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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之弐『妖鬼 九尾 魔導司書』
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第四話 水の町マーミラI 『名誉院長の第五席』

 レーネの村から南西に下ること10ウェレトの場所に、水の町マーミラという小さな町がある。南西の国境付近ということもあり防衛の為帝国書院113支部が置かれており、研究院とも通称される魔導学者たちが多く所属する部署であった。

 数十年前に魔素飽和現象を引き起こして白銀の街道を白銀の街道たらしめた原因の場所でもある。


 帝国魔導の中でもこの研究院が行うのは未知への対策が主だ。白銀の街道を作った時のような万が一が帝都で起きては困るという理由で、この郊外で危険物を扱うことが多い。


 そして今ちょうど、未知のエネルギー体と研究院が格闘しているところであった。


 研究院地下二階。

 白いタイルに四方を囲まれたここは、床にびっしりと魔封じの結界魔法陣が描かれている実験室だ。現在この実験室では、二週間ほど前に見つかったある一つの高純度エネルギー結晶の研究が行われていた。


 五、六人の魔導ローブに身を包んだ男女が魔法陣の中央にある台座を、その上に安置されたその結晶を中心にぐるりと囲んでいる。


 結局、高純度のマナを魔力として吸い出すことも、魔導装置の動力源とすることも出来なかった。単純に、この高純度マナタイト結晶とおぼしき物体から何かしらの反応を抽出することさえ、まだ出来ていない。


 いったいこれは何なのか。

 発見地のデータと照らし合わせても、発見時期前後の気象データを観察しても、どこにもヒントは転がっていない。


 研究員たちの頭を悩ませるのは、その高純度の結晶の秘めるマナでも、その可能性でも何でもなく、ただただレスポンスが一切無いというその一点であった。


 と、その真っ白なタイル部屋の右隅の一角。殆ど壁と区別がつかないほどのその場所がゆっくりとスライドし、一人の人物が姿を現した。


 この部屋唯一の出入り口から険しい顔をして入ってきた彼に、研究員たちは一斉に作業をやめて頭を下げる。


「ああ、そういうのはいい。どうだ、その結晶の調子は」

「それが……何をしてもレスポンスが無く……」

「ふむ。見せたまえ」


 オールバックにした蒼髪。

 掛けたモノクルは彼の鋭い目と相まって知性のほどを思わせる。

 服装は研究員たちのそれとは違い、あのグリンドル・グリフスケイルと同じ黒のロングコートであった。


「……なるほど、確かに一切の干渉を受けない謎の結晶体のようだ」


 研究員の一人に手渡された情報スクロールをめくり、刻まれた文章に手早く目を通していくその青年。彼は十枚ほどのそのスクロールを数秒で読み終えると手近な研究員にそれを返し、一瞬だけ考えるように顎に手をやってから研究員に向き直った。


「保管庫に置かれているもう一つの結晶体は?」

「全く同じものでした。出された数値も0、0、0で」

「なら、その二つがお互いに干渉しあうかどうかを試してみてはどうだ?」

「……よろしいのですか? もしそれであの結晶体に何かあったら」

「オレが上に掛け合おう。それまでは、成果が出ずともめげずに研究に励んで欲しい」

「あ、ありがとうございます、第五席!」


 頭を下げる研究員にならうように、その場に居た人間全てが低頭する。

 第五席と呼ばれた彼は、「そういうのもいい」と呆れたように手を払うとすぐさま身を翻し、研究室を後にしようとして――突然開いた扉の前で立ち止まった。


 この場所にくるのは、研究院のトップである自分かその部下。

 だが、その所在は彼が逐一把握しているはずであった。そうでないとすれば何か緊急のことがあるか、それか全くの部外者か。


 二つに一つ。だが、全くの部外者でこんなところにまで入って来ることが出来る人間など、そう多くはない。


 しかして入ってきたのは、前者であった。


「大変です第五席!」

「……きみは、レーネの村との間の警護に当たっている時間のはずだが」

「は、はい! ですが……!」

「ひとまず落ち着きたまえ。呼吸もままならないのでは、まともな報告も出来ないだろう」

「は、は……!」


 すらりとした長身を持つ彼が、その手を顔の前に翳せばそれだけで制止する理由になる。焦らないように、焦らないようにと報告者は息を整え、改めて第五席に向かい合った。


「先ほど第三席がレーネの村付近にて私を呼び止められ、言伝を任されました次第!」

「ツッ……ヤタノ・フソウ・アークライトか……どうかしたか」

「それがっ……!」


 報告者は、そこで一瞬言葉を躊躇った。なぜかと言えば、そう難しいことではない。ただ単純に、ヤタノから任された伝言というのが丸々目の前の男の地雷に等しいからであった。


「なんだ? 言ってみろ」


 ヤタノという名前を聞いただけでも半分機嫌を損ねている彼。

 普段は正義感が強く孤高の学者肌でありながら部下の気持ちを忘れない人格者、などというふれこみで人気の青年ではあるが、こと"あるもの"に対してだけは激しい嫌悪を示すことでも有名だった。


 翡翠の双眸が報告者を穿つ。

 諦めたようにキッと彼を見据え、報告者は言った。


「第三席によれば、第十席が取り逃がした"魔族"がこの町に侵攻中とのこと――」


 その全てを言い終わる前に、床に何かを叩きつけたかのような音が響きわたる。


「ひっ!?」

「ァん……だとォ……? 魔族ァ……? 第三席のクソババアは何してたんだよ……!!」

「捜し物をしに来ただけだというので放置したと、ひぃ!?」

「ふざけやがってあのクソロリがッ……!!」


 クソババアとクソロリが同時に悪口になるような相手は、帝国にたった一人しかいない。同じ魔導司書の中でも、思想が違えば動き方も異なる。そういう部分で、特に第五席と第三席は相入れない節があった。


「この帝国の土を、魔族なんかに踏ませんじゃねェよ……ふざけてんのかクソが……」


 キャラ変わりすぎだろう、とドン引きする周囲の研究員をさしおいて、第五席のボルテージは上がり続ける。自らの魔導書である大薙刀の石突を地面に叩きつけたまま、その柄を血管が浮くほど握りしめて、第五席は天井を仰いだ。


「おーけーおーけーよく分かった。答えは簡単だ。こっちに来ているのだろう、その魔族は?」

「は、はい!」

「ぶっ殺す」


 狭い室内で大薙刀を一度振るうと、報告者の横を通り過ぎて地上へつながる階段を足早に上っていった。あっけに取られていた研究員たちをおいて、報告者もはっと気づいたようにその部屋を出ていく。


 取り残された研究員のうちの一人、先ほどまで第五席と会話していた男は情報スクロールを一枚めくって、ぽつりと呟いた。


「あの……上にかけあってくれるというお話は……」


 その言葉に答える者は、誰も居なかった。


















「ヒヤシンス」

「す……す……スレイプニール」

「ルビウス」

「すッ……すッ……スカルマーダー!」

「だ? あ?」

「だ」

「ダマスカス」

「すっ……!? スピンムーヴ!」

「ヴァリヤス」

「あああああああああああああああああああああああああ!!」


 ども、シュテンです。

 隣で発狂してるのがヒイラギです。


 昨日ほどとはいかないけれど、今日も雲が多いだけで晴れの陽光が心地良いですね。今朝、起きて早々おはようの挨拶よりも先にヒイラギが「ついて行ってあげるわ、しょうがないし!」と言うので朝シャンならぬ朝の水浴びに連れていこうとしたら狐火くらいました。


 まあそれはともかく、道中。

 暇だというのでしりとりをして遊んでいた。ヒイラギ弱い。


「なんっで"す"ばっかりなの!? 嫌がらせ!?」

「そういう遊びだろこれ」

「うぐぐぐぎぎ」

「女にあるまじきすさまじい形相やめろ」

「し、失礼ね!?」


 ふん、とそっぽを向く仕草は相変わらず。そんなこんなでシュテン眷属は平常運転。レーネの廃村を出た俺たちは、一路南西へと向かっていた。


 帝国南部はグリモワール・ランサーIIでもよく通った道だ。どこをどう行けばいいのか、だいたいではあるが分かっている。


 この先には、少し山道を進んだあと水の町マーミラがあるはずだ。

 帝国書院の支部があって、そこで初めて主人公パーティはグリンドルと出会う。この時には仲間にならないばかりか戦闘という名の負けイベントが待ちかまえているんだが、まあ今の俺たちと同じで主人公たちも不法侵入者だし、ハルナが「公国のプリースト」って名乗っちゃうしで、そりゃ戦闘にもなるわと。


「結構距離あるけど、どうするの?」

「どのみちあれだ、俺ほら覇気? だっけ。あれ隠せない内に町に乗り込むのはまずいだろ」

「……そーね。じゃあ夜まで町に入らないってこと?」

「まあそういうことだ。適当に休み休み歩いていこうぜ」

「はいはい……旅好きなんだから」


 呆れたように肩を竦めるヒイラギ。旅好きをディスられるとは思わなかったぞこの駄尻尾。……すげえもふもふしたいけど、結局あれから触らせてもらえない不思議。俺もしかしてなんかやったのかな。おねしょ? いやもしそうだったら処分はもっと重いだろうし。


「……ねえシュテン」

「あん?」


 そんな感じで俺が自らの罪を数えていると、ふと隣から小さく声がした。相変わらずこっち見ねえこいつ。前を向き、歩きながら、何の気なしという風体で彼女は言う。九つの尻尾をもふもふ揺らしながら。


「昨日は、ありがと」


 ……あー。

 いや、忘れて良かったんじゃないかな、昨日のことは。


「あれはその、なんつーかノリと勢いに任せてちょっとシリアスぶってみたかったというかなんというか」

「触れられたくないのは分かってるってば。それでもちょっと言いたかったの。ガラじゃないのは私もなんだから、素直に受け取りなさい!」

「お、おう……?」


 ぽん、と俺の胸を叩いてぴょこぴょこ先に行くヒイラギ。


 思わず立ち止まる俺。なにあれ。あれヒイラギだよな? 幻影で実はなんか別人とかそういうんじゃないよな。


 気づくと俺は立ち止まっていたらしい。

 先に少し進んでいたヒイラギは振り返って首を傾げると、何だか睨むような瞳で俺を見た。


「なに止まってんのよ角折るわよ」

「よく言った駄尻尾が。なんだちょっと大人のお姉さんらしい雰囲気出てたじゃねえかとほんっっっっのちょぴぃぃぃっっっとでも思った俺がバカだったわ」

「え、うそ! ちゃんと敬う気になった!? 年上のこの私を敬う気になった!?」

「欠片もならねえっての尻尾一本抜いて箒にすんぞ」

「取り外しなんか出来ないって言ってるでしょうが!!」


 うがー! と怒るヒイラギは平常運転。

 一瞬すげえ大人っぽく見えたのは、気のせいだったのかどうか。

 そういえば、昨日と違ってすげえこいつすっきりしているっていうか爽やかというか……悩み、吹っ飛んだのかね。


 何だか抱えてるものがある者同士、先を越された感がするというか……。


「……なによじろじろ見て」

「やっぱ気のせいだな。ヒイラギだし」

「あんたやっぱほんっっっとうにふざけた男ね!?」


 先に行ってやるんだから!

 と大股で俺の数歩前を歩き始めたヒイラギ。

 何だかなあと思いつつ、不思議と悪くないと感じる俺も居る。


 旅は道連れとはよく言うが、この二日間ほどで随分ヒイラギのキャラが明るくなった。誰がどんな影響を及ぼしたのかといえば、まあ俺とヤタノちゃんくらいなんだけど……悪くないんじゃあ、ないですかね。



「ところでしりとりは?」

「もうやらないわよ! いじめられるし!!」




 さあ、んじゃまあ次の珠片を手に入れる為、向かいましょうかね。


 水の町マーミラに!

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