが、グリンドルは先にロビーへと向かおうとする第八席を慌てて引き留めた。


「ちょっと待ってはくれないか」

「んあ? 何か変なこと言ったっぽい? あたい」

「いや、四人とは。僕ときみとで九尾なら、妖鬼はいったい誰と誰が」

「あんたが倒されてしまったのと、報告では二体がマーミラに向かっているということだから――」

「……第五席か」

「そういうこと。で、あともう一人だけど」


 あと一人。単純に消去法で行けば、答えは簡単だった。

 だが、あまりに過剰戦力ではないのか。


 そう考えるグリンドルに、第八席は特に何も感慨はなさそうに、面倒くさげに言い放つ。


「そこらへんふらついてた第三席と第五席で妖鬼をきれいに潰すっぽい」













 その日の夜。日が落ちてしばらく。

 水の町マーミラの近くの野山に身を隠していたシュテンとヒイラギ。


「肝ッ心なこと聞き忘れてたんだけど」

「マッチは手前に向けてこするタイプだが?」

「それのどこが肝心なのよこの駄鬼が!!」


 ヒイラギはふと、隣に立つふざけた男に問いかけた。

 ろくでもない答えが返ってくるのはいつものことだが、同様にいつものようにヒイラギも血管が切れたかのような怒りを見せる。


 だが、流石に慣れたのか一度切れた血管の修復は早い。

 一つ呼吸を入れて、下から睨むようにシュテンを見上げると言った。


「シュテンがこの町にきた目的というか、そもそもあんたの旅の目的聞いてないじゃない」

「お、やっと聞いてくれたか。いやすぐに別れるからいいやみたいなこと思われてるかとてっきり……お兄さんは嬉しいぞ!」

「私のが年上だっつってんでしょ!? ……ああもう、違う! 目的地がたまたま一緒だっただけで、あんたの旅は何の為なのよ!」

「……ん~、まあ。捜し物、かねぇ」

「捜し物?」

「そ。この町にも一個あるから、用事はそれだけ」


 ぱちくり。ぱちくりぱちくり。

 二度三度瞬きして、シュテンを見れば。至極まじめな表情で、捜し物だけが用事だと言い切った。


 どうやら普段のおふざけと違い本気らしいその言葉に、ヒイラギは一つ頷いた。元々こちらの用事も一つ。それにシュテンを付き合わせるのは少し気が引けていた。

 シュテンはまるで関係のないこと。

 だったら、先に捜し物を探していてもらった方がいい。

 なんだったら、こちらの用事が終わった時にまだ見つかっていなかったら手伝ってもいいくらいだ。そう考えて、ヒイラギは一つ指をたてる。


「お互いの所在くらいはパスで分かるんだし、少しの間別行動にしましょうか。私の用事にあんた付き合わせるのはちょっと気が引ける。こっち終わったら捜し物手伝うわ」

「……んー」


 一寸、顎を撫でるシュテン。髭など生えていないから、本当に撫でるだけだ。その紅く染まった瞳でヒイラギを見ると、まあいいかとでも言うように呆けた表情で頷いた。


「おっけー。んじゃまあ、そろそろ行きますか」

「そうね……あ、私こっちだから」

「後でよろしくー」


 のんびり手を振るシュテンと同時に跳躍。


 水の町マーミラは、レーネの村などとは違いしっかりと外壁が町の周囲を囲っている。とはいえ、魔導で作った訳でもないその高さはいかほどもない。シュテンの身体能力なら軽く飛び越すことが可能であったし、ヒイラギも難なく一度壁の上に着地し、目的地に向かって迷わず跳んだ。


 別に悪事を働く訳ではないのにこうしてひっそりとしなければならない理由。分かってはいても、少量の寂しさがあるものだった。


 所詮は人間相手だと思って、有象無象が相手だと思って、狐火で何度焦がそうとも、消えてくれないものというのはどうしてもある。


 燻った感情が、どこから起因するものなのか。

 そんなもの、わざわざ考えるまでもない。


「……ふぅ」


 嫌な、思い出だ。シュテンと比べる理由も必要もないが、少なくとも同じように"嫌な過去"であることは間違いがないだろう。


 音もなく民家の煉瓦屋根を飛び越え、目的の場所へ。

 夜を駆ける銀の凪のように。


「夜風っていうのも、悪くないものね……シュテンが移ったのかな」


 あの旅厨の感じている世界。

 パスを通じて流れてくるとか、そういうことはないけれども。それでも、何だか世界をもう一度楽しみ直すことが出来そうな、彼の考え方は嫌いではなかった。


 着地も、ゆっくりと。


 かつて訪れた場所だ。百年経っても、完全に忘却するには至らなかった。無造作にいくつもの石が立ち並ぶ、マーミラにあってたった一つ異質な、月の出る丘。



 刻まれた言葉は、「将軍・ガーランド・フォートスここに眠る」



 百年前ヒイラギが片思いしていた男の墓だった。


 水の町マーミラは、帝国南東の辺境にありながらも生活水準の比較的高い町であった。人々は余裕を持って暮らすことが出来、故に良い生まれの者も多く。従って、ここで生まれた男が帝国軍の将軍になっても、おかしくはないくらいのもので。


 マーミラの領主家の次男であった、ガーランド・フォートス。


 だらしがなく、どうしようもないのうてんきで、それでも戦いに臆さず強く、かっこいい人間であった。

 百年と少し前のあの日助けられて、恩を返す前に死んでしまった相手。


「……今更の話ね」


 長生きするが故に、自分より遅く生まれて早く死んでいった人間を見た数は、両手の指ではとても足りない。しかしその中でも、彼に対しての礼が言えなかったことはヒイラギの中では大きな心残りであった。


 多くの墓石とは一線を画す、一段高い場所に鎮座したその墓の前で。ヒイラギはじっと刻まれた言葉を見つめていた。


「何にも、持ってきてなんかないから。あっさり死んじゃってさ……何がパパって呼んでくれだ……私の方が……年上、で……」


 つう、と頬を伝う滴は、自分のどんな感情が溢れだしたものなのか。

 それを一瞬で理解することは出来ないし、しようとも思えなかった。


 けれど、墓石の前であっても彼に伝え残したことが一つある。


 帝国に来た一番の理由は、それを告げる為。

 大切だった人に、その思いを伝える為。


「だから――」



「なるほど……わざわざ墓参りをする為に押し通ったのだとしたら、見送ってやるくらいの情はあげても良かったかもしれないね」



「――っ!?」


 突然の声に慌てて振り向く。

 するとそこには、あの日敵対した男。金の長髪が月明かりに煌めく、黒コートの魔導司書。


「あんたっ……!」

「まあでもほら、魔族だし。しょうがねーっぽいけどねえ」

「えっ!?」


 グリンドル・グリフスケイル。

 その存在を目視したと同時、今度はガーランドの墓石の方から声。

 振り向きざま、血が沸騰したかのような怒りを覚えて反射的に狐火を放つ。


「その人の墓石に触れるなッ!!」

「あらよっと……誰の墓かわかんないっぽいから、ごめんねー」


 あろうことか人の墓の上に立っていた、外見年齢は同じくらいの女性。

 自由を通り越して非礼千万のその女に対して放たれた炎は虚しく空を切り、軽やかに着地した女性は気ままに笑う。


「なるほどねぇ。こりゃおかんむりだー」

「第八席。きみが立っていたのは、帝国軍将軍であったガーランド・フォートス殿及びその家系の方々の墓だ。流石に彼女に……そして死した方々に詫びるべきだ」

「うげっ……ごめんちゃい」

「あんたらっ……!!」


 落ち着いた雰囲気を崩さないグリンドルと、おどけた雰囲気のままの第八席と呼ばれた女性。両方とも魔導司書だとすれば、いったい何故こんなところに。


「悪いが、今回も見逃してはあげられない。元帥の命令なのでね」

「連行っぽいよ。覚悟してねー」


 一気に詰んだ。


 オカリナをもてあそぶ第八席と、グローブを填めたグリンドル。

 双方のはためく黒のコートに、軽い絶望を覚えながら身構えるヒイラギだった。



まどうししょ の ベネッタ が あらわれた !

まどうししょ の グリンドル が あらわれた !▼

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