グリモワール×リバース紹介ストーリー
編集さんに許可もらってきたのでぺたり。
グリモワール×リバースってどんな話? という書籍紹介のストーリーですが、二章と三章の間に起きた小さなお話を。結構なボリュームあるので、発売から一年以上経った今誰の目にも触れないのは寂しいなということで公開します。本編はもう少しお待ちを。
また、キャラクター紹介は完成次第この話の前に挿入投稿する形になりますのでご容赦を。
グリモワール・ランサーIIというゲームがある。かつて名を馳せたロールプレイングゲームの金字塔であり、構築された美しい世界観とこれでもかというほどに詰め込まれた王道設定が売りのRPGだ。
青年も、例に漏れずこの作品が大好きで、何度も繰り返しプレイした記憶がある。
記憶があるからこそ、心躍った。
前世で愛していた、物語の世界に今自分は居るのだから。
「そう急ぐ旅でもないしなー」
広野の中、一筋だけ走る細い街道。少し外れれば魔獣のたぐいがわんさか居るであろうその道を、妖鬼シュテンは我がもの顔でえっちらおっちら歩く。背中には巨大な斧、装備は着流しと下駄、そして頭部には黒く捻れた二本角。やけに雰囲気にマッチしたそんな出で立ちの彼の隣を、軍服を改造したようなワンピースを着た少女が歩んでいた。
「捜し物だっけ? 何か捜す気なら、私ならもう少し焦ったり急いだりするけど」
「だから駄尻尾は駄尻尾なのだよ」
「私今のド正論だったと思うんですがァ!?」
ふかーっ、と威嚇混じりにシュテンを睨むこの少女。駄尻尾呼ばわりされるゆえんは何かといえば、その九つの尾である。銀の綺麗な髪と、同色にぴょっこり生えた狐耳、加えてそのもふもふとした尻尾を見れば分かることだが、彼女は白面九尾の少女であった。こう見えて、既に二百を超える年齢なのだが、大半を封印されていたことと、魔族の精神成長が遅い為にあまり差を感じさせない。実際、見てくれは十七かそこらだ。
「で、今度はどこに行くつもりなの」
「んー? この先の街にある帝国書院の支部を冷やかそうかと」
「……あの、この前本部に穴あけたばかりだっていうのに、まだ何かやる気なの?」
「流石に冗談だ。これ以上やっこさんたちを刺激したくねえよ」
帝国書院。
それは彼らが現在旅しているここ帝国領の総元締めのような組織だ。元々は帝国の歴史を紡ぐ編纂委員会であったのが、帝国に都合の良い歴史を作る為なら何でもするような巨大組織に変貌していた帝国の一大結社。現在彼らはその本部に殴り込みをかまし、建物に大穴を空けて逃げ帰ってきたところである。そうなってしまった理由は数多くあるのだが、詳しくは第一巻を参照してもらいたいところだ。
「これで晴れて俺たち指名手配だぜ。出世したもんだ」
「笑い話にしないでくれる?」
「いや、これがわりと、本当のことだったりするんだな」
「はい?」
こいつはなにを言っているんだとばかりに大きく首を傾げるヒイラギ。そんな彼女を一瞥してから、シュテンは遠い目をして呟いた。
「……元々、名も無き中ボスでしかなかったしよ」
「ちゅう……なに?」
妖鬼シュテン。自ら名乗っているこの名前は、仮の名だ。名前など、なかった。
何故かといえば答えは簡単で、このRPGの中では宝箱の一つを守ってあっさり倒される中ボスという役割でしかなかったからである。
旅をする間に周囲に"伝説の妖鬼シュテン"と勘違いされ、そのまま特に修正もせず名前を借りているにすぎないのだ。
ただ倒されるだけでは御免だとダンジョンを飛び出し、聖地巡礼も兼ねてこのゲームの"主人公"クレイン・ファーブニルが巡った軌跡を辿る楽しい旅を続けている今。
目の前の彼女も、本来ならば簡単に道中で倒される中ボスでしかなかった名もなき魔族に変わりはなかった。
「それがまあ、お前さんにもドラマがあるわこんな残念な性格だわで、ホントにおもしろさってのは尽きないもんだよなあ」
「え、なんでこんな脈絡もなく罵倒されてるわけ?」
もちろん、旅の目的はある。シュテンには前世の記憶があると言ったが、あれは半分正しいし、半分間違っている認識だ。元々持っていた名もなき妖鬼としての人格がある事情で封印され、その時に前世に置いてきた魂がやってきて融合し、意識として同時に浮かびあがってきたからだ。二つの人格をあわせ持つ、というよりは混ざりあった同一人物なので特に性格などに影響は出ていない。だが問題は、その前世の魂のやってきた過程にあった。
あろうことか輪廻の輪を突き破り、この世界の女神――むろんゲームにも登場したことがある歴とした登場人物――の聖域にある、世界へのマナの供給ポンプを突き破ってきてしまったせいでこの世界にマナの破片が散らばるという非常事態。
濃密なマナの塊であるその欠片――珠片はその世界にとっては強い劇物であり、回収せねば取り込んだ生物を暴走させたり、破裂させてしまったり、酷く強化してしまったりとろくなことにならない。故に女神クルネーアはシュテンに命じ、この世界に散らばった珠片15個の回収をさせようとしているのだった。
「……つってもまあ、今のとこ大事にはなってないみたいだし、回収屋としてはありがたい話だ」
「……私結局あんたがなに探してんのか知らないんだけど」
「そこはほれ、見つけたら言うわ。ちょいとこう、具体的にどういうものか上手く言えなくてな」
「大事になりそうなくらいだったら、もう少し急ぎなさいよ……」
「それもそうなんだけどな? 旅ってやっぱり良いもんじゃないか」
「いや、満喫してるなら別にいいけど」
この大地。
グリモワール・ランサーIIの舞台として作り上げられたはずの一つの世界への認識を、既にシュテンは改め始めていた。元々はただRPGの中に居るという感覚しかなかったのに、どうしてだろうか。
答えはそう難しいことではなく、自分が画面を眺めていた時に認知できたよりも遙かに沢山のドラマが、浪漫が、この世界には存在していたからだった。
目の前で長いまつげを瞬かせている彼女も、元はといえばただの中ボスだ。彼女が封印されていた大岩が通行の邪魔だという理由で、主人公パーティの一人が叩き割ることで戦闘が発生する。言ってしまえばそれだけの出番しかない、プレイ時間にしてものの10分ほどの出番しかないような、そんな立場。
だがそんな彼女も封印された経緯があり、その背景に歴史があり、大岩が偶然あの場所にあったのにも理由があった。それがわかったのは、シュテンがこの世界に来たからだ。
「なあヒイラギ」
「なによ」
「今、楽しいか?」
「そうね……」
ふと、気づけば問いかけていた。
目の前の少女は生きている。そして自分も、生きている。
下唇に人差し指を当てて数瞬ののち。彼女はシュテンの方を振り向いてはにかんだ。
「それなりに、満足させて貰ってるわ」
「そっか。そいつぁ、なによりだ」
「どうしたの、突然そんなに殊勝になって」
「いや、なんかな。たまに真面目なことを考えてみたりする訳よ、俺でも」
「ふぅん、聞いてもいいの?」
もふ、もふ。九つの尻尾が楽しげに揺れる。
晴天の街道をえっちらおっちらと歩む影は彼ら二人以外にはなく、見渡す限りの広野からはどこか様子を伺うような、それでいて敵意になりきれていない魔獣の視線がちらほらと。
明らかに格上の存在に手出しのしようもないといったところであろうか。そんないつも通りの旅路を一歩一歩踏みしめながら、妖鬼シュテンは雲一つない空を見上げる。
「そうだなあ。物語の主人公は俺じゃないっていうか。この世界の主人公は俺じゃないって明確に分かってる状況でも、案外俺は俺で楽しめているなあ……ってところかな」
「なにそれ。誰が主人公決めたってのよ」
「んー、俺の知ってる商会?」
嘘は言っていない。グリモワール・ランサーIIを作った企業が、主人公にクレイン・ファーブニルという少年を据えてあの物語を構築したのだから。
シュテンが若干おどけてそう言うと、ヒイラギは面食らったように少しフリーズしてから、鼻で笑うようにして視線を前にはずした。
「くっだらない。あんたでも、そういう小さいことに悩むのね」
「な、ななな悩んでねーし。そこはほれ、なんというかこう考える人? 考える妖鬼? そういうサムシングも悪くねえなというか、哲学系妖鬼目指してみようかなって」
「哲学系妖鬼って字面がもう壊滅的に馬鹿の香りしかしない」
「なんだとちくしょう」
ていうかね。と一つ区切って、ヒイラギはシュテンの顔に指を突きつける。少々熱を持ったその指先がいつ発火するかと内心少し慌てたシュテンだが、それはおくびにも出さずにヒイラギを見た。
「私も百年以上前に、それこそ十も読んだことはないけれど。物語なんて視点によっていくらでも紡げるものなんじゃないの? その、あんたの知り合いが定義付けた主人公が例えばなんだっけ、教国の儀式で選ばれた、一世一代の光の神子! なんていかにも主人公にしやすそうなわけだけれど」
「そいつです」
「そいつなの!? ……わ、私の才能も捨てたもんじゃないわね。自伝でも書こうかしら」
「石の中での百年でも日記にしてみるか」
「死ぬほど鬱になるからやめてくれる!? ……ああもう話がそれた! だから、そういうのは分かりやすいけど、例えば他の登場人物を主人公にすればその人でも物語が作れる訳じゃない」
「まあ、そうだな」
珍しくヒイラギに指摘されて、シュテンは顎を撫でた。ヒイラギはそんなシュテンの態度が中々見られない光景だからか、少々得意げになって続ける。
「この際その物語が面白いかそうでないかなんてどうでもいいのよ。私の知ってる話の中でも、目的がある主人公もいればそうじゃないのもいたし、小さな家の中だけで終わる話もあれば、世界を巻き込んだ話もあった。英雄譚なんかはまさにそんな感じだったけど……でも、結局は主人公になれるかどうかなんじゃないの?」
「主人公になれるかどうか、ねえ」
「なろうと思えるか、の方がいっか。大それた目的なんか要らないけど、自分が主人公なんだーって思って動くのとそうでないのとじゃ、人生の楽しみ方ってぜんぜん違う気がする。……それ、本当はあんたを見てて思ったことなんだけどね」
「は?」
俺? と自らを指さすシュテンに頷くと、ヒイラギは何かを見つけたようで右手に狐火を出現させた。そして、突撃してきた鳥の魔獣に勢いよく火炎球を掃射する。
「ピギャアアアアア!?」
どさり、と魔獣が街道の先に転がった。相変わらずの炎の威力に舌を巻きつつ、シュテンが彼女を見れば。
「あんたがなんかほら、人生エンジョイ勢? って言ってたじゃない。楽しんだもん勝ちだーって。ぶっちゃけた話、さっきのあんたの質問に"楽しんでる"って答えられたのもあんたのおかげよ」
焼き鳥と化した鳥の足を掴んで拾い上げると、そのまま歩きながらその魔獣をいじりはじめた。
羽をむしっているところを見ると、食べるつもりだろうか。いい具合に不器用なのか、ところどころちぎれていたり根本から羽が抜けていなかったりするのを横目にシュテンも歩く。
「私は自分で言うのもなんだけど、きもい皇帝に目をつけられたり魔導実験の被験体にさせられたり、挙げ句逆恨みで岩に封印されたりってさんざんな人生だったといえばさんざんな人生だったけど……それでもあんたに救われてからこうして生きてる数週間はとっても楽しい」
「そうかい。まあ、そこまで言われりゃ一緒に旅してる甲斐もあるな。弄りやすいし」
「最後のはよ・け・い。……でね、私の今までの人生も、こうしてシュテンに助けられることが出来たなら、いい主人公というかいいヒロインになれたかなー、なんて思うわけよ」
「顔赤ぇぞ」
「うっさい馬鹿。自分でもどうかと思ったわよ今のは」
「いや……言いたいことは分かったからいいや。サンキューな」
「そ、そう」
結局のところ。その時その時がどんな状況であったにせよ、もしかしたらどこかの転機で自分が中心になれるかもしれない、なってやりたい。そういう思いさえあれば、意外と何とかなるものだと。彼女はそう言いたいのだろう。
そういう意味では、シュテンはシュテンでこの世界での目的があるだけ、他の誰かよりは分かりやすく自分を中心に物語を紡ぐことが出来るのかもしれない。
「グリモワール・ランサーとはまた違った、俺の話、ねえ。さしづめ二度目の人生にかけてリバースとか、悪くねえな。……しかしRebirthだとなんかこう……ちょっとなあ」
「なにをぶつぶつ言ってんのよ」
「いやなんか、自分の物語がもし本当にあるのなら、どんなタイトルをつけようかなあと」
「酔狂ね。そこまでロマンチストにはなれないわ」
「お前さん、さっきまで随分と浸ってたけど」
「これみたいにするわよ?」
「俺の物語終わった!」
手元の、ほぼ丸裸にされた鳥の魔獣を見せつけられてシュテンの頬がひきつる。
魔獣を握った反対の手に炎を纏わせ、ちりちり焼いているのがよけいに怖い。
「まあ、そうよね。この魔獣の物語は終わった。これにも生まれてからの軌跡があっただろうし、平坦でも悪くない話があったかもしれない。まあそれは私たちには関係なかったっていうそれだけのことよ」
「そう考えると怖いな。俺たちがこうして、これから頑張ろうぜ! って感じに旅してるのも下手すりゃ打ち切りのフラグで、これからあっという間にやべえ魔獣に皆殺しにされる可能性もあるわけだ」
「もしそいつが居たとしたら、そいつにとって私たちはどうでもいい訳だしね」
シュテンの言葉に同意してヒイラギは頷いた。ぼたぼたと血が滴る魔獣の肉。血抜きってどうやるんだったかなあ、などとぼんやり考えるシュテンの隣で、ヒイラギはそんなこともお構いなしにひっぺがした肉を適度に焼いて頬張った。
「はむ」
「お味は?」
「生臭い」
「知ってた」
調味料の一つもないのに、下拵えの欠片もなく美味しい肉になどありつけるはずもない。ましてや魔獣の肉は魔素を過分に含んでいるせいで固いのだ。
渋い顔をしながらもなぜか食べ続けるヒイラギの隣で、シュテンは何かせめて味のタシになるようなものがなかったかと懐をまさぐる。
が、結局出てきたのは数枚の折り畳んだ紙と、よく分からない魔獣の角と、あとガルド硬貨だけ。と、そこでふとその折り畳んだ紙を開く。メモだ。
「そういや、ヤタノちゃんから聞いたんだけどよ」
「なに?」
「帝国の南にある公国……まあお前が封印されてたアルファン山脈の南方だな。あすこってほら、帝国と明確な敵対関係ではないだろ? どうにも連絡が回ったらしくてな、どうやら仲良く指名手配されてるらしいぜ?」
「公国っていうと……冒険者協会か。お金欲しさに捕らえられるのも癪な話ね」
「ま、それこそ俺らの事情なんか関係ないんだろうよ。ほら、魔族ですし」
「帝国書院なんていう、最高峰の武装組織の本部ぶち壊したような奴だしね」
「しれっと自分抜くんじゃねえよ」
だって基本的に破壊も魔導司書を医務室送りにしたのもあんたじゃない。とでも言いたげなヒイラギの視線を振り切り、シュテンが街道の先に目を向けたその時だった。
「……あん?」
「……あら。誰か来るわね」
街道の先は、山間に続いている。広野の切れ目には山脈が雁首揃えているせいで、この先にある町に行くにも、この帝国から船に乗って教国に向かう為にも、あの谷を抜けなければならなかった。
そんな谷の方角に、小さく見えた人影。目をこらせば、たった一人の小さな少女であることが窺えた。
必死になって走ってくる彼女。よくあんな華奢な矮躯でこの街道をひたすら走っていられるものだと思ったが、どうやら人間ではなさそうなことが遠目に分かった。
背中に一対の小さな紫翼が生えているのだから。
「……ありゃ魔族だな」
「私たちが言うのもなんだけど、この帝国で珍しいわね」
手で庇を作って目を眇めるシュテンと、髪をいじりながら同じ方角を睨むヒイラギ。
とうに二人とも足は止めており、どことない問題のかおりに身構えていた。
「……はぁ……はぁ」
息も荒く走る童女は、どうやら意識も朦朧としているのか二人の魔族に近付いてしまっているのにも気付いてはいないようだった。
「よし」
「なにがよし、よ。ろくなこと考えてないでしょうが」
初対面相手にふざけることしか考えないシュテンの性質を理解してか、何かを始めるよりも先に彼の頭をはたくヒイラギ。いい加減ヒイラギの狐火の射程圏内程度にまで近付いてきた少女に、シュテンが声をかけた。
「やあやあそこ行くお嬢さん」
「……ふ、ぇ……!?」
「あ、これマジで俺たちに気付いてなかったのか」
「……見た感じ、サキュバスね」
驚いたように顔をあげた少女は、目の前に居る魔族が発する尋常ではない覇気――魔素のオーラにおびえて尻餅をついてしまった。が、ヒイラギが彼女の目の前にしゃがみ込むと、ようやくいろいろと今の状況を飲み込めたようで目を見開く。
「……あ、あれ。魔族の人」
「まあ、通りすがりの鬼マンだが」
「人間には見えないでしょうね。……で、どうかしたの? 追われていたようには、見えないけれど」
努めて優しげな声音で少女の目を見据えるヒイラギ。少女が走ってきた後ろには、どうにも追っ手の姿などは見えはしない。
限界を超えて走っていたのか、少女は逃げ出す気力も起きあがる気力もないのか、舌足らずな言葉でたどたどしく口を開いた。
「……わ、わたしを匿って……村が……」
「ああ、そういうことか」
ヒイラギの背後に立っていたシュテンが、何かを察したように頷いた。
同じようにヒイラギも、ここが帝国であることを思い出して得心がいったようだった。
「みんな、わたしに逃げろって……! どうしようも、なくて……! 誰か、助けを……! わきゃ!?」
「おっけおっけ、任しとけ」
服の裾を握りしめて、少女は言う。事情を理解したシュテンは、少女の両脇を抱えて肩に乗せるとにかっと笑った。ヒイラギも、どこか諦めたように微笑む。先の展開が読めたのと、こんな軽いノリで自分も救われたことを思い出したからだった。
†
崖に挟まれた、穏やかな気候の村がある。ハイネ村というその小さな村は、帝国の中でも西方に位置する農村だった。店だって、旅人を泊める程度の宿屋しかない。武器屋も防具屋もないような、武力なんて山賊を相手にする為の自警団しかないような、そんな村だ。
その村は今、村ごと一つの危機に遭遇していた。
「ここに魔族なんていない!」
「しかし、報告ではこの村が魔族を匿ったと聞いている。調べあげる必要があるな」
村の入り口は、西と東の二つだけ。その西口にある広場で、二つの集団が対立していた。一つは、この村に住む農民たち。仕事の途中だったのか、鍬やら鉈を持っている者たちも居るところを見ると随分慌てて集まったようだった。数にして数十。一様に厳しい顔をして、もう一つの集団を睨んでいた。
そのもう一つの集団というのが、黒のコートに身を包んだ者たちだった。こちらも、数にして数十。彼らが帝国書院と呼ばれるこの国の一大組織のメンバーであることを、農民たちとて知らない者はいなかった。
帝国に軍はなく、その代わりにこの組織がある。つまりは、この帝国においての最大武力のようなものなのだから。
一団のリーダーらしき者と、農民たちの先頭に立つ村長らしき人物。
彼らを先頭にした睨み合いはしかし、そう長くは続かなかった。
「やれ。逃がしたのかもしれん。形跡の一つでも見つかれば重罪だ」
リーダーらしき男が手を挙げると、村人たちの抗議も無視して数十の黒服が村中に散っていく。その理由は、先ほどから彼らが口に出している"魔族"という存在だった。
吸血鬼、サキュバス、堕天使、オーク、そして無論九尾も妖鬼も。
人間とは違う特殊な力を持った者、そして魔素を人間よりも遙かに所有する者。人ならざる者として、人間は彼らを魔族と呼ぶ。そしてこの帝国では、魔族は排斥対象であった。故にどこぞの妖鬼は九尾を救出する為に帝国書院を破壊せざるを得なかったし、その道中で何度も帝国書院とことを構えている。
「なにをするんだ!」
「お、お前ら魔導が使えるからって……!!」
悲鳴をあげる農民たちを後目に、帝国書院の面々は扉を魔導で粉砕し家宅捜索よろしく部屋を漁る。そんな光景を、東側の村の入り口から覗く影があった。
「わーお、帝国書院。国内なら本当にどこにでも沸いて出るな、あの連中」
「しかも書陵部ね……"歴史編纂"だかなんだか知らないけど、ホントに好き勝手してくれちゃって」
「……村長さん」
シュテン、ヒイラギ、そして童女。覗き見をやめて家屋の物陰に隠れた三人は、顔を見合わせた。ヒイラギもシュテンも、想像していたことがだいたい当たっていたことに頷きあってから童女に言った。
「この村であんたを匿ってて、それが露見して帝国書院が出ばってきたから、あんたは逃げろと言われた。それであってる?」
「う、うん……」
「んじゃ、おまえさんは逃げるといいさ。……ヒイラギ」
「はいはい、合わせるわ。やりたい放題やってきなさい」
手を払うヒイラギに頷いて、シュテンは物陰から飛び出す。シュテンを見送ったヒイラギは、シュテンが高速移動で消えたのを見計らうと童女を見る。案の定というべきか、慌てては居るものの自分にはどうしようもないことを分かっているのか、彼女はヒイラギに食いつくのだった。
「お、お兄さん死んじゃうよ!!」
「大丈夫よ。……あいつ、ただの妖鬼じゃないから」
「で、でも」
「それに、私も居るしね」
狐火を浮かべてウィンクするヒイラギに、童女は押し黙るしかない。不安げな瞳は変わらずに、しかしこの場から一人逃げることもせずヒイラギの背から村の様子を眺めていた。
その先では、どんなに武力で差があっても怯まず食ってかかる勇敢な村長の姿があった。
「やめてくれ!! こんなに村を滅茶苦茶にする権利が、あんたらにあるとでも言うのか!!」
「疑わしきは罰せよ、だ。そのくらいは常識だろう?」
腕組みをして、書院の職員たちがあら探しする様子を見据えるリーダーらしき男に、村長は歯を食いしばってなおも食い下がる。
家屋の中から聞こえてくる絶叫、魔導で脅され、力で突き飛ばされる村人たちの光景。それを見て、流石に我慢の限界が来た。村長が拳を握りしめ、リーダーに殴りかかろうとしたその時だった。
リーダーと村長の間に、なんか青年が降ってきた。
着流しに、下駄。背中には大斧。長く黒い髪がなびくその姿に一瞬気を取られたのは村長だけではなかった。が、リーダーはいち早く正気に戻ると慌てて怒鳴る。
「な、なにものくぺっ?!」
怒鳴った瞬間、勢いよくアッパーを食らって身長の四倍ほど浮き上がり、墜落して気絶した。
「お、おまえさん……」
なにを、と言うよりも先に目に入るのはそのおおきな漆黒の二本角。妖鬼……つまりは魔族であると気付いた瞬間流石の村長も息を飲んだ。しかしそんな彼を気にもとめず、妖鬼はいそいそとそのリーダーの黒コートをはぎ取ると、徐に着流しの上から纏った。
その奇行に、周囲にいた農民も帝国書院の面々も理解出来ず動けない。
と、妖鬼は決め顔で叫んだ。
「ここに魔族はいないようだ!! 帰るぞ!!」
一瞬の間を打ち破ったのは、先ほど気絶したリーダーの背後に控えていた職員だった。
「いや無理があるわ!!」
「リーダーの言うことが聞けないのか!!」
「コート着りゃ誰でもリーダーだと思うなよ!? ていうかリーダー、ご無事ですか!?」
「うむ、くるしゅうない」
「テメエじゃねえよ!! 報告とは違うが魔族だ、追え!!」
リーダーの後ろに控えていた職員の号令で、ようやく目の前のふざけた存在が何者であるか理解した職員たちが大挙して押し寄せる。
唖然とする農民たちを後目に、シュテンは逃走を開始した。書陵部のメンバーが着いてきていることを確認すると、とある物陰に目を向ける。
建物に背を預けて腕組みをしていたヒイラギは、シュテンが通り過ぎる瞬間に小声で言った。
「指定の位置まで引き連れてくれたら、あとは任せて」
「よっしゃ」
ヒイラギの周囲に浮いた火炎が、なにを意味するかを一瞬で察する。そのせいで、彼女の足もとにあった謎の装置……具体的にはT字の持ち手がある箱に気がつかなかった。
その、見るからに起爆装置なそれを、隣で見ていた童女が不安げにヒイラギに問いかける。
「あの……」
「大丈夫よ、あいつただの妖鬼じゃないから」
いい笑顔でそう言うヒイラギに、鬼よりも鬼なんじゃと不安になった童女であった。
そんな彼女らの会話はつゆしらず、シュテンは指定の位置を探して村の中を逃走していた。きょろきょろとあたりを見渡すと、火の玉が浮かんでメッセージを作っていた。
『していの☆いち』
「あれか! 悔しかったら追いついてみろーい!」
「くそがあああああ!」
「追え! 追ええええ!」
シュテンがその火の玉を通過し、書陵部もそこを通りすぎる。その瞬間だった。
地面から火柱があがる。すさまじい勢いで爆裂し、書陵部の職員は派手に吹き飛んだ。
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
シュテンも派手に吹き飛んだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」
広場が跡形もなく焦土に変わり、口をぱくぱくさせている村長と童女。
「……ふぅ。やりきったわ」
額の汗を拭い、ご満悦なヒイラギ。当然、足下のT字は箱の中に沈んでいた。
そこに、黒こげになったシュテンが血相変えて怒鳴り込む。
「なにしちゃってくれてんですかねええええええええええ!!」
「生きてたんだからいいじゃない」
「おっま、殺す気だったんですかァ!?」
「それより――」
ヒイラギは、そんな舌をぐるぐる巻きにしたシュテンの抗議から視線を外して呟いた。童女にこの世の者とは思えないと言いたげな震えた瞳で見られていることも気にしてはいないようだ。
彼女が視界に捉えたのは、五十人規模の焼け焦げた職員たち。皆怨瑳のこもった瞳でこちらを睨んでいる。
「敵さん、まだやる気みたいよ」
「はぁ。結局こうなるのか。荒事にすると魔導司書共が寄ってくるから、あんまし暴れたくなかったんだがなあ」
「あの最初の馬鹿なキメ顔が通じなかった時点で諦めた方がよかったのかもね。私はもうこの展開読めてたわ」
「そりゃねえわ」
嘆息しつつ背中の大斧――鬼殺しを引き抜くシュテン。ヒイラギも周囲に火球を浮かべて臨戦態勢だ。書陵部の面々も魔導の準備を終えて、踊りかからんばかり。
「っしゃ、いっちょやるとしますか」
『ていこくしょいん が あらわれた !▼』
†
目を回した人間が山と積まれた、数刻後のハイネ村。夕日のまぶしい西門の前には、先ほどと同じように大勢の人影があった。だが、相対するのは農民たちと……二人の魔族だけである。
「あ、あの……あなたたちは……」
童女を始め、多くの農民たちが見守る中、シュテンとヒイラギはあっさりとこの場を後にするつもりでいた。これ以上止まると、騒ぎを聞きつけた"対シュテン"を可能とする化け物共がやってきてここを更なる戦場にしかねないからだった。
まさか帝国書院という戦闘のエキスパートたちがこうもあっさりやられるなどと思っていなかった童女や村長たちは、思わずシュテンたちを見据えて問いかけていた。
お前らは、何なんだ、と。
「通りすがりの鬼マンだ」
「……帝国書院本部を破壊して、絶賛逃亡中の、ね」
「ええ!?」
「その驚き方を見ると、まだここまで情報は回ってねえみたいだな。重畳重畳」
「まあそうね。楽に教国にいけそうでよかったわ」
気が抜けるような、逆に緊張するような。いずれにせよ、この二人に敵意がないことが分かってほっとする村の者たち。そんな彼らを見て、シュテンは笑う。
「そうびびってくれるなよ。寂しいだろ。……まあ、きみらが匿っていた魔族は俺たちで、理由は脅されていたから。そう言っておけ」
「え、いや、しかし」
「幸い、"魔族"だとはバレてたかもしんねえが、それが子供だとかサキュバスだとか、そういうことは言ってなかった。大丈夫、なんとかなる」
「……す、すみません」
ぽん、と村長の肩に手で触れるとおびえたように村長は竦みあがる。
魔族と人間の間の隔絶された力の差を知ってはいても、元々は人間であるシュテンは少し寂しくなった。そんな彼の心境を知ってか知らずか、ヒイラギは彼の背中を軽く叩くと続けた。
「ま、どっちみち追われている身だし、これ以上RISKレベルも上がらないからね。罪状が幾つ重なろうと、あんまりかわんないのよ」
「…………分かりました。せめて、せめて何かお礼を」
「それもいいって。……まあ強いて言うなら、こんな欠片について知らないかってことだが。透き通った色の、なんかすごいオーラの」
シュテンが親指と人差し指で尺をはかるようにサイズを表現すると、しかし村長は首を振る。
「申し訳ありません。そのようなものについてはしらなんだ」
「ん、ならいいってことよ」
そこで言葉を切って、シュテンはふと気付いた。先ほど書陵部のリーダーからはぎ取った衣服をまだ身につけていたことを。
「こいつはこうして――」
その服を空中に放り投げ、彼が背中の大斧を掴むと周囲の農民は一様にびくつく。
が、彼はその宙の服に数回斧を振るっただけで、器用に斧を背中に納めた。
そして、落ちてきた服を掴む。
はらはらと、切られた部分であろう黒布が地面に落ちる中。彼の手に収まっていたのは、小さく、そして書陵部のものであるという紋章もすべてそぎ落とされてしまった何の変哲もない黒い上着。
「おまえさんはぶっちゃけ大した力もないし、紛れてれば人間と区別つかない覇気しかねえ。……それでこの帝国で暮らす間は、せめてこうして翼くらい隠しておけよ」
「わ、わ……」
軽く投げられたその小さな上着を受け取って、童女は頷く。
「ありがとう、ございます……」
「おう、そいじゃな」
軽く手を挙げて、すぐさまシュテンは踵を返す。
ヒイラギもひらひらと興味なさげに手をふると、彼に続いて夕日の方角へと進んでいく。村の門をくぐり、その先へ。
「あ、あの!」
「んぁ?」
童女は門の前にまで飛び出して、既に街道を歩んでいこうとした二人を呼び止めると。いそいそと黒い上着を身につけて、叫んだ。
「また! 会えますか!?」
「そうさなぁ……」
その問いかけに、シュテンは顎を撫でた。ヒイラギは、どうするの、とばかりに慈愛に満ちた笑みをシュテンに向けるばかり。そこで思い出すのは、彼女との今日のやりとりだ。
自分が主人公でありえるのなら。もし、自分の軌跡が、"物語"になるのなら。
「再会ってえのも、浪漫があるじゃねえの」
ぽつりと呟いたシュテンの言葉は、当然童女には聞こえない。だが隣のヒイラギは、その意味に気付いたように楽しげに微笑んだ。
シュテンは童女に振り向くと、手を挙げて言う。
「いつか会える日もあるだろうさ! それまで……自分の人生、楽しめよ!」
「あ……はい!」
笑顔で頷く、童女。その答えに満足して、シュテンは前を向いて歩き出す。
「旅ってえのは、これがあるからやめらんねえな」
「出会いと別れ、だっけ? 私はちょっと勘弁してほしいんだけど」
「お前とほど絆があれば、別れたって再会出来るだろうさ。その方が、俺の物語として面白い」
「あんたほどロマンチストじゃないから、別離は遠慮したいわね」
さく、さく、と砂利道を踏みしめて二人は行く。
これからの旅路もきっと、浪漫に溢れていることを願って。
なお、これにともない見開き2ページ程度のSSが幾つか公開可能となりましたので、ここに記載するのもあれですしボクのブログに公開しましたー!
計五本です。
・ヴェローチェさん、傘を失くす(第二章終了後)
・もしもシュテンが人間として転生していたら(モノクルハゲとのバカ話)
・シャノアール、過去の日の日常(第四章直前、タリーズとのほっこり話)
・レックルス・サリエルゲートの楽しい会場設営(第四章直前、迷惑なオタク系魔族共の話)
・ほんの少しだけ、ささやかな宴の続きを(第四章終了間際。アトモスフィア邸での飲み会補足)
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