第二話 リンドバルマ 『プロローグII』
――帝国は共和国領、レイドア州"旧"州都リンドバルマ。
クレイン・ファーブニルは光の神子だ。
魔王を討伐するという使命を抱えて旅に出て、早いものでもう一年の月日が経過しようとしている中。得た絆や付けた力は、旅に出る前とはくらべものにならないほど大きいものになっていた。
中でもやはり、一番大切なのは共に旅をしてきた仲間たちだ。
王国第二王子にして、最近さらに鬼気迫る勢いで剣士としての技量を上げている"ソードマスター"。リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア。
そして、後衛回復職だけでなく、敵味方に様々な効果を及ぼす力を持った冒険者(ブレイヴァ―)の"精錬術士"ハルナ。
自身も"ロード"と呼ばれるクラスに到達しており、それぞれがそれぞれ大きく成長して。
彼らは今やそこらの魔獣や敵対する魔族には殆ど苦戦しないほど、優秀なパーティになっていた。
「……さて、この辺りだと思ったけど、どうだったかな」
クレイン達が今やってきていたのは、帝国は共和国領にあるリンドバルマという街だった。この周辺では王国の聖竜騎士団所属"魔狼部隊"という狂化魔族を使った部隊と、帝国書院書陵部の激しいぶつかり合いがあったという話。
なぜわざわざ共和国領までやってきたかと言えば、大きく分けて二つの理由があった。
一つは、王国が生み出してしまった狂気の生物兵器"魔狼部隊"の爪痕を一度しっかり見ておくべきだと思ったから。これにより、共和国領は帝国に併呑されたばかりか、王国の攻撃を受けて国力を殆ど失ってしまったのだ。
もう一つは、その狂化魔族に強い恨みを持つ少女――ジュスタ・ウェルセイアを探しに来たためだった。彼女との離別は王国王都。リュディウスは、ジュスタが魔狼部隊ないし狂化魔族にどんな印象を持っているか承知の上で彼女を王都に連れてきたのだ。それが仇となり仲違いし、彼女は居なくなってしまった。どこへ行ったのかと幾つか候補を絞ったら、ちょうど彼女と無関係ではない場所――つまりはレイドア州都リンドバルマで大きな事件が起きたと聞いて、ここまでやってきたのだ。
「しかし、これは……ひどいな。村、だったのだろう?」
リュディウスは野生を感じさせる赤銅の髪を払いながら周囲を睨んだ。
リンドバルマにほど近い、とある廃村。何故この村が廃されたのかなど、この目で見れば明らかだ。
いまだに血のりの落ちない家屋の壁。こびりついた腐敗臭と、焼け焦げ崩れ落ちた家屋の群れ。畑は焼けたばかりか踏み荒らされたのがありありと分かる有り様で、あちこちに力の限り振り下ろされたであろう得物の跡と……飛び散った何かの痕が残されている。
斜陽に映された地獄の痕跡は、酷く胸に突き刺さるものがあった。
「ここで魔狼部隊と帝国書院がことを構えた、としたら。この村の人たちは……」
ハルナがそっと自身の胸元を掴み、俯いて声を漏らした。
これが、戦いの爪痕であると。
「……家屋は殆ど、夜盗や魔獣に食い荒らされた後だろう。何もかもが奪われたんだ。人としての尊厳も、命の残した営みの跡も。それもこれも、ただ人を鏖殺することだけを命じられた狂化魔族の――魔狼部隊の責任だ」
歯がゆいな、と一言呟いて、リュディウスは腕を組んだ。
「――こんなこと、繰り返しちゃいけない」
「クレイン?」
「繰り返しちゃいけない。そうだろう? あんまりだよ。こんなことの無いようにって、僕たちは旅に出たはずなんだ。魔王軍と戦おうって決めたんだ。なのに、なのに、魔王軍と何の関係もない人間が、人間同士でこんなことをしてちゃ、あんまりだよ!」
「そっか。そうだよね、クレイン!」
「……ああ」
当事者でもあるリュディウスは、重々しく頷いた。
所詮第二王子として、政治には殆ど力を持っていなかった自分。
剣を振るうことで力をつけ、自身の国に何かを返せたらと。目標とかみ合わないことを繰り返して自分を騙していた。だが、そんなことでは、今の王国は変わらない。
国王に、このようなことはやめるように進言する。
いや、やめさせる。
そう決意した。
「そうと決まったら、ジュスタちゃんも探さないとね!」
「……ああ、そうだな」
帝国書院と魔狼部隊が戦った廃村から、そう遠くない場所に州都はある。
むしろ、州都への侵攻を食い止めるためにこの村が犠牲になったのかもしれない。
待たせていた馬車に乗り込み、三人はそのままリンドバルマへと向かった。
州都リンドバルマの知識は、ある程度はあった。
特にリュディウスが詳しかった。共和国領への侵攻作戦を王国が会議していた際に、必ずと言っていいほど要衛として名前が挙がっていたからだった。
まず、一般市民が暮らす第一層。壁を挟んで第二層。さらに奥に第三層。
バウムクーヘンのように層状に丸く作られた要塞都市であり、いたるところに忍が戦いを仕掛けるに易い造りが施されていると聞く。
そんな話を馬車の中で共有していた三人だったが、リンドバルマに到着して言葉を失うこととなる。
第三層が、そもそも存在しなかった。
第二層と第一層とを隔てる壁も殆どが崩落しかかっていた。
まともに機能しているのは第一層のみで、第三層はど真ん中に巨大なクレーターがあるとのこと。
「……ほ、本当に何が起きたんだこの街は」
周囲の人々に情報収集するうちに、曖昧ながらも「巨大な光が見えたかと思ったら第三層が爆ぜた」だとか、「鬼神と首長の死闘が街を崩壊させた」だとか「魔素と魔素の波動現象で共鳴したエネルギーが第三層でパージ」だとか、とにかく第三層で何かが起きたのだという情報は得られた。
ちなみに最初に話しかけた第一街人は「ここは州都リンドバルマ……と、呼ばれていたのは昔のことさ。中枢がはじけ飛んだせいで、都市としての機能は御覧の有り様よ。今はオルドラとレイドアの忍が力を合わせて復興の最中だ」と言っていた。
それぞれがある程度集まった情報を抱えて、ひとまず食事だということで料亭に集合。
ハルナにしろリュディウスにしろ、大した情報はないのか若干困り顔だ。
クレインにしても同様で、店主らしき青年に案内されるままに丸いテーブルへ腰かけた。
「えっと、あたしはこのハーブパスタとジンジャーティーのセットを」
「俺は定食にパンを二つ追加で」
「僕は定食を普通にください」
「かしこまりました」
軽く注文だけを済ませて、三人は顔をつきあわせる。
周囲には二人ほど客が居たが、思ったよりも人は少なめだ。
ちらりと見れば店主もこのテーブルの調理に移ったようで、忙しいようには思えない。
この時間に人が少ないというのは多少気になるが……それはそれだ。
「どう? そっちは掴めた?」
「あたしは全然。シュラーク首長って人が狂化魔族を使った部隊を解き放ったらしい……のは事実みたいだけど」
「こっちも似たような感じだな。鬼神が現れ、騒動を納めようとしたは良いがやりすぎて第三層を爆裂させたとかなんとか」
うーん、とクレインは腕を組んだ。
なんか妙にその鬼神は引っかかるけれど、ジュスタに関する話は全然出てこない。
これははずれだったかな、と三人でうんうん唸っていたその時だった。
「お待たせいたしました、こちらパスタです」
「あ、はーい!」
そっとテーブルにパスタが置かれたタイミングで、こつんとリュディウスがクレインの足を蹴った。何かと思えば、アイコンタクトであちらを見ろと店の奥を指す。
先ほどまで居たはずの客が、居ない。
嫌な予感がしてリュディウスが顔をあげると、店主の青年はにこりと微笑んで。
「こちら定食が二つですね。ところで――」
サーブしながら、彼は続ける。
「――何をお探しで?」
「っ」
リュディウスが警戒して立ち上がった。
クレインも、席を立つことこそしないが青年の目を見やる。
ハルナは「え? え?」と困惑した様子を隠そうともしないが、相変わらず肝が据わっているというかなんというか。
「本日の夕刻にこの街にやってきた三人の冒険者(ブレイヴァ―)が、20日ほど前の事件について色々調べているらしいと聞きましてね。本当に冒険者(ブレイヴァ―)ならいざ知らず、王国の王子が混ざっているとなれば――残念ながら我々としても警戒せずにはいられませんよ」
「貴方は……」
「なに、しがない忍です」
にこ、と微笑む彼の瞳は笑っていない。
息をのむリュディウスとは別に、ハルナは慌てたように二人の間でぶんぶんと手を振ってアピールした。
「ちょ、ちょっと待ってください! あたしたちはただ友達を探しに来ただけで――」
「狂化魔族の元凶である王国の王子が、狂化魔族事件について嗅ぎまわっているのを"友達探し"で済ませる気ですか?」
「ちーがーうーのー!! 貴方と同じ忍なのー! 行方知れずになって探してたらあの子の故郷で、無関係じゃなさそうな事件が起きたから聞き込みしてただけなのー!」
青年は胡乱げな瞳で三人を見やる。
この場に、他に人はいない。――少なくともクレインにはそう思えた。とはいえ、ジュスタよりも明らかに格上の忍がこの場に居るのだ。隠形に長けている忍が伏せているのであれば、自分たちは今明らかに分が悪い。
……情けないが、いつも通りこの危機はハルナの裏表のない性格に託された。
「と、友達の名前はジュスタちゃんって言います! 王国で喧嘩別れしちゃって、それで探してたの! 狂化魔族に関しても、リュディウスは反対派で、でも政治からはまだ子供だからって爪弾きにされて虐められてて!」
「虐められてるわけでも爪弾きにされてるわけでもない……!!」
「しっ、リュディ、今は耐えて……!」
そんな必死の弁明に、しばらく黙考していたらしき青年は。
「……ジュスタ姫の友達というのは俄かには信じられません」
「姫!?」
「姫!?」
「姫!?」
「……何かおかしなことでも?」
「いえいえいえいえ」
「あの子が姫か……」
「似合わなさすぎる」
訝しむような視線に、揃いも揃って似たようなリアクション。
だが、結果としてそれが、青年の警戒を解いたのかもしれなかった。
「……いえ、確かに姫は、雰囲気からして世間で言う姫のイメージとは懸け離れた存在でしょう。友達かどうかはともあれ、その反応に嘘はなさそうだ」
「あの……貴方は?」
ハルナが問いかける。
すると彼は、少し悩んでからこう答えた。
「例の事件の……当事者というか脇役というか。いずれにせよ、渦中に居た者ですよ。名を、ポールと言います」
「事件の当事者!? こんなところで出会えるなんて!」
わあい好都合! とテンションを上げるハルナを、しかし青年――ポールは制した。
「今リンドバルマは部外者に敏感です。あまり根掘り葉掘り探りをいれるような人間は疑われてもおかしくないことを理解ください。宜しいですね?」
「え、あ、はい」
「分かりました。それでは少々お待ちを。ああ、冷めてしまいますから料理はどうぞ召し上がってください。何も良くないものは混ぜ込んだりしておりませんので」
「あ、大丈夫です。精錬術士なんで、そういうことは分かります」
「……そうですか」
いただきまーす、とハーブパスタを食べ始めたハルナを皮切りに、リュディウスとクレインもひとまず食事にありつくことにした。数日間、街で何かをしっかり食べるということはなかったから、なんだかんだ久しぶりのことではあったのだ。
ほどなくして戻ってきたポールは、三人に珈琲を差し出してから、自らはカウンターに寄りかかって口を開いた。
「先ほど話した通り、私は一介の忍であり、ここでは食堂のマスターをしています。王国の王子は身元を調べておりますが、他のお二人については殆ど情報がありません。王国の人間でも、共和国の人間でもないのですか?」
「僕はクレイン・ファーブニルと言います。一応、教国で光の神子をやらせていただいてます」
「あ、あたしはハルナです! 身元不明住所不定のFランク冒険者(ブレイヴァ―)です!」
「思った以上に濃い方々ですね……」
額に手を当てながら、「確かに情報にあった光の神子の特徴とは一致します、か」と一人呟いて。
「いずれにせよ、ジュスタ姫はもうこの街にはおりませんよ。もう一人、男性と行動を共にしておりました」
「男性……誰だろ」
「……その人、モノクルとかしてたりしませんでした?」
クレインの問いかけに、ポールの片眉が上がる。
「ええ。お知り合いですか?」
「はい。デジレ・マクレインさんと言って、帝国書院の魔導司書です」
「……」
「ポールさん?」
「いえ、彼とも知り合い、ですか。なんとも。……いえ、ジュスタ姫は彼と一緒に、あの大事件のタイミングで姿を消しました。それ以上のことは、申し訳ありませんがお話しできません」
「やっぱりジュスタちゃん、ここに居たんだ!」
「しかし、デジレさんと一緒となると、どこに行ったんだろう」
同時に腕を組むハルナとクレイン。
リュディウスは、そんな彼らを眺めながらコーヒーを啜って、ポールを見やった。
「あの男は、今回の事件に関わっていたのか?」
「あまり詳しいことは分かりません。私は彼らとは行動を共にしておりませんので」
「ん? ジュスタと一緒だったのではないのか」
「……狂化魔族、そしてレイドア首長シュラーク・ドルイド・ガルデイアの凶行を止めるため、私はある方々と共に第三層へ突入し――シュラークたちを食い止めました。とはいっても、私は殆ど何も出来なかったのですが」
「……お前とて力量は忍の中でも相当なものだと思うが」
「はは、それでも貴方と一対一で戦えば折られてしまう程度のものでは?」
「……それでも」
「私とは、比較にならないほどの力を持ったお二人のお陰でした。……お陰で、シュラークが狂化魔族を使った理由も全て分かったのです。……まあこれは話しても良いでしょう。シュラークの目的は狂化魔族を使った帝国勢力の排除。共和国領への弾圧に叛逆し、共和国を復興させるための、ね」
「……どんなに困窮しようと、魔族とはいえ人の人生を操って良いことにはならない」
「その通りです。だから、止めようとした」
「出来なかったのか?」
「出来ましたよ。……でも結局、シュラークも人生を操られていたようなものだったのですよ。ルノアールという男によって」
その言葉に、リュディウスが、そしてハルナもクレインも目を丸くした。
何せ、その名前は。
「聞き覚えが?」
「以前、ジャポネでな」
「吸血皇女の友達を"造った"とかなんとか。悪いヤツなんです!」
ふんす、とハルナは怒り心頭でそう言った。
思い返すのはミネリナ・オルバという少女の出生。
あの一件でハルナはクラスチェンジに至ったとはいえ、それとこれとは話が別だ。
ミネリナは大切な人の前から姿を消す決心をし、一歩間違えれば人間爆弾として思い人共々殺されるかもしれなかったのだ。
「……もしかしたら」
今の今まで考えていたクレインが、ふと何かを思いついたように指を立てる。
「そのルノアールを、ジュスタは追ってるんじゃないかな」
「それだぁ!」
ハルナは嬉々として立ち上がった。まだ確定情報じゃないよと慌てるクレインに、しかしハルナは聞く耳持たずのご様子で。いつものことだなと達観したリュディウスは、ポールに向き直ると。
「……ところで、まったく関係ない話ではあるのだが」
「なんでしょう」
「鬼神が現れてこの街で暴れていったと聞く。その男、こう、そうだな」
鬼神、という言葉にポールはすっと目を細めた。
彼こそ、ポールが共にシュラークを打ち破り、この街を、忍の人生を守ってくれた立役者に他ならない。自身の酒瓢箪を信頼の証に贈ったほどの仲なのだ。
であればこそ、目の前の少年が何を口にするかによって――今後の対応が決まってくる。
もし友好的なようであれば、あの男の友人などであれば、きっと信用に価するだろう。狂化魔族に否定的であるという言葉も、信じていいかもしれない。
しかし、彼を魔族として討伐対象にしていようものなら、少なくとも固定観念に囚われているか魔族を排斥しようとしているか、いずれにせよ――。
「無駄にテンションが高くて、無駄に無駄な動きをして、無駄な言動をする、その癖いちいち無駄に良いヤツじゃなかったか?」
「あ、あー……まあ、はい」
「それだけ聞ければ十分だ。……ここでもあいつがやらかしたのか」
遠い目をしたリュディウスに、今までの警戒がそれこそ無駄だったのではないかと思ったポールは。自分用に淹れた濃い珈琲を飲みほした。
※プロローグ登場人物紹介※
クレイン・ファーブニル(初出:第一章第九話)シュテンが旅するこの世界で繰り広げられる物語グリモワール・ランサーIIの主人公にして今代光の神子。優しく明るい性格で、先代光の神子とのギャップを披露しプレイヤーを驚かせた。
リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア(初出:第一章第九話)王国の王子にして剣士。優しすぎるクレインとあーぱーすぎるハルナの間に立って力強く在り続けるクレインの親友。狂化魔族を王国が利用していることに酷く嫌悪感を持つ。
ハルナ(初出:第一章第九話)あーぱーな天真爛漫冒険者。クレインとリュディウス、そしてジュスタと旅するうちに自分の矮小さと向き合い、第五章でこれを突破。誰よりも早くクラスチェンジする。肝の据わりように定評がある。
ポール(初出:第六章第十九話)共和国編クライマックスにシュテン、ヴェローチェと共に行動した忍の青年。数少ない常識人枠で、シュテンにも裏表のない感謝を酒瓢箪に添えて示した。現在はリンドバルマ復興の中心人物の一人として活動中。




