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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
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第十八話 イブキ山:山麓III 『加速』




 大地を揺るがすほどの轟音に、シュテンとヒイラギは思わず顔をあげた。


「おい、今の」

「イブキ山の方よ。間違いなく」


 ヤバい、とシュテンの表情が歪む。

 木々を蹴り飛ばす力は強まり、その反動で幾つかの樹木が折れるほど。


 その速度に着いていきながら、ヒイラギは隣で思考を重ねる。


 ただレベルアップの為にイブキ山に向かうのは明らかに無謀だ。あの場所には妖鬼以外にも多くの魔族がその根を下ろしている。鬼神イブキの勇名に従った者、歯向かおうとした者、安全な場所を求めた者。様々な理由があれど、あの場所は"魔族の街"に似た地上での魔族の安息の地であったことには違いない。


 その場にヤタノ一人を引っ提げて突入するということは、よほどの自信があると見える。


 むろん、ヤタノが居れば殆どの魔族は狩り殺されることだろう。それに関しては間違いない。だがその魔族の絶対数と、ルノアール自身の実力を鑑みると危険な賭けと言わざるを得ない。


 ヤタノがイブキを殺して"レベルアップ"が出来るのかどうかも不明だし、ともすればヤタノよりも先にルノアールを全員が消しにかかれば彼はあっさり死ぬだろう。


 それでも彼らがイブキ山にこんな早く突貫したとすれば、それは如何なる理由か。


「急ぐに足る理由があるか、それともルノアールに隠し弾でもあるのか」

「どちらにしろ、俺が向かわなきゃならねえ理由は一つだ。あの山を、もう二度とボロカスにされる訳にゃいかねえんだ」

「それはそうだし、やることは変わらないんだけど。ある程度予想は立てておきたいの。ルノアールがわざわざ今突っ込む理由、まだ分からないし」

「オカンが回復する前にとどめ刺したい、じゃ足りねえのか?」

「鬼神と、あんたが居ない間にっていうのは確かにあるかもしれないけれど。それで突っ込むにはちょっとルノアールは弱すぎると思わない?」

「まあ、直球ぶん投げればそうだが」


 かつてテツやミネリナ、そしてクレインたちと旅した道を駆け抜けながら、ヒイラギとシュテンは言葉を交わす。夕刻ということもあり西日が少々鬱陶しいが、それだけで文句は言っていられない。


 これから、それよりも脅威になる日輪に挑まなければならないのだから。


「……もしかすると、超パワーアップ計画でもあるのかもしれないな」

「そんなの先にやっておけって話なんだけど……分からないかな。ごめん、急ぎましょう」


 イブキ山まではあと少し。


 ここまでくれば、目の前だ。















 もう一度、大気を震わせるような轟音が周囲を揺るがした。

 ルノアールの仕業だという線も確かに消えてはいないものの、大方の予想としては暴れているのはヤタノだろう。焦り逸る心を抑えながら、シュテンは現場に急行した。


「人んちで何してんだオルァアアアア!!」


 飛び込むと同時、視界に入ってくるのはあるべき山ではなく、その手前にあった荒地。以前訪れた時は豊かな森林が広がっていたその場所は、空しく野を晒すだけの惨たらしい赤茶けた大地だった。


 勢いよく放った飛び蹴りは風を切り、野晒しになった大地に突き刺さる。


 瞬く間に戦いの中心へと現れた闖入者に、声なき声を上げるは倒れ伏した一人の少女。


「っ? フレア――」


 振り向く。


 目に入ったのはやけどに爛れた四肢をだらんと地面に投げだした黒。

 シュテンとて、彼女がこの山に居ることは分かっていた。


 分かっていたからこそ、ここまで来るのが遅かったことを悟る。

 シュテンは後から追いかけてくるであろう自らの眷属に、治療を求める声を挙げようとした。


「ちぃっ……! ヒイラギ!」

「回復よりもっ――」


 しかし、彼女の方が状況を把握していた。


――神蝕現象(フェイズスキル)【天照らす摂理の調和】――

――紅蓮獄・火之夜藝速――


 森羅万象の偶然を、煉獄の却火が受けて立つ。


 互いの持つエネルギーを同時にぶつけ合い、その衝撃波は周囲の岩さえ吹き転がすほど。


 シュテンはすぐさま倒れ伏した少女を抱えると、吹き荒ぶ暴風に腕で庇を作りながら様子を窺った。


「――久しぶり、というほどではありませんね」

「あんたっ……」


 天空に竜巻が吸われていくように消えていった。

 あとに残ったのは涼しい顔をした童女と、苦々し気に口元を歪める眷属だけ。


 だが、驚くべきはこの衝撃をもってしても互いに無傷だということだろう。


「なるほど。本当に」


 俯き気味に、童女――ヤタノが感慨深そうにぽつりと呟く。


「――もとに、戻ったのですね」

「なんとかね」


 元に戻った。

 その言葉が意図するところなど一点に尽きるだろう。


 百年前。ヤタノがまだただの子供であった時代のこと。

 今、彼女と対峙している九尾の彼女は確かに気品があって、強く、そして今のように泰然自若として立っていた。


 あの頃は、背を向けて。


 今は、敵意も露わに向き合って。


「……シュテン」


 ヒイラギは、面倒臭そうな表情を浮かべて背後の主人に声をかけた。


「なんだよ」

「その子の怪我、私じゃどうしようもない。……それに、ルノアールが居ないってことはつまりそういうことでしょう? ……先に行きなさい。ここは、私がなんとかするわ」

「……っ」


 息を呑んだシュテンに振り向き、ヒイラギは努めて穏やかな声をかける。


 ここは私に任せて先にいけ。


 ある種の意味でシュテンにとっては聞き飽きた台詞だった。

 そして、その言葉を向けてきた"仲間"は殆どが生きて帰ってこなかった。


 故に、躊躇い。


 しかし確かに、ここで二人とも足止めを喰らってはどうしようもない。

 ルノアールは既に山頂目掛けて進んでいることだろう。フレアリールがここにいて、そして倒れている以上は現状としてイブキの周りの守りは薄いはず。


 であれば、ルノアールを止めることなど、殆どできやしない。


 それに。


「……シュ、テ……ン、さま……」

「大丈夫だ。心配すんな」


 おそらくはこの山を、シュテンの帰る場所を守るためにこんなになるまで戦ってくれた少女をみすみす放置して戦う訳にもいかない。


「……こっちの台詞よ。さっきの見たでしょ? 私なら止められる。ヤタノの攻撃を相殺できる。……遠距離攻撃手段を持たないあんたが残っても仕方がない。だから、行って」

「ヒイラギ、お前……」


 視線を合わせれば、いつになく真剣な表情。

 軽く顎を引いて頷く仕草は、シュテンの心配を見抜いているかのようで。


 ……再会出来たばかりの眷属だ。


 こんなところで失う訳にはいかないにしろ、確かに"今"の彼女の強さをシュテンは知らない。


 そして先ほどの衝撃波も、ヒイラギとヤタノの魔導同士のぶつかり合い。

 互いに無傷だったところから見て、任せてもいいのかもしれない。


「それにね、シュテン」

「なんだよ」


 パン、と拳を突き合わせて、ヒイラギは口角を歪める。

 楽しそうに、愉快そうにシュテンを向いて。


「私があんただったらきっと、こうする。だってほら――」


 いたずらっ子がするような表情。


 何を言い出すのかとフリーズしたままのシュテンに対し、ヒイラギは破顔して言い放った。


「仲間に背中預けて信じて走る、これもまた一つの浪漫じゃねえの?」

「……はっ」


 思わず、シュテンは肺の全てを吐き出した。


 言ってくれる。

 それでこそ、俺の眷属だ。


「……行きなさい、シュテン。あんたの親、きちんと守りなさい!」

「おう、こっちは任せろ!!」


 ドン、と力強く。勢い余って修羅・煌炎を纏った拳で胸を叩き、シュテンはフレアリールを抱えて立ち上がった。


 一歩を踏み出す。ヒイラギに後を任せて、背を向けて。


「だから――」


 彼女の真横を通り過ぎる間際。

 シュテンは一言。


「――生きて帰ってこい」


 心からの思いを、そう告げた。


 その足は神速。

 鬼神が覇気を纏って大地を一歩踏み込めば、爆発的なエネルギーと共にぐんぐんと空を翔けるように疾走出来る。


 すぐに小さくなっていった背中を眺めて、ヒイラギは嘆息した。


「……ふぅ。命令なら仕方ない。生きて帰るとしましょう」


 ただしその諦めたようなため息とは反対に、口元には弧を描きながら。


 待っていてくれたヤタノに目を向けると、彼女はどこか"寂しそう"で。

 そして、しかしあくまで"非情"で。


「……構いませんか?」

「ええ。私、もうこの前のように弱くはないもの。きちんと全盛期の力を持ちかえってきた」


 ヒイラギの周囲を、五つの鬼火が旋回する。

 ヤタノはただ目を眇めて番傘を正面に向けるのみ。


 先ほどの攻撃がフラッシュバックする。

 

 ヒイラギの炎と、ヤタノの魔導が互角に散った。


 その時の記憶を呼び起こしながら、ヒイラギは。


「だから、さ。ヤタノ。いえ、魔導司書第三席」


 ピクリとヤタノの眉が動くのも構わずに、彼女は続ける。




「もう手加減なんてしないでよ。悲しくなるから」























 ただひたすらに、影を追って木々を跳躍し(はし)っていた。

 サイドポニーに黒髪を纏めた、身軽な和装に身を包んだ少女。


「義母さまのところへは、行かせない……!!」


 名を、タリーズと言った。

 かつてとある理由でこの山に住むようになってから、イブキを義母と慕ってきた彼女にとって、目の前の闖入者はとても許せたものではない。


 それがたとえ、父を同じくする者だったとしても。

 いや、そうであればこそ。


「んっんー!! よくないよくないよくないなあ!! いつまでついて来るんだぁ!?」


 煩わしい、とばかりに叫ぶ声は前方。

 浮遊、というよりは浮いているだけでぐんぐん山を登っていっているというか。


 どこかで見た、理の四天王"グラスパーアイ"の動きによく似たその空間移動を、タリーズはただ必死に追いかけていた。


「……追いつく、まで」

「んじゃ死ぬまでにしてくれる?」


 顔だけでタリーズを振り向いたルノアールは、そう言い放つや否や周囲に魔素で物体を精製。暴風で構成された矢を、タリーズ目掛けて投擲した。


 木々の間をすり抜けて飛来したその四本の矢。

 タリーズは顔面目掛けてきたそれを紙一重でバレルロールするように回避。


 だが。


「っ!?」

「んっんー、ホーミングは当然備わっているんだなあ」 


 避けた、と思った。

 その瞬間、彼女の後方でその矢は反転。

 再度狙いを定めてタリーズの背中を脅かす。


「もういい加減ボロボロなんだからさぁ、諦めてくれると嬉しいんだけどなあ!!」


 ルノアールが吼える。


 ひたすらに山頂へ向かいながら、ルノアールは後ろ手でさらに追加の矢を放つ。


 その数、十、二十、三十……。


「くっ……!!」


 回避しようにも、次から次へと矢が飛来しては逃れられない。


 事実、タリーズの身体には今いくつもの裂傷が存在した。

 どれも、ルノアールのこの嬲るような攻撃手段によるものだ。

 もっとも、ルノアールとしては彼女をさっさと殺してしまいたいようではあるのだが。


「仕方がない、代償は大きいが……」


 ルノアールは軽く舌打ちして、その手に小さな本を握る。


「……それは」

「んっんー! これは"語らない聖典"を疑似的に現世に落とし込んだものだぁ! 記されている全ての情報を、これによって引き出せる!」


 ぱらぱらぱら、と勢いよくひとりでに捲られた"疑似語らない聖典"。


 宙に浮かんだそれが放つ巨大な威圧感にタリーズは目を細めた。

 ただ単純に神域の魔導の結晶なのであろうということだけではなく。


 まるで生きているかのようなその存在感。


「……っ!」


――古代呪法・堕盾霧氷――

――古代呪法・陥落庭園――

――古代呪法・月桂霊樹――


「んっんー!! 死ぬがいい!!」


 突然降りそそぐ雨あられの古代呪法にタリーズはその眠たげな瞳を見開く。


 先ほどの四つの氷の盾に加え、ぼろぼろと足元が"崩れていく"。その下に広がっているのは無だ。踏み入ってはならないと本能が警鐘を鳴らす中、次々にまるで綻んだ糸のように崩落していく足場。


 タリーズは懸命に周囲の木々を足場にしようとして、


「そこは死地だなぁ」

「っ!?」


 先を行くルノアールがにたりと粘ついた笑みを見せる。


 次の瞬間、周囲の木々から迸る覇気。


 そして、ぎょろりとこちらに向かって真開く木々の"瞳"。


「霊格を持たせた、飢えた植物の執念。それが月桂霊樹……!! さあ、いい加減に消えろ有象無象!」

「……っ!」


 もはや山頂は目の前だ。

 この先に通してしまえば、ルノアールは無力なイブキの元に直行するだろう。

 そんなことを許してはならない。


 歯噛みして、しかしタリーズは足に絡まってきた根のような枝のような植物の手足を振りほどくことが出来ない。


「くっ……お義母さん……!」

「はっはあ……!! そういえば、一人居たな、思い出した。導師の元で飼われていたという一匹の妖鬼。まあ、弱者に用はない……そのまま霊樹に飲まれてしまうがいい!」

「そんな、ことっ……!!」


 させない。

 その意志が、覇気となって足に纏う。

 放出された魔素によって、一時的にだが縛るように存在していた木の根を食い破った。


 いける。

 そう確信した瞬間には既に飛び出している。

 月桂霊樹からの脱出、陥落庭園を器用に突破し、鎖鞭を駆使して堕盾霧氷を弾きながら、颯爽とタリーズは駆け抜ける。


「……負けない! 義母さんは、殺させない!!」

「あーあー、よくないよくないよくないなあ!! 弱者が意地を張るのはぁ!!」


 しかし。


 当然ながら"古代呪法"は甘くない。

 それも、この"語らない聖典"に記述されている原典は。


「かつて魔族によって振るわれた古代呪法のその全てが詰まった語らない聖典に、キミのような小娘一人で立ち向かえるとでも思うのかな!」


――古代呪法・混沌冥月――

――古代呪法・月桂霊樹――


 ルノアールの攻勢が強まった。


 混沌冥月。それをタリーズが目視したことは無かったが、眼前に迫る漆黒の奔流を前に回避しないという選択肢は存在しない。

 突き抜けた先が虚無に帰すのを、背筋の凍る思いで睨みながらタリーズは駆ける。


 月桂霊樹による樹木の触手が追い立てるように波を打つのを、跳躍を重ねて逃げ延びる。


 だが勿論、そんなことで誤魔化せるようなものではない。


「んっんー!! 捕えたぁ!!」

「あああああ!!」


 右手、右足。左手、左足。


 四肢の全てが、月経霊樹による能力で縛り付けられる。


 周囲に棲息する木々が全て敵に回った状況で、森というフィールドで勝てるはずもなかったのだ。


 力を込めて覇気を放つ。

 食い破った瞬間、新たな樹木から伸びてきた根に縛られる。


 拙い。

 タリーズは正面に浮かぶルノアールを睨みつけた。


 無論、そんなことで怯むようなら元々からルノアールはタリーズを相手どってなどいないだろう。むしろ楽しそうに、軽く顎をタリーズに向けた。


「死ね」


――古代呪法・混沌冥月――


 がんじがらめにされたタリーズに、性格悪くも真っ向から極太の黒き螺旋流。


「……義母さん」


 ぽつりと呟くその一言が、彼女の最期の言葉となった。






――神蝕現象(フェイズスキル)【大いなる三元素】――

――神蝕現象(フェイズスキル)【大文字一面獄炎色】――


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