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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之捌『叛逆 神蝕 片眼鏡』
212/267

第十二話 王都デルカールII 『エンカウントIII』



 ――王都周辺、高原地帯。


 王都をぐるりと囲む街壁は、他の中枢都市と比べるとそこまで高いものではない。

 せいぜいが数十メレト、階層にしてフロア五つ分あるかないかといったところか。

 そんな防壁で大丈夫かと心配になるような形状だが、魔導の力によってさらに外側数ウェレトが半球状に守られているため、空からの攻撃を受け付けない仕組みになっている。


 空から攻撃出来ず、空へ出ることも不可能。固い防備に守られた王都デルカールは、街門と魔列車の線路からのみ行き来ができるようになっていた。


 さて、その王都の周囲は黄色がかった高原が広がっている。

 すすきのような植物をはじめとして、乾いた土地に悠々と根を張る乾燥した草花。

 基本的に丈が高く、総じて燃えやすそうな植物たち。

 この高原は半球上に守られた結界の中にあるため、魔族がやってくることもない。


 雨も降らない、魔素だけで生きる植物。群生するそれらをかき分けて、時に刈りながら王都の人間は道を作って生きてきた。

 最近では魔列車の登場により様々な物資を列車に乗せて運搬するようになったせいか王都から高原への出入りは減ったとはいえ。それでも冒険者(ブレイヴァー)や行商人たちは独自のルートで王都内様々な閑村、集落、洞窟などなどに足を運んでいた。


「ってわけで、魔列車の旅は良かったな!!」

「結局全員三等客室だったけどね」

「客室の良し悪しにこだわるのは所詮その程度の人間だけ。そう、シュテンさまは下々と敢えて足並みを揃えることで、周囲から余裕ある人間を遠ざけて自身の存在を発覚させないようにしたのよ」

「へー! そうなんだ、俺すげー!」

「はい、貴方様のフレアは、いつもそう思っております」

「なんだこいつら」


 鬼殺し棒を担ぎ、のっしのっしと高原の道なき道を行くシュテン。

 その隣を、すすきまみれになりながらヒイラギが歩き。二人の間、というか少し上をふわふわと浮きながらフレアリールが追従する。凸凹すぎるグリモワール・リバースの面々は、王都を出て周辺の探索を行っていた。


 というのも。


「なーんかこの辺りから珠片の感覚がするんだよなあ」

「その微妙な感覚に頼って探すのも難儀なもんよね」


 すすき型植物が尻尾の毛に大量にくっつくのをいちいち払いながら、ヒイラギは嘆息する。時折フレアリールが肉に塩を振るようなノリでやたら優雅にさらさらと上からオナモミモドキを振り掛けていたりするのだが、それにはヒイラギは気づいていない。


 シュテンは面白いので止めていない。


「そんなに煩わしいなら尻尾仕舞えよ」

「仕舞えたら苦労してないって前も言ったでしょ。……まあ、悪かったとは思ってるけど。私のせいで王都観光は後回しだし」


 彼女の尻尾は流石に隠しようがない、言い訳のつかない魔族要素だ。シュテンのように三度笠を被っているわけでもなければ、フレアリールのように翼を仕舞えたりするわけでもない。そうである以上、王都内をふらふら歩くことは難しかった。


 だからこそ、現在は帝国書院組が王都内の情報収集に回っている。どうにも王都内には狂化魔族の実験施設らしき建物もなく、目星もつかない。八方ふさがりなら、ルノーや狂化魔族関連は外と中に別れて探ってみようということだった。


 そしてシュテンは、妙に近い珠片の感覚が気になったこともあり、外周りを買って出たのだった。割と自分のせいであることは自覚していたヒイラギは、この観光バカから機会を奪ってしまっていたことを申し訳なく思っていたのだが。


 彼は耳をほじりながら、


「それは別に良いけどよ」


 とあっけらかんと言い切った。


「え゛?」

「……なんだその面白い顔は」

「あんたが観光邪魔されてそんなあっさり許すと思ってなかった」

「ん? あー、まあ、言われてみれば確かに。おい駄尻尾。お前のせいで観光できねーぞやーいやーい」

「なんなの!?」

「……や、なんだろうな。あれじゃねえの? せっかく一緒に旅出来てんのに、わざわざ引き離す理由がねえっつか。違うか。んー、なんだろ。それなら王都後回しでもいいかなと思っただけだ気にすんな」

「……それって」


 よく分かんねえけどまあ、俺は別に気にしてねえよ。とひらひら手を振って先を行くシュテンに、一瞬ヒイラギは足を止めた。

 だって、それは。あの観光バカが、観光よりも自分を――


「ちっ」

「わっざわざ何耳元で舌打ちしちゃってくれてんの!?」

「いえ別に。尻尾程度私が消し飛ばしてくれてやっても良いのだけれど」

「やめて!?」


 フレアリールはそのままふわふわとシュテンの隣にやってきて、


「貴方さまのフレアならば、攪乱結界を王都に貼ることで全員の目から逃れることも出来ます」

「それやると魔導使うヤツにはバレるって言ってなかった?」

「……それは、そうですけれど。あ、でも、認識阻害をあの駄尻尾にかけるくらいなら」

「それもバレるっつってなかった?」

「……うう。もういっそ駄尻尾ごと消滅させてしまえば」

「やめたげて」


 残念です、と唇を尖らせるフレアリール。この子本当になんなの、とヒイラギは彼女を白い目で見つつ、それにしても、と思う。


「フレアリールって、シュテンの何が良くて付き従ってんの?」

「はァ? むしろ、何か悪いところがあるように見えるの?」

「ええ……」


 そう、これである。

 フレアリールはいったいシュテンを通して何を見てしまっているのかと、ヒイラギとしてはツッコミどころ満載な彼女のふるまい。渦中のシュテンを見れば、特に何も感じていなさそうな無表情――ちげえこれ関わりたくないだけだ。ヒイラギは察した。


「ちょっとちょっとシュテン、あんた本当にあの子に何したの? 洗脳?」

「んっんー! じゃねえんだからそんなことするわけねえだろが。や、ただ血をくださいって言われたからあげただけなんだがなあ」


 懐かれちった。と目から星でも飛びそうな勢いで舌を出しやがったシュテンを、この時ほど焼き尽くしてやりたいと思ったことはない。

 しかしまあ、とヒイラギは一人頷く。懐かれただけだというのであれば、なるほど。

 これは眷属として、彼女の存在がメリットになるかデメリットになるか見極めてやろう。


 どのみちヒイラギからしたら邪魔の一言だが、彼女があのふるまいに相応な実力を身に着けているというのであれば、まあシュテンの盾くらいには使えるだろうし。


「少し様子を見てあげようかしら」

「突然なんで上から目線なわけ?」


 ちらりとフレアリールの方に目をやれば。

 半眼でヒイラギを睨みながら、オナモミモドキを彼女の尻尾に撒いているところだった。


「ん?」

「あ」


 ……。


「はい殺おおおおおおおおおおおおおおおおす!!」

「あっぶな!? ここ燃えやすいって貴女分かっているの!? というか様子を見て云々って発言はどこに行ったの!?」

「知らないわねえええ!! あんたはただの害だと判明しましたああああ! 燃やす! 燃やしてやる! なんかさっきっからやたらオナモミモドキくっつくなと思ってたら!! 私はあれか! 盛り付け完成手前のステーキか何かか!」

「くず肉のステーキなんてちょっと身の程知らずで笑えるのだけれど!?」

「誰がくず肉じゃあああああ!! あんたをバーベキューにしてやるんだから!!!」


 乾燥した大地で荒れ狂うように燃え盛る狐火と、それを翼で煽り返しながらひらひら飛び回る吸血皇女。イブキ山の頃から相性悪いなと思っていた彼女らの諍いに、いつの間にかシュテンは白と赤の旗を両手に持って周囲をぐるぐる回っていた。


「あんたはあんたで何しとんじゃあああ!」

「おっと審判への攻撃は」

「何が審判じゃ、あんたに審判下してやる!!」


 ぎゃあああああ!! ああ、シュテンさま! 隙ありいいいい!!


 ぎゃーぎゃーと郊外で喚き散らす三人の特級魔族。

 周囲に人がいないから良いようなものの、とんでもなくはた迷惑な大騒ぎであった。



 しばらくして。


「……ん?」


 ぜーはーと荒い息を吐きだすヒイラギと、ぷすぷす黒い煙を羽から上げるフレアリール、鼻が妙にとんがったシュテンがそこにいた。妙に鼻のとんがったシュテンは口元に手を当てて、何だか思案顔だ。


「いやあんただけ何が起きたのよ」

「へっ……感じるぜ……気配をな……」

「誰よ」


 すぐにいつもの間抜け面に戻ったシュテンはしかし、本当に何かに気が付いたようでさくさく王都の外壁近くにまで歩いていく。


 もしかしたら珠片の感覚でも拾ったのだろうか。そんなことを考えるヒイラギとフレアリールが背後からついていくと。そこには確かに妙な魔力を感じる扉のようなものがあった。……地面に。


「……地下への入り口、でしょうか」

「なるほど、王都内じゃなくて、外に施設作ってたのか。王都の人間にも知らせず、王都の結界で魔族は近寄らせず……ね」


 妙に濃い魔素の感覚と、そしてこの封じられた入り口。

 当たりの可能性は、ある。


「どうするの?」

「魔導司書ーズに連絡入れるのもありだが……ま、探り入れる程度ならいいじゃんよ。お前、目の前にダンジョン出されて俺がおあずけ食らうなんてありえねえよ」

「……はあ。ほどほどにね」


 心配そうなヒイラギにニヤリと笑いかけてから、シュテンは勢いよくその扉を開いたのだった。















 ――王都デルカール第一区画。簡易商業区域。


 たとえ王都と言えど、そこに住むのは民であり、人である。

 そうである以上、食というのは生命活動に不可欠で。神聖な場所というイメージがあるこの王城城下の街においても、フードマーケットというものは存在していた。


 数日前に拠点にしていた西方都市ツァーリスや、馴染みのある帝都グランシルとも違った趣きのこの街のフードマーケットは、まるでそれぞれがそれぞれの店を勝手に出しているような雑多な印象を与えていた。


 区画整理があまり行われていないのか、同じような植物食品を扱う店が隣り合っていたり、かと思えば匂いのきつい香木屋と穀物を扱う店が近くにあったり。

 そしてそれぞれがそれぞれをけん制し合いながら、高らかに声をあげて客引きを行っている、そんな有り様だった。


「王都というだけあって、人の数は多いようですね」


 かき抱くように粗悪な茶色の紙袋を抱え、中から取り出した焼き菓子をひょいぱくひょいぱく食べながら、その童女は通りの一画を歩いていた。


 石畳で整備されている道は年季が入っているのか多少凸凹しており、時折通る馬車は少々飛んだり跳ねたりと危なっかしい。騎士らしき男女があっちこっちを駆けていたり、そこそこの頻度で歩哨が立っているのを見ると、そこそこ治安は守られているのだろうか。


 歩いてできる情報収集はたかが知れているとはいえ。だからといってそれを怠る理由はない。お菓子もおいしいし、それなりに何か手がかりがあればいい。


 日が沈む頃には宿に集まることになっている。

 もうすぐ斜陽といった頃合いの今、そろそろ引き返す必要があるだろうと童女は踵を返した。


 ルノー・R・アテリディアの所在に関しても、狂化させられるであろう魔族が捕えられているであろう場所に関しても、いまいち情報は出てこない。そのあたり、他に二人情報収集に出向いている仲間が見つけられていればいいが。


 ごくごく自然に脳内に浮かんだ、金髪天然風ホスト男とそばかすレザー装備田舎娘。

 二人なら、現地での仕事も上手くやるだろう。


 そこまで考えてふと、気づく。

 当たり前のように彼らを仲間だと考えていることに。


 "グリモワール・リバース"としてあの妖鬼(アホ)を筆頭に仲間として括られるまでの間、果たして自分は魔導司書の面々を仲間だと認識していただろうか。


 自分を化け物だと理解した上で"利用する"と言い放ったアスタルテ。

 魔導司書よりも救世の五英雄として、そちらに居場所を見つけたアイゼンハルト。

 思想が相容れないと、最初から拒絶の構えを見せていたデジレ。


 それ以外にも何人もいた魔導司書を思い出すと、やはり自分は異端として処理されており。今の今まで、他の魔導司書と共同で何かに当たったこともなければ、他の魔導司書と親しくなった覚えもなかった。


 向こうからしたら、どうなのかは分からないけれど。

 自分としては、今まで仲間だと思ったことはなかったのに。


『じゃああたいその辺調べてくるっぽい』

『それでは僕はあちらかな』

『ではわたしはフードマーケットに』


 お土産市、劇場、食品市。三人が三人、明らかに情報収集とは無関係なところに向かおうとしてお互いを押しとどめたり。


『ルノーは絶対にとっちめるよ』

『ああ。それは僕も第三席も承知のことだ』

『ええ、異論はありません』


 かと思えば、目的は一致していたり。


 不思議なもので、あの面々には気づいたら自然な仲間意識が芽生えていた。


 ベネッタに、グリンドル。それはきっと、魔導司書としてではなく。

 あの妖鬼(アホ)の元に集った、……自分も含めて、アホの集まりだろうから。


「アイゼンハルト。貴方も、そうだったのですか」


 自分の居場所を見つけられたかもしれない。


 どれだけ生きてきてようやくなのか。思わず自嘲の笑みを浮かべて、童女は大通りを歩む。と、その時だった。


「あら? 貴女は……」

「へっ?」


 見た目だけで言うなら同年代。

 彼女は確か、一度荷馬車無き街道で出会い、その後――


「デジレが拐かしたロリですね」

「あんたにロリ言われたくないけど!?」


 短剣を腰に佩いた、忍の少女だった。


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