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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
198/267

エピローグ イブキ山頂上 『対抗するチーム』




 まどろみの中に居た。


 目に映る景色は荒々しく塗り替わり、聴覚は何かを拾ってはすぐに捨てていく。

 触覚はまるで機能しておらず、味覚なんて言わずもがな。


 ここでようやく気が付いた。

 ああ、今、俺は夢の中に居るのだと。


 と、活動写真宜しく目まぐるしいほどに超展開を迎えていた夢の流れが、突然ゆるやかになる。あ、これ起きても覚えてられるシーンのヤツや、などと思いつつ周囲を見渡せば、そこは暗がりの一室だった。


『あの……ほ、ほんとうにまほうをおしえてくれるんですかっ?』


 そこに居たのは、二人の人物。

 見覚えのある、少女というよりももはや童女と言った方が正しいほどには幼い外見の顔なじみ――ヤタノ・フソウ・アークライト。

 そして、もう一人は。


『ああ、もちろんだ。疑うなんてよくないよくないよくないなあ!』


 ――今回の事件、或いは今まで俺がたどってきた軌跡において、殆どのやらかしの元凶。ルノアール・ヴィエ・アトモスフィア。


 錆びた蝶番が鈍い音を立てて、その暗がりの一室は密室と化した。

 おそらくは幼い頃のヤタノと、そしてルノアールの二人きり。

 なるほど、事案発生か。犯罪行為はよくないなあルノアールゥ!


『あの、』


 閉ざされた扉を不安げに見つめながら、ヤタノはおびえたように口を開いた。

 この部屋の陰湿な空気を感じ取った恐怖に揺れる瞳は、彼女の魔導に対する好奇心を上回るほどのようで。(うる)めったその目でルノアールを見上げて、正直に不安をこぼす。


『……え、えっと。もう少しあかるいところのほうがいいなって、わたし――』

『天才と呼ばれる魔導師が最も活動に適した環境を取り揃えた。それを、何も知らないうちから否定するのはよくないよくないよくないなぁ』


 その言葉は、いやにすとんとヤタノの心に落ちたようだった。

 師に対して素直に謝っているようで、その実すでに洗脳教育下にある操作されつくした感情であると、理解することができた。……この辺は、俺の前世が役に立つな。


『ごめん、なさい』

『いやいやいやいや、仕方ないなら仕方ない。さあ、魔導を始めようか。"神"に到る業を極めるために』

『は、はい。わたしが……みんなを助けられるならっ……人間と、魔族がいがみあわないで居られるなら、わたし、なんだってします!』

『んっんー、いいねえいいねえいいですねえ。なんでも、か』


 気合を入れるように両拳を握りしめる童女に隠れ、男の表情が酷く歪む。


 あ、よくない。これはよくない。


 願いに対する冒涜か、今より起こる新たな知への好奇心か、或いは一人の少女を破滅へ導くことへの隠しきれない愉悦なのか。または、誰にも負けない研究を行うための犠牲を尊んでいるのか。


 それとも、まだ見ぬ"敵"への応戦手段に対する賛美か。


 ルノアールの嬉々とした感情を示す導は無い。その感情の機微に気づく術はない。


 だから、最後の最後まで分からなかった。


 懸命に魔導に勤しんだ彼女の願い。


『きっとあの優しい姉を助けるんだ』


 という想いを焼却し、


『魔族と人間の絆を作るんだ』


 という希望を棄却し、


『己の魔導を救いの手に』


 という願いを破却する――


「させるかわっせろおおおおおおおおおおおおおおおおおい!」


 どっこいしょおおおおお!!


 夢って不思議だね! その場にいないかと思えば普通に肉体があったりとか!

 てめえルノアール! お前のその浪漫のかけらもねえやり口、この俺がぶっ飛ばしてやらあ!


 勢いよく拳でもってルノアールをぶん殴る。石の壁にぶつけられたあいつの「けららっぱっ!?」という悲鳴が聞こえた気がしたがそんなもん知るか。


 あっけにとられていたらしい童女の方を見やれば。

 彼女はしばらく呆然としてルノアールの方を見つめていたが、俺の存在に改めて目を向けるや否や、なんだか憑き物が取れたような表情で、弱弱しくも嫋やかに微笑んでみせた。


「――助けてくれて、ありがとう」


 





 目を覚ます。

 普通に知ってる青空が広がっていた。

 なんか俺の看病をしていたらしいヒイラギを手招きする。


「よかった目が覚めたの――え、な、なに」

「覗き込んでて」

「え、う、うん」


 目を閉じる。

 目を覚ます。

 ヒイラギの顔が目の前。


「知らない天井だ」

「誰が天井よ!」


 スパァン! と炎で形作られたハリセンが俺の後頭部に直撃した。

 おーらい目が覚めた。さんきゅさんきゅ。


 ものっそい納得いってない表情のヒイラギを背に上体を起こすと、隠れていた妖鬼たちや目を覚ましていたらしい面々、そして帝国書院組などが、この山頂に一同に帰しているようだった。


「しゅ、シュテンさま! 目が覚めましたか! 貴方様のフレアは、心配しておりましたっ……ぐえっ」

「なにどさくさに紛れて顔寄せてんのよあんたは」

「は、離しなさい獣風情が! あ、ちょ、シュテンさま、お待ちになって――」


 こっちに来ようとしたフレアリールがヒイラギに首根っこ掴まれてるのも気になるところではあるんだが。

 それよりも、もう少し気にするべきところがあって俺は立ち上がる。


 少し離れた、開けた場所。

 覚えている限り、俺とヤタノ――だったものが戦っていた場所に出来ている人だかり。

 妖鬼の群れと、その中心に立つ童女の姿。


「なんとかッ……なんとか言ったらどうなんだ、この化け物がッ……!」

「お前のせいでっ……俺たちの大事な家は……村は……っ……」

「返してよっ……お兄ちゃんを……お父さんを返してよぉ……!」


 こうなるこたぁ、分かっちゃいた。

 そりゃそうだよな。操られていたとはいえ、あいつは――村を守るために戦った数多くの妖鬼を、俺の同胞を殺めた張本人だ。


 だからといって妖鬼共は目の前の童女に近寄れない。

 どれだけの力を持っているのか、目の前でまざまざと見せつけられたのだから。


 お山のトップですら、派手にぶっ殺されかけたんだ。

 そりゃ、誰も近づけるはずがない。


 ヤタノは、さんざんに村の妖鬼たちの憎悪を受けて、ただただ佇んでいた。

 まるで、その言葉をすべて受け止めるのが当然だというように。

 その瞳は生きていて、その表情は固められて、一身に受け止めるのだという覚悟が、ひしひしと伝わってくる。


 ったく。どうしようもなかったってのに。

 幼少期から植え付けられた引き金を、勝手に引かれただけのことなのに。

 あいつ自身はただの銃口だ。

 撃ち殺したのも、弾丸ですらあいつじゃない。

 だってのに、当然と言わんばかりに、ヤタノは。彼らの辛苦を、悲しみを、受け止めていた。


「おい、何か言えよッ……お前が、殺したんだッ、お前がやったんだろ……!?」


 ま、しゃーない。

 ついには責め苦に耐えかねてうつむいてしまったヤタノに、罵声が飛ぶ。

 とはいえ、その恨みつらみは彼らの正当な権利ではあった。


 確かに、ヤタノは奪ったんだ。多くの命を。彼らの、大切な人々を。


 だから、そうだな。


「そうだぞヤタノ。なんか言ってやれ。――お前が全部抱える必要なんざ、ねえよ」


 そう声をかけた瞬間、こぞって村の面々が俺の方を振り向いた。


「シュテンの大将! よかった、起きたんすね!」

「良かったッ……! あんたを失ったら、俺たちはいよいよ……」

「無事で良かったよお……シュテンの大将……!」


 ほっとしたように声をかけてくる妖鬼たちに軽く手で挨拶しつつ、俺は囲まれているヤタノの方に近づいていく。

 連中からしたら、ヤタノに対抗できるのは俺だけで。

 そうだからこそ、先ほどの俺の言葉が理解できないというところなんだろう。


 ヤタノは、俺の存在に気づいてか、ゆっくりと顔を上げた。

 疲労感を滲ませているが、その目はしっかりと生きている。

 いつぞやのように操られてなんかいない。自分の意志で、ここにいる。


 ――全部倒したんだ。そのあとは、ハッピーエンドでなきゃ面白くねえ。


「シュテン……?」


 目を合わせた彼女の瞳の奥。揺れるような不安と、あとは何だろう。決してマイナスではない感情もいくつか。

 さっきの夢で見たあの時の何もかもを依存させられた童女はもういない。

 子供でなんかない。ヤタノは、その人のよさそうな瞳を前髪に隠れさせて、後悔を口にした。


「――申し訳、ありませんでした。わたしは、貴方の仲間を、同胞、を、全部、殺めて」


 その言葉を、周囲の面々も聞いていた。

 謝罪、というには重すぎるそれ。言葉でなんて、どう足掻いてもまともに言い表せる、表現しきれるはずもないのに。その懺悔を、絞るように吐露する彼女。


 だから。

 みんな見てるところで、俺は。


 素早い動作で彼女の両脇を抱えると


「え、ちょ、しゅ」

「たかいたかーい!! ほぉら、大好きなたかいたかいだぞーう! たかいたかーい!」

「え!? ちょ、あの!? シュテン!? は、恥ずかしいからやめてください!」


 くるくる回転しながら彼女を高らかに空へ持ち上げた。

 ついでとばかりに妖鬼たちを見れば、地面に付きそうな勢いでお口あんぐり。

 お前らリアクション超面白ぇな。流石は俺の同胞だぜ。


 真っ赤に熟れた童顔と、ふわりと舞う短い金糸。髪飾りが太陽に反射して、まるで本当に子どもと戯れる一ページのようだ。

 中身の年齢が釣り合っていないことを別にすれば。


「たかいたかーい! やたのちゃんひゃくじゅっさいのたかいたかーい! ほおら、ここに集った妖鬼の半数よりも年上のたかいたかーい!」

「いやあああああああああああああああああああああ!」


 両手で覆うように顔を押えても、その小さな手の表面積ではすべてをかばうことなどできず。耳まで羞恥に染め上げた彼女の痴態を、妖鬼たちは呆然と目にするばかり。


「ほぉら実は大好きだろうたかいたかーい! 子供の頃から大変だったもんな、ずっと戦ってばっかりで休まる時なんかなかったもんな、見た目通りの年齢だった頃からずっと魔導で拷問じみたことばかりされてたもんな」

「な……え、――しゅ、て」

「分不相応に強い力持っちまったせいで目ぇつけられて、遊ぶことなんかろくにできずに魔導司書だもんな、大変だもんな、たまには子供らしく遊びたいよな、ほおらたかいたかーい!」


「ほらどうしたどうしたーいつも通り楽しそうに笑えばいいじゃないか高い高ーい! もしかして恥ずかしいのかなーどうしてかなー! さっきまでわるううい魔導師のせいで『あなたたちを殺します』とかきりっとした表情で言っちゃってたのが後を引いてるのかな~!?」


「そんなことないよな~! 妖鬼の若頭にこんなされるがままなんだもんなー! 恥ずかしくて今すぐ辞めさせたいならぶち殺せばいいだけだもんなー! やたのちゃんたかいたかいだーいすきー! ほらリピートアフターミー」

「え゛」

「リピートアフターミー」

「や、ちょ、シュテンそれは」

「リピートアフターミー」


 たかいたかいと彼女を持ち上げた状態で、静止した。

 周囲の妖鬼たちは先ほどの面白リアクションをやめて、気が付いたようでヤタノを見つめている。


 ああ。妖鬼たちの認識なら、こんな至近距離で無防備な妖鬼(おれ)のことなんざあっという間にぶち殺せるはずなんだ。そうでなくても周りの連中に対してはそれができる。少なくともこんな恥辱に満ちたこと、させたままには出来ねえよな。


「……ヤタノ。俺、言ったよな。ほっぺにクリームはまあ置いとくとしても。お前には高い高いされる罰が待ってるってよ。お前のせいってだけじゃねえけど、俺だって仲間を色々失ってる。ルノアールはぶっちめたとはいえ、家族を失った悲しみってぇのは並みじゃあねえ。……それでもな」


 くるりと振り向いた先に居る妖鬼たちの、怒りを耐え涙を耐えしのぶ表情を見て、俺は続ける。


「――あいつらは、妖鬼ってのは、力で及ばねえなら死ぬのもやむなしと割り切ってる連中なんだ。俺だってそうさ。基本、鬼ってのは、負けて散るなら仕方ねえ。きっとあいつらの家族は、俺の同胞は、そう諦めて、或いは己の無力さを悔やんで死んでいった。けど――きっとお前への恨みはない。だから、残された連中はやり切れねえ」


「お前に一度でも、あいつらは死ねなんて、死んで詫びろなんて言ったかよ。悲しみの、怒りのやり場のないあいつらは、それでもお前を――お前を許そうとしてるんだ」


 口元を軽く上げて、ヤタノに笑いかける。

 彼女の潤んだ青の瞳から、一筋の涙がこぼれた。


「貴方は……そこまで見越して、今――」

「あっはっは! まっさかあ! 俺はやたのちゃんひゃくじゅっさいを辱めたいだけだぜ!」

「――わたし、は。最初から最後まで、貴方に救われっぱなしです」


 そのまま、ただただ涙が流れていく。気づけば両脇を押える俺の腕にまで、湿った彼女のそれが感じられるほどに。顔をぐしゃぐしゃに歪ませて、しゃくりあげながら彼女は泣いた。


「さあお前らよく聞け! 若頭として俺が言う! こんな童女とはいえ、強い力をもった魔導司書だった! 俺たちの同胞は多くが負けて、死んでいった! だが分かってんだろう、こいつより弱かったから負けたってことを! 力を頼りに生きていく俺たちが、力で負けたってことの意味を! ――許せなんてこたぁ言わない! これが、こいつの。百十年も生きてるような、魔導司書と謳われた帝国の頂点の一角に与える、俺からの罰だ!」


 さあ、でっかい声でえええええ!


「リピートアフターミー!! やたのちゃんたかいたかい大好きー!」


 盛大にお空へ突き上げた、涙まみれの魔導司書は。

 それでも無理やり――俺が言った罰をまっとうに受けようとしたのか、笑顔を作ってやけくそ気味に叫んだ。


「やたのちゃんたかいたかい大好きいいいいいいいいい!!」


























「……死にたいのですが」

「さて、今後の話をしようじゃねえか」

「無視ですか……そうですか……」


 俺の足元を背もたれに、膝を抱えてしゃがみこむ童女を無視して周囲を見渡した。

 メンバーは、ヒイラギとフレアリールという眷属組とタリーズ&イブキの妖鬼一家。そして、足元の童女ともう二人――ベネッタとグリンドル。まさかの魔導司書が参戦している。


「でも、本当にまるく収まってよかったっぽい!」

「正直、べねっちのお陰だよ。お前が居なかったらと思うとぞっとする」

「えへへー、お互いの村を守れて良かったよ」


 後頭部をかきながら、ベネッタは照れ臭げにそう笑った。

 その隣で瞑目するグリンドルは無反応だが、まあいいだろう。こいつとの死闘からはずいぶん経ったしな。具体的に言うと、もうあれだってヒイラギと旅始める前のことでしょ。どんだけ前だよ。


「しっかし」


 勢ぞろいしたメンバーもメンバーだが、周囲の景色がなんだか大変なことになっていた。


「なあヤタノ」

「……なんですか」

「ここ、本当に俺とお前が戦った場所なんだよな」

「そうですね」


 そう。

 俺たちがわざわざイブキ邸じゃなくてお外で会議を始めた理由。

 別にイブキ邸がブッ潰れたとか、修繕中だからというわけではない。いやまあ、そっちはそっちで事実なんだけども。


 俺とヤタノが戦って、クレーターやら泥だらけになったはずのこの場所が。


 めちゃめちゃお花畑と清い大河が流れる健やかな場所になってしまっていたからである。なにこれ。


 気分はピクニックだ。ヤタノの頭にちょうちょとか留まってるし。

 さわさわと流れる奇麗な川は、幅にして30メレトはありそうだ。

 橋でも架けなきゃ反対側に渡るのはきついだろう。


「これが、お前の本来の神蝕現象?」

「……はい。【大地に恵む慈愛の飽和】――世界が受けたダメージを、その絶対数分だけ回復するという力です。その余剰分は全て対象へのダメージに」

「HP上限ぶっぱ可能ってやばいよなそれ……」


 そんなわけで、この様子である。河って。河って。


「おい、シュテン」

「あん?」


 声の方に顔を向ければ、タリーズに背負われた状態でぐったりしているオカンが居た。

 ――ぶっちゃけ、オカンはもう永くないだろう。だいぶやつれてしまっているし、まともに神域の力も感じられない。挙句、もう殆ど歩けないらしい。

 タリーズの介護がなければ、まともに生きることもできないとか。


 それを聞いたヤタノは、ぼろぼろ泣いていた。

 でも、生きていて良かったと。そう、手を握って言っていた。


「お前、まだ旅を続けるのか?」

「そのつもりだが」

「っけー、親不孝なガキだよまったく。……あたいはもう永くないからね。この山、お前にやるよ」

「……そうかよ。そいつは、ありがてえ話だが」

「うん」

「でもまあ、断るわ」

「はあ!?」


 そりゃそうだろ。


「この親不孝もんが! この山の何が不満だってんだ!」

「――俺に山譲ったら、それこそ「安心した」とか言ってぽっくり逝くだろうがアホが。……まだまだ親不孝もんなんだからよ、孝行する余地くらい残しておきやがれ」

「あのな。あたいが良くても他の妖鬼共になんて言うんだ。こんな頼りにならねえ頭を置いて、機能するとでも思ってんのか」

「じゃあ、そうだな」


 ふむ、と顎に手を当てて。

 ヤタノが沸かした河を指さした。


「こっから向こうの半分だけ貰うわ。んでもう半分はオカンとタリーズの姉貴で。……オカンが逝っちまったら、俺たち姉弟でこの山を盛り立てていくさ」

「……勝手にしな」


 ふん、と鼻を鳴らしてイブキは言った。

 それでいいかと姉貴を見れば、相変わらずぽやっとした感じで頷くと。


「なまえ、どうしようか」

「はぇ?」

「半分、イブキ山。半分は?」

「あー、また今度考える」

「そ」


 それも大事っちゃ大事だが。

 他にも、問題は山積みなんだ。べねっちの言うことが正しければ、な。


「で、べねっち。ルノアールが生きてるってえのはどういうことだ」

「死んでるよ。死んでるけど、あれは分体っぽい。あと、少なくとも二体はルノアールが居る」

「よくないよくないよくないなあ。よくないよくないよくないなあ」

「うざ」


 俺のルノアール二重奏を鼻で笑ったべねっちは、二本立てた指の片方を折ると。


「まず一人は、現在の魔導司書。ルノー・R・アテリディア。さっきアスタルテ様から報告があって、ルノーが第九席を裏切って逃走したらしい。持ち逃げされた大事な魔導具があるとかなんとか」

「もう行動し始めたのか」

「で、ルノー自体も分体ってことを第二席――デジレさんが見抜いてる。ってことは、まだ本体が残ってる」

「モノクルハゲのヤツ、まともに仕事してんのなー」


 ほほー、と頷く俺を白い目でヒイラギが見つめている。

 あーうん、そういえばお前もさんざん苦労したよな、モノクルハゲ関連は。

 魔法少女とか言ってだましたのが懐かしいぜ。


「それと、時を同じくして王国の方で騒ぎが始まったっぽい。払暁の団、を名乗る連中が狂った魔族を操って暴れてるって」

「うへぁ」

「だから、ね」


 と、そこでべねっちは己の右胸に拳を当てた。

 それを見て、グリンドルも同じように背を伸ばす。

 帝国式の礼だ。それがいったい何を示しているのかを、俺が問いかけるより先に。


「第八席ベネッタ・コルティナならびに」

「第十席グリンドル・グリフスケイルは」

「これより払暁の団を撲滅するべく、任務を遂行します。つきましては、現地にて鬼神シュテンの協力を仰ぎ、共闘せよとのお達しです!」

「……はは、マジかよ」


 これを聞けば俺が王国に向かおうとするのは確かだが、まさかアスタルテの野郎が俺と共闘作戦を張れ、たあな。

 でも、べねっちとグリンドルか。頼もしい味方じゃねえの。


「……いいのか、グリンドル」

「そこのヒイラギにはもう話をしたけどね。僕は、少し考えを改めようと思った。それに、言い忘れていたが。我が同胞ヤタノ・フソウ・アークライトを救ってくれたこと、感謝する」

「そうかよ」


 へ、と口元に弧を描けば。グリンドルも、どこか貴族然とした愛想笑いを浮かべた。


「……ルノーが動き出したのは、ルノアールの死を感知したからです」


 足元にあった感覚がゆっくりと動く。

 ぱんぱんとお尻を払って、ヤタノは俺たちの方を見た。


「もうすねるのやめたの?」

「拗ねてません! その、シュテンには、感謝してますから。恥ずかしかったけど」


 ぷいっす。と唇を尖らせてそっぽを向いてしまったヤタノだが、感情と話したいことは別ものらしく。改めて言葉を続けた。


「まずこの話をするためには、わたしが使われていた原因――"語らない聖典"について話をする必要がありますね。あれは聖典とは名ばかりの魔導書です。オモイカネ神によって悪戯に作られた闇の魔導書。ルノアールが捧げた知識とわたしが捧げた魂の情報によって、ひどく歪んだ進化を遂げています」

「……」

「本来の作戦であれば、わたしを効率的に利用し女神の聖域に至るつもりだったのでしょうが……今は何を考えているのか分かりません。ルノーはルノアールの死で作戦の失敗を感知、払暁の団の面々と共に動き出しているに違いありません」


 となると、とべねっちは唇に手を当てて


「あたいらの敵はその払暁の団?」


 ヤタノはそれに頷いた。


「魔導書を利用し、何をしようとしているのかは分かりませんが。女神の聖域に至るのに必要なのは、どんな形であれ"力"です。それが魔力なのか筋力なのか、それは分かりませんが……そのためにあらゆる手段をとる彼らがどれほど被害をまき散らすのかは、今回分かった通りです」


 しょんぼりとヤタノは俯いた。

 その肩を、ぽんと叩く影。


「ま、そういうことならうちのご主人様がさらなる迷惑で上塗りしてくれるでしょうよ。ね、シュテン」

「分かってんじゃねえか」


 けらけらと笑えば、ヤタノも力なくも微笑んでくれる。ヒイラギにとっては、ヤタノはもともと妹みたいなもんだったっけか。

 なんつーか、関係修復できて良かったな。


「となると、そうだな。払暁の団――っつか語らない聖典は明確な敵になったな。あれで滅んでてくれれば楽だったんだが」

「語らない聖典の本体はそもそも天上から降りてきませんし……ルノアールはその霊体を下ろすことに成功していただけですから」

「ま、でも。こんだけ仲間が居れば、王国でも戦えるだろう」


 ヒイラギ、フレアリール、ベネッタ、グリンドル、そして。


「もちろん、やってくれるだろ?」

「はい。必ず恩返しさせていただきますから」


 番傘を手に、ヤタノも微笑む。


「……ごめんね、シュテン。おうちは任せて」

「もちろんだ。オカンのこと宜しくな」

「うん」


 こくんと頷いたタリーズの姉貴。

 なんつーか、盤石だ。


「あ、ねえ」

「どうした?」

「名前」

「え、や、山の名前はまた今度でいいだろ」

「そうじゃなくて、払暁の団倒すチーム? みたいな」

「あー……なるほど」


 合言葉は、野薔薇だ。


 なるほどなるほど。

 周囲を見れば、九尾に吸血鬼に魔導司書に妖鬼と訳の分からん集団だ。


 このメンバーが、払暁の団に対抗するグループになるというのなら、なるほど。


 名前をつけるっつーのも、浪漫じゃねえの。


「で、どうするヒイラギ」

「あんたが決めなさいよ。リーダーなんだし」

「え」


 そうなの?


「シュテンくん、頑張れ」

「貴方様のフレアは、なんでも結構です」

「エレガントなのを頼む」


 じゃあお前が考えろやグリンドル。


 しかし、ねえ。

 魔導書を相手取る、か。となれば、このメンバー以外も捕まえたい。

 勢ぞろいした時にかっこいい感じがいいな。

 とりあえずヴェローチェとかユリーカ、シャノアールも巻き込みたいが、さて。


 ん? 他にも巻き込むヤツが居るな。原作主人公勢のクレインくんやリュディウス、ハルナ。そして、小さな企業の頼もしい味方。テツとミネリナ。


 あとなんかバーガー屋。


 そいつら巻き込んで戦うとすりゃ、払暁の団……デイブレイクだから相対するように日没表現するのもちょっとな。


 聖典もホーリーブック? ならダークブックってだせえなおい。


『聖典とは名ばかりの魔導書のようなものです』


 魔導書って直訳スペルブックとかマジックブックだよな。

 だせえ。


 いや、待てよ。


 この世界。このゲームと言えば。そう、グリモワール・ランサーだ。


 魔導書はフランス語でグリモワール。グリモワールを相手取る。


 なるほど。面白い。


 もともと原作からはかなり乖離しちまってるのを、気にしてはいたんだ。


 とすると、原作とは関係ねえところでいっちょはしゃぐのも悪くねえ。


「リーダーは俺でいいのな?」


 不安そうにみんな頷いた。


 よし、ならパーティを作る俺こそが、この物語(RPG)の主人公だ。


 俺を中心とした、新たなRPG。

 そのタイトル回収に相応しい、チーム名を名づけようじゃねえか。


 なら、そうだな。



魔導書(グリモワール)への()対抗者(リバース)、なんてどうだ?」





 グリモワール×リバース〜転生鬼神浪漫譚〜

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 ――物語が、始まる。


第七章完結。

大変長らくお待たせいたしました。

活動報告にて、近況と第八章以降の更新につきましてお話をしています。

宜しければご確認くだされば幸いです。

残すところ二章+おまけ一章の計三章ですが、長い目で見守っていただけたなら、それ以上の幸いはありません。これからもなにとぞ、お付き合いくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] んーーーーっっ!!ここで来ますかぁ「グリモワール×リバース」!いいですねぇ....ロマンっ! [一言] とりあえずヤタノちゃん救われて良かったですぅぅ~ε-(´∀`*)ホッ 私的に今章がい…
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