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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之捌『叛逆 神蝕 片眼鏡』
203/267

第三話 魔界三丁目 『プロローグIII』


 ――魔界地下帝国は魔の(みやこ)東部魔界三丁目。


 うぅ……あぁ……とそこかしこから聞こえる、亡者の呼び声にも似た呻き。

 ここは魔界三丁目。魔界のエネルギーで構築された黒い太陽が大地を照らす、昼でも不気味な色を落とした世界。

 魔界三丁目はその中でも特に闇の深い一角で、そして高級住宅が立ち並ぶ区画のはずれでもあった。しかし場違いにも、今。ミネリナ・オルバの目の前に広がる風景は高級住宅街などとはとても言えないような崩壊した石造りの屋敷と、死屍累々宜しく大地に野ざらしになっている多くの魔族だった。


 その下手人は、たったの二人。

 なんとか魔族のいない足場に立った背中合わせの武者は、お互いに軽く周囲を警戒しつつも異常がないことを確認して。片や得物を消滅させ、片や得物を背に仕舞った。


 そしてようやく振り返り、お互いの姿を改めて確認することになる。


「あんたは……確か」

「うん? お知り合いで……?」

「魔界の者だったら誰だって知ってるわ。あんた、その槍捌き、アイゼンハルト・K・ファンギーニ」

「あー、あはは。まあ、そう呼ばれていた時もありました」


 ぽりぽりと頭を掻きながら、目の前の惨状を作り上げたことなどまるで気にしていないかのように恥ずかしそうに笑う青年――アイゼンハルト。またの名をテツ。それを見て、なによそれとばかりに眉根を寄せる少女。


「なんだあの美男美女」

「むっ」


 遠くから彼らを眺めるしかなかった一人の男がそうぼやくと、男の影に隠れていた赤髪の少女がずんずんと男女の方に歩みよっていく。


「やいテツ! 何を恥ずかしそうに!」

「え、いやあそういうつもりじゃ」

「ふふん、ま、アイドルのあたしの前じゃ、どんな男も形無しね!」


 胸を張る少女の名はユリーカ。

 現役(?)の魔界アイドルであった。


「しかし、おたくみたいな戦士がアイドルたぁ、また中々けったいな話で」

「いや、テツもただの商会の営業って大概詐欺だと思うよ……」


 白い目を向ける吸血皇女のミネリナに肩を竦めつつ、ユリーカが「テツ……?」と首を傾げているところにフォローをいれようと思ったそのタイミングで。

 ひらりと舞い降りる、もう一人の少女の姿があった。


「はーいお疲れー。奥から見つけてきたよ、例の品物ー」


 オレンジ色のツインテール。眠たげな(まなこ)

 しかしそれ以外の特徴は全て、もう一人この場に居る少女と酷く似通っていて。


「あ、ミランダお帰り。えっとそっちは……ミランダの妹さん?」

「え? ……あら。なにこの色違い」

「し、失礼な! わ、わたしにはミネリナという立派な名前がだね!」

「あ、それはどーも。ミランダですー」


 ぺこ、と会釈程度に頭を下げるミランダに、憤懣やるかたないといった様子でミネリナは地団駄を踏んでいた。テツはそんな彼女をまあまあと宥めつつ、しかし視線はミランダの抱える二つの結晶のようなものに向いている。


「あ、これ? 私たちがこの場所を襲撃したりゆーってやつ。こんなものをあいつらが抱え込んでるなんて、危ないと思わないかにゃ?」

「にゃってあんたね……」

「しかしまー、ミネリナ、ミネリナねー」

「な、なんだい?」


 ぽんぽんと結晶を弄ぶミランダは、割とどうでもよさそうにミネリナを一瞥。


「んー」

「えっと……」


 腕を組みつつ結晶をふりふり。そんな仕草を若干カワイイと思ってしまったテツは、ミネリナに足を踏まれていた。……大したダメージはなさそうだった。


「そろそろいいですかねユリーカちゃん。俺としても、魔界三丁目で事を起こすのは流石にどうかと思うんですが」

「あ、レックルス居たんだー。ユリーカ気づいてたー?」

「気づいてたけど!?」

「ガン無視ですかミランダさん!? そりゃないですぜ!?」


 愕然とする男――レックルス。地味にこの中では一番腰が低いとはいえ、これでも魔界の四天王の一角……それも最高位を張る者だ。

 そんな彼をしてぞんざいに扱われるこの状況にテツは悲しいものを覚えないでもなかったが、"今代"四天王はまあそんなものかもしれないなという妙な達観もあった。


 何せ、代替わりして間もないせいか四天王より強い魔族がごろごろ居る。年齢幅が広い魔界にあって、半世襲制の社会はあまり宜しくないのかもしれない。


「で、えーっとこちらのテツさんですが。ミランダさんに共和国(第六章二十七話)から言伝を預かってここまで律儀に来てくれてます」

「お、おー。おつかれー」

「やあどもども」

「お疲れって。しかもそれでいいのかテツ……」


 ミネリナがツッコミを入れていると、妙に生暖かい視線を隣から感じた。

 視線の主であるユリーカは「お互い苦労するね」とでも言いたげな目をしており。困り笑いで会釈を返しておいた。


「で、言伝って誰から?」

「ブレンというオーガの男からでさぁ」

「あー……ここ一年くらい連絡取れなかったけど、あいつなんかあったんー? 図体の割にバカだから、捕まっちゃって助けて―とか? それだったらわざわざ伝えにこないかー。じゃああれだ、結婚しましたーとか。平和で良いと思わないかにゃ?」


 ユリーカほどとはいかずとも、きゃぴっとした明るくあざといテンションでミランダは答える。だが、テツはと言えば無言で首を振るばかり。

 ……何かを察したのだろう。ミランダは、ちいさく肩を落とすと、ひらひらと手を振って続きを促した。


「あー……いや、ごめん。ちゃんと聞くよー」


 伝えにくい、のは確かにそうだ。けれど、ブレンという、たった一度会っただけの男からの小さな言伝でさえ。テツという人間は律儀にかなえようと思うのだ。

 誰一人、これから先自分の周りで辛い思いをしてほしくないから。


『……故郷のダチに、"すまねえ"と。そう伝えてくれ。ブレンから、ミランダへ』


 そう、ただ一度まみえた男は言葉を告げてこと切れた。

 その願いは、叶えるべきものだと、そう思う。


「"すまねえ"、と。一言。すんません、ぼかぁ、どうすることも」

「あははは!」


 哄笑。けらけらとおなかを抱えてミランダは笑った。それはもう、盛大に。

 テツが告げたことの意味が、分からなかったでもあるまいに。


 友だと、ブレンはそう言っていたにも関わらず。

 はーおっかしー、と口にして、誰もが無言の中でミランダは。


「それ言うためだけにわざわざ人間がこんなところまできたんだーおもしろーい」

「ちょっとミランダッ――!!」


 それはあんまりだ、とばかりにミランダの方へ寄ろうとするユリーカを、テツは小さく手で制する。


 その意図が分からずミランダから視線を外したその時、彼女の方から聞こえてきた言葉は。


「……あいつ、死んだかー……そう簡単に捕まるようなヤツじゃないんだけどなあ……」


 ミランダの、吐息交じりの吐露。

 静まり返ったこの場所に響く声は、とても友の死を笑うようなものではなく。

 後ろを向いてしまったミランダの背に、テツは優しく声をかけた。


「……気は、使わんで結構ですわ。……慣れて、るんで」

「っ、嫌な慣れだねー。どんだけの修羅場くぐったんだか、バカみたいなお人よしか。……そんな相手に向かって、「なんで助けてくれなかったの」なんて言えるほど、私だってバカじゃないよーだ」


 後ろ手を組んで、空を見上げるミランダの表情は見えない。

 けれど、それでいいのだと。テツは一つ息を吐いてミネリナに向き直った。


「さて、と。することはしたし、ぼくらはコマモイに帰りましょうか」

「え、いや、そうだけど――」


 確かにすることはないけれど。

 けれど、このまま帰るには少々、後味が悪いというかなんというか。

 いまいち言葉が出てこないミネリナの代わりに、声をあげたのはミランダだった。


「お礼に良いこと教えてあげよーか」

「良いこと?」

「そのミネリナって子、ただの私の色違いじゃないよー。グラスパーアイが失敗したんだったら知ってると思うけど、人造。んで、コピー元が私」

「っ……!?」


 いきなり何を言い出すのだと目を剥く魔界組とは違い、ミネリナはある程度覚悟していたのか目を閉じるに留め。テツは彼女の肩にそっと手を載せながら。


「それを良心で教えてくれたと信じて聞きますが……なんでそれを?」

「ルノアールの野郎にクソ親父(グラスパーアイ)がやらせたことだから、責任もあってさー。まあ、罪滅ぼしってほどじゃないけど、知らないよりはマシかな、みたいな感じかにゃ?」

「にゃってあんた……」


 何度目になるかも分からないやり取りで嘆息するユリーカの目は、しかし明後日の方を向いていた。具体的に言えば、ミネリナとテツの距離感というか、辛い時に当たり前のように肩に乗せられた手のひらというか。


「……いいな」

「あとちなみに、私もクソ親父(グラスパーアイ)が死んでからあらかた研究施設は潰したけど、まだ残ってるというか移したみたいだよー」

「移した?」


 テツの眼光が鋭くなるのを確認して、ミランダは指を振る。


「王国は王都。今なら吸血皇女最高位のミランダちゃんがアシストとしてついてくるよー?」

「……まあ、利害は一致する、か」

「研究施設が残ってるってことはー、ミネリナみたいに"兵器"として作られる吸血皇女が増えるってことだしねー」

「テツ……?」


 顎に手を当てたテツを、ミネリナは見上げて言った。


「もう、いいんだよ? わたしはそりゃあ、どうにかしたいとは思うけど。それでテツがまた辛い思いをするのは、たくさんなんだ」

「……大丈夫でさぁ。ぼかぁ、こんなことを聞かされて黙ってる方がしんどい。……アシスト、お願い出来ませんか、ミランダ嬢」

「もちろん。……しかしなんだー、見せつけてくれるなー。自分とほぼほぼ一緒の子が男といちゃついてるの見ると、うらやましくなって参りますなー、ユリーカはどう思うかにゃ?」

「……」

「ユリーカ?」

「……いいな」

「ダメだこいつ」


 ミランダは肩を竦めて鼻で笑った。

 

「あー、その。ミランダ。ユリーカ? には片思いの相手でも居るのかい?」

「居るっぽいよー。めっちゃ拗らせてるよー。なんでもねー、もう来るなーとか言っちゃったせいで――」


――古代呪法・車輪転装――


 振り落とされるカトラス。


「ひぇ」


 慌てて回避したミランダは、誤魔化すように笑ってレックルスの背後に逃げた。


「ミランダ?」

「は、はい、いやー本日もユリーカちゃんったら絶好調の可愛らしさでー」


 そう言いながら結晶を振り振り。


「……あの、ミランダ嬢」

「どうしたんでー。テツー」

「その結晶、ぼかぁさっきっからどっかで見たことあると思ってたんですが……それ確か、珠片とかいう」

「なんか取り込んだら力が増えるとか、吸血皇女が昼行性(デイウォーカー)になれたって話しか知らないけどー」


 と、珠片という名前を聞いたレックルスが慌てて顔をあげた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいミランダさん。俺ぁ細かいことは知らないんですが、確かシュテンの野郎の言うことには――」

「その神秘の珠片は劇物だね。少なくとも人間には取り込めないはずさ」

「――あ、ああ。野郎もそう言ってました。ついでにいやあ、多分それはあいつが旅の目的っつってるレベルのもんで――」


 珠片に詳しいミネリナと、目の前でアホ妖鬼から事情を説明されたレックルスがこぞって説明を開始する。

 その慌てた様子に、ミランダは「ふうん」と少々興味深げにしていたが。


 気づいたらミランダの手元から、一つ珠片が消えていた。


「あ、あれ?」


 あたりを見渡せば、その珠片をごっくんしちゃってる堕天使が一人。


「ユリーカちゃん!? な、何をしてるんで!?」

「べっつにー?」

「いや、いやいやいやいや」

「あ、でも、やだ、これ、っすご……なんか、身体が熱くなってきたかもっ……」

「ゆ、ユリーカちゃん!? あ、アイドルがしちゃいけねえってその顔は!! あ、あーあーあー俺見たらだめなヤツだこれ!」


 チェリーバーガーが慌てて後ろを向くのをよそに、ユリーカは自身を抱きすくめて。

 収まったのか、「ほう……」と艶めかしい吐息を一つ。


「うん、なんか力上がった」

「なんで間髪入れずに取り込んでしまったんだキミは……」

「え? なんでって」


 簡単なことよ。


 いたずらっ子のように微笑んで、ユリーカは。

 テツとミネリナに向けていた先ほどまでの羨まし気な顔はどこへやら。


「あのバカに、探し物はどこでしょう、って言ってあげるんだからっ」


 満開の笑顔でそう言った。


 テツはなんか察して空を仰いだ。


「シュテンくん……あんたってヤツは……」





















 ――魔界地下帝国は魔の(みやこ)東部魔界三丁目、アトモスフィア邸。


 ユリーカ・F・アトモスフィア。

 魔界地下帝国、ひいては魔王軍のナンバー2としても名高い彼女の立ち位置は、しかしながら危うい場所でもある。


 というのも、魔界地下帝国ないしは魔王軍が形成している位階では、魔王の下に車輪と導師……つまりは将軍と宰相のような立ち位置の人物が居て、その下に魔界組織委員会があり、直属の部下として四天王があり、その下に多くの部隊に輪が広がっていく。

 ……現状、魔王の下を両方アトモスフィアという家で固めていることになるのだ。


 本来であれば派閥、或いは相争う二つの勢力があるのが普遍的な組織の姿なのだが、このアトモスフィア一強状態は魔王軍の多くの者にとって望まない形である。


 ゆえに吸血鬼派と呼ばれる者たちや、魔王派と自らを吹聴して反アトモスフィアを掲げる集団も少なくはない。


 その大きな理由は、俗にいうアトモスフィア派のトップ――シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアにあった。


 そもそもの話、彼は魔界が滅ぼすべきと考えている人間であり。

 さらに言えば、人間界で生きづらくなった人間や、排斥を受けたり戦いを望まない魔族を魔界に迎え入れるという慈善事業を行っている。

 シャノアールにとっては善意でも、はたから見たらこれはただの勢力作りだ。

 現にシャノアールに恩義がある者たちは、己の命を捨ててでもシャノアールを守ろうとするだろう。庇おうとするだろう。そんな強固な結びつきを、魔界の者たちは脅威として認識していた。


 それだけならまだ良い。いかにシャノアールの力が強大といえど所詮は人間。魔族が大挙して排斥行動を取れば、追いやれたはずなのだ。それをよしとしない魔族が居る。


 言わずもがな、"車輪"ユリーカ・F・アトモスフィアであり、彼女を中心とした派閥(ファンクラブ)である。


 この世界でのユリーカはやはりというべきか両親を探す一環としてアイドルになってはいるのだが、その順調さが以前とは段違いだったのだ。それもこれも、シャノアールのプロデュース力、そしてこの世界では生き残っていた堕天使たちによる後援会の有能さのたまものである。


 元々シャノアールは自分が関与していることを秘匿すべく「動く点P」としてプロデュースを続けていたのだが、それでも彼と後援会の資金力と影響力によってユリーカのファンは増大を続ける一方。あまりの人気故に自らの武力を隠していたのだが、数年前に"車輪"に抜擢されてからは強くて可愛いアイドルとして女性層からも支持を得る事態に。


 なにやってんだシャノアール。


 閑話休題。

 そのようなわけで絶大な影響力を持ってしまったアトモスフィア家、特に表に立つユリーカはただの車輪ではなく、アトモスフィア家であり車輪でありファンを率いる一大勢力として立たねばならなくなってしまったのだった。


 というわけで、アトモスフィアの家は魔王城に次ぐ勢いで管理が厳重、警戒は抜群。

 そんじょそこらの魔族が侵入しようとすれば一瞬で消し炭になるプロテクト万全の家となっている。


 木製の表札に筆で「あともすふぃあ」と書かれた武家屋敷のような彼女の家で、作戦会議ないし情報を集めるのは当然の帰結と言えたのだった。


 和洋折衷よろしく作られた、武家屋敷の中のリビング。

 ちゃぶ台とシャンデリアがまず視界に飛び込んでくるツッコミどころ満載な広い一室に、橙色のツインテールを揺らせながら一人の少女が戻ってきた。はいずりながら。


「やっぱりどうにも妙だよー。そうそう捕まるはずのない上位の魔族が多く生け捕られてるしー。大戦前ならいざ知らず、こいつらが簡単に捕獲されるはずがないんだけどさー」

「それは良いから起きなさいよ」

「やだ」


 芋虫のようにだらだらとこの部屋までやってきた彼女は、懐から羊皮紙をぺほっと取り出すなりスリープモードに落ちたようだった。

 致し方なしとばかりにユリーカは紙束を手に取ると、他のメンバーにも見えるようにちゃぶ台の上へ並べていく。


「と言いましても、ぼかぁちっともぴんと来ませんが」

「わたしもそうだね。申し訳ない」


 ふむ、と腕を組む長身の青年と短身の少女のコンビ。そんな言い方をしたらミネリナがキレると分かっているから口には出さないが。


「ってーと、こん中ではっきり分かるのは俺だけってことですな」


 レックルスはそのまま「失礼して」とどっしりした貫禄ある姿で一つ一つの羊皮紙を眺めていく。ユリーカもミランダから渡されたものを順番に見ていくが、出た結論は二人で一つだった。


「……おかしいね」

「ですな。このメンバーが共和国如きにそう簡単に捕まるはずもない」


 よし、とユリーカは立ち上がった。

 ミランダが戻ってきた以上、魔界での準備は整ったと言っていい。


 ここにいる五人も、王国へ行くかどうかで事前調査をしていたところだったのだ。

 これ以上同胞を狂化などさせるわけにはいかないとなれば、車輪が動く大義名分にもなりうる。彼女の立場上、やはり余程のことがなければ魔界から動くことなど許されないのだ。


 それは、外出できる身になったが故の面倒ではあったが、ユリーカにとっては手間でもなんでもなかった。地上に出られる。それが、どれほど有難いことか。


 ユリーカとレックルスは魔王に報告をするため。

 ミランダは裏付けを取ってくるため。

 テツとミネリナはその間、少し魔界の様子を見ていたようだったが。


 ともあれ、これで準備は整った。


「……魔狼部隊に、吸血皇女量産計画、ですか。ぼかぁ、もう争いに身を置くことは、と思ってたんですが。無論、こんなことを聞いて黙っていられるほど根性なしじゃないつもりですんで」

「頑張ろう、テツ」


 同時に立ち上がったテツミナカンパニーの二人。

 と、そこでレックルスは、二人の胸元に揃いのペンダントが下げられていることにきがついた。


「そいつは?」

「帝国の魔導通信機器と同じ……というか劣化版で、双方向でしかやり取りできないヤツでさあ。一応、いつでも連絡取れるようにと」

「もしかしたらこの人数なら分かれて調べものした方がいいこともあるかもしれないし、その時にこれがあれば便利だろうという理由もある」


 うんうん、と頷くミネリナに、ミランダは白い目を向けた。


「揃いのアクセサリが欲しかったんでしょー」

「そ、そんなことあるわけないじゃないかー」

「ミネリナ嬢はたぶんそこまで情緒育ってませんぜ、ミランダ嬢」


 テツのすねに蹴りの連打が雨嵐。

 

「さて、と。王国ってなると俺は南方の街にしか行ったことないんで、そこがゲートの先になりますわ。そもそも王国は魔族排斥の風潮が強いんでそのつもりで。ユリーカちゃんと吸血皇女組は翼出さないように。俺はぶっちゃけどうしようもないんで、連絡あるまでどっかで待機することにしますわ」


 注意を述べてから、レックルスは部屋の出口に漆黒の渦を作り出す。

 ぶわりと大きくなったそれは、楕円状の入り口となって面々を誘う。


 ユリーカが先頭、それに続いてテツ、ミネリナ、ミランダが入ったところで。


 ふう、とレックルスは息を吐いて。


「王国か……俺も覚悟決めるか。ユリーカちゃんには謝らねえとなあ」


 それだけ言って、自分もゲートに飛び込んだ。


※プロローグ登場人物紹介※

ミネリナ・オルバ(初出:第五章第二話)人造の吸血皇女で、現在はテツの相棒として何でも屋を営む実年齢四歳。実はヒイラギと並んで数少ない初手ラッキースケベ枠であったりするのだが読者諸兄が記憶しているかどうかは分からない。てゆかこの作品をそういうお色気求めて読んでる人がどれだけいるかも正直わかんない。

テツ・クレハ(初出:第四章エピローグ)白いアスパラガス。強い。

ユリーカ・F・アトモスフィア(初出:第三章エピローグ)この作品において一番のターニングポイントである第四章におけるシュテンのパートナー。そしてヒロインという概念の持ち主。アイドル。車輪。あと堕天使。

レックルス・サリエルゲート(初出:第三章二十一話)実は地味に第三章からちらっと顔見せ自体はしている、それなりに出番の多いハンバーガー屋さん。自身が行ったことのある場所ならどこにでもゲートを繋げることが出来る座標移動系の力を持つ。ドルオタ。

ミランダ・D・ボルカ(初出:第六章第四話)なんなら作者はこの子のためにこのコーナーを設けたと言っても過言ではないくらい、読者さんに忘れられているだろう今回割と出張るキャラ。ユリーカの元に珠片の話を持ってきて共闘を提案、父であるグラスパーアイが死んだのをいいことに吸血鬼派の本拠を襲うというそこそこ魔王軍らしい眠たげ少女。ミネリナのコンパチって言うと殺される。

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