第十三話 王都デルカールIII 『エンカウントIV』
――リバーサイドステーション発、王都行軍用列車内部。
「うわーん! 殺風景いいい!」
「そう言うな、軍用だこの列車は」
まともに整備されていない道を走る六頭立ての馬車に乗っているような、そこそこの揺れ。窓の一切無い細長い車内は、天井から吊るされたいくつかの照灯によって明るさは保たれているものの。正直、それ以外に特徴的な何かがあるわけでもないこの列車は、酷くハルナの退屈を誘うようであった。
魔列車の客室のようにコンパートメントがあるわけでもなく、だだっ広い車内の両側に長椅子が用意されているだけ。尻の感触は固いというほどではないが、少々長時間移動を前提にするには優しさが足りない。
ぐーすか眠っているのは、どこでも寝られそうな橙髪の吸血皇女――ミランダただ一人。
ハルナをあやすリュディウスの他、この車両に乗っているのはその寝こけたミランダと、その色違い系吸血皇女のミネリナ、その相棒のテツ、そして思案顔で天井を眺めている堕天使のユリーカ。最後に、自身の扱う棒の手入れをしているクレインの総勢七名。
ハルナの相手をするのはクレインの仕事じゃないかと的外れな苛立ちを抱えつつ、リュディウスはしばらく前から続くハルナの癇癪に付き合っていた。
さて、どうしてこんなことになっているかと言えば。
『この人たちどうしよう!』
というハルナの言葉が切っ掛けだった。
ユリーカとミランダによる蹂躙で積み上げられた屍の山。と言いつつも息が残っている者がそこそこ以上おり、特にユリーカが手加減でもしていたのか昏倒させられているだけの騎士が幾人も。また、ハルナの必死の治癒により息を吹き返した者も少なからず、流石にこのまま鎮めの樹海に放置するわけにもいかないということになり。
ハルナの頼みで、ミネリナとミランダの魔導で車両の中に騎士たちを放り込み、とりあえず王都に返そうとお届け便を決行したのだ。あのまま放置していたら魔獣の栄養になっていたに違いない。
なお、べつに殺せばよかったのでは、というミランダの意見は封殺された。
確かに非が向こうにあったにせよ、光の神子や王国王子として見過ごせないのは当然のこと。
リュディウスの権限を使って軍用列車を動かし、騎士たちを返すがてら自分たちも王都に向かうことにしたのだった。
「まあ、元々ぼかぁ王都に行こうと思ってたんで、ありがたいと思ってまさぁ」
「そうだね。目的地は王国というよりも王都だ。クレインたちこそ、目的地からずれてしまって手間が増えてしまったみたいだが」
「あ、いえ、僕らは大丈夫です。べつの目的があって王国に戻ってきたら、そこで突然鎮めの樹海にも目的の一つがあるよって知らされたので。ラッキーとは思ってますけど、その程度です」
テツ、ミネリナと話すクレインの表情は比較的明るい。
最後の鍵も確かに気になるところではあるが、在り処が分かっている以上そこまで焦るほどのものでもない。それよりも、移動してしまっているであろうジュスタを探す方が、今のクレインたちにとっては大事だった。
「……そういえば、ユリーカさん」
「ん? えっと、クレインだったよね。光の神子」
「あ、はい。……その、なんで僕たちと普通に接してくれてるんですか?」
「……ん?」
ぼんやり天井を眺めていたユリーカに、聞いておきたいことがあった。
考えてみれば当たり前のこと。
彼女は魔王軍でも指折りの猛者であり、魔王を倒さんとしているクレインは敵であるはず。それが、魔王と相討ったテツと行動を共にしていて、あまつさえクレインに対してもフラットに接してくれている。その理由が、いまいちわからなかった。
ミランダはもしかしたらミネリナと仲が良いから、とも考えられるが。
すくなくとも公的な立場として魔王の側近であるはずの"車輪"が、ここまでクレインに対して友好的というか、少なくとも敵対的でないのかが分からない。
リュディウスなどは、少し大剣の扱いについて手ほどきを受けたようであったし。
「ここなら誰も聞いてないから言っちゃうけど、別にあたし魔王様に忠誠誓って魔王軍入ってるわけじゃないんだ。ていうか、倒れるなら倒れてくれて結構。魔王軍って案外一枚岩じゃないのよ」
「えっ」
そう、なのか。とクレインは一応言葉を飲み込む。
「じゃあ、あのヴェローチェっていう人とは敵対してるんですか?」
「……ん? なんでそうなったの?」
あれ? と頭に疑問符を載せてユリーカは首を傾げた。
クレインも、あれ、違うの? とはてな宜しく目を点にする。
「や、だって、魔王軍の邪魔になるから消すとかなんとか。あの時は死ぬかと思いました」
「なにやってんのあのバカ。……そ。そんなことがあったのね。あいつにはあたしからきつーくお説教しておくから」
「お説教」
「うん、一応妹分だし」
「え、ユリーカさんの妹さんに殺されかけたんですか僕ら」
「まあ、あたしとシャノアールの間でしかやり取りしてない情報とかもあるから……大方、光の神子討伐の手柄でシャノアールの地位をさらに上げようとか思ったんだろうけど」
よし、とユリーカは手を打って。
「少し魔界のお勉強させたげる」
「お、お勉強」
「まず、魔王様が居ます。1800年前に初めて魔王が誕生してから、あの人で五代目かな。その魔王様の下には、重要なポストが二つあります、はいクレインくん」
「え!? えっと、導師シャノアールと車輪ユリーカ、です」
「はい正解。この役職が出来たのは二百年くらい前。あたしはかれこれ三代目の車輪なんだけど、まあそれはおいといて。別に、最初は大した地位じゃなかったのね。軍を統べる立場ってだけで」
「そうだったんですか?」
「そして、シャノ兄が権力も財力も実力も付けすぎた。……あの人それで自分が元居た場所からも煙たがられてたの忘れたのかしら。それで、導師に対する対抗馬として車輪が用意されたの。導師が魔導に長けているから、車輪は武勇に長けた魔族を、ってね」
「なるほど、対立させておけば……あれ?」
「気が付いた?」
「三代目の車輪にユリーカさんが入っちゃうと、結局導師シャノアールの権力が強まり続けるんじゃ」
「はい正解。武勇も魔導も、頂点はアトモスフィア家。しかもあたしが車輪を襲名したのは二年前――魔王様が死にかけてた時。シャノ兄が完全に魔界を掌握しようとしてると思われても仕方ないよね?」
「そう……ですね」
「その結果、親シャノアール派と反シャノアール派……彼らは魔王派と名乗ってるけど。その二つに権力構造が分かれてしまっています。それで、魔王様も正直シャノ兄のことを快く思ってない。そりゃあ、グラスパーアイが傀儡にするために連れてきた人間の魔導師がこんなに権力握るなんて思ってないもの」
「……なるほど。だからユリーカさんは僕が生きてても全然。……っていうかクーデター企んでたり……?」
「さあ、どうでしょう?」
「うわああ……そりゃ魔界のナンバー2とか言われてる人だもんなあ、権力争いもするよなあ……」
クレインは頭を抱えた。
彼女の口ぶりからするに、彼女自身"魔王が邪魔"とまで思っていてもおかしくない。
シャノアールという人物がどういう為人をしているのか分からない以上、今後の魔界に魔王以上の脅威が現れるのなら不安も募ろうというものだ。
「ま、その魔王派筆頭格の吸血鬼共を、景気づけに襲ってきたんだけどね」
「えええ!?」
「そこのミランダと一緒に」
「ぐぅ」
「えええ!?」
寝ぼけた様子でサムズアップするミランダは、やけにご満悦の表情だ。
よほど気に入らなかったのか……しかし相手は同族だろうに、良いのかと不安が脳内をかすめる。
「そういうわけで、光の神子くんに対して別に害意があるわけじゃないよ。……魔王様に命令さえされなければ、ね」
「……そうならないことを祈ります」
「ん、以上!」
ぴっ、と指を立ててユリーカは笑顔で頷いた。
「さて、と。これからの話だけれど、全員王都に向かうってことでいいのかな?」
しばらく揺られていると、そろそろ王都が近づいてきたという。
音頭を取るミネリナの問いかけに、クレインたち三人は強く頷いた。
「じゃあまた一緒に行動ってぇ感じでさぁ。よろしく頼んます、クレインくん」
「こちらこそ!」
テツもミネリナも王都直行。そこでふと手を挙げたのはミランダだった。
「あのー、一個みんな忘れてないかにゃ?」
「にゃってあんた」
忘れていること。なんだろうか。
疑問符を浮かべる面々を眺めて、ミランダは小さく息を吐くと。
「今頃レックルスはどこで何してるんだろなー」
その一言で、周囲の空気が凍った。
クレインたちは、誰のことだろうとはてなマーク続行のご様子だが、テツ、ミネリナ、ユリーカの三人は違う。
すっかり、忘れていた。
「……忘れてたんだー?」
「そ、そんなことは」
「忘れていたね」
「やー、申し訳の次第もございませんや」
テツミナカンパニーのあっさりとした薄情な白状に、さしものユリーカも嘆息する。
レックルスは先ほどの列車に座標獄門を繋ぎ、ひょっとしたら既に王都にいるかもしれない。いないかもしれない。どのみち彼が一人で王都に居られるはずがないので、王都に座標を登録してそのまま魔界に戻っているかもしれない。
分からないが、とにもかくにも彼を探すところから始めなければならないようだ。
「責任を持って、魔界組のユリーカとわたしが探すことにするよー」
「……そうしましたら、ぼかぁ王都で情報収集ってぇ感じでいきますか」
「リュディ、僕たちは王城かな?」
「騎士たちを預けて、そのまま、だな」
王都到着後の方針が決まったところで、列車がゆるゆるとブレーキをかけ始めた。
さあ、王都に到着だ。
「あーやだやだ、警備の厳重なことで!」
シュテンとヒイラギ、そしてフレアリールの三人は王都から外壁一枚隔てた場所にある地下への扉を開き、その内部に侵入していた。
帝国の作り同様、魔素を多分に含んだ鉄製の壁が四方を取り囲むこの場所は、しかしどうにも狂化魔族の実験場などというには少々道が狭すぎる。
もしかしたらはずれなのかもしれないなあ、などとぼやきつつ、結構な量の護衛や哨戒をやり過ごし、時に音もなく倒して進んでいると。
「……ここは?」
まるで病院のように幾つもの部屋が並べられ、一つ一つに何やら怪しげな機器が設置されていた、そのうちの一つ。
気になってひょっこり覗いたのは、この階層の最奥にある妙に広い部屋だった。
ものものしく生体ポッドが左右に十個以上並べられ、その奥に何やら機械が置いてある。
「これは……主さま……」
「なした?」
珍しく、少々怯えたような声音だった。
振り返れば、フレアリールが背後のポッドの一つを指さして瞠目している。
その中を見れば、そこには。
どこかで見覚えのある顔の吸血皇女。……と、そっくりの別人。
「……どこぞの商会でへたくそな経営してそうな顔、とほぼほぼクリソツじゃねえか」
「貴方さまのフレアが具申致します。これはもしや、以前ルノアールとかいう愚物の行っていた吸血皇女を作る計画の……」
「ミネリナが爆弾にされてた実験の実験場か。おいおい、こんなところでマジに何を……あん?」
「シュテン、ちょっとこっち来て」
「はいよ、ちょいと待ちなせえ」
周囲を見渡せば、ヒイラギが最奥の機械の前で何やら思案顔。
今度はなんじゃいと思って彼女の元へと行けば、このど真ん中の一番物々しいポッドには別の人物が生け捕りにされていた。
どうやら男のようだが、シュテンは見たことがない。
「……誰これ」
「私も知らないんだけど、ここに名前が」
「あん? えーっと……フレヴァディール・クロイス? フレアリールの関係者?」
「ではありませんわ。貴女さまのフレアは、このような下等な人間と何等かの繋がりがあったりはしません。……が、この男、確か見たことがあります」
名前が似てるだけだったか。
さて、誰のことだとフレアリールの記憶から辿り着くのをしばらく待っていると。
はた、と気が付いたように彼女の頭にぴんぽーん、と豆電球。
「あれは確か、帝国書院書陵部の人間だったはず。魔導司書ではなかったような気が致しますけれど」
「書陵部のヤツか。ならこれは一度、報告に戻ったほうがよさそうかね。下手にいじくって死なれても困るしよ」
しかし、なんでまたフレヴァディールとやらと、吸血皇女を作る実験施設が一緒に?
などと色々考えていたところで、シュテンは。
「あれ、ちょっと待て」
と、突然かがみこんだ。頭を抱えて、ぐるぐると思考を巡らせる。
ひょっとして今まで、物凄い重要な見落としをしていたのではないかと。
「……俺、知らねえよ。ミネリナ・D・オルバなんてキャラクター」
「主、さま?」
「ちょっと、どうしたのよ」
「そうか、その時点でおかしかったのか。テツとミネリナが仲良しなのも、そもそも吸血皇女を作るなんて話になってるのも。全部が全部、テツたちと一緒にフレアリールのところに突っ込んだ時点で、本来あり得ねえことだったのか」
テツが死んでいない、ということはヤタノがいつぞやに仄めかしていて、歴史改変後にミネリナと共に出てきたからすっかり元々そういう流れだったのかと思っていた。
だが、違う。ミネリナを、シュテンは知らない。
つまり、彼女はもしかしたら存在しなかったかもしれない少女で。
「……その鍵は、ルノアールの野郎もそうだが……このフレヴァディールってヤツが握っててもおかしくねえな」
そう、ポッドの中で眠る男を見上げて言った。




