第二話 ハブイルの塔II 『鬼の涙』
あれからしばらく適当に鬼を狩っていた。何となく気になったことがあり、鬼殺しを使えば一撃で落ちてくれることもあり。
ただただ正面から叩き斬るという作業ゲーに興じていた。
思えば多くのRPG主人公たちは、こんなことをいろんなダンジョンでひたすらやっていたのだろうか。ちょっと目頭が熱くなるぜ。
「グギャアアア!?」
さて、どうしてこんな殺戮パーティにいそしんでいるかといえば、先ほど俺を包み込んだ光に由来する。
つまるところ、あの光はゲーム中で、キャラクターに経験値が入った時に生じるエフェクトそのものだったのだ。
経験値が入るということは、レベルが存在するということ。
「ギギャアアア!?」
ステータスウィンドウ的なものが開けないかちょっと試してみたのだが、それは無理だった。最終的にひたすら奇怪な動きをしている変人になってしまっていた。いや、もう変鬼か。はは、笑えね。
「ガギャアアア!?」
なもんで、レベルが上がるのではないかという期待に任せてひたすら鬼殺しを振るう鬼と化していた。狙った訳ではないが、何ともいえない構図だなこれは。
果たして何体をこの斧で葬ってきただろうか。そういう言い方をすると聞こえは良いのかもしれない。実際には非道な作業であろうとも。
「ゴギャアアア!?」
「一辺倒な悲鳴しかあげられねえのかお前らは!!」
鬼殺しを振るう。階層はあれから動くことなく、ひたすらに通路をうろちょろ徘徊しては現れた鬼を斧で殴っていた。
ふと思ったのだが、この体はなかなか疲れない。鬼であるから体力には自信がある方だったのだが、あれだけ攻撃をしても腕に疲労が無いのは鬼殺しの効果だろうか。
それとも、また別の何かの力がはたらいているのか。
「ゲギャアアア!?」
「……!!」
やっとか。
全身を包み込む光が一瞬、それに加えて螺旋状に体の周囲を上っていく青と赤のコントラストライン。通称床屋エフェクト。グリモワール・ランサーならではのエフェクトを、世のゲーマーたちはそう呼んでいた。
そんなことはともかく、レベルが上がったらしいのはありがたい。しかし、肝心のステータス表示がない。
もしかしたら特殊な出し方があるのかもしれないが、さっきさんざんやった後で別の行動を試す気力は無かった。
「……お」
ふと、鬼モンスターが消滅した後の灰色の床に何かが転がっていることに気がついた。ドロップだ。
なにを落とした? さっきまでこの世界の通貨"ガルド"ばかりドロップするもんだから貯まる一方なんだが。
「鬼の涙……か?」
表示なんて親切なものがあるはずもなく。
鬼型モンスターが落とすレアドロップ。元ネタは童話のアレだろうが、効果は正反対だ。一時的に全てのステータス異常攻撃を弾き、魔法防御力の底上げをする。
つまりは鬼の弱点をすべてカバーする、ドーピングアイテム。
とはいえゲーム中では鬼が使うはずもないので、プレイヤー側としては、魔法を使う相手と戦う前に飲んでおく、くらいの気休めにしか使えない。
貰ったところで今は袋もなにもないし、使う必要も無いんだが、さてどうしてくれようか。
そこまで考えて、俺は何かに気付いた。
そう、今生の記憶。
なぜ俺がこんなところに居るのかといえば、棲んでいた山にこの塔のボスが現れて、意識封じの魔法をぶっかけてきたせいだ。
哀れ元の俺の人格は失われ、こんなところでお宝アイテムを守るはめとなっていた。
意識封じの魔法はかなり大がかりなせいで、気付かれないようにするのが大変だ。
なぜ俺に効いたかといえば答えは簡単。
先ほども言ったように鬼は物理系統にかなり高いパラメータを持つ代わりに、特殊攻撃に滅法弱いのだ。
……では、この鬼の涙を使えば?
一時的に全体パラメータをかなり強化した状態で戦えるんじゃないか?
そして、タイミングを測ったかのように今、もう一つの記憶が蘇った。
そういえばここのボスって、プレイした時は中ボスの妖鬼より弱かった印象があったな、と。
「……全俺首脳会議終了」
す、と鬼の涙を拾って立ち上がる。
幸い、まだ階段は見つけてすら居なかったのだ。
これはもう、頂上に向けて進めという啓示に違いない。
「ギギャアアアア!?」
突然現れた別の鬼を鬼殺し一振りで葬り去って、まずは上へと上る階段を探して進むことにした。
塔のボスであるマッドウィザードの元へ。
何階層、登っただろうか。確かこのハブイルの塔は9階建てくらいで、中ボスの妖鬼が居た場所はど真ん中の5階だったはずなので、そろそろ到着すると信じたい。
そんな考えの元、三度目くらいの階段を登る。
いい加減疲れてきたような気がして、少し休もうかとも思案したそんな時、俺の目の前に都合よく現れたのはセーブポイントだった。
四つの柱に囲まれたその場所は、モンスターの類を寄せ付けない特殊な結界のようなものが張られていてプレイヤーはゆっくり休むことができた。テントアイテムを使用して、HPMPともに全回復をさせることもできるという優れた場所。
ありがたい。ここなら俺も休めr
はじかれた。
ですよね!!! 俺、鬼ですもんね!!
くそう。なんだ、俺たち妖鬼には心休まる安息の地すらないってかちくしょう。
わりと疲れているところに"お前はもう人間ではない"と言われたような気がして多重ダメージ。
しょうがないのでそのセーブ部屋の、四つの柱で作られたスクウェアゾーンの外側を歩いてそのまま小部屋の扉を開いた。
何度とみた、鋼鉄の通路がこのフロアも続いている。
「ゴゲギャアアアア!?」
お前の相手も飽きたんだよ……。
しかし一つだけ発見があるとするならば、セーブポイントがあったということ。
これはつまり塔のボスが近いということで、つまり頂上が近い!
既に塔のボスを凹にする気満々の俺としては、この上なく力になる指標の一つであったことは間違いない。
「ふむ」
セーブポイントがあったってことは、この上だったかな、ボスは。
さすがにダンジョンの構造まで細かに覚えているわけではないので、手探りでしかないのだが、それでも確か、セーブポイントの上の階あたりだったというくらいの見当はついていた。
と、鋼鉄の通路を曲がった瞬間、変に淡い青白い光がどこからか漏れていることに気がついた。
……はて。
この階層には特にイベントは無かったはずなんだが。
不思議な光に吸い寄せられるようにして、その道を進む。
相変わらず鉄の臭いしかしないこのダンジョンだが、その先に何かがあるのだろうか。
光源は、俺が今進んでいる道の角を曲がったところ。
さて、鬼が出るか蛇が出るか!
「ゴギャアアアアア!?」
鬼でした。
曲がった瞬間に現れた鬼を斧で叩き潰す。
期待させやがって、とイライラが募っていたのだが、斧を背中に背負いなおした瞬間に、またしても光が目を刺した。
「……これか」
倒れた鬼の背中が隠していたようで、消滅と同時にその石らしきものが復活した。
これはいったい。
拾いあげてみれば、ほんの小さなもの、ピンポン球程度の大きさの、まるで破片のような石。触っても、なんだか不気味なくらいに感触がない。
こんなアイテムあったっけか。
首を傾げつつ立ち上がると、突如その破片は輝きを増し、俺の手の中で宙に浮いた。
「……なんだ?」
くるくると、小さく自転しながら浮遊するその水色の光沢を発する破片。
それはゆっくりと俺の目の高さまで登ってくると……そのまま吸い込まれるように俺の胸の中へと溶け消えた。
「は? ……っておお!?」
え、なに。
そんな疑問を呈するよりも先に、俺の全身を強い力が、まるでたぎるように熱くさせる。まるで増強剤、活力剤だ。驚くほどに力が漲っているのがわかる。
レベルアップの時の非ではないそのパワーアップぶりに、しかし俺は理解が追いつかなかった。
力の種のようなステータスアップアイテムが、グリモワール・ランサーシリーズに存在した試しがないのだ。
呪いに関しても、武具はともかくアイテムでそんなものがあった記憶は皆無。
なら、この変な破片はいったいなんだったんだ?
……考えても始まらないか。なんか強くなったっぽいし、ありがたく受け取っておこう。
自己完結させ、あまり考えないのが一番かもしれないな。
それよりも、ちょうどこの破片が転がっていた廊下の先に、階段があったのだから。
これでラストだとありがたいんだが、どうだろうな。
こつ、こつ、と鉄の階段を登る。
その先に見えるのは、なにやら物々しい両開きの扉。鉄というよりは青銅の重厚感があり、どこかプレッシャーを放っている。
「さぁ、勝負といこうか」
鬼の涙をどう使うのかわからなかったが、とりあえず掲げてみた。
すると、一瞬の輝きと同時に弾け、きらきらとした銀の砂粒が俺へと降りかかった。
と、同時に俺を赤いオーラが包む。
使い方は合っていたようだ。
なら、とりあえずは戦いを挑んでみるしかないな。
一気に階段をかけ上がる、その力はさっきより格段に増している。
これはおそらく、破片の力。
おもいっきり扉を開くと、大量のポッドが整列した先に、いかにも魔法使い、と言った風体の男が一人。
あいつだ。
あいつが、間違いなく"俺"を封印した張本人。そして、この塔のボス。
マッドウィザード、ガリウス。
マッドウィザード の ガリウス が あらわれた !▼