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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之捌『叛逆 神蝕 片眼鏡』
206/267

第六話 北方の街ローラント 『旅の小径』




 ――王国北方。地方都市ローラント。


 王国の中でも極めて標高が高く、そして寒冷期には冷え込むこの街は煉瓦作りの街並みが見受けられる王国唯一の街と言っても良い。季節柄まだ冷え込むような時期ではないにせよ、他の地方に比べれば清涼な空気感が特徴だ。


 そんなローラントの主な産業は林業で、この街の周囲或いは少し東西に行った先にある山々からいくつもの木々を伐採しては、燃料として出荷している。


 足元は石畳でびっちりと整理されており、土が顔を出すような場所は殆ど見受けられない状態だった。

 新鮮な環境に興味津々のジュスタは周囲を見渡して、隣で先ほどまで通信機器を通して「クソがクソが」と喋っていたデジレに声をかけようとして……少し自分で考えてみて。そして、コートの裾を引っ張った。


「なんだクソガキ」

「この街、地面が全然出てないのってさ。雪が降るから?」


 そう問いかけると、デジレは少々面食らった顔をして。


「ああ、そうだ。帝国北部と違い魔導路炉器が普及されていない以上、雪が積もると交通が麻痺してしまう。この街の一番の産業である林業は冬にこそ活躍する代物だ。それが、雪に降られて行き届きませんでしたでは本末転倒だろう。そこで、地面がぬかるまないように石畳で整備しつつ……これを見ろ」

「あ、ほんとだ、これ水路?」


 指をさした先には、街の方々にある編み目のような小さな穴の群れ。そして、道の端には必ずと言っていいほど大きなくぼみがあった。


「熱を自力で繰り出す魔導はコストがかかるが、燃料が別にあって、発生したエネルギーを行き渡らせるというのならそう難しくはない。それぞれの場所に魔導の伝導率を上げる組み方をすればいいからだ。そしてこの街は帝国から一番近い中枢都市でもある。それなりに王国も予算をかけてこの街を大事にしていることだろうよ」

「なるほどなー。じゃあ冬になると地面暖かくなるんだね」

「そういうことだ」


 寒さ対策かー、とジュスタは楽しそうに街のあっちをきょろきょろこっちをきょろきょろ。行きかう人々に奇異の目で見られつつ、それでも天然の学びに興味津々の様子だった。


 と、そこでジュスタはデジレの機嫌が宜しくないことに気が付いた。

 さっき通話で「クソがクソが」って言ってたし、また面倒でも起きたのかもしれない。


 この前は研究院を調理棟に変えられたってキレていたし。


「それでさっきの通信、なんかあったの? 研究院取り潰し?」

「恐ろしいこと言ってんじゃねえぞクソガキ。第二席にされて研究時間すら減ったってのに、これ以上オレから何かを奪われてたまるか。仕事行ってたら外出中におうち無くなりましたとか洒落にならねえぞクソが」

「じゃあなにさ」

「……アスタルテの野郎、ルノー討伐任務に出向く魔導司書のうち三人の道連れにクソ妖鬼を同道させるらしい」

「え、アスタルテ? って人、物凄くシュテンのこと嫌ってなかった?」

「味方に付いてる間は勝率が良いとかなんとか。腹立たしいことこの上ねえがな。あとその名前出すんじゃねえ吊るすぞ」

「ボクにもクソ妖鬼って言えと!?」

「……?」

「何がおかしいの? みたいな顔やめてくれないかな!?」


 い、一応恩というか、あるんだけどな。頭おかしいし、デジレほどじゃないけど。

 と困ったように腕を組みつつ、デジレの隣を歩く。

 この近くに魔列車の乗降ホームがあるはずだ。確か雪の影響で発着が乱れるのを防ぐためとかそういう理由で、しばらく屋根付きの線路を走るみたいなことをデジレに聞いた。そういうことなら、歩いていれば見えてくるはずだろう。


 この街の建物はそんなに高くない。逆に一階建ての建物もなかなか見ないが、散々雪の話をしたのだ、大方一階建てだと潰されるとか出られなくなるとかそういう理由だろう。


「切符売り場はどこかなどこかなー」

「……ところでクソガキ」

「どしたの?」

「お前、金あんのか?」

「あるよ?」


 当たり前のようにジュスタはポケットから財布を取り出した。


 デジレの財布を。


「……」

「いだだだだだだだだだだ!! 切符売り場でどのみち種明かしするつもりだったよぅ! 痛い痛い痛い痛い!!」

「何が種明かしだクソガキが」


 べちゃっと地面に捨てられて。何気にちょっと地面触ってみて、あったかくないなあとか思いつつ。


「実際、足りると思う。なんだかんだ魔獣の皮とか売ってたし」

「ふん」


 ならいい。と言いつつコートを翻してジュスタを置いていくデジレ。いつものことなのでジュスタはてててとデジレに追い付くと、当たり前のように並んで歩く。


「まあ金があるなら王都に行くこと自体は良いが。お前、着いてきてどうすんだよ」

「わー凄い今更ー」


 しらーっと半眼を向けつつ、ジュスタは首を振った。


「デジレが着いてくるなって言うんならもう辞めるけど、そうじゃないなら着いてくよ」


 ジュスタは「テメエのことはテメエで考えろ」とデジレに言われることを覚悟の上で、そう切り出した。少なくとも今までであれば絶対にそう言われたし、自分でも言われることが分かっていたからだった。


 ところが、デジレはそのまま無機質な瞳を向けてくるのみ。あれ? と首を傾げると。


「まさか、それだけか?」

「え、あ、ううん、違うよ」

「もったいぶってんじゃねえよクソが」

「あ、うん。いや、デジレのことだから『テメエ自分で考えろクソがークソがークソクソがー』とか言うかなって」

「言わねえよ死ね」


 薙刀が振り下ろされたので危うくジュスタは回避した。


「あっぶないな!!」

「……少なくとも、ここ最近のテメエの身の振り方を見てる限り、そこまでの間抜けは晒さねえと思っただけだ。買いかぶってたか?」

「そ、そんなことないよ! うん、そんなことない。……ちゃんと見てくれてるんだね、先生」

「殺されねえうちに説明しろ」

「あ、はい」


 えーっと。と前置きして。


「シュラークがルノアールに連れ去られた以上、ルノアールを追いかけなきゃ。ルノーっていう男はその手がかりになるし。それが、着いていく理由だよ」

「……」


 そう言って、ジュスタはデジレを見上げた。

 彼はと言えば、モノクルの位置を少し整えつつ煩わし気にジュスタを見やるだけ。

 しかし、だからと言って文句があるわけではないようで。


 さっき、ジュスタの成長をちゃんと見てくれていたことと重なって、ジュスタは年相応の笑みを見せた。


「……ありがとね、デジレ」

「あん?」

「ボクは子供で、考え無しで、色々間違ってた。これからはちゃんと自分で、自分の道を見つけるよ。そのためにも、シュラークには必ず会って……もしダメだったとしても、決着をつける。復讐だ、って盲目的に騒ぐのはもう辞める」

「……ほう?」


 だから。


「人の話をちゃんと聞いて、自分で考えて、身の振り方を決めるんだ」


 少なくとも、これから先はずっと。

 言い切ったジュスタは、どうだとばかりに胸を張る。そんな彼女を、しかしデジレは特にとりあわずふいっと顔を前に戻して、すたすたと切符売り場の方に向かってしまった。


 けれど。その去り際に聞こえた「……そうか」という声と。ジュスタから少しだけ見えた横顔がちょっとだけ笑っているような気がして。


 いつもよりもご機嫌に、ジュスタはデジレの隣へと駆けていく。


「クソガキ」

「なになにー?」


 と、追い付く前に掛けられる声。依然として振り返りもしないが、切符売り場に向かうにつれて増えてきた雑踏を器用な体捌きで回避しつつ、極めて呑気にデジレは言葉を続けていく。若干、周囲の人込みとざわめきに隠れて聞こえにくい部分もあるけれど。もしかしたらそれもわざとなのかもしれない。


「……お前に直接は言ってなかったが、オレは復讐なんてもんはしない方が幸せだと思ってる。テメエの人生を、仇の為に費やすなんぞクソ食らえだってな。特にお前みてえなクソガキは」


 思い返すと、デジレに言われたことには小さな共通点があった。

『ガキになんてもん背負わせる気だクソが』

『テメエ、またしても傀儡にされるところだったな』


 子供だから。それは決してジュスタを嘲っているのではなく、単純に人生のスタート地点に居る相手に向けた言葉だった。


『助けてあげたいって思っちゃったのは……やっぱりボクが未熟だからなのかな』

『そこじゃねえ。テメエがちゃんとテメエで判断するために必要な材料が足りてねえのに安請け合いをするなっつってんだ。そんなんだから、テメエの言葉は"安い"んだ。本当にテメエが厳然とした事実から考えて出した結論で動いていたら、もっと行動に伴ってくるはずだ。それをしない、人の言葉を鵜呑みにするだけで行動するヤツだから安いっつってんだ』


 安いのは、きっと。自分がそういう風に生きてきたから。生かされてきたから。

 だから、今は。自分で考えて、間違っていても答えを出して。


 頑張って生きてみよう。そう思うことが出来た。


 辿り着いた改札横の券売受付で、切符を購入するデジレの背を眺めながら、ジュスタは考える。もし、これから先ちゃんと頑張って、大人って認められることが出来たら。


 出来たら、良い。


 購入を終えたらしいデジレの次に、自分も切符を買おうとして。


「おい、クソガキ」

「いい加減、ジュスタって呼んでよ」

「はっ、まだまだ半人前以下のクソガキだろうが」


 その手には、とっくに二人分の切符が握られていた。

 


















 魔列車の中は、自身が想像していたよりも複雑というか面倒というか。

 狭い廊下を挟んで右と左に小さな個室がいくつもある、コンパートメント式の列車だった。ここじゃない、ここでもないと先に進んでいくうちに、明らかに一等客室であろう車両にたどり着く二人。


「あ、あの、まさかとは思うけど一等客室取ったの?」

「あ? テメエ、仮にも帝国書院の魔導司書が一等以外で格好つくと思ってんのか」

「メンツの問題かー。……ボクは?」

「わざわざテメエを三等に放り込んでオレだけ一等客室なわけねえだろクソが。考えろ」

「考えるというより気後れするんだよ!」


 文句を言いながらも、一車両の中に四つしかない大きな部屋の一つに入るジュスタ。

 ここが、デジレとジュスタが使う客室のようだ。

 壁一面、とまではいかないまでも、ジュスタの腰より上くらいから天井付近まで広がる大きな窓は魅力的で、走り出したらどんな景色が見られるのだろうと期待に胸を高鳴らせた。


「魔列車って初めてだけど、なんかドキドキする」

「客室を区別するのは国の収益を上げる上で確かに有効な策だろうな。帝国の馬無し馬車もいくつか価格帯を分けて売り出すか。内装と外装にもこだわって……そう、カラーリングだ。色を自由に選べるようになれば顧客の獲得も」

「デジレ?」

「あん? どうした」

「どうしたじゃなくて……帝国のこと考えるのやめない? 今だけでも。どうせ王都着くまでは何もできないんだし」

「……それもそうか」


 対面に設けられた柔らかなソファ。真ん中にどかりと座ったデジレとは違い、ジュスタは窓際に腰かけて景色を楽しむ気満々であった。


「ねえねえ、デジレは乗ったことあるんでしょ? 景色とか、どんな感じ?」

「山。農村。山。森。森。森。農村。森。畑。畑。山。畑。農村。森。山。畑」

「そっかぁ、うへへへ。楽しみだなあ」

「なんでこの説明でテンションが上がる」


 呆れながら、デジレはコンパートメントの外に控えていたらしい乗務員を呼んで、何事かを伝えていた。ジュスタはと言えばいまだ出発してすらいない、駅のプラットホームしか見えない窓をひたすら眺めているだけでご満悦そうだ。


 と、はしゃぎっぱなしのジュスタが外を眺めている間に。ぐらりと、大きな揺れ。


「うぉ!?」

「発車だ」

「そっか! きたきたきた! ほら、動く! 動くよデジレ!」

「見りゃ分かる。テメエが忍術使ってダッシュしたほうが速ぇだろうが」

「それはそうだけど! でも違うよ! だってボク、足使ってない! でも動いてる!」

「……ダメだなこりゃ。まあせいぜい楽しめ」


 デジレはおもむろに懐から書類を取り出し、確認していく。

 すると乗務員が、デジレが頼んでおいた菓子類と珈琲を持ってやってきた。


「ああ、そこに置いてくれ。助かる」

「ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 デジレの声が聞こえたのだろうジュスタがくるりと振り向く。


「お菓子!」

「好きにしろ。しかし、菓子に反応するあたりまだまだ子供だな」


 どちらかというと、子供に戻れた、が正しいか。そう心中で呟きつつ、デジレは珈琲に手を付ける。

 もしゃもしゃとクッキーを齧りながら、未だ雪から線路を守るためのトンネル内だというのに窓の外を見つめるジュスタを見た。


「ねえねえ、どのくらいかかるんだっけ」

「明日の夕刻には王都だ。これから南西に向かってこの列車は進む」

「なんで?」

「北の地方都市ローラントからは、王都か、或いは西の都市ツァーリス行きの魔列車が出ている。これは王都行きだがな。ひとまず、双方南西に向かって走る。そして、途中の分岐点で王都に行くものと西の街ツァーリスに行くものに分かれるわけだ。王都へ行くルートは、北の街ローラントからくの字を描いて王都に到着するわけだ」

「っていうことは、西から来た魔列車はへの字を描いて王都に行くってこと?」

「ふむ。バカではないようだな」

「失礼な!」


 逆に東から王都に行く場合はVの字に途中で南からきた魔列車と合流する。王都には、北西から南東に向けた一本の線路が走っている、というと分かりやすいだろうか。


「その分岐点で一度停車駅がある。マウンテンサイド駅という、小さな街のある駅だ。中枢都市とはくらべものにならないがな。そこで一泊してから、王都に向かうことになる」

「それで明日の夕方には王都、かー。じゃあずっと見てられるね!」

「飽きないならな……」


 それだけ言って、デジレはもう一度書類に目を落とした。

 今後の予定や、メモに取った情報などが記載されているそれをぼんやり眺めていると。


 しばらくしてジュスタが静かになっていることに気が付いた。


 見れば、外は既に屋根のある部分を抜け、山の見える広々とした景色が広がっている。

 それを、目を輝かせながら眺めていた。

 ……まあ、こういうのも悪くない。


 デジレは改めて視線を書類に落とすのだった。


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